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結局、田舎で我に帰る

42 ケーナ村

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精霊の道から出ると、懐かしい空気に取り囲まれた。

そうだ。
王都と村では、空気というか匂いが違う。
この森林の香りは、決して木々の香りだけでは無い。
いろいろ混ざった懐かしい匂いだ。

獣道の中心にある空き地。
精霊の道の出入り口にしている空き地だ。
周りに獣も魔獣も嫌がるデルトスをわざと茂らせている。
おかげで道から出る時に襲われる事は無い。
その腰までの麦の穂のようなさやさやツンツンした草は、ただ青臭いだけじゃ無く人には爽やかに香る。

精霊の道を通ってきたルツの姿は素のままに戻っている。
木漏れ日に銀糸の髪を靡かせて、ルツは家に向かった。

急いで、必死で歩いたから。
まだ昼にはなっていない。
なら、じいサマのいる家に素のままたどり着いても安心だし。
金貨を渡して、今後の事を話そう。


森から抜けると道は乾いた粘土質の小石混じりのものになった。
頭を巡らすと、森を切り取った丘に、畑が作物でパッチワークの様に色を変えている。
森の濃い緑の中で、それはとても綺麗だと思う。
道の脇には雑草と呼ばれながらも、揉んで貼り付けると血止め出来る草や、牛が腹痛の時に食べさせる草が茂っている。


ザナは魔女として暮らしているので、村の外れの丘の上に家がある。
貧弱な村は民家が集まった所以外は、開墾した畑と森に囲まれている。

木の間を隠れる様に足を早めると小高い丘に家が見えた。
王都で暮らしていると、まるで物置小屋に見える。
その小さな家の横には薪が大量に積んである。
軒先には薬草の束が吊るされている。
庭には焚き火の跡。
椅子がわりの丸太がそれを取り囲み、ほっとする様な生活の痕跡があった。


思わず緩んだ頬を、鈴の音が叩いた。

鈴。

ドアベルでも無く。
魔物避けのカウベルでも無く。

鈴。

賑やかな鈴。



そおっと近寄ると。
台所口の方に、行商の馬車が停まっていた。
馬留めの杭に手綱を結ばれ。
馬はもぐもぐと草を喰んでいる。



どういう事だ。

昼には来ると聞いた。
まだ昼前だ。

自分が踏んで香り立つ草の中に、微かに錆の様な匂いが混ざってる。
それに気付いて、ルツのうなじがそそけ立った。


馬にも気付かれないように近付く。


スレート瓦の上に土が積もって、屋根には苔や草が茂っている。
ルツが近付くと、庭の草達は道を開ける様に割れた。


家は吊るしてある薬草が雨に当たらないようにのきが深い。
おかげで日差しを遮る事なく、窓から覗けた。

明るい外から内を伺う。

初め目が慣れなくて暗闇だった。

窓の外に潜んで、じっと伺う。
そうしたら部屋の中が徐々に見えて来た。

目立つのは銀色に光る髪だった。
……じいサマが素のままの姿をしている。

薄暗い中にその全身がほわっと浮かんで。
上着を着ていない事に気がついた。
伸びやかな青年は、裸の胸を晒したまま眉を顰めてじっと前を向いていた。

じいサマは食卓の椅子に座っている。
いや、座らされていた。
その顔を覗き込んで、行商人のシュベツが笑っている。
じいサマの頬や胸を撫で回しているのが見える。

そして知らない男が、引き攣った顔で床を見ていた。

床の上には体がある。

ルツの鼻が生臭と錆臭さを捉えた。
じわじわと床が黒く染まっていく。

床には血を流しながら村長が横たわっていた。



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