隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい

四乃森ゆいな

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第四部

第29話「幼馴染は、僕のことが心配らしい」

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 午前8時前。

 普段から人混みの少ない裏路地付近に住んでいることもあって、朝でも自動車や歩行者はそこまで多く見かけない。表通りに出れば自動車は多めだが。

 朝の通学路──中々この近辺から通う学生がいないこともあるとは思うが、どうして朝から幼馴染と一緒に通学路を歩く必要があるんだ?

 いや、本当に何で?

 僕はとにかく、この場を1分でも1秒でも早くこいつから離れたい。通学路を急変更したウチの学校の生徒がいたらどうするつもりだよ。

 それに今の僕は以前とは違い──一之瀬のことを『渚』と呼ぶよう言われている。
 ただでさえあの挨拶を盗み聞きしていた妹が「えぇ!? なに? 渚さんと晴兄、いつの間にそんなに進展したんですか!?」と興奮気味に言っていた。

 こんな関係が知られれば、きっと学校に僕の座る席は無くなり、居場所も無くなり……最終的には不登校になってしまう結末が──、って、飛躍させすぎだろうか。

 でもこうでもしていないと落ち着かないのもまた事実。
 嫌な悪夢はとっとと去れ。
 僕は平凡かつ穏やかな日々を満喫したいだけなのだ。

 ただでさえトラブルの中心に君臨しているような奴が幼馴染なのだから、僕に与えられた使命は1つ──関わらないこと、以上。
 ……だというのに、どうして僕の隣を歩いてるんだ。この女は。

「……おい」

「何でございましょうか?」

「その話し方は辞めろ、気色悪いから。……でだ。とりあえず、離れて歩け。同じ学校の連中に見つかったらどうする気だ」

「どうするも何も。私達が『幼馴染』で知り合いなのはバレてるんだし、別にいいんじゃない?」

 ……ダメだ。こいつに相談しても事が解決する気がしない。寧ろ悩みの種が増える。

「……あのな」

「それに、今までとは少し違う感じが新鮮……というか。何だか嬉しくて仕方ないというか。……ダメ、かな。晴斗」

 そして、最大の問題はこいつの呼び方だ。
 先日、こいつは僕の友達に嫉妬していたという。その理由は、名前呼びからの劣等感からのようだった。だから名前で呼ぶようにしているのだが……、

 普通に考えよう。──学校の代表みたいな顔が見向きもしてこなかった(極力距離を取るようにしていただけ)渚が、急に僕のことを名前で呼んだら……。

 ……考えただけでも悪寒が止まらない。

 それに、違和感が絶えないのも理由の1つだ。
 名前で呼び合うようになってからというもの、一種の好奇心によるものなのかはさて置いて、メッセージのやり取りにも名前が使われているのだ。
 それにこれといった悩みがあるとかではないが、さすがに恥ずかしい……。

「お前は良くても僕は嫌なんだ。そんな顔してきても無駄だぞ」

 有無を言わせないといった煌びやかな瞳。透き通ったアイスブルーの瞳に射抜かれる者がいるのも自然とわかる。が、幼馴染には、つまり僕には通用しない。
 恋心を抱いていない僕にとって渚の瞳は、ただの慣れきった瞳にすぎない。

「いいじゃない偶には。……こうして晴斗と並んで歩くのなんて、入学式以来なんだし」

 ……確かにそうだ。
 こうやって高校までの道のりを一緒に登校するなんて――入学式以来だ。だったけど。

「途中でも何でもいいの。……晴斗と、好きな人と一緒に歩くってことが、私には嬉しいことだから」

「………………」

 渚は髪を弄りながら言った。
 そんな彼女の顔は熟しきった林檎のように赤く染まっていた。
 多少の気恥ずかしさを感じるのであれば言わない方がいいと思うのだが。……でも、これだけは言える。僕には不可能なことだ。

「……なぁ。前から気になってたんだけど、今訊いてもいいか?」

「なに?」

「……お前ってさ、いつから僕のこと好きだったんだ?」

「な、ななな、なに!? きゅ、急にそんなこと訊いてくるなんて……!!」

「……いや。気になったから、普通に訊いてみたかっただけ」

「ほ、本当……なの?」

 妙に疑ってくるんだけど。僕ってそんなに信用性ないですかね、優衣にも時々言われるが。

 前言の通り──僕の問いにそれ以上に求めるものなど無い。
 ただ単に気になっただけなのだ。こいつが、いつ、どこで、どうして僕を好きになったのか。何しろ僕自身がその答えを知らないのだから、気になっても不思議ではないだろう。

