【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら

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ダキャナの大地

3 曼珠沙華

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「どうしよう…。あ、ルーアにも…」

おろおろと狼狽えるキリルを、ガルゼは優しく見守った。震える手をきゅっと握って、背中をほのかにとんとんとたたく。
それでもキリルは落ち着く様子は無く。
どんどんと自分自身を追い詰めて行く。

「アルベルト、このまま帰って来なかったらどうしよう……へ、返事もしてないのに…」

擦れた声に、ガルゼはふっと口元を上げた。

「大丈夫ですよ。加護を刺繍して渡しましたよ。」

加護を与える月の印は強い。
月の覆う地表では最強と言えると思う。

全く。
エルダス。
あんなに仕込んだのに。
動揺してるらしく使えない。

いや、初っ端から無理もない。
と思ってやらなくては、な。
こっちもあっちも動揺している。
可愛い子達だ。
狼狽えるキリルの耳に囁く。

「今夜は満月ですよ。月が出たら私が参ります。」

「え?」

何かあった時。48時間が勝負だ。
不慣れなエルダスに任せる訳にいかない。
自分が動かなくては。

「私は月の神殿に仕えていました。
月の元で魂を放てます。
魂はあっという間に千里を駆けますよ。
鳥よりも馬よりも早くダキャナに行ってみせましょう。月も味方してくれます。
エルダスに指図して直ぐに探し出しますからね。」

その言葉に、キリルはようやく頷いた。




白い影の様な昼間の月が、夜に透き通った空に輝き始める頃。ガルゼは起った。

体は起きるまで刺激を与えないで下さい。

そう言われて、キリルは自分の寝台に寝かせて立ち入りを禁止した。
眠っている様に見える。
でも魂のガルゼがふわっと浮かび上がり、アルベルト目指して飛んで行ったのを、キリルは祈る様に見送った。


月の光は細かい粒子となって、全てのものに降り注いでいる。その中の自分すら、柔らかく絡めとられるようだ。
ぬったりとした空気の中をガルゼは飛ぶ。
大地はガルゼの眼下にある。
ただふわりと浮くだけなのに、山も川も色の線となって流れていく。

まず、エルダスを。

それを念じて、月の光の中をガルゼは飛ぶ。





沢山掘り返した。
付けた二人の兵士も、骨折していたが見つけた。
チャワスの民も見つけて掘り上げた。

土石流に流されて打ち付けられて、飛ばされた。
その時、反動でバラバラに飛ばされたらしい。
兵士達の近くを掘り返したが、アルベルトと神子が見つからない。

ひたすら土を掻く。

おかげで指に豆が出来て潰れた。
指先は裂けて血だらけだ。
背中も筋肉痛でギシギシする。
もし刺さったらと思うと鋭いスコップは使えない。
皆んなほとんど素手で一日中土を掻いた。

見つからない。
そして岩と土で埋もれた谷は広い。
早く見つけないと、生きたまま掘り返す事が出来なくなる。

もう月が明るい…



座りたい。
でもうっかり座ると、もう二度と立てなくなりそうで。
エルダスは巨石にもたれて一休みしていた。

湧き出してひっくり返された、腐敗の混じった生臭い土の匂い。
その中で泣き出しそうに赤く充血した目を、濡れた布で押さえながら。
エルダスは途方に暮れていた。


ああ、助けて下さい…。
ガルゼ。
そう、つぶやいた時

『エルダス、ここに居たんですね』

ガルゼの声が聞こえた気がした。
ぼうっと鈍った頭の中に、すっきりと冷たい何かが捻り込んでくる。強引なその塊に抗おうとしたが、あの懐かしい声が再びした。

『見てご覧なさい。月の光の中で凄く綺麗だ』

こんな時、何考えてんだ俺。

目を覆う布を退けて、前を見る。
丸い月は蒼いかげを落として、世界が白い。
そしてその中に赤い影が、月へと立ち昇っている。
まるで蠢く花弁のように、赤い煙が数百本とゆらゆら立ち昇っている。

唖然とする手の中の布からも、細い筋がすっと伸びた。
この布は、キリル様が守りにとわざわざ刺繍を刺して下さったハンカチだ。
アルベルトは、鎧の下の肌着に刺繍して頂いていた。


よろよろとエルダスはその赤い煙に近づく。
大地から噴き出すその色。
赤だ。キリル様の糸と同じ。


エルダスは直ぐに土を掻きはじめた。
ここだ。
アルベルトはこの下にいる。
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