おうち図書館と白狐さん

錦木

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1.太陽とおにぎり

〈2〉

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 暗くなってきたのでそろそろ閉めることにする。
 帰る方向が同じなので今日はみんな満月といっしょに帰ると言っていた。

「さよならー」
「ゆきお兄さん、またな!」
「また来てねー」

 幸治もバイバイと手を振る。
 晩ご飯を食べて風呂に入る。
 それからテレビのバラエティ番組を見ているとだんだんウトウトしてきた。

「そう言えば、これ結局だれのか聞けなかったな……」

 テーブルの上に置いてあるカプセルを手に取る。
 大方、いつもくるだれかのだと思っていたが。

「まあいいか」

 もう一度テーブルに戻す。
 ついでに眼鏡を置いた。
 少し休もうと床に横になっているとだんだん眠たくなってきた。
 そのうち本当に寝入ってしまう。
 幸治が目を閉じてからしばらくして。
 幸治は見ていなかったが、カプセルが淡く光った。
 それはまるで月の光のようで。
 そしてひとりでに動き出す。
 コロコロと転がってピタリと止まった。


『それでは今日もはりきって。いってらっしゃい!』
 朝のニュースの音が聞こえた。
 ハッと幸治は固い床の上で目を覚ます。
 慌てて眼鏡をかけた。

「まずかったな……。床で寝てしまうとは」

 幸治は一人暮らしなので、どこでいつ寝ていても起こしてくれる人がいない。
 うん、と伸びをして朝ご飯でも作るかと立ち上がった。
 手をついたテーブルのなにかに触れる。

「あれ……?こんな近くに置いてたっけ?」

 カプセルが自分のすぐ近くにあった。

「開けてみるか」

 中身がわかれば聞くときにすぐだれのかわかるだろう。
 未開封のものを先に開けるのは少し気が引けたが、だれも取りにこなかったのだから仕方ない。
 両手で引っ張るとパカリと簡単に開く。

「なんだこれ……なにかのミニチュア?」 

 中身は小さな部品が入った袋だった。

「説明書は……。入っていないな」

 だけど、これぐらいならすぐに組み立てられそうだと思った。
 部品は少ないし、作りやすそうだと思う。
 幸治はミニチュアのおもちゃが昔からけっこう好きだった。
 組み立てると家や城ができるものをいくつも買ったものである。
 久しぶりに見るとウズウズしてきた。

「作ってみてもいいよな……」

 なぜだか作りたい衝動にかられて、そうしたほうがいい気がして幸治は組み立てはじめる。
 直感である。
 ものの数分でそれは完成した。

「できた」

 それは小さな社のセットのようだった。
 鳥居に本殿、賽銭箱。
 両手におさまるくらいのサイズで小さくてかわいらしいながらなかなかリアルだ。
 ソーッと持ち上げるとおうち図書館に持っていった。

「うんうんなかなかいいんじゃないか」

 小さな棚の上に置いてみるとなかなかマッチしている。
 子どもが喜ぶかもしれない。

「賽銭はさすがに入らないけど、一応参っておくか」

 幸治は手を合わせる。

「これからよろしくお願いします」

 言葉もスルリとでてきた。
 その途端、ズンと床が揺れた。
 あれ、と思う間もなく目の前になにかが出現する。
 白い耳に白い尻尾。
 大型犬くらいの大きさの白狐びゃっこが目の前にいた。
 綺麗だ。
 そう思ってからギョッとする。
 いやいや狐?!
 家の中に?!
 というかどこから入った。
 頭の中がはてなマークでいっぱいになる。
 首を振り振り、狐が口を開いた。

