14 / 54
第二部
第12話 女神様とぼっちのお弁当①
しおりを挟む
『少しお尋ねしたいことがあります』
休み時間の最中、廊下に出たっきり教室に戻ってきていない美桜から僕のスマホにそんな通知が届いた。
何かしただろうかとか、告白だろうかとかあの女神様に呼び出しをくらえば誰もがそのような『勘違い』を引き起こすことだろう。だが僕にそんな勘違いは降りてこない。僕が周りの人のように美桜に対して『好き』という感情を持っていないことが原因だろう。
夢を見ても後悔はしないだろうが、現実とは儚いものだと突きつけられるだけだ。
ならば浅はかな夢は抱かずに、現状維持を遂行することが1番だ。幼馴染の特権かもしれないけど。
『じゃあ、お昼休みのときに一緒に聞くよ』
端的に文章を記載してメッセージのやり取りを終了し、授業を受けること早数時間──何故今日に限って時間の経過が早いのだろう。
世界線はおかしな働きをしているのではないだろうか。
楽しみにしていることがあると時間は遅く経過し、何かよからぬことをしたかもといった悩み事を抱えていると時間の経過はいつも以上に早い。
やはり、世界線は理不尽だ。否、この場合は時間軸の問題だろうか。
「……待った、って顔してるな」
「当然です。5分前行動は原則ですよ?」
「本返しに行ってたんだよ。……悪かったな、許してくれるか?」
「……仕方ありませんね」
お昼は一緒に食べるという約束をしていたこともあり、美桜は現地待機が異常に早かった。
やはり時間帯を決めておくべきだったな。
美桜は学年一魅力的な女子ということもあって、そのレッテルは昼休みになってこそ効力を発揮させる。
人目が常にある美桜は、昼休みになってこそ注目される。数多の男子生徒からの誘いの声やそれに便乗するようなストーカー行為とか。
教室内でもそんな状態を確認したので、まくのに時間がかかることになるだろうと踏んでいた。
けれど、その予想は見事に外れ美桜は僕の前にこうしてベンチに座り、お弁当箱を膝の上に乗せている。これだけの情景に、とてつもない微睡みを感じる。
「……何ジロジロ見ているんですか? 何か付いてますか?」
「いや、何でもない……」
見るんじゃなかった……。あんな女神様を目の当たりにして、大抵の男子は落ちると自負していたけれど、僕には関係ないことだと思っていた。
──だが、それは誤りだった。たった今自覚した。
僕が如何に美桜に『好意』を抱いていなくても、心の底のどこかでは美桜のことを『可愛い』と好意の目を向けている自分がいる。
昼間の誰も来ない校舎裏。
外の日差しを満遍なく浴びて、本物の女神様のような風貌を感じさせる美桜のことを、僕はこんなにも色っぽく見てしまっていたんだろうか。
……気の迷いだってことはわかっているのに、美桜の学校生活内だけに見せる、女神様と呼ばれる所以の風貌が滲み出ている。この状況に胸を高鳴らせるなと言われる方が無理に決まっている。
僕は躊躇いながらも美桜の横……ではなく、少し離れた位置へと腰掛ける。
その行動に「何故そこに?」と問われたが「気分的に」と返答した。
「そうですか。では、食べましょうか」
そう言い美桜はすぐさまお弁当を取り出す。
それは今朝見た、角が丸まったピンク色のお弁当だった。
「あれ、用事があるんじゃないのか?」
「ありますが、それはお弁当を食べながらでも十分出来ますし、お昼休みの時間も勿体ないので」
「そっか。じゃあ、食べるか」
「はい」
「そういえば、お弁当には何を入れたんだ?」
「……小学生の夢を壊すような発言ですね。親が作ってくれた宝石箱の中身をネタバレするようなものですよそれ。些か気分が乗りません」
「わ、わかった。ちゃんと自分で開けて見ます」
「それでいいです」
しゅんっと少し落ち込むものの、美桜の言うことは共感する部分がある。
運動会とか合唱祭とか。今でこそ購買なんかでパンやらおにぎりやらを買える高校生となってしまったが、小学生や中学生にとってお弁当というのは“特別視”するものだ。
親が自分のために作ってくれて、そしてそれをみんなで共有出来る──小さい頃にあった感動を、この歳になって思い出すとは思わなかったな。しかも女神様が作ってくださったお弁当を目前に控えながら。
