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第六部
第47話「僕の心情と、親友からの忠告①」
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それから暫くの間、渚が泣き止むまで頭を撫で続けていると、突然彼女はリビングの壁に掛かった時計へと視線を配る。
時刻は10時間近。
さすがにお隣さんと云えど、こんな遅くまで滞在するのはよくないか。色んな意味で。
「もうこんな時間……ごめん、私そろそろ帰るね」
「あ、うん」
渚は僕の隣で立ち上がり、先程まであった温もりは一瞬で蒸発した。
買った新刊、そしてブレザーと鞄を手に取ると、そのままドタドタと音を立てて玄関先へと急いだ。
家が隣とはいえ、見送りをしないのは何か癪に障ったため、僕も玄関へ向かう。
渚がこんな時間まで家にいることは、昔からあったことだ。両親が共働きで帰りが遅かった渚の家は、いつも彼女──ただ1人。
とはいえ、今日はそんな家も明かりが点いていた。
「ま、さすがにこの時間じゃ、おばさん達も帰ってきてるか」
「うん。連絡はしてあるから、大丈夫だけどね」
「忘れ物はないか?」
「あったら明日渡して!」
「お前なぁ……」
幼馴染だからって、僕はデリバリーなんかしないからな。寧ろ社会不適合者に近い僕が、バイトをすると思うだろうか。──無いな、うん!
「ふふっ、冗談だよ! ちゃーんと確認したから平気平気! 今日はありがとね、私のわがままに付き合ってもらって」
「まったくだ。少しは同じ迷惑さを味わいたまえ」
「どこの人よ! すみませんでしたー、っと」
「……気をつけてな」
「すぐ隣だから大丈夫だよ! それじゃあ、また明日ね!」
「……また明日」
僕と渚はお互いに手を振り、静かに扉が閉められた。渚だけだったはずが釣られたらしくいつの間にか僕まで手を振っていた。しかしそのことに関しては完全に『無意識』だった。
……ガチャン、と閉まる音と同時に気づいたが、何故あんなことをしたのか皆目見当もつかない。
軽い自己暗示に陥りながら、僕はリビングへと戻る。
ソファーやら机の上に散らばった新刊や鞄を持ち上げる。
夜中への道を進んでいる時間の中、僕はどうしてかふっと小さく笑みを零した。
「……あんなに夢中になって読書会したの、いつぶりだっけ」
小さい頃は、楽しく語り合いながら雑誌を読んだり漫画を読んだりしていた。
なのに──気づけば、僕は1人で読むことが当たり前になっていた。
今日の読書だってそう。始めは1人の世界で、悠々とラブコメの世界観を体感していたはずなのに……。途中から、僕1人の世界では無くなっていた。
僕らしくない。そんなには自分が1番わかってる。
……だけど、どうしてもあの時間だけが“特別”なものだと決め込んでしまうのは、どうしてだろうか。
周りから“ぼっち”として扱われるようになってから、僕は迷いもせず、その道で人生を紡いでいくと決めた。いびられても構わない。読書という平和な時間がやってくれば……それでよかった。
教室で誰彼構わず愛されて、受け入れられる渚とは違う。
渚は僕とは違い“学園一の美少女”として、トップカーストの位置に君臨し続けなければいけない。
そんな有名人が、僕のような“根暗ぼっち”と同等の読書好きだと知られるわけにはいかなかった。それが、彼女の望みだったから。
──だから僕は誰とも共有してこなかった。
読書という、自分が1番大好きな時間を。
……だが、今日はどうだ?
いつもと違って、昔のような……有意義な読書会になったんじゃないだろうか?