「うん?どこだ、ここは」
「喋った!」
「うるさい」

 幸治が驚きの声をあげると狐は顔をしかめた。

「狐だよな。すごい。うわあフワフワしてる」

 思わずモフモフと触ってしまう。

「ええい、やめろ!」

 狐は迷惑そうに身じろぎした。

「もしかして……」
「人形じゃないぞ」

 幸治の考えたことを先回りするように言う。

「俺は白銀はくぎんだ。人間、なぜ俺を呼び出した」
「呼んでませんけど……」

 思わずそう言う。

「そんなはずないだろう。俺がここに呼び出されたってことは絶対なにかがあって」

 白銀の目が一点で止まる。

「あーっ!」

 幸治がそちらを見ると、白銀がミニチュアの社に釘づけになっていた。

「これどうしたんだ?!」
「落ちてたから拾いました」
「拾った……。クソ、これに呼び出されたってことか」

 苦い顔で前足で触ろうとしたり引っこめたりしている。

「あの、よかったら戻しましょうか。ってカプセルがない?どこいった」
「いや下手に触ると危険だからこのままでいい」

 どこか慌てるように白銀は言う。

「落ち着け……、落ち着け……」

 そう言いながらぐるぐるとあたりを歩き回っている。
 そのとき、ドンドンと玄関が鳴った。

「ゆきお兄さんいますかー?」

 声からすると子どもがきたようだ。

「ヤバッ。ちょっとどこかに隠れて」

 そう言うが隠れるのに適当なスペースがない。
 幸治は玄関に行く。

「はーい。いま開けるよ」

 開けるとそこにはももちゃんこと桃矢が立っていた。

「あれ?まだ学校行ってる時間じゃない?」
「なに言ってるんだよ、ゆきお兄さん。今日は土曜日!」
「あっそっか……」

 在宅勤務だと曜日感覚がなくなってしまうことがある。

「なにその子?」

 ももちゃんが背後を指さすので思わず首をかしげた。

「その子?」 

 振り返って心の中でええっ!と声をあげた。
 小学校低学年くらいの知らない子が立っている。
 子どもは小さい声でつぶやいた。

「おい、なんとかごまかせ」

 声は白銀だった。
 人間に化けられるのか。

「ええっと、親戚の子!突然預かることになっちゃって」

 幸治はわざとらしくならないようにそう言った。
 ごまかせたのかどうか、桃矢はキョトンとしている。

「じゃあ今日は忙しい?」
「ええっと、そうなんだ。忙しいかな」
「そっか」

 桃矢は頷く。

「俺、今日は外で遊ぶ!ゆきお兄さんその子のこと面倒見てやってくれよな」

 そう言って走って行く。
 幸治が声をかける間もないほど速い。

「えっと気をつけて行けよ!」

 その背に向かって声をかけた。

「なかなかいい子だな」

 小さい子こと白銀はそう言ってうなずくとともに狐の姿に戻る。

「あの……。いろいろ言いたいことはあるんですが。近所に狐がいるって知られたら大変なので、帰ってもらってもいいでしょうか?」
「言われなくてもそうする」
「裏から回ってください」

 桃矢が出て行ったばかりなので警戒して裏戸のほうに行く。

「じゃあな、人間」

 白銀は踵を返して跳んで、べしゃりと落ちた。

「あれ?」
「ええっと、なにしてるんですか?」

 気まずい雰囲気がながれる。
 二人してキョトンとしてしまった。

「そんな馬鹿な……」
「どうしたんですか?」

 どこか肩を落としている白銀にそう言う。

「帰れない」
「はい?」
「だから、帰ろうとしたけど帰れないんだよ!元いた場所に」

 キレ気味にそう言われた。

「俺に言われても……。白銀さんどこから来たんですか?」
「あそこに見える山からだ。俺はあの山の神使しんしなんだ」
「神使?」
「神の使い。書いて名の如しだな。俺は偉いんだぞ」

 えへん、と白銀は胸を張ってみせる。
 なんだか、かわいい。

「あの山の一番偉い神の一番の神使なんだよ」

 一番を強調して言う。

「あの山から降りてきたんですか?それは大変でしたね。ええと、俺は車持ってないので誰かに送ってもらいましょうか?」
「できない」

 白銀は首を振った。

「人間は神域に入れない。それに……」
「それに?」

 なにやら、深刻そうな様子の白銀に幸治は聞き返す。

「俺は破門されたんだった」
「破門?」

 幸治は大きく首を傾げた。

「神様って、いや神使でしたっけ。破門とかあるんですか」
「あるんだよ。とにかく、俺は山に帰れない。というか帰らない」

 幸治のほうを見て何気ない口調で言う。

「こうなったら、しばらく人間の世を楽しんでやる。とりあえず、泊めてくれねえか」
「はい?」

 いきなりの居候宣言に幸治は戸惑う。
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