なぜか側妃に就職しました。これは永久就職じゃございません。

たまとら

文字の大きさ
上 下
64 / 77

64 夜の二人

しおりを挟む
すぐ、胡乱な目になってしまう。
それは、中学時代からの腐れ縁の男だ。名を、舟木翔平。ただし。

昔から、積極的に仲が良かったわけではない。

どちらかと言えば、つかず離れず。
有能な男ではある。言い方を変えれば、過ぎるほど賢しい。その上、はしっこい。

能天気に、仲間などと構えていれば、思わぬ方向から噛み付かれるだろう。
なにより。


彼がもたらす情報に助けられたことも多いが、窮地に陥れられたこともしばしばだ。


要するに、信用はできない。割り切った関係でいるのが一番の相手だ。
そして、情報を欲した雪虎から連絡を入れることはあったとしても。
(アイツの方から連絡が来るなんてな…)
あり得ない。

なにか、嫌な予感がする。
…それにしても、うるさい。いつまでたっても鳴りやまない。
雪虎は、心底、いやいやながら電話に出る。


「…なんだ」


不機嫌な応対だったにもかかわらず、



『出てくれてありがとう、神様仏様トラさまっ!!』



初っ端からテンションの高い声で、相手は祝福の声を上げた。
一瞬、鼓膜がバカになりそうだった雪虎は、真顔で告げる。
「じゃあな」

『待って待って待って、お願い話を聞いてぇっ』
「女みたいな悲鳴を上げるな気色悪い」
思わず雪虎はスマホを耳から遠ざけた。何か悪いものでも食べたのだろうか。

もう気持ちは黙って通話を切る方へ傾いている。それを察したか、翔平はすかさず。



『今、トラは県外にいると思うんだけど、それ、オレのせいなんだ』



絶対に雪虎が無視できない言葉を選んでぶつけてきた。さすがだ。
通話を切ろうとしていた雪虎の指が止まり、
「あぁ?」
予想外の告白に、声がさらに地を這う。つい、唸った。

「今、何を企んでいる」

雪虎が何かを聞く前に翔平が、雪虎の現在の状況の責任が自分にあると自白した理由に警戒心が湧く。
雪虎の警戒に、翔平が慌ててかわい子ぶる。

『ヤダな、企むなんて! 単純にそういうお仕事が入ってねっ』

「だとしても、理由もなく仕事内容を話すか? お前が」
『そ、そんなことだって、あ…るかもしれないじゃん』
雪虎の声に遊びのない苛立ちを察したか、電話向こうで、ぐず、と鼻をすする音。
(なんだこいつ、本気で泣いてないか?)


―――――まさかと思うが。


電話向こうの光景など、当たり前だが、見えない。




だが今、その見えない場所で、尋常でない事態が起きているのではないだろうか。




仕方なく、スマホを耳に当てなおす。
「…そうか。だったら」
要求したところで、本来なら、翔平は答えないだろう、そういう質問を雪虎は口にした。


「なんで俺を売ることになったのか、一から話せ」


これで話さなければ、終わりだ。
向こうがどのような状態だろうが、雪虎は知ったことではない。果たして、翔平は。


『ぅぐ…、実はね、ナオに腕のいい殺し屋を紹介しろって言われて』

さらっと話し出された本題が重かった。翔平が、ナオというからには、尚嗣のことだ。
雪虎はまたスマホを離したくなった。


昨夜、尚嗣からきた連絡と、この状況から考えるに。
おそらく尚嗣は―――――恭也の敵対者側に依頼をした側の人間だ。直接的にか間接的に課は知らないが。
いや、あの男のことだ、絶対に、自分だけは泥をかぶらないような保険をかけているはず。なんにしろ。


(また恨まれるな…)


雪虎が顔をしかめる間にも、翔平はぺらぺら話し続ける。
『話をつけた相手から、今度は、死神のことをなんでもいい、調べ上げたらまた別枠で報酬をやるって言われて』
雪虎は思わず眉間を押さえた。
「話の流れからなんとなくそうだと思ってたが…というか、俺と死神に関係があるって情報源はどこだ」

翔平は、雪虎とは付き合いが浅い。
なぜそんな機密事項を知っているのか…いや、それがこの男である。

結局、尋ねた情報源についてはひとつも触れず、翔平はぎゃあぎゃあわめきたてた。
『だってぇ! 提示された金額が尋常じゃなかったんだもんっ。情報公開に対してかかる圧力だってなかったしっ』
正直、同世代の男がこういう話し方をするのは、鳥肌モノだ。
にしても圧力。
どこの誰が、と聞いたところで、翔平のことだ、答えないだろう。
代わりに、雪虎は冷静に繰り返した。


「普通に話せ」

『はい』


震える声で大人しくなる翔平。
「…それで? そんなことをわざわざ被害者の俺に報告する意味は何だ」

『理由は、―――――ひとつさ』
真剣な声で格好よく告げたかと思いきや。





『ユルシテクダサイ』







雪虎は半眼になった。首を傾げる。
―――――コイツは今更、何を言っているのか。

『も、もちろん、ただでとは言わない!』
雪虎の沈黙に怯えるように、



『オレはトラの奴隷になる! なるったらなる!!』

? ?



突拍子もないことを言い出した。いらない。めんどい。






『何でも言うこと聞く、情報だって、トラに率先して渡す! トラに不利なことはしない!』



? ? ?






「おい、…おい、なあ、情報屋」

相手の勢いを削ぐべく、口を挟む雪虎。
「おまえさ…自分の口約束が俺に信用してもらえるとか、本気で思ってるか?」
熱でもあるんじゃないか、と半ば本気で心配すれば、
『なんだったら契約書作るよ!? 法的束縛まで持たせちゃうよっ!? 弁護士の知り合いなら世界中合わせたら星の数ほどいるしねっ! むしろ精神的束縛でもいい、いま、すぐ、ここで―――――か、紙とペンをくれ、いえ、ください!』




? ? ? ?




今、彼の周囲に誰かいるのだろうか。

雪虎には分からない。分からないが。…なにやら、相手が心底切羽詰まっていることは理解した。






しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

第二王子の僕は総受けってやつらしい

もずく
BL
ファンタジーな世界で第二王子が総受けな話。 ボーイズラブ BL 趣味詰め込みました。 苦手な方はブラウザバックでお願いします。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...