少なくとも、僕はそうだった。
1人という時間の中でしか、僕の中の読書は生き甲斐が無かったというのに……どうして今日は寧ろその空間が、嫌だと感じた。
……まさか、な。と、考えたくもなかった。
だって──今までそんな想いを一度だってしたことがなかったから。
けれどこれは、認めざるを得なかった。
「……もしかして、僕って案外物好きなのかもな」
誰もいないリビングで小さく呟く。
荷物を持ち直し、リビングを後にしようとした途端──スマホに着信が入った。
一旦荷物を置いて確認する。
しかし、画面に表示された名前を見た瞬間、先程までの考えが全て真っ白になるほどの阿呆らしさを感じてしまった。相手はクラスメイト兼部活仲間──藤崎透だった。
……出なくていいよね。絶対大した用事じゃないよね。
そう思い、プチッと赤ボタン(拒否ボタン)を押す。
スマホは落ち着きを取り戻し、正常の画面に戻った──その直後、再び透から着信。
……出ろってこと? 嫌だよ面倒くさい。
でも、このまま拒否し続けてもどうせその数電話がかかってきそうだし……。
「…………もしもし」
僕は迷いながらも着信ボタンに手を伸ばした。……何してんだ、僕は。
『お前なぁ! せっかくの友達からの電話を拒否するなよ!』
「生憎だが、ナルシストに付き合ってるような時間は、本日の予定には汲み込まれていません。もう切断してもよろしいでしょうか?」
『容赦ねぇなぁ、お前』
「当たり前だ。僕に与えられるはずだった読書タイムを返せ」
『およ、それは悪いな。ってなわけだ晴ー! 少し話があるんだが今いいか?』
「人の話聞いてたか?」
……それにこの言い方、絶対長くなるやつじゃん。
そう理解したが時すでに遅し──この陽キャ兼リア充からは簡単に逃れられない。
「……はぁ。手短に済ませてくれ。僕もそんな暇じゃない」
『んじゃ訊くけどさ。──お前と一之瀬って、付き合ってんのか?』
「………………………………………はっ??」
……おいちょっと待て。こいつ今、サラッと何言った?
受話器の向こう側には伝わらない謎の緊張感と焦りが込み上げ、僕の神経を逆撫でする。
普段であれば簡単に受け流す言葉だ。
だが──言ってきたタイミングが『今』なのが悪かった。
何の変哲もない言葉だが、先程まで僕はあいつと居た空間が心地良いものだということを知ってしまった。よって、効果は抜群である──以上。
時刻は10時間近。
さすがにお隣さんと云えど、こんな遅くまで滞在するのはよくないか。色んな意味で。
「もうこんな時間……ごめん、私そろそろ帰るね」
「あ、うん」
渚は僕の隣で立ち上がり、先程まであった温もりは一瞬で蒸発した。
買った新刊、そしてブレザーと鞄を手に取ると、そのままドタドタと音を立てて玄関先へと急いだ。
家が隣とはいえ、見送りをしないのは何か癪に障ったため、僕も玄関へ向かう。
渚がこんな時間まで家にいることは、昔からあったことだ。両親が共働きで帰りが遅かった渚の家は、いつも彼女──ただ1人。
とはいえ、今日はそんな家も明かりが点いていた。
「ま、さすがにこの時間じゃ、おばさん達も帰ってきてるか」
「うん。連絡はしてあるから、大丈夫だけどね」
「忘れ物はないか?」
「あったら明日渡して!」
「お前なぁ……」
幼馴染だからって、僕はデリバリーなんかしないからな。寧ろ社会不適合者に近い僕が、バイトをすると思うだろうか。──無いな、うん!