胸の高鳴りを抑えつつ宝石へと続く蓋をゆっくりと開ける。
「……おおぉぉ!」
言葉にもならない感動がそこにある気分だった。
「お気に召しましたか?」
「ああ。けど、このお弁当って……」
中身を見た瞬間に思い浮かんだ、昨日のおかずとはかけ離れたもっとお洒落で食べるのが勿体ないと感じるようなおかずの数々。
手を抜いたなんて到底言えない。元から言うつもりはなかったが、更に言う気が失せてしまった。
鮭のバターソテー、それからコーンの入ったほうれん草サラダ。他にもお肉などの食材が均等にふられており、しかもそのどれもが『僕の好物』だったのだ。
「はい。小学生の頃、湊君が見せてくれたお弁当の中身の再現です。思い出してくれましたか?」
「いや……美味しそうなのはそうなんだけど、それ以前に何で僕の好物なんて覚えてるんだよ。それも、そんな昔の話……」
「昔の話じゃありませんよ、私には。それに、いつか作ってみたいと思っていました。湊君が好きなものばかりが入っている宝石箱のようなお弁当を」
「……そっか」
完璧すぎて何も言えなかった。
歓喜のあまり、遂には言葉に出して感想を言うことも忘れていた。
関わるようになってすぐにあった運動会。
そんな僅かな時間、お弁当を食べる時間にほんの少ししか見せなかった僕の好物を、こんなにも明確に覚えてくれていた。
きっと、女神様の計らいとかなのだろう。
これもまた、幼馴染の特権というやつなのかもしれない。
──けど、どうしてだか、嬉しさが止まらなかった。泣いているわけでもないのに、心が潤っと歓喜の涙に包まれている感じがした。
「……湊君はあれですね。顔とかに気持ちが出てしまうタイプですか?」
「え、なんで?」
「なんで、と申されても、そんな顔をしているからとしか言えませんが。……そんなに感動したんですか、そのお弁当に」
「……そりゃあな」
感動もするさ。
こんなにも好物ばかりが入ったお弁当を見せられれば誰だって感動するだろ。
……いつ振りになるだろう。こんなにも気持ちが昂ってしまうお弁当は。
まるで小学生みたいに、たった1つの箱の中に詰まったおかずの山に──どうしてこんなにも感動するんだろう。
「好物ばかりが入ってたら、男子なんて感激のあまりに涙を流すだろ」
「そういうものですか。ふむ。でしたら今度は、私の好物が入ったお弁当を、湊君が作っていただけますか?」
「──って、僕が作るのかよ!」
「当たり前です。私だけが作って湊君が作らないなんて不公平、私が許すとでも思っているんですか?」
「うぐっ……」
確かに、そんな不公平が生じることを女神様も僕も望んでいないし、ポリシーに反する。
学年一の美女だからと、美桜に甘えるような行為はしたくない。恩は返せ。そういうものだ。
「……わかったよ。それじゃあ、美桜の好物を教えてくれるか?」
「ほほぉ。私は湊君の好物を知っていて、湊君は私の好物を知らないと。皮肉ですね。そこまでして私に興味がないですか」
「い、いやそこまで言ってないだろ。……お前が自分のこと中々話さないから知らないだけで。教えてくれたら、何とかするし」
「……わかりました。教えます」
本日の女神様は若干悪ガキみたいだな。
悪戯とか、意地悪とかをするような奴じゃないんだが、学校でこんな風にキャラを崩すなんて、滅多にないことだしな。
どんだけ老若男女に目を惹かれる存在であったとしても、僕の目の前にいるのは、わがままでだいぶ世間ずれした、完璧主義とはまったく違う『真城美桜』という、たった1人の幼馴染だ。
休み時間の最中、廊下に出たっきり教室に戻ってきていない美桜から僕のスマホにそんな通知が届いた。
何かしただろうかとか、告白だろうかとかあの女神様に呼び出しをくらえば誰もがそのような『勘違い』を引き起こすことだろう。だが僕にそんな勘違いは降りてこない。僕が周りの人のように美桜に対して『好き』という感情を持っていないことが原因だろう。
夢を見ても後悔はしないだろうが、現実とは儚いものだと突きつけられるだけだ。
ならば浅はかな夢は抱かずに、現状維持を遂行することが1番だ。幼馴染の特権かもしれないけど。
