上 下
20 / 37

第20話 新生活の予感

しおりを挟む
 その後行われた戦闘試験において、俺は教官相手に善戦した結果、見事合格。

 まあ良く考えるとアリーシャなど一部の本来強すぎるキャラクターは手加減をしていたはずだが、とにもかくにも俺の合格は間違いないだろう。

 これから始まる学園生活に想いを馳せながら、俺は家に戻り、ロセット師匠に試験の報告をするのだった。

 いまだに夕方目撃したリアルアリーシャの衝撃が冷めやらぬのを感じながら――




 それから1週間ほど、王都の冒険者ギルドでの冒険者活動などをしながら過ごしていた。

 その後、入試結果の発表日になったので、学園に見に行った。

 学園の広場の掲示板の前、人混みをかき分けて掲示板を見に行くと、俺の名前が合格者の所に無い。

 一瞬焦るも、よく見るとその上の首席合格者のところに、俺の名前があった。

 首席合格、か……

 原作では『デウス』における本来の主人公が首席合格していたはずなので、これは俺がやってしまった最初のシナリオ変更という事になるかもしれない。
 厳密には、ロセット・ジェリにパパと呼ばれたり、聖女リーチェ・ストライトにお兄ちゃんと呼ばれたりしている時点で、既にひそかにシナリオは崩壊しているといってもいいわけなのだが。勇者の証、エクスペンダントが俺の胸元に隠されて身につけられていたりするのもそうだ。

「首席は取れなかったか……僕もまだまだだな、頑張らないと」

 その時、横に立っていた少年が、一人そんな呟きをするのが聞こえた。

 右側の少年から聞こえてきた声になんとなく振り向いたとき――
 俺はこの世界に来て一番強い衝撃を受けたかもしれない。

 ――本物だ。

 まず、そんな事を思った。

 深い漆黒の髪をゲームキャラらしく逆立てて後ろに流した髪型に、ハンサムでありながらどこか可愛さも感じさせる等身大の16歳の顔立ち。

 腰には鷹を象ったような特徴的な意匠の剣を下げ、いかにも傭兵団なんかにいそうな戦闘しやすそうな服装に身を包んでいる。

 その穏やかな雰囲気ながらも強い意志を宿した瞳は、『鷹剣のルーク』、ルーク・ルフェーブルのものだと一目で分かった。

 このルーク・ルフェーブルこそ、この世界の誰よりもこの世界を代表すべき存在、RPGシリーズ『デウス』においてプレイヤーの分身となり笑いあり涙ありの物語を共にする事になる、この世界における唯一の主人公である。

 『デウス』に並々ならぬ思い入れがある俺としては、色々な意味で感動の出会いであった。

「サルヴァ。無事首席を取ったようですね。えらいです」

 少し遅れて、一緒に発表を見に来ていた師匠が、人混みをかき分けて俺の左に現れた。

 その師匠の言葉に、主人公、ルーク・ルフェーブルの視線が、俺と重なる。

(――こいつが……)

 なんて、思っているだろう目線を受け、俺はそっと視線を逸らし師匠に向ける。

「師匠のおかげです」

「わたしの弟子なら当然です」

 そんな会話をしてからもう一度ルークの方を見ると、ルークは既にその場から離れて見えなくなっていた。

 俺は今のルークとの出会いで、本格的に『デウス』の世界でこれから生きていくんだな、という実感を今更ながら強く持っていた。

 そうだよな……ここは本当に、『デウス』の世界なんだ……

 そして同時に、これからルークが辿る道筋の数々を思い返しながら、彼がバッドエンドを回避する上で一番邪魔になるのは、俺、サルヴァ・サリュの存在である事にも思い至る。

 まだこの世界では出会っていない、『デウス』メインヒロインの美少女、シエル・シャット。

 ルークと恋に落ち、付き合う事になる彼女を寝取り、女神の力を得るために殺した巨悪こそ、サルヴァ・サリュなのだから。

 これまで、異世界でひとまず自分を強くする事に集中してきたが、そろそろ俺がこの世界をどのようなシナリオに持っていくのか、考えないといけない時期に来ていた。

 といっても、俺がうっかりシエル・シャットを寝取ろうとするなんて事は、長嶺暁が転生した身体である以上、まずありえない事だ。

 ましてや、女神の力を得るためにシエルを殺すなんて、やるわけがない。

 だから、考えようによっては、俺が転生した時点で、デウスのバッドエンドというのは既に回避されているのだ。

 俺はあの作品を5作目の途中でモニターを叩き割って辞めてしまったので、正確なストーリーの全体像が分かっていないのは、やや不安なところだが――

 そういう意味では、俺はむしろ、これからこの第二の人生を、どうエンジョイしていくのか、という事も考えてもいいのかもしれない。

 そういう思考にシフトをさせたとき、思い出すのは先週のアリーシャだった。

 ただクッキーを奪われただけの一幕だったのに、彼女の表情が、身体が、色香が、記憶に焼き付いて離れない。

 俺は前世で、恋愛という奴をした事がない。

 たしかに、好きだった女の子とかはいた事がある。

 俺は幼馴染の絵画仲間、水沢月那の事が、たぶん好きだった。

 だからこそ、離れ離れになったとき、あんなに不貞腐れてしまった。

 絵画の才能で義妹の日音にまったく及んでいない現実に絶望して、父親に見放された事に絶望した事が一番大きかったとはいえ、俺がひきこもった理由の一端ではあるだろう。

 そして、それ以降ひきこもり続けた俺にとって、同世代の女の子というのは幻の存在だ。

 ロセット師匠を膝の上に載せているのだって、聖女リーチェにキスされたのだって、ぶっちゃけて言えばドキドキしっぱなしだ。恥ずかしくてそんな素振りは出せないが。

 そんな異世界で出会った美少女キャラクターたちの中でも、アリーシャは圧倒的に異色の魅力を感じた。

 男の本能に訴えかける、抵抗しようのない魅力とでも表現するべきか。

 もし、あんな子と付き合えたら――

 その願望は、おそらく俺の根幹部分から発生していた。

 何か、うまく説明できないのだが、彼女は初恋の相手、月那と少しだけ似ていた。

 外見などは離れ離れになった当時の彼女とはまるで違っているのだが、あのひょいっとクッキーを持っていく自由な感じや、優し気だが神秘的な瞳は、なにか近しいモノを感じさせる。

 月那も、あんなちょっと不思議な所がある子だった。

 思えば、月那と日音と3人で『デウス』を遊んでいたとき、アリーシャが少し月那に似ている、という話はされていた気がする。朧げな記憶だが。

 もっとも昔の月那はもっと明るかったし、なによりあれほど圧倒的な色香というものはまるでなかった。月那には失礼な話かもしれないが、実際そうなのだから仕方ないだろう。

 いずれにせよ――

 アリーシャ・アーレア。

 彼女の事を考えると、これからの学園生活に、期待や不安をいろいろと抱いてしまう。

 気になる少女ではある。
 それもかなり強く気になる。

 あの姿を脳裏に思い浮かべただけで、なにか心臓の動きがおかしなものになっている感じがするし、体験した事のない脳内物質が分泌されているとも感じる。

 もし付き合えるような事が万が一起これば、それは人生の絶頂ともいえるくらい嬉しいだろう。

 だが、ストーリー上、あの子はさっき出会ったルークの事を好きになるのである。

 そしてルークはシエル・シャットに惹かれる。

 もし俺がアリーシャと付き合いたいと本気で思うのであれば、これは極めて大きな問題である。

 これは諦めた方がいい恋なのか―― 

 悩ましい状況にため息をついてから、傍らにいる師匠に視線を向けて、

「帰りますか、師匠」

 と声をかけたのだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

死んだら男女比1:99の異世界に来ていた。SSスキル持ちの僕を冒険者や王女、騎士が奪い合おうとして困っているんですけど!?

わんた
ファンタジー
DVの父から母を守って死ぬと、異世界の住民であるイオディプスの体に乗り移って目覚めた。 ここは、男女比率が1対99に偏っている世界だ。 しかもスキルという特殊能力も存在し、イオディプスは最高ランクSSのスキルブースターをもっている。 他人が持っているスキルの効果を上昇させる効果があり、ブースト対象との仲が良ければ上昇率は高まるうえに、スキルが別物に進化することもある。 本来であれば上位貴族の夫(種馬)として過ごせるほどの能力を持っているのだが、当の本人は自らの価値に気づいていない。 贅沢な暮らしなんてどうでもよく、近くにいる女性を幸せにしたいと願っているのだ。 そんな隙だらけの男を、知り合った女性は見逃さない。 家で監禁しようとする危険な女性や子作りにしか興味のない女性などと、表面上は穏やかな生活をしつつ、一緒に冒険者として活躍する日々が始まった。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

男女比1対999の異世界は、思った以上に過酷で天国

てりやき
ファンタジー
『魔法が存在して、男女比が1対999という世界に転生しませんか? 男性が少ないから、モテモテですよ。もし即決なら特典として、転生者に大人気の回復スキルと収納スキルも付けちゃいますけど』  女性経験が無いまま迎えた三十歳の誕生日に、不慮の事故で死んでしまった主人公が、突然目の前に現れた女神様の提案で転生した異世界で、頑張って生きてくお話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

二度目の異世界に来たのは最強の騎士〜吸血鬼の俺はこの世界で眷族(ハーレム)を増やす〜

北条氏成
ファンタジー
一度目の世界を救って、二度目の異世界にやってきた主人公は全能力を引き継いで吸血鬼へと転生した。 この物語は魔王によって人間との混血のハーフと呼ばれる者達が能力を失った世界で、最強種の吸血鬼が眷族を増やす少しエッチな小説です。 ※物語上、日常で消費する魔力の補給が必要になる為、『魔力の補給(少しエッチな)』話を挟みます。嫌な方は飛ばしても問題はないかと思いますので更新をお待ち下さい。※    カクヨムで3日で修正という無理難題を突き付けられたので、今後は切り替えてこちらで投稿していきます!カクヨムで読んで頂いてくれていた読者の方々には大変申し訳ありません!! *毎日投稿実施中!投稿時間は夜11時~12時頃です。* ※本作は眷族の儀式と魔力の補給というストーリー上で不可欠な要素が発生します。性描写が苦手な方は注意(魔力の補給が含まれます)を読まないで下さい。また、ギリギリを攻めている為、BAN対策で必然的に同じ描写が多くなります。描写が単調だよ? 足りないよ?という場合は想像力で補って下さい。できる限り毎日更新する為、話数を切って千文字程度で更新します。※ 表紙はAIで作成しました。ヒロインのリアラのイメージです。ちょっと過激な感じなので、運営から言われたら消します!

処理中です...