「ふふっ、冗談だよ! ちゃーんと確認したから平気平気! 今日はありがとね、私のわがままに付き合ってもらって」
「まったくだ。少しは同じ迷惑さを味わいたまえ」
「どこの人よ! すみませんでしたー、っと」
「……気をつけてな」
「すぐ隣だから大丈夫だよ! それじゃあ、また明日ね!」
「……また明日」
僕と渚はお互いに手を振り、静かに扉が閉められた。渚だけだったはずが釣られたらしくいつの間にか僕まで手を振っていた。しかしそのことに関しては完全に『無意識』だった。
……ガチャン、と閉まる音と同時に気づいたが、何故あんなことをしたのか皆目見当もつかない。
軽い自己暗示に陥りながら、僕はリビングへと戻る。
ソファーやら机の上に散らばった新刊や鞄を持ち上げる。
夜中への道を進んでいる時間の中、僕はどうしてかふっと小さく笑みを零した。
「……あんなに夢中になって読書会したの、いつぶりだっけ」
小さい頃は、楽しく語り合いながら雑誌を読んだり漫画を読んだりしていた。
なのに──気づけば、僕は1人で読むことが当たり前になっていた。
今日の読書だってそう。始めは1人の世界で、悠々とラブコメの世界観を体感していたはずなのに……。途中から、僕1人の世界では無くなっていた。
僕らしくない。そんなには自分が1番わかってる。
……だけど、どうしてもあの時間だけが“特別”なものだと決め込んでしまうのは、どうしてだろうか。
周りから“ぼっち”として扱われるようになってから、僕は迷いもせず、その道で人生を紡いでいくと決めた。いびられても構わない。読書という平和な時間がやってくれば……それでよかった。
教室で誰彼構わず愛されて、受け入れられる渚とは違う。
渚は僕とは違い“学園一の美少女”として、トップカーストの位置に君臨し続けなければいけない。
そんな有名人が、僕のような“根暗ぼっち”と同等の読書好きだと知られるわけにはいかなかった。それが、彼女の望みだったから。
──だから僕は誰とも共有してこなかった。
読書という、自分が1番大好きな時間を。
……だが、今日はどうだ?
いつもと違って、昔のような……有意義な読書会になったんじゃないだろうか?
少なくとも、僕はそうだった。
1人という時間の中でしか、僕の中の読書は生き甲斐が無かったというのに……どうして今日は寧ろその空間が、嫌だと感じた。
……まさか、な。と、考えたくもなかった。
だって──今までそんな想いを一度だってしたことがなかったから。
けれどこれは、認めざるを得なかった。
「……もしかして、僕って案外物好きなのかもな」
誰もいないリビングで小さく呟く。
荷物を持ち直し、リビングを後にしようとした途端──スマホに着信が入った。
一旦荷物を置いて確認する。
しかし、画面に表示された名前を見た瞬間、先程までの考えが全て真っ白になるほどの阿呆らしさを感じてしまった。相手はクラスメイト兼部活仲間──藤崎透だった。
……出なくていいよね。絶対大した用事じゃないよね。
そう思い、プチッと赤ボタン(拒否ボタン)を押す。
スマホは落ち着きを取り戻し、正常の画面に戻った──その直後、再び透から着信。
……出ろってこと? 嫌だよ面倒くさい。
でも、このまま拒否し続けてもどうせその数電話がかかってきそうだし……。
「…………もしもし」
僕は迷いながらも着信ボタンに手を伸ばした。……何してんだ、僕は。
『お前なぁ! せっかくの友達からの電話を拒否するなよ!』
「生憎だが、ナルシストに付き合ってるような時間は、本日の予定には汲み込まれていません。もう切断してもよろしいでしょうか?」
『容赦ねぇなぁ、お前』
「当たり前だ。僕に与えられるはずだった読書タイムを返せ」
『およ、それは悪いな。ってなわけだ晴ー! 少し話があるんだが今いいか?』
「人の話聞いてたか?」
……それにこの言い方、絶対長くなるやつじゃん。
そう理解したが時すでに遅し──この陽キャ兼リア充からは簡単に逃れられない。
「……はぁ。手短に済ませてくれ。僕もそんな暇じゃない」
『んじゃ訊くけどさ。──お前と一之瀬って、付き合ってんのか?』
「………………………………………はっ??」
……おいちょっと待て。こいつ今、サラッと何言った?
受話器の向こう側には伝わらない謎の緊張感と焦りが込み上げ、僕の神経を逆撫でする。
普段であれば簡単に受け流す言葉だ。
だが──言ってきたタイミングが『今』なのが悪かった。
何の変哲もない言葉だが、先程まで僕はあいつと居た空間が心地良いものだということを知ってしまった。よって、効果は抜群である──以上。
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