『じゃあ、お昼休みのときに一緒に聞くよ』
端的に文章を記載してメッセージのやり取りを終了し、授業を受けること早数時間──何故今日に限って時間の経過が早いのだろう。
世界線はおかしな働きをしているのではないだろうか。
楽しみにしていることがあると時間は遅く経過し、何かよからぬことをしたかもといった悩み事を抱えていると時間の経過はいつも以上に早い。
やはり、世界線は理不尽だ。否、この場合は時間軸の問題だろうか。
「……待った、って顔してるな」
「当然です。5分前行動は原則ですよ?」
「本返しに行ってたんだよ。……悪かったな、許してくれるか?」
「……仕方ありませんね」
お昼は一緒に食べるという約束をしていたこともあり、美桜は現地待機が異常に早かった。
やはり時間帯を決めておくべきだったな。
美桜は学年一魅力的な女子ということもあって、そのレッテルは昼休みになってこそ効力を発揮させる。
人目が常にある美桜は、昼休みになってこそ注目される。数多の男子生徒からの誘いの声やそれに便乗するようなストーカー行為とか。
教室内でもそんな状態を確認したので、まくのに時間がかかることになるだろうと踏んでいた。
けれど、その予想は見事に外れ美桜は僕の前にこうしてベンチに座り、お弁当箱を膝の上に乗せている。これだけの情景に、とてつもない微睡みを感じる。
「……何ジロジロ見ているんですか? 何か付いてますか?」
「いや、何でもない……」
見るんじゃなかった……。あんな女神様を目の当たりにして、大抵の男子は落ちると自負していたけれど、僕には関係ないことだと思っていた。
──だが、それは誤りだった。たった今自覚した。
僕が如何に美桜に『好意』を抱いていなくても、心の底のどこかでは美桜のことを『可愛い』と好意の目を向けている自分がいる。
昼間の誰も来ない校舎裏。
外の日差しを満遍なく浴びて、本物の女神様のような風貌を感じさせる美桜のことを、僕はこんなにも色っぽく見てしまっていたんだろうか。
……気の迷いだってことはわかっているのに、美桜の学校生活内だけに見せる、女神様と呼ばれる所以の風貌が滲み出ている。この状況に胸を高鳴らせるなと言われる方が無理に決まっている。
僕は躊躇いながらも美桜の横……ではなく、少し離れた位置へと腰掛ける。
その行動に「何故そこに?」と問われたが「気分的に」と返答した。
「そうですか。では、食べましょうか」
そう言い美桜はすぐさまお弁当を取り出す。
それは今朝見た、角が丸まったピンク色のお弁当だった。
「あれ、用事があるんじゃないのか?」
「ありますが、それはお弁当を食べながらでも十分出来ますし、お昼休みの時間も勿体ないので」
「そっか。じゃあ、食べるか」
「はい」
「そういえば、お弁当には何を入れたんだ?」
「……小学生の夢を壊すような発言ですね。親が作ってくれた宝石箱の中身をネタバレするようなものですよそれ。些か気分が乗りません」
「わ、わかった。ちゃんと自分で開けて見ます」
「それでいいです」
しゅんっと少し落ち込むものの、美桜の言うことは共感する部分がある。
運動会とか合唱祭とか。今でこそ購買なんかでパンやらおにぎりやらを買える高校生となってしまったが、小学生や中学生にとってお弁当というのは“特別視”するものだ。
親が自分のために作ってくれて、そしてそれをみんなで共有出来る──小さい頃にあった感動を、この歳になって思い出すとは思わなかったな。しかも女神様が作ってくださったお弁当を目前に控えながら。
胸の高鳴りを抑えつつ宝石へと続く蓋をゆっくりと開ける。
「……おおぉぉ!」
言葉にもならない感動がそこにある気分だった。
「お気に召しましたか?」
「ああ。けど、このお弁当って……」
中身を見た瞬間に思い浮かんだ、昨日のおかずとはかけ離れたもっとお洒落で食べるのが勿体ないと感じるようなおかずの数々。
手を抜いたなんて到底言えない。元から言うつもりはなかったが、更に言う気が失せてしまった。
鮭のバターソテー、それからコーンの入ったほうれん草サラダ。他にもお肉などの食材が均等にふられており、しかもそのどれもが『僕の好物』だったのだ。
