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第1章:山口青春編

7話

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 懸命な看病の甲斐あって、陶パパはなんとか一命を取り止めました。
 しかし病床から起き上がることすらままならず、衰弱は誰の目にも明らかでした。

 大内家の軍事、そして山口の市中取締(=いわゆる警察)まで陶パパさんの手中にあったわけですから、その影響は計り知れません。
 病床からなるべく現場に指示を飛ばしているものの、各種の政務は滞り、主に内藤先生にそのしわ寄せが行っているような状態でした。

 祝賀ムードから一転、大内館はすっかり沈んでしまいました。
 とはいえ、隆元や天野くんに何が出来るわけでもないわけで……。

 -*-*-*-*-*-*-*-

 「あーあ、暇ですねー」

 ある日の午後、隆元と天野くんは縁側で本を読んでおりました。
 内藤先生が多忙なため、授業もずっと休講が続いております。

 「どうします、街にでも行きますか? 今日はだいぶ暖かいですし」

 「……多分、何をしてもあんまり楽しくないと思う」

 「まあ、そうですよね。やっぱり今の話はナシに、」

 と言って、天野くんが再び本に目を落とした瞬間、
 隆元が急に、

 「そうだ、上総屋!」

 と叫びました。
 天野くんは思わず、本の栞を落としてしまいます。

 「か、かずさや? それ何でしたっけ?」

 「陶様が若い頃から贔屓にしてる店、伊勢屋と上総屋とおっしゃってた。上総屋は野菜の店で、特に漬け物が絶品だって言われてて……あそこの漬け物をお届けすれば、少しはお元気になるかも知れない」

 「おおお、よく覚えておいでですね! さっそく行きましょう!」

 二人は小遣いを出し合い、お漬け物の詰め合わせ(ちょっと高めのやつ)を買うと、さっそくその足で陶パパの病室に向かいました。

 -*-*-*-*-*-*-*-

 二人が病室の前に到着すると、思わぬ先客がおりました。
 内藤の娘・あやです。

 「あや殿!」

 天野くんが呼び掛けると、あやは顔を真っ赤にして、廊下を走り去っていきました。
 ……が、途中で折り返し、真っ赤な顔のまま走って戻ってくるや否や、「あの!」と二人に呼び掛けました。

 「女子がひとりでお見舞いに行くのは、変だと思いますか!?」

 「……へ?」

 隆元が質問の意図を理解できない一方で、恋の唄だいすき天野くんは、すぐあやの気持ちを察しました。

 「いやいや、変ではありませんよ。父上が臥せって気落ちしているでしょうから、あや殿の顔を見れば、陶殿もきっと喜ばれるかと、」

 「いや、変でしょ」

 出た。総領の甚六。
 最近治まってきたと思ったのに。
 天野くんはアタフタと場を繕おうとしますが、ミスター甚六は止まりません。

 「内藤様と一緒にいけばいいではないですか」

 「父は多忙でそれどころではありません! 最近はあまり床にもついていないようで」

 「じゃあ、変だけど行けばいいじゃないですか」

 変だけど行く。
 よくわからない日本語に、あやちゃんは言葉を失います。

 「変だと思われるのはそんなに嫌ですか? 変でも何でも、本心で語ればいいじゃないですか」

 「わ、私は毛利さまのような度胸はありません! 太守様の悪口を平気で言う人と一緒にしないで下さい!」

 「すごい広まってますね、その話」

 「父と太守様が話されているのを聞いたのです、毛利の倅はなかなか見所があると」

 「えへへ、やだなあ」

 「……って、そんな話はどうでもよいのです! どうしたら変じゃなくなるのですか!」

 「うーん、お土産でもあればいいんじゃないですか」

 と言うと、
 隆元は、持っていたお漬け物を、あやちゃんに渡してしまいました。

 「天野くん、いい?」

 「うーーーーん、まあ、いいでしょう! あや殿が持っていった方が喜ばれますしね!」

 「え、え、こんなものいただけません!」

 「上総屋っていう八百屋の品で、興房様は大層気に入られているそうだから、まず喜ばれると思いますよ。では我々はこれで」

 「な、なんで話を進めるんですか! こら! 待ちなさい!」

 小走りで逃げ去った隆元と天野くん。
 妙な達成感に包まれながら、手ぶらで部屋に戻りました。

 「……ねぇ、もう1回街にいかない?」

 「改めて、我らからの贈物を買うのですか? いや、でも結構使っちゃいましたし、」

 「違う違う。自分たち用にお漬け物買おうかなって」

 「行きます!! めっちゃ美味しそうでしたもんね!」

 二人は慌ただしく、街に消えていきました。

 -*-*-*-*-*-*-*-

 さて、困ったのはあやちゃんです。
 訳もわからず漬け物を渡され、しょうがないので、意を決して、ひとり病室に飛び込みました。

 「父上、上総屋の漬け物をいただきましたよ」

 陶くんはずっとパパの看病をしておりました。
 宴会の時はバッチリ決まっていた髪の毛も、この日はどこか無造作な印象です。

 「おー、そうかそうか。さすがは内藤様、わしの好みをわかっておられる」

 「あ、いや、それは」

 「それは?」

 「……えっと、その、実は毛利様からで」

 ああ、言わない方が良かった。話がこじれる。
 しかし、あの純朴そうな田舎者を蔑ろにするのも、どこか気が引けてしまったのです。

 「毛利? どうしてあや殿が、毛利の品を?」

 「あの、私から渡すようにと言われまして」

 「人質の身分で、あや殿に使い走りをさせたと言うのか!」

 「あああ、違います、違うんです! そうじゃなくて、先程たまたま部屋の前で、」

 という流れのまま、結局あやちゃんは全てを話してしまいました。
 ひとりで部屋の前をウロウロしていた、ということも含めて。

 「ははは、あや殿に功を譲ったということか。殊勝なことよ」

 言い終わると、陶パパはゴホゴホと咳き込みます。
 あやちゃんが手ぬぐいを差し出そうとすると、陶くんがそれより何倍も早く、自分の手ぬぐいを差し出しました。

 「……よいか、隆房。一軍の将というのは、自らが功を稼ぐ必要はない。将の仕事は『部下の功を認める』ことだ。それを忘れるでないぞ」

 「……忘れます」

 「なに?」

 「……隆房は忘れっぽい故、父上に都度教えてもらわねばわかりませぬ。来年も、再来年も、もっともっと教えてもらいとうございます!」

 陶くんの瞳には、うっすらと涙が滲んでいます。
 普段いきがっている美少年が、小さな子のようにわがままを言う。その様に、あやちゃんはギャップ萌えが止まりません。

 「申し上げます!」

 が、そんな感動的なシーンも束の間。
 伝令の兵士が、息を切らして飛び込んできました。

 「……山口の街が、大火に包まれてございます!」

 1538年2月。
 この頃、山口に大きな火事があったと、記録が残っております。
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