犬系男子と鳳仙花

四乃森ゆいな

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第一章

第4話「オレは将来、どうするのが正解なんだろう」

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「なぁ、千夏」

『ん? なぁに?』

「体育祭が楽しみなのはわかるが、その前に中間試験とか大丈夫なのか?」

 オレは千夏が深く考え込む前に、話題を切り替えることにした。
 これ以上、受験生の妹を困らせるわけにいかない。

『うっわぁ……。お兄ちゃん、改めて釘刺すの止めてくれない? 心臓のとこがこう、ぐさっ、って刺さるような音したからね?』

「刺激的なマッサージ法になりそうだな」

『お兄ちゃん、変な捉え方しないでよ! それを言うなら、お兄ちゃんこそ学校の授業とかどうなの? 高校より、より専門的なんでしょ?』

「まぁ専門的には違いないが、今のところは平気だ。高校の頃の復習が多くある感じだから、寧ろ予習が余ってる感じだな」

『それ、他の人には言わない方がいいよ? 絶対嫌味にしか聞こえないから』

「心配するな、こんなのお前相手にしか言わないよ」

『それはそれで辛辣なんですけどぉ~!』

 千夏の成績はそこまで悪いわけじゃない。勉強をちゃんとすれば、学年順位でもトップに昇り詰めることだって出来るだろう。……けど、そんな機会をオレは奪った。

 夜中に突然、悪夢にうなされて起きるオレを、1番に気にかけてくれていた。
 だが、その時間はせいぜい深夜を過ぎてから。そんな時間まで起きている理由なんて、考えなくとも答えは1つ――勉強していたから。

 そんな出来た妹の貴重な時間を、オレは日に日に奪っていってしまった。本人は『これぐらいが丁度いいの! 気にしないで、お兄ちゃん!』なんて言ってたけど……それでもオレは、千夏が誰より大事だから。
 身勝手と思われようと。自己完結していようと。

『お兄ちゃんの心配には及びません! 何せ私、志望校A判定だからね!』

「ほう。ちゃんと頑張ってるみたいで、お兄ちゃんは安心した」

『……知ってる? それ、余計なお世話って言うんだよ?』

「それはそれは。大変失礼致しました」

 本当であれば、もっと気の利く言葉もあったのかもしれない。
 だがオレには……他人との交流がもう家族しかいないオレには、こんな言葉しかかけられない。

 けど、

 これで少しでも千夏が遠慮なしにオレと話してくれるようになるなら、どんなに不器用な言葉を用いようとも、オレは千夏の兄として“普通に”接してやりたい。

 遠慮なんて言葉は必要ない。だってオレ達は──兄妹なんだから。

『あ、ねぇお兄ちゃん! 明後日帰って来るでしょ? そのときに私がご飯作るんだけど、何が良い? せっかくだからリクエストうけたまわるよ!』

「そうか。……あ。オレ、お前の得意料理とか何も知らなかったわ」

『気にしない気にしない! お母さんも手伝ってくれるから、失敗作にはならないよ? ……って、もしかして失敗するんじゃとか考えたの!? 酷いよ!!』

「やめろ被害妄想。そんなこと一言も言ってないし思ってもない」

『…………本当?』

「信じるか信じないかはお前次第だがな」

『うぅ……。お兄ちゃんのケチ!』

 拗ねられはしたものの、この声を聴いて安心する自分がいた。
 裏も表も存在しない、正真正銘の『伊澄千夏』に戻っているということに。

 やっぱり、千夏はいつでも元気でいる方が似合う。落ち込ませたり、考え込ませたりする原因がオレ自身にあるからこそ、そういう加減は1番良くわかっているつもりだ。

「そうだな。ハンバーグで」

『意地悪したお兄ちゃんの大きさは、少し考えなければなりませんな~!』

「お返しされてもしらねぇぞ」

『そんな度胸があるかは別の話です。それじゃ、また明日ね~!』

 その途端、スマホから千夏の声は聞こえなくなり、代わりにプツっと通話が切れる音が聞こえた。

「……逃げたな」

 そう言葉を溢し、オレはベッドの上に再び寝転がった。

 外はだいぶ光源が減り、日差しはその姿を隠し始めていた。次に太陽が見れるのは、約10時間後。その間日本は、一種の暗闇に包まれ、夜空には月がその姿を現し始める。
 そしてオレもまた……あの悪夢を見ることになるのだろうか。

 頻度が以前より増しているとは言え、毎日というわけではない。せいぜい、2日に1回程度だ。このことだけは、絶対秘密にしないとな。千夏のためにも、両親のためにも。

「……何か新規クエスト、あったかな」

 オレはスマホを開き、パズルゲームをログインする。

 いわゆるソシャゲと呼ばれるこのゲームは、基本ベースとして約2週間ほどのイベントとそれに担うだけの休暇が2日、そしてその間に新規クエストが開放されることもしばしば。

 全世界1億ダウンロードを突破しているこのゲームは、基本1人プレイで進められる。
 ただしクエストによっては2人以上の最大4人プレイが必須とされるものもあるが、オレは基本、ローカルプレイだ。

 知らない誰かと協力することが出来ないわけではないが、それ以上、例えばフレンド登録のような『交流』を求められる可能性も無きにしも非ず。特に今回のイベントで開放された、クエスト内容はネットユーザーから『最難関レベル』と評されるほど困難らしい。

 そうなれば必然的にパーティーを育成したり、パーティーが強い人に協力を要請したりすることになる。

 オレはこのゲームを単なる趣味として遊ぶことが多いが、編成ばかりはガチ構成。オンライン大会だとベスト8に残ったこともある。そのため、混ざるわけにいかない。偽装という手も考えたが、プレイスタイルばかりは誤魔化せないことが判明し、諦めた。

「……今回ばかりは諦めるか」

 その後、軽く周回を済ませ、晩ご飯を作るため台所へと立つ。

 手を洗い、1人分のお米を研ぎ終え、冷蔵庫付近の段ボールを開ける。
 中にはトマト、キャベツ、ジャガイモ等の野菜から、冷凍食品が詰まったパックまでもが出てきた。これは昨日、仕送りで母から届いたものなのだが……毎回ながら量が多いな。

 前回届いた仕送りの分、まだ残ってるんだけど……。

「……仕方ない。炒め物にするか」

 家事は、中学生になった頃から親の仕事が忙しくなったこともあり、自力で覚えた。今ではメニュー表を見なくとも、半端な料理でも作らない限り、失敗はしなくなった。自分で作る楽しさというのをわかってから、料理に関しては問題ない。

 その他の家事に関しては、覚えていく最中だ。
 本来であれば大学生は、こういう家事よりもアルバイトを探すのも大事なのだと思うが……オレにとっては、そんなもの論外だ。

 他人と迂闊には関われない。その面で、アルバイトに関してはほぼ全滅と言える。

 今はまだ1年生だから、授業がメインで進んでいるが、これが2年生・3年生となったら、実習プログラムが実施される。希望者は、と銘打ってはいるがその実、ほとんどの生徒が参加している言わば強制だ。

 ……オレ、将来どうなるんだろう。

 対人恐怖症だからと、いつまでも逃げることは出来ない。いずれはこの症状も、何とかしなくてはならない時がやって来る。そうなったらオレは……どうするのが正解なんだろう。
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