「はい。小学生の頃、湊君が見せてくれたお弁当の中身の再現です。思い出してくれましたか?」
「いや……美味しそうなのはそうなんだけど、それ以前に何で僕の好物なんて覚えてるんだよ。それも、そんな昔の話……」
「昔の話じゃありませんよ、私には。それに、いつか作ってみたいと思っていました。湊君が好きなものばかりが入っている宝石箱のようなお弁当を」
「……そっか」
完璧すぎて何も言えなかった。
歓喜のあまり、遂には言葉に出して感想を言うことも忘れていた。
関わるようになってすぐにあった運動会。
そんな僅かな時間、お弁当を食べる時間にほんの少ししか見せなかった僕の好物を、こんなにも明確に覚えてくれていた。
きっと、女神様の計らいとかなのだろう。
これもまた、幼馴染の特権というやつなのかもしれない。
──けど、どうしてだか、嬉しさが止まらなかった。泣いているわけでもないのに、心が潤っと歓喜の涙に包まれている感じがした。
「……湊君はあれですね。顔とかに気持ちが出てしまうタイプですか?」
「え、なんで?」
「なんで、と申されても、そんな顔をしているからとしか言えませんが。……そんなに感動したんですか、そのお弁当に」
「……そりゃあな」
感動もするさ。
こんなにも好物ばかりが入ったお弁当を見せられれば誰だって感動するだろ。
……いつ振りになるだろう。こんなにも気持ちが昂ってしまうお弁当は。
まるで小学生みたいに、たった1つの箱の中に詰まったおかずの山に──どうしてこんなにも感動するんだろう。
「好物ばかりが入ってたら、男子なんて感激のあまりに涙を流すだろ」
「そういうものですか。ふむ。でしたら今度は、私の好物が入ったお弁当を、湊君が作っていただけますか?」
「──って、僕が作るのかよ!」
「当たり前です。私だけが作って湊君が作らないなんて不公平、私が許すとでも思っているんですか?」
「うぐっ……」
確かに、そんな不公平が生じることを女神様も僕も望んでいないし、ポリシーに反する。
学年一の美女だからと、美桜に甘えるような行為はしたくない。恩は返せ。そういうものだ。
「……わかったよ。それじゃあ、美桜の好物を教えてくれるか?」
「ほほぉ。私は湊君の好物を知っていて、湊君は私の好物を知らないと。皮肉ですね。そこまでして私に興味がないですか」
「い、いやそこまで言ってないだろ。……お前が自分のこと中々話さないから知らないだけで。教えてくれたら、何とかするし」
「……わかりました。教えます」
本日の女神様は若干悪ガキみたいだな。
悪戯とか、意地悪とかをするような奴じゃないんだが、学校でこんな風にキャラを崩すなんて、滅多にないことだしな。
どんだけ老若男女に目を惹かれる存在であったとしても、僕の目の前にいるのは、わがままでだいぶ世間ずれした、完璧主義とはまったく違う『真城美桜』という、たった1人の幼馴染だ。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!
いーじーしっくす
青春
赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。
しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。
その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。
証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。
そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。
深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。
拓真の想いは届くのか? それとも……。
「ねぇ、拓真。好きって言って?」
「嫌だよ」
「お墓っていくらかしら?」
「なんで!?」
純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる