人生、7回目なんで!

三輪

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14(終):最後まで間抜け

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よく蝉の鳴き声は「ミーンミーン」と書かれるが、よく考えると「ミーンミーン」なんて鳴いてる蝉など見たことがない。どちらかというと、「ズィイイイイイ」とか「ギュィイイイイ」の方がいくらか実物に近いと思う。
僕は、そんなどうでもいいことを考えながら、知らない天井を見つめていた。ベッドがいつもより固くて落ち着かない。消毒液の匂いがすーっと肺に入って、息を吐くと出ていった。
多分、今の僕の顔はびっくりするくらい間抜けな顔になっているだろう。体は動くかどうか分からない。どちらにせよ、動こうとは思えなかった。
窓の外は、すっかり明るくなっていた。電線にとまった10数羽の雀が、じっとこちらを見ていたので意味もなく見つめ返してやった。
海斗くんは無事だっただろうか。
ふと思い浮かんだそれをきっかけんに僕の頭は働きはじめた。舞ちゃんも、大丈夫だろうか。そういえば、山で遭遇した影は、犯人だったのだろうか。
無意識に、僕は僕自身のことは後回しにするようになっていた。
それに気づき、倒れる前のことを考えた。
憧れの低気圧系男子デビューかと思ったのだが、何の前兆もないのにあんなに体調が悪くなるのはおかしい。もしそうだとしたら、僕は低気圧が迫ってくる度に死にそうになるのだ。低気圧系男子も楽じゃない。尊敬する。
結論から言うと、原因は一瞬でたどり着くほど簡単なものだった。
睡眠不足と風邪だ。
ここ1週間、レポート制作に明け暮れ、まともに寝ていなかった。それを昨日やっと終わらせたものの、寝たのは深夜3時だった。足りない。圧倒的に睡眠が足りない。
そして、僕の寝相の悪さのせいで、服が服の役割を果たしていなかった。もうすぐ夏と思っていたが、梅雨なのでそこまで暑いというわけではないのだ。それを調子に乗って半裸で爆睡してたから。
もともと体調の悪い時に激しい運動をすると悪化するのは知っている。
土砂降りの中登山、時々全力疾走、挙句の果てに少年を背負って崖登り。悪化しないわけがない。
よくよく考えてみると、死ぬようなことではないのだが、僕は明らかにあの時、死を覚悟した。覚悟した、つもりなのに怖かった。怖かったのに、僕の頭にはすごくどうでもいいことが過ぎった。雨降ってるのに洗濯物しちゃったとか、家の鍵閉めたっけとか、そういや今日実家から食料が送られる日だったなとか。
海斗くんに後悔や何やと、どこかの自己啓発本みたいなことを言っていた自分が少し恥ずかしかった。いや、しょぼい。僕の後悔しょぼい。だけど、こんなのも後悔に入るのであれば、地球上の誰も後悔のない人生なんて送れないじゃないか。
あの時は、多分アドレナリンドバドバで最高にハイになってたからあんなことを口走ったんだろうけど。僕の死に際がもうちょっとあのホテルマンみたいに壮絶だったら...と考えることは無かった。なんだか馬鹿馬鹿しくなったのだ。
前世の皆さん、後悔がありすぎて僕に思い出させたんでしょう?だったら黙って見ててほしい。僕の人生は僕で決める。例え後悔が増えたとしても、それが僕ってやつだ。



色々なことがありすぎた。そして、僕の中で何かが吹っ切れた気がする。頭のネジではない。
これはいい方向なのかどうなのか、僕一人では判断しかねる。

それからしばらく、僕の周りはいつもより慌ただしかった。
どこから聞いたのか、親が電話を寄越してきたり、舞ちゃんズ母がお礼に来たりした。交番前を通りがかると、例のお巡りさんが犯人は捕まったと教えてくれた。あの山の中だったらしい。やっぱりあれだったのか。危なかった。
現実離れした体験に僕の平和ボケした脳がついていけなかったのか、不思議なほど落ち着いていた。
レポートの提出期限には間に合わなかった。まあしょうがない。
あと、左腕はもうすぐ治るが、ギプスを外すのが少し怖い。どれくらい臭いのだろうか。


「...最近来ないなー平和だなーって思ってたら狙いすましたように来るよね君ら。」
舞ちゃんが勝手にキッチンから冷えた麦茶を持ってきた。一人分だった。
海斗くんは、テレビにゼロ距離で張り付いている。
「数学教えて貰おうと思って。」
舞ちゃんのこの勝気な顔を見るのも久しぶりな気がする。
1回お見舞いに来てくれていたらしいが、僕は爆睡していた。
「...『まあ大丈夫です。』じゃなかったの?」
「佐藤さんもついに女子高生の揚げ足をとるようになりましたか。」
部屋の真ん中の小さいテーブルに向かい合わせになるように座った。
「女子高生の、は関係ないでしょ。誰かさんのがうつったかな。」
テーブルの半分を占めるほどの問題集が置かれた。テーブルが揺れる。
「佐藤さん一応工学部でしょ。」
「何で知ってるの?」
無視された。なんだかいつにも増して反応が薄い。
それから舞ちゃんは黙々と問題を解いていた。たまに無言で問題を指さして視線で訴えてきた。
その度僕はしどろもどろになりながら教えた。塾講師のバイトだけはやるまいと思った。
「...あのですね、佐藤さん。」
ノートから目を離さず舞ちゃんが呟いた。
「佐藤さんもうちょっと自分を大切にした方がいいです。」
「...気をつけるよ。」
また暫く、ノートにシャーペンを走らせる音が続く。
海斗くんはテレビには飽きて寝始めた。
「.......そうじゃ、なくてその...。」
海斗くんがぐごぉ、と久しぶりの変ないびきをかいた。
舞ちゃんの手が止まる。勉強の質問かと思って身を乗り出して手元をのぞき込むが、舞ちゃんは動かない。
「佐藤さんが倒れた時、どうしようかと思って。死んじゃうのかなって...。」
死んじゃうかもしれないは大袈裟だよ、と言おうとしたが大ブーメランになるのでやめておいた。
「佐藤さんがいなくなったら私どうすればいいのかなって。」
「あ、え?」
「ダラダラできないし、美味しいお菓子もジュースもタダ食いできないし、電化製品フル活用で超快適ライフ送れないし、」
「そっちかい。」
一瞬期待した僕が馬鹿だった。
「...一緒にいられないし。」
「え」
「自覚してください。」
「....えっ」
「あと、佐藤さん鈍感すぎです。」
「えっちょっと待って、え」
「女子高生に最後まで言わせる気ですか。」
上げた顔は真っ赤だった。
「..........女子高生は関係ないし...あとそんなこと言うなら舞ちゃんだってそうだし....。」
「え」
まずいまずい。何言ってんだ僕。
とりあえずお茶でも飲む。待ってこれ舞ちゃんのコップじゃないかちょっと待ってわざとじゃないんだ。
「あっ、あはは!あは、ごめんね何か部屋暑いね!エアコンの温度下げるよ。」
テレビが3回ほど電源が入切された。
「間違えたごめんごめん。こっちだね。」
暖房に切り替わった。
僕は狭い部屋を歩き回った。途中で海斗くんを蹴り飛ばしかけた。
舞ちゃんが立ち上がる。
「佐藤さん」
腕を掴まれ、足がカクっと折れた。

その勢いによる事故なのか、舞ちゃんの意図なのかは分からない。

頬に舞ちゃんの唇が触れた。

僕の脳は働きを放棄した。
「....挨拶です。」
僕は間抜けなポーズのまま舞ちゃんが背を向けて歩き出すのを眺めていた。途中でクッションを蹴飛ばしていた。
「っまた今度!」
玄関の扉が閉まった。
一瞬の静寂。
風が僕の首筋を撫でる。僕の体温が上がりすぎて、暖房の風すら涼しく感じた。

「...ねえ海斗くんと問題集忘れてない!?」

僕は舞ちゃんを追いかけた。
テーブルの角で小指をぶつけた。
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