上 下
6 / 54
第一部

第5話 女神様は仕草がもはや小動物

しおりを挟む
「すみません。これはどこに置いたらいいでしょうか?」

「あー、どこでもいい。食器が並べられればそれでいいよ」

「わかりました」

 そう言って、美桜はスムーズにテキパキと料理の乗った食器をテーブルの上へと並べる。

 あれから数時間が経過し、気づけば夜の6時を回り──更にそこから1時間。現在は、美桜と共に夕ご飯を作り終えて食事をしようとしているところだ。

 家事をするのを『当番制にしよう』と決めた後に、先にもめたのは本日の担当だった。
 安直だろうがそうくるだろうなー、と予想はしていた。が、ヒットしなくてもとは思う。

 そして案の定──美桜は自分が担当すると聞かずじまい。
 別に任せてもいいとは思うのだが、譲れないものだってこちらにもある。
 初日から女神様に甘えるわけにはいかない──そんな謎の意地があった。

 結果的にどちらも譲らず、ならば『一緒に作ろう』ということで落ち着き、現在に至る。

「ふむ……」

「どうしたんだ、美桜?」

「あ、いえ。なんというか、並べられているものが和と洋で見事に分かれているなぁと思いまして」

「そりゃ、僕と美桜で得意料理が違うからな」

「不思議ですね。和の食卓に洋であるグラタンが置かれていると」

「美桜が食べたいって言い出したんだぞ」

「い、いいじゃないですか。気になったんですもん」

 ……なに可愛い仕草してるんですか、美桜様?
 もん、って何だよ! もん、って!

 まぁでも、和と洋が日常に混合しているなんて、普通なんだけどな。けど、美桜の場合は和に特化しすぎているせいで、珍しい光景みたいだな。
 なんか新鮮だな。ああやって、グラタンに興味津々な美桜を見るのって。

 美桜がグラタンをじーっと見つめている。……小動物だろあれは。

「……お腹空いたんだろ? そんなに凝視しなくても、誰もお前の飯に食いついたりしないぞ」

「はっ! ち、違います。そ、それに、お昼をおやつの時間に食べたばかり──」

 ぐぅぅぅ~~と、とても可愛らしい音がリビング内に木霊した。

 瞬間、美桜は頬を真っ赤に染め上げ、後ろへとぷいっと身体ごと逸らした。

「……湊君のバカ」

「いやそれ僕関係ないと思うんだが。お腹空いてるなら空いてるって言えよ。そうやって意地張ってると、可愛くないって思われるぞ?」

「別に構いません。周りの評価は、私の価値と比例しませんもん」

 おい、だから何だよ『もん』って。
 完全に萌えを狙いに言っているような発言だったぞ。……とまぁ勝手に僕が妄想しているだけで、実際美桜に狙ってやったのかと訊けば「何のこと」と返ってくるだろうな。

 こんなに、珍しいものに興味津々な彼女に、そんな芸当が出来るはずがない。出来たら、どれだけ超人なんだよコイツ。

「ほら、早く食べるぞ」

「……はい」

 空腹には逆らえない。生物の本能というやつである。

 僕達は相対する形で席に座り、「いただきます」と言葉にして箸を取った。

 今日のメニューは、美桜が作った味噌汁と野菜炒め。それから僕が作ったグラタンだ。
 偏りが無いよう、グラタンには細かく切ったお肉も入れてある。野菜ばかりだと飽きるからな。

 美桜は慣れない手つきでフォークを持ち、グラタンをすくってぱくっと口へと運んだ。

「……っ!! み、湊君! 美味しいです、これ!」

「耳がぶんぶん揺れてる幻覚が見えるなぁ」

「何を言っているんですか?」

「ん? 単なる比喩表現だ、気にするな」

「そうですか。では、私が作った野菜炒めも食べてください」

 そう言うと、美桜は大皿から箸で掬った野菜炒めを小皿に移し、そしてそれを箸で再度摘み直して僕へと差し出した。

「……えっと?」

「知りませんか? 男女、それも2人きりで食事をする場合の鉄則──食べ比べというやつらしいのですが」

「いや……そういうことを訊いてるんじゃなくてな?」

 何の迷いの余地もなく、美桜は食べて欲しそうにコチラを見ている。

 や、やめろ! そんな小動物が潤んでるみたいな瞳で僕を見てくるんじゃない!

 ……先程はリスのように見えていた美桜だったが、今はウサギに見えてしまっている。

「……せ、せめてその小皿をくれないか? そうしたら安心して食べられるし」

「小皿、ですか? それに安心って……何がです?」

 ……もうね、完璧なまでの天然お嬢様だよこのお方は!

 美桜は“この行為”を単なるとして認識しているらしいが、実際はそうじゃない。
 まぁ知っているのが当然なんだよな。美桜が特殊な人間なだけだ。

 これは、だ。単なる同性の友達同士でやるのなら何の問題もないと思う。学校内でも、女子がお弁当の中身をこれで食べ比べしてるとかよく見かけるし。

 ……あっ。もしかして、それで勘違いしてるとかか?
 だとしたら、完璧に僕が悪いな。間違った知識を正そうとしてなかったわけだし。
 幼馴染で、しかも異性での幼馴染で、こんなことは普通はやらない。そう、普通ならな。

「……美桜。悪いがそれは、恋人がする行為なんだよ。僕達は幼馴染だ。そういうことをするような仲じゃない」

「……恋人同士、が。……ということは、あの女の子達は『恋人』というわけなのですか! し、知らなかったです……」

 ……うん。とんでもない勘違いをしているけれど、この際もういっか。

 訂正が面倒になったわけじゃない。決してな。こういうのには慣れっこだし。

 ただ、これ以上訂正を加えてしまうと更におかしい方向に話が飛躍してしまうので、敢えて今は訂正を加えないでいるだけだ。……言い訳ではないからな?

「わかったか? だから、小皿だけ貸してくれ」

「……そういうことでしたら」

 美桜は申し訳なさそうに箸を引っ込め、代わりに小皿を差し出した。
 僕は素早くかつ迅速にそれを受け取り、野菜炒めをそこに乗せていく。
 箸で出来る限り掴み、1口で口の中へと運んだ。

「美味いな」

「……っ!! あ、ありがとう、ございます」

「どうした? そんなに顔赤くして」

「……湊君に褒められると、どんなことでも嬉しく思えるんです。それが、勉強面であろうと、家事のことであろうとも」

「……そっか」

 美桜の場合、素直に褒められるってことの方が少なそうだもんな。

 美桜に浴びせられる言葉は『やれて当然』とか『当たり前』だとか、そういった社交辞令と似ている上辺だけの言葉ばっかりだろうしな。

 受け取れ慣れていないってのは、こういった単純な言葉ばっかりなんだろうな。美桜にとっては。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!

いーじーしっくす
青春
 赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。  しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。  その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。  証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。  そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。 深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。  拓真の想いは届くのか? それとも……。 「ねぇ、拓真。好きって言って?」 「嫌だよ」 「お墓っていくらかしら?」 「なんで!?」  純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

処理中です...