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第四部

第32話 女神様との秘密がバレた……?!

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 人には誰しも出来ることと出来ないことがある。
 美桜にもそれはわかっているだろうが、簡単に、簡潔にでも諦めたくはない。

 だからこそ、今は引き下がるしかないと考えたのだろう。実際、目の前にいる女神様は、普段見せないような苦虫を噛み潰したような表情をしている。

「……後で、漫画のこと教えてやるよ」

「……本当ですか?」

 すぐさまぱっと明るい表情を見せ、尻尾をふりふりさせている。わかりやすすぎだろ。

「ああ」

「絶対ですよ? 約束です。破ったら針千本飲ませます!」

「怖いなぁ……」

 子どもの頃の約束常套句じょうとうく──針千本。
 けれどこれはあくまで『比喩表現』であり、実際に約束を破ったからといってその相手に針千本飲ませるなんて犯罪紛いのことはしない。

 ……それぐらいは知ってるよね? 知ってるって言って!

「それでは、私は夕ご飯を作ります」

「頼むな。材料は多めに買ってあるから、足りるとは思うけど」

「足りなくても、足りるように補うので安心してください」

 自信満々にえっへん、と誇らしげな態度で美桜は物申す。
 2人きりの空間で見る彼女も結構新鮮だが、こういう場所で見るのもまた一興だな。



 ──と、僕はそこで気づく。

 ここは『

 大宮のとあるマンションの5階の一室。ましてやここは、僕がファンとして止まない『スズナ先生』の自宅で……。




 僕は狼狽うろたえながら、ゆっくりと後ろへと視線を向ける。

 1人は顔を真っ赤に染め上げながら、カーテンの後ろに身を潜める大人気少女漫画作家。

 そしてもう1人は……僕達のを見て、口角が徐々に三日月型へと歪めていく。


 ……やってしまった。
 心の中で呟けたのは、そのたった一言のみだった。



「ほほぉ~? 最近やたら一緒にいるのには何かしら秘密があるんじゃないかと疑ってはいたが……まさか、ここまで激アツな展開な関係になっていたとはなっ!」

「うっ……うぅぅぅ~……」

 恥ずかしいのは僕達の方だというのに、先生は更に奥へと隠れてしまった。
 寧ろ気持ちを代弁してくれているようで、少し楽になる…………と思えたらどれだけ楽だったんだろうか。

 都合のいい方向へ話は飛躍しない。──それが、世のことわりというものだ。

 伊月は「それで?」と付け加え問いかけた。

「あんた達の関係は、どの辺まで進展してるんだ? うん?」

「話を勝手に盛るんじゃない! ……ただの幼馴染だ」

 間違ってはいない。
 僕達はあくまで幼馴染。それ以上でもそれ以下でもない。
 だが、こいつはその程度の答えで満足するような奴じゃない。

「嘘つけ! 中学までお互い見向きもしなかったお前らが、急にこんなに打ち解けあってるのには、絶対理由があるはずだ! な? その辺どうなんだ、真城さん?」

「えっ……」

 振るだろうと予想はしていた。

 いくら僕のことを茶化しても断固たる決意がある僕とは違い、美桜はこういった『質問攻め』というのに激しく弱い。
 こういうのは一朝一夕で身につくものじゃないからな。

 素直になるつもりもない僕に永遠と問うより、免疫の無い美桜に訊いた方が解くのには都合がいい。まさにその通り。美桜はこういうのに弱い。──だったら、


「……あのな。いくら疎遠気味だったからっていって、いきなり関わり出したらそりゃあ不自然かもしれねぇけど。いくら僕でも、危険な存在にいきなり手なんか出さないよ」

「まあそうだろうな。お前はヘタレだし!」

「誰がヘタレだ」

「事実無言。何も間違ってねぇだろ?」

 否定しづらいことばっか並べやがって……。

 僕はため息を吐く。戦況はかなり激しいかもしれないが、逆転の目処めどが完全に消滅したわけじゃない。

 伊月なら、まだ余裕だ──。

「……じゃあ、仮に美桜との間に、誰にも言えない間柄が出来てしまったとしよう。そうだとしても僕は美桜に、“特別扱い”はしない。それは美桜自身が1番わかってるし、何よりお前も知ってるだろ。僕がってこと」

 僕はコクリと頷く美桜を見る。

 美桜が他人の世話にけているとするなら僕は逆。世話をするのが苦手な人間だ。
 老若男女問わず、僕は他人の世話をするのが苦手なのだ。

 理由はわからないが昔からそうだった。ただ1つだけ言えるのなら、他人と距離を取ることで1人の空気を作るのが好きだったからだろうか。

 そのお陰で他人との距離は開く一方。正直に言えば、美桜との同居生活も上手くいくはずがないと、どこかで高を括っていた。

 けれどその予想は遥か斜め上を行った。

 意外なことに僕は美桜の奇想天外な言動に動揺と心臓に悪い生活を送っているが、彼女の世話を焼くのは──嫌ではなかった。
 すぐに嫌になると思っていた。いくら幼馴染でも、他人の世話をするのが苦手だから。だというのに……、

 …………現実とは、不思議なものだ。

「その対象がみんなの憧れ、象徴である美桜でも関係ない。……何より、お前ら以外に友達がいないのが現状だろ?」

「……確かにな」

「どんな根拠に結びつけたいのか知りたくもないが、これだけは言っとくぞ。?」

「……っ!!」

 隣で僕を見上げていた美桜が何故か驚きの表情を見せていた。

 少しして、今度はぷいっと顔を背けられた。明らかに様子がおかしい。今の僕の発言に何かしら失態でもあったのだろうか。と、僕は不安な感情に支配される。

 すると、伊月は口許を抑えてクスクスと嘲笑していた。

「……くくっ。そっかそっか。……ぷぷっ。なるほどな……っ!」

 所々で笑いを溢しているのが非常に気がかりだ。

 それ言うのであれば美桜もそう。顔を背けられた後に肩を叩くと、反撃のように美桜が僕の手にペチペチと柔らかい手で叩いてきた。まったく痛くないけど。

 2人の感情の行き先に戸惑っていると、伊月があぁぁと感嘆の息を溢す。

「世話焼き嫌いなのは知ってるよ。もちろん、する方もされる方もな。だったら、何で苦手な『人助け』をするためにここに来てんだよ……!」

 未だに笑いが残る言い方だったが、伊月の言うことには確かな矛盾が存在していた。その矛先ほこさきは僕に向けられたものだ。

 ここにはあくまで、鈴菜さんの手伝いをしに来た。これは立派な世話焼きだ。
 矛盾と思われても仕方がない。

「嫌いなんじゃない。『苦手』なだけだ。だからこうやって、鈴菜さんの手伝いに来てるし……嫌いじゃないから、美桜といる」

「──っ、み、湊君……って、つくづく酷いと思います」

「え……なんで?」

 どうしてこうして、美桜は僕に睨みつける攻撃をしてくる。
 理由はさっぱり不明。美桜の奇想天外さが僕の脳内を掻き乱している。
 すると、伊月はまたしても吹き出した。

「ぷっ! 確かに、こうやって人様の前で普通に惚気けるんだもんなっ!」

「……まったくです」

 誰と誰が惚気けてるっていうんだ。僕達はあくまで『幼馴染』だと、そう説明したはずなんだが。何故か知らないが、2人が打ち解け合っているように思える。

 っていうか、お前が惚気ける相手は未だにカーテンの奥に閉じ籠ったままなんだけど。いい加減救助しないと、作業開始出来なくなるぞ。

「大変だなぁ、真城さんも」

「……何のことですか」

「いやいやいや。肯定の後に否定するのは無理があると思うぜ? 真城さんって、こんなにわかりやすい性格してたんだなっ! なんか、ちょっと
 意外」

「みなさんが勝手に想像して、想像した私を意識しているだけですから」

「違いねぇ!」

「……というより、馴れ馴れしくしないでくださいますか?」

「よくね? プライベートなんだし」

「……そういうのが1番嫌いなんです。これだから湊君以外の男の人は──」

 美桜が伊月と何かもめているようだけど、まさか喧嘩じゃないよな……?

 本当は温厚同士の2人だ。
 些細なことで亀裂が走るなんてことはない……と、そう信じたいものだ。
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