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第13章 宿る愛

63話

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 「ヒルコが、私を助けるために・・・・」
 自我を取り戻したツグミは、状況を聞いて俯いた。皆に謝罪と感謝をするが、イナホへ掛ける言葉が見つからなかった。そんな時、彼女に通信が入る。
 「父さん!ご無事でしたか!?」
 「ああ、僕はね。みんな、よくやってくれた。イナホ君は大丈夫かい?」
 「それが・・・」
 「なら伝えて欲しい・・・」
 ツグミは通信を終え、顔を伏せて倒れているイナホに身を寄せると、
 「イナホ、ヒルコが最後に、ありがとう、と」
 イナホが仰向けになり、大きな涙を目元に溜める。空と朝日のオレンジを乱反射させるそれは、この星の輝きそのものだった。
 悲しみが残るも、力強い声でイナホは、
 「うん・・・・。受け取ったよ」
 「立てますか?」
 そう差し出されたツグミの手をイナホは取った。

 手塚達の見つけてきた急ごしらえの車両で、イナホたちは帰路へと就くのだった。
 その途中、外国の国旗が描かれた大型の飛行機が空を横切り、遠くで何かを落とすのが見えた。パラシュートが開くと、それがすぐに支援物資だと分かった。手塚はため息をつくと、
 「大規模爆撃は中止されたようだな。さて、この先、日本をどう守るか・・・・」

 二荒の社まで半ばも過ぎた頃、イナホ達は徒歩を余儀なくされていた。愚痴を漏らす百花と、それを窘める悠の問答が繰り返されていた時、車両の音が近づいてくる。軽く手の施された元自律戦車がコンテナをけん引している。
 「乗ってくかい?」
 停車したそれから顔を覗かせたのは、傑だった。ツグミの表情が明るくなると、
 「父さん。私たちより到着が遅くなるものだと」
 「はは、無傷の自律兵器が手に入り放題だからね。車両の一台くらい、何てことないよ」
 傑は運転席から降りて、荷台に乗り込むのを手伝う。
 「みんなお疲れ。イナホ君は顔色が悪いな。ツグミも、その腕、あとで修理しよう」
 そして最後に乗り込む手塚に、
 「すまない、犠牲を出してしまった。なんと言っていいか・・・」
 「それが彼らの意志だったのなら、こうして、あなたがここに居る事で報われる。日本が元の姿に戻るまで、我々の戦いは続く。散っていった彼らにも、見せてやりましょう。私たちが守ったこの国が、再び輝く時を」
 「僕らの責任か・・・・。そうだな」
 彼らを乗せた車両は再び動き出す。


 夕方に差し掛かろうというとき、宇迦之御魂うかのみたまが忙しなく境内を駆け回っていた。
 「帰ってきたぞ!!あの者たちじゃ!!」

 崩れかけた大鳥居の前へと停車した車両。イナホ達がぞろぞろと降りていると、肩に少彦名すくなひこなを乗せた宇迦之御魂が駆け寄ってきた。
 「やったのう!やったのう!信じておったぞ!天照様もみるみる回復したぞ!」
 イナホは嬉しそうに、
 「ただいま戻りました。天照様が!?良かっ・・・・」
 「おぉい!イナホ!」
 足をふらつかせ気を失ったイナホを慶介が受け止めた。少彦名は注意深く見て、
 「寝ておる。緊張の糸が今になって切れたようじゃ。余程、天照様の事も気がかりだったのじゃろうて」
 「奥へ運んであげてください」
 近づいてきた声の主は天照だった。その体を蝕んでいたものは、綺麗に無くなっていた。
 「よくぞ戻られました。尊き犠牲と皆の功績、感謝のしようがありません。月詠もご苦労でした」
 そう言うと暫しの間、傍らに居た須佐之男すさのおと共に頭を下げたのだった。須佐之男は顔を上げると、
 「姉上を救った立役者もそんな具合だ。礼は後で改めてさせてもらおう。体を休めてくれ」
 その言葉に甘え、挨拶もそこそこに社の奥へと足を運ぼうとする皆にツグミは、
 「では、私から報告はさせていただきます。皆さんは休息を」
 そこにあの避難者の少年が息を切らしてやって来た。
 「おねーちゃん!」
 「栄太。約束、守りましたよ」
 「うん、おかえり!もう機械達は悪さしない?」
 「はい。ちゃんとお話しをしてきました」
 「・・・・おねーちゃん、その腕、大丈夫?」
 ツグミは少しわざとらしく腕を押さえると、
 「ん、ちょっと痛みますね。なので栄太、お手伝いしていただけますか?」
 「うん!」
 「ここに回収した支援物資があります。皆に、食べ物を配ると伝えてもらえますか?」
 「わかった、行ってくるよ!」
 見送るツグミに手塚は、
 「ふ、子供の扱い方がわかっているな。さ、後は我々に任せてくれ。私たちに神様の相手は出来ないからな」
 「では後はお願いします」


