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第13章 宿る愛

62話

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 百花は要領を得ず聞き返すのだった。
 「ちょっ、ツグツグ、誰から逃げるんだよ?全部終わったんだよ?」
 「私から、離れてください。先ほどから制御が、効かなく、なってきて、いるのです!」
 「戦いが終わったからって、変な冗談やめてよ」
 ツグミがゆっくりと一歩踏み出すと、目つきが変わり、髪が深紅に染まりだす。月詠が剣を抜いて声を上げる。
 「これは神格化!?いかん!構えよ!」

 近くにいた悠に、ツグミが斬りかかる。即座に反応するも、
 「片腕で、なんて力だ・・・!」
 人間を凌ぐ力を持つツグミだが、それ以上の何かが上乗せされている様だった。急いで百花と司も加勢するが、状況が飲み込めない以上、仲間を斬ることは到底出来ず、攻撃を防ぐことだけで精一杯だった。
 刀と刀が激しくぶつかり合う音が響く中、慶介はイナホを背負いその場から離れた。それを守るよう、香南芽が警戒しつつ、手塚達にも離れるよう警告する。

 「イ・ナホ。ツグ・ミ・・」
 ヒルコはその場で二人の名を呼ぶ。だが、誰もそれに気づく余地が無かった。

 斐瀬里は月詠をかばうようにしながら、
 「月詠様!これは一体何が?」
 「あの娘は、この国において明神として祀られた。それからは言わば、現人神あらひとがみの状態にあったのだ」
 「現人神!?」
 「生きながらにして、人でもあり神である状態。しかし、あの娘の場合は違う。人と違い、魂は不完全で、そして、それが入る器にまだ余白があり、神の感情を司る御霊みたまも入りやすい状態にあった。それも不均衡に」
 「八幡さんが神様になったのはわかりますけど、なぜ私達に刃をむけるのです!?」
 「ああ、ここからは推測に過ぎないが。姉上の回復計画の過程で、この戦いを見ていた者達が大勢いた。この厄災の原因である、ヒルコが何者かという疑念に対し、同じ機械の体を持ったあの娘、ツグミを、つまり継海大明神の怒りに触れ、その祟りがこの厄災を招いたとでも噂したのであろう。たかが噂、しかしながら数が集まれば、それは信仰に等しい。条件としては十分過ぎた。その証拠に、今あの娘は祟り神として自我を失っている」
 「何か元に戻す方法は!?」
 「今の人々がどう認識しているかわからぬが、祟り神には古くからにえを差し出すか、そのものを討ち倒すか・・・」
 「つまり、私達の中で、誰かが犠牲に・・・と?」
 「あの神が、一人の命で済ませるのならな・・・・」

 三人がツグミと応戦する中、ヒルコは月詠を見るのをやめると、立ち上がろうとしていた。

 月詠は険しい表情で考えを巡らせると、再び話し始める。
 「万に一つ、今この時、その信仰が止むか、あり方が変われば、可能性はなくはない」
 「それはつまり、人々の意識を変えるって事ですよね?どうやって・・・」
 答えに詰まる二人の間に沈黙が流れると、月詠はツグミの足元を見ながら、
 「これは一時しのぎではあるが、金毘羅刀の力を以って、あの娘の影を斬れ。負の縁を断つ力で、少しは猶予が生まれるであろう」

 それを聞いた斐瀬里はツグミの方へ走り出し、応戦する三人の後ろで、ツグミから伸びる影を斬った。するとツグミの動きが止まったが、数秒後には再び暴れ始めた。斐瀬里は、
 「八幡さんの影を斬り続けて!人々の誤った負の感情から、一時的に切り離すことが出来るの!」
 悠も隙を見てツグミの背後を取り、地面に伸びるツグミの影を斬った。
 「ちっ、確かに一時しのぎにはなるが、根本的な解決策がないと埒が明かないぞ!」
 「天照様の回復用に、八幡さんの見ている光景が送られているはず、影を斬り続けながら人々に呼びかけるしかない!」



 再び傑の端末などに、中継装置の映像が断続的に流れ始める。
 「一体何が起こっているんだ?ツグミは何故動かない?」
 すると仲間たちの声が聞こえてくる。
 「これを見ている皆さん、この大厄災は継海大明神も尾上さんの発明も関係ありません!誤解なんです!」
 斐瀬里たちは何度も何度も呼びかけている。
 「どういうことだ?」
 傑はツグミに何かがあったことは察したが、現地で何が起きているかは分からず見守るしかなかった。その時、ある通信を受信する。
 「ん?これは試作機の・・・。まさか!?」
 「イナホ、ツグミ・・アアー」
 「ヒルコ、なのか・・・?」
 「タス・ケル。アイシ・テ、クレタ」
 「ヒルコ!一体何が起きている!」
 「ツタエテ。アリガトウ、ヲ」
 「一体何を・・・・!」


 ツグミの見ている景色には、いつもより早い朝焼けが昇りつつある。その視界の傍からヒルコがゆっくりと不器用な動作で歩いてくるのが見えた。


 慶介の背中でまだ弱っているイナホはガンホルダーの軽さに気づく。
 「いけない!私の八咫射弩が・・・!水蛭子之神を止めて!」

 ヒルコのその手には、イナホの八咫射弩が握られ、何かの力を発現し始めた。それに気づいた悠は叫ぶ。
 「まさか!まだ悪意が残っていたのか!」
 「違うの!」
 イナホは叫び、慶介の背から落ち、ヒルコへ駆け寄ろうと藻掻いた。必死に体を起こそうとするが、その身は言う事を聞いてくれない。
 「ヒルコが・・・、