なぜか側妃に就職しました。これは永久就職じゃございません。

たまとら

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55 王妃の後宮  下

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「アドルは王位継承者なのに婚約者がいないのを不思議に思われたかもしれませんわね。」

王妃様は大判焼きをと食べられてから、うん♡ と頷いた。
正直、手のひらくらいの大きさがあるからナイフで切り分けて食べるかもと思ってた。
やんごとないお方がぱくり。
かぶりつく姿にびっくりしたのがわかったのか、王妃様はくすりと笑った。

「私もは大好きだったのよ。
これならば紅茶じゃ無く緑茶にしましょうね。」

指一本をくるりと動かすと、侍従が新しいカップとお茶をさらっと用意した。

「私も下町にはよく行きましたわ。
 少しお話をさせてね。」

そう言って王妃様はちょっと昔の話を始めた。



王妃様は生まれた時から正妃に決まっていた。
上級貴族には王家を守る五大侯爵家があり、その三家からすでに側妃が出ていた。

王妃様と王様の年の差はちょうど十歳。
まだ学園にも入れないうちから王妃教育がはじまっていた。

「それはもう厳しくて。ティカップを持つ手の角度が違うと鞭で打たれますの。
そして『側妃の○○サマは完璧でこざいますわよ』~もう、心は折れそうでございましたわ。」

側妃の三人はその為に育てられたような方々で。
容姿も振る舞いも完璧。
愛される小首の傾ける角度。
おねだりの仕方。
私から見ても花のようでした。

でもそうやって囲い込まれた人にとって、税金も労働も数字でしか無くて。
まぁ貴族らしく入浴も着替えも自分では出来ない。
侍従も人というより駒。
実家からの要望で王様の一番を争ううちに、陰湿な虐めが始まってました。

教師陣も巻き込んで、私の心を折ろうとしたり。
王様に気に入られた妃を貶してみたり。
そのうち一人が懐妊したことでパワーバランスが崩れました。

「結局、ご懐妊された方は毒で儚くなり、後宮の争いは白日の元に晒されましたの。」


で。

ある日、王妃教育がパタリと終わった。
関わる教師が粛清されたのと、王妃様が入学されるのとで。
護衛も影も付いて、王妃様は街歩きを始めた。

「そこには沢山の方が、お金の為に働いたり笑ったりしてましたわ。私はハンカチ一枚でどれだけのパンが買えるかを知りました。」

そう、出来る侍従にケアされて。
学園で淑女としての勉強をしているのに、王妃教育というマナーやダンスは必要なのかしら。
外交や経済の勉強は、王様を支える為に当たり前のことでしょう。

そう思いましたのよ。
王妃様は艶やかに笑った。

だから新しく側妃に迎えた二人の出自は消してあります。
自分で考えて、自分で立って、王様を支えられる方を側妃にお迎えしましたの。

だからアドルは、婚約者で縛るつもりはありませんから。



風がさやさやと葉擦れを唄う。
そんな和やかなガゼボのお茶会に、なかなかハードな話題がぶち込まれた。

戸惑うジュノと違って、王妃様、側妃達、リサ様、はては侍従さん達はうんうんと頷いている。

「だからね、」

王妃様はきゅっとジュノの手を握った。

「文句を言ってくる侯爵家は、側妃騒動の後始末でおとなしくなりました。はっきり言って、もう借りてきた猫ですわ。」

「ジュノとアドルを皆んなで応援していますわ。遠慮も何も入りませんのよ。
二人で幸せになってちょうだいね♡」

うんうんと頷く美女達に、ジュノはなんとも言えない気持ちになった。
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