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第3章:厳島決戦編
2話
しおりを挟む川内警固衆との契約は、軍拡を目指す元就にとっては願ってもない朗報でした。佐東銀山城に児玉就方(元春結婚のくだりで出てきた児玉さんの弟)を置き、水軍の育成に力を入れました。
しかし隆元にとっては、金を借りてくるどころかむしろ出費が増えたわけでして、赤川さんと一緒にウンウン唸る日々が続いておりました。
-*-*-*-*-*-*-*-
ある晩、夫婦の寝室にて──。
「殿、お話したいことが2つございます」
「はい、なんでしょう」
「まず1点目なのですが……父が、もうあまり長くないそうです」
大寧寺の変以降、内藤興盛は床に臥せる日々が続いていました。もともと義隆殺害には消極的だった内藤先生ですから、気を病んでしまったのかも知れません。
「……どうする? 一度、山口に戻る?」
「結構です。今戻れば、そのまま帰って来れなくなるかも知れません。そうなったら皆様にご迷惑がかかります」
「しかし、親の死に目に会えぬというのは」
「あの、お言葉ですが、」
あやは、目に涙を溜めて、隆元の方に向き直ります。
「……私だって、帰れるなら帰りとうございます。それを御家のために我慢して、結構ですと申し上げたのですから、どうして、どうしてその気持ちを汲んでくれないのですか!」
隆元は何も言い返せず、黙り込みます。
謝ればまた怒られてしまいそうな気がしますし、不意に抱き締めるほどの甲斐性もありません。
「……2点目ですが、」
「……はい、」
「子を授かりました」
「……はい?」
「ですから、お子を」
「……あっ、そうですか。それは、その、めでたいことで」
ここで、あやちゃんの本気ビンタが、隆元の頬にクリーンヒットします。
当たり前です。
「嫁いで3年、やっと出来た子ですよ! どうしてもっと喜ばないんですか!」
「だって、さっきの件、怒ってるかなあって、」
「じゃあ逆だったら良かったんですか! 子供が生まれる話をしてから、親が死ぬ話をした方が良かったですか!」
産期が近付くにつれ、あやちゃんは夫婦の部屋には戻らなくなりました。当時、出産は『出血を伴う=武士にとって不吉なこと』とされ、妊婦は奥の間に隔離されるのが一般的でした。
ちなみに貧乏な家の場合、専用の部屋はなく、家の外の物置小屋で産んでいたそうです。なので産後の死亡率は今よりも格段に高く──
えー、医学の歴史はさておき、話を進めます。
-*-*-*-*-*-*-*-
備後国を巡る元就と尼子家の小競り合いですが、見事元就の勝利に終わります。尼子軍は出雲まで撤退し、尼子側の拠点であった旗返山城という城を毛利家が占拠することとなりました。
が、ここで大内家首脳部(=陶晴賢)から、
「尼子を撤退させたのは素晴らしいが、備後の城までやるとは言ってない」
「旗返山は大内家が直接統治することとする」
というお達しが届き、元就は激怒します。
また、同時期に、石見国(島根県西部)の吉見正頼という国人が、陶政権に反旗を翻しました。
吉見さんの奥さんは大内義隆の姉で、今の毛利家ほどではないですが、地域の有力者と言える人物です。
この時、元就は陶・吉見双方から援軍の依頼を受け、今後の身の振り方を考えていました──。
-*-*-*-*-*-*-*-
陶につくか、吉見につくか。例によって家族会議が召集されました。ちなみに、あやちゃんは産期が近いために欠席です。
会議は、隆景を中心に、
「まともにやれば陶が勝つ。陶につくべき」
という意見で一致し、具体的な出兵の時期・人数についての話にシフトしていました。
ただし隆元だけは、内心承服することが出来ずにいました。
とはいえ積極的に発言することはありません。
もしあやちゃんがいれば助け船を出してくれたのになあ……なんて情けないことを考えていると、
「殿! 御方様が! 破水にございます!」
国司さんが飛び込んで来ました。
ちなみに当時、出産の場に旦那さんが立ち会うことはありませんでしたが、それでも普通、仕事はキャンセルして妻と子を出迎える準備をするものです。
なので、
「隆元。外してもよいぞ」
「後は我らで決めておきますので」
みたいなことを言われたのですが、そう言われると変なスイッチが入ってしまうのが甚六・隆元というものです。
「……出兵されるとの事ですが、皆で行く必要がございますか」
「は? 今さら何を」
「父上、思い出して下さい。月山冨田城攻めの際、陶様は我らをどう扱いましたか? 戦況が不利になるや殿軍を押し付け、結果我らは多くの家臣を亡くしたではありませんか」
部屋の外では産婆さんたちがバタバタと走り回り、
国司さんも「殿!いいから!早く!」みたいなジェスチャーサインを送り続けています。
しかし、隆元は折れません。
「ご覧の通り、私は頼りない当主です。それ故、父上の身にもし何かあれば毛利家はおしまいです。兵を出すにしても、陶様と仲の良い元春か、最悪私が行けば済む話ではないのですか」
思わぬでしゃばりに、隆景が何か反論しようとします。まとまりかけた会議をひっくり返されることほどイライラするものはありません。
が、それを制したのは元就でした。
「……ふむ、それも一理あるな」
「ち、父上!」
「元春、お主が行け。元就は持病が悪化したとか何とか言っておけばよい。上手くすれば見舞金がもらえるかも知れぬ」
「ははっ」
「いや待て」
「ははっ?」
「……むしろ誰も行かないと言うのはどうだ? 出兵を出来るだけ延期し、陶がより有利な条件を言い出すまで待つというのは」
「父上、さすがにそれは危険です! 大内家への背信行為と取られかねません!」
「出兵時期の見極めは、わしが責任を持って行う。それでどうだ」
「私は異論ありません」
「しかし父上!」
と、その時。
奥の間の方から、赤子の泣き声が聞こえてきました。
「殿! 生まれちゃいましたよ! はやく奥の間に」
「うるさい! これが終わったらいく!」
「いってやれ、隆元」
「し、しかし、」
「出兵は延期、これでこの話は終わりじゃ。だから早く行ってやれ」
1553年1月、あやは男児を出産します。
その子は後に毛利輝元と名乗り、関ヶ原の戦いで西軍総大将をつとめることになりますが、それはまた先のお話──。
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