 全員張りつめていたものが解けたのか、用意された寝床で眠り込んでいた。久方ぶりの平和な時間の中、ツグミは腕の応急修理を受けていた。
 「父さん、無理を言って申し訳ないです。疲れているのに」
 「なに、イナホ君が心配なんだろ?」
 「ええ、スキャン装置は使えそうですか?」
 「ああ、無事なはずだ。いつか復興したらちゃんとした設備で直そう。まだ駆動系には違和感があるだろう?あまり負荷をかけ過ぎないようにな」
 指と肘を動かしながら、自分の腕を眺めるツグミ。すると少し寂し気な傑の顔が目に入る。
 「ありがとうございます、父さん。・・・どうかしましたか?」
 「いや、この厄災が解決して、ツグミは秋津国に戻るのかなと思ってな」
 「私はこの先も、八幡ツグミとして生きていこうと思います。この日本では、一度は葬られた存在です」
 「そうか・・・、ツグミとしての人生を歩んでほしい。それが僕の望みでもあるからね。今更どうこう言う権利はないよ。それに、あっちの方が何かと生きやすいだろう」
 ツグミは外を見ながら少し笑みを浮かべていた。


 「ほぼ修復されていますが、軽度の骨折が二十三ヶ所。それと内臓からの微量の出血が眩暈の原因でしょう。絶対安静でお願いします」
 そう語るツグミを横になるイナホは見上げ、
 「ねえ、ツグミちゃん。ヒルコは、あれで良かったのかな・・・・」
 「ひと時でも、ヒルコの心が救われた事に間違いはありません。私たちが語り継ぐこと。それが、亡くなった人々やヒルコへの慰めになるはずです」
 「忘れられたら、寂しいもんね」
 窓の外では、他の皆が周辺の復興を手伝っている。イナホの容体が回復するまで、帰還手段を探しつつ、この地に滞在することになった。

 手塚達は傑に協力を仰ぎ、復興のための暫定政府を設立する計画を話す。傑は権力を得ることに対して、あまり乗り気ではなかったが、散って逝った者達の意志を継ぐ事を胸に秘め、手塚の手を取った。そこで傑は天照に尋ねる。
 「天照大御神様達は神宮に戻られるのですか?」
 「何か頼みごとをしたい、といった顔ですね」
 「はい、この国の暫定政府設立はこの地が良いと思い、この地に残っていただけないかと」
 「困りましたね。私はあの地で深い繋がりを築いています。そう広い国ではありません、そなた等の頼みとあれば、いつでも駆けつけましょう」
 「感謝いたします」
 「返しきれないほどの恩があります。礼には及びません。暫しの間、我ら神々の導きと加護を与えます」
 傑が手塚に天照の言葉を伝えると、復興を手伝う調査班の姿を見ながら手塚は、
 「秋津国の存在は、今はまだ口外出来ないのでしたね。あの子達が帰れば、一番の英雄を、いつか人々は忘れてしまうのだろうか・・・」
 傑は、
 「人々の行き過ぎた欲望は毒だ。秋津国の科学力に資源。この地上では必ず火種になる。そっとしておくべきだ」
 天照も調査班の働く姿を見ながら、
 「いかにも。けれども、必ず語り継がせましょう。そなた等の世代が変わろうとも・・・・」
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