 まぁ話すかどうかは彼女次第。
 強制する気もないから、話すつもりがないのならそれでいいと思っている。

 それに、反応を見ればわかる──話すのを少し躊躇う渚の姿が。

「で、でもまぁ……は、ハル君が知りたいなら、話すけど……?」

「別にいいよ。またの機会にする」

「い、いいの……?」

「どうしても知りたいってわけじゃなかったからな。ただ少し血迷った」

「それはまるで私の告白が血迷ってたみたいな皮肉に聞こえるんだけど……?」

「そこまでは言ってないぞ」

 ただ、釣り合わないと思ったことは何度もある。クラスでの立場が違うことや、積極性に欠けるところはたくさんあるなと。そう思ったことは、いくらでも。

「私にはそう聞こえるの!」

「老化が進んでるのか?」

「どうしてそうなるのよ! ……晴斗は本心からの気持ちを他人に伝えたことが片手で数えらえる程度しかないから、そんな平気な顔でいられるのよ」

「それこそ皮肉だろ」

「……っ! もう……こっちが、一体どんな想いで伝えたと思ってるのよ──……」

 僕達の間に創られる空気。それは──長年培ってきた信頼関係から産まれたもの。他の誰にだって出来るわけがない。言わばこれは、僕の渚に対するちょっとした独占欲……とでも言えるべきものだ。

「それくらい僕にだってあるぞ?」

「ふーん。例えば?」

「……子どもの頃、欲しかった漫画を強請ねだって買ってもらった……的な?」

「それはわがままでしょ! 本心からの気持ちって、意味わかってる!?」

「バカにするなよ。こう見えて国語は得意科目だぞ」

「それだけの成績があって鈍感なんて最早奇跡だよね……」

 いつの間にか気まづい話から、いつも通りの会話へと変化していた。やはりこのテンポは落ち着く。渚と話してる……って感じが。
 学校では決してやらない──僕と渚の、幼馴染としての会話をしている気分だ。

 ……だがしかし、この世に変えられるものがあるように、反対に変えられないものだって存在する。例えば、クラストップカーストと、一緒に登校すること。とか。

「……あ、学校」

「タイムリミット、だな」

 歩いていれば自然と学校との距離は近くなる。
 やがて学校の校舎が見え始め、駅から歩いてくる生徒達も見えてくる距離になった。

 さて、ここまでだ。
 僕は渚と違い、このまま一緒に門を潜るなどという命懸けのような行為はしない。

 理由なんて決まっている。──僕が、小心者だからだ。

「……ダメ、なの? せっかくここまで一緒に来たのに!」

 渚は当然のように僕に異論をぶつけてくる。

「ダメだ。お前だって知ってるだろ」

「そう、だけどさ……」

 渚がもの欲しそうな瞳で僕を見る。
 ……やめろよ。そういう美少女の特権みたいなの使うの。
 僕はもう、学校から注目を浴びるなんて……二度とごめんなんだ。

「……ごめんね。やっぱ、私のせいだよね」

「気にしなくていい。もう昔の話だし。それに……あれは、僕のせいでもある」

 先程までの空気は完全に消え去り、いたたまれない空気に変わる。
 鞄をぎゅっと握り込み、渚から視線を逸らす。

 ──脳内に浮上する、僕の過去の映像。

 切り出したように、過去の嫌な僕だけが綺麗に脳内に浮上してくる。貪っていく。溺れさせていく。とても嫌で……心の中で「助けて」と、何度も叫んだ。

「……わかった。今はまだ、一緒には行かない。晴斗が嫌なら無理はさせたくないし。でも絶対、今度は私が守るから!」

「……そうかよ」

 ──気にするな。僕はあいつに、そう言った。

 別にあのときのことで渚に恨みがあるわけじゃない。
 ただ僕が……迂闊だっただけ。
 クラスの中心人物が、僕みたいな“根暗ぼっち”に捕られたのだ。反感を買ったっておかしくなかったはずなのに──それを、あの頃は理解出来ていなかった。

 だから僕はもう……あいつに、あのときのような想いをさせたくないんだ。
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