犬系男子と鳳仙花

四乃森ゆいな

文字の大きさ
上 下
1 / 15

プロローグ「悪夢からの目覚め」

しおりを挟む
 今にして思えば、あれが人生の分岐点だったのかもしれない。
 人生とは、何十・何百・何万……それ以上へと枝分かれした選択肢の中から、たった1本の道、たった1つの流れに沿って進むもの。
 そしてその道が示す先は大きく分けて2つ。──成功と後悔だ。

 もし、あのとき近道なんてしていなければ……。
 もし、あの日に塾が無かったら……。
 もし、オレが真っ直ぐ家へと帰路に着いていたら……。

 夜10時を過ぎた、薄暗い公園。
 家へのショートカットだからと選んだ、単純で深い意味の無かった選択肢。
 進んだ先に“何が”あるかなどわかるはずもない。それ故に、オレはあのとき──一生背負っていかなければならない『トラウマ』を植え付けられることになった。

 何が間違いだった? そんなの、今になって考えてももう遅い。

 過去はやり直せない。それが自然の摂理。それが、あるべき法則というものだから。

(……や。来ないで……)

 後悔が渦巻き、古傷が痛む。
 どんなに古傷を辿っても、そこにはだけが残されているだけ。痕跡、即ちそれは記録。所詮辿ったところで……変えたいと願ったところで。人が歩んだ一歩は記録され、やり直しは効かない。

 人生とはまさに『ゲーム』と同然。
出した目の数値によって歩数は変化し、それに伴う対価も代償さえも変化する。

 その人の『人生』も『将来』も『名誉』さえも。
 無数に伸びた選択肢。運によって進む道が変化するサイコロ。……たったそれだけ。たった1つの事柄を選んだだけで、人生の全てはひっくり返る。


 それによる“運命の改変”は──実に、理不尽の塊だ。


『──…………っとに最高っ!!』

『……やだ。もう……いやぁ……──』

『おっと逃げるなよ! まだまだ相手してもらわなきゃだからな。何勝手に終わらせようとしてんだぁ?』

『早く! 早く俺にも回してくださいよ!』

『何言ってんだ! 次は俺だって決まってんだよ!』

『そう焦んなって! 時間の猶予ゆうよはたっぷりあんだ。のんびりヤりゃあいいだろ』

『そんなに待てねぇよ!』

『なぁ、もういっそのこと全員で回すか? その方がより楽しめそうだし!』

『……やっ。……たすけて……だれかっ──』


 ✻


「……~~っ!?」

 瞬時に瞼は開き、寝起き状態を飛び越し意識は完全に覚醒した。
 呼吸が乱れ、心臓の鼓動は早鐘を打っている。

 見慣れ始めた天井、大学生活に合わせて住み始めた新しい住居。カーテンの隙間から陽の光が射し込んでいない真っ暗闇の部屋。そしてこの空間に……自分以外の人間の気配も影も、何1つとして存在していない。

 見渡した限りの情報を頭の中で徐々に整理していき、見えた答えは1つのみ。
 あれは『夢』だった、ということだけだ。

「…………最悪」

 頭を抱えながら、オレはボソッとそう言葉を溢した。
 ここ最近になって、あの夢を見る頻度が多くなっている。それは多分、この部屋に1人という、今の現状がもたらした結果なんだろう。……だからって、誰かを頼ることも出来ないのだが。

「……とりあえず、水飲むか」

 千鳥足な状態のまま、オレは寝室からキッチンへと移動し、冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出した。ゴクゴク、と喉元を水が通っていく音が鳴る。

「……何なんだ。今になって……あんな昔の記憶」

 シンクへと背中を預け、そのまま床へと座り込む。

 先程の夢により蓋をしていた『悪夢』が覚醒したことで、全身から鳥肌が立ち、それに担う大量の汗が身体のあちこちから流れる。

 半分以上入っていたはずの水も一気に無くなり、オレの手に握られたペットボトルは文字通りの空っぽと成り果てていた。

「…………帰りたい」

 瞳から零れる一滴の涙。
 オレはそれを袖で拭い、その場で膝を抱えながら夜明けが来るのを待った。


 ──1人が好きだった。今も、昔も。

 だが『過去』と『現在』で違うのは、1人でいることが好きでもあり、嫌いでもあるということだ。
 1人が好きなはずなのに、1人が嫌いになった。明らかに矛盾が発生する並びではあるが、この並びには何1つ間違っている箇所はない。

 昔は好きだったはずのこの落ち着く空間は、今となっては全く別の空間と成り果ててしまっていた。

 家に帰りたい。この1ヵ月、幾度も脳裏を過った言葉だった。
 だが家に帰れば、オレはまたこうして目を覚ます。その度に家族はオレを心配して駆けつけてくれて……それが嫌で、いくつかの約束を交わして実家を出てきたものの、以前よりもあの夢を見る頻度が増していた。

 気配も影も、聞き慣れた親の声も響かない。
 完全に1人の空間となれば……この静かな空間そのものが、恐怖の対象と成り替わる。家族に迷惑をかけるのが嫌で自分から出てきたっていうのに……。本当、わがままだ。

 こういうときだけ、一緒にいて欲しいなんて……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

選択的ぼっちの俺たちは丁度いい距離を模索中!

きよひ
BL
ぼっち無愛想エリート×ぼっちファッションヤンキー 蓮は会話が苦手すぎて、不良のような格好で周りを牽制している高校生だ。 下校中におじいさんを助けたことをきっかけに、その孫でエリート高校生の大和と出会う。 蓮に負けず劣らず無表情で無愛想な大和とはもう関わることはないと思っていたが、一度認識してしまうと下校中に妙に目に入ってくるようになってしまう。 少しずつ接する内に、大和も蓮と同じく意図的に他人と距離をとっているんだと気づいていく。 ひょんなことから大和の服を着る羽目になったり、一緒にバイトすることになったり、大和の部屋で寝ることになったり。 一進一退を繰り返して、二人が少しずつ落ち着く距離を模索していく。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

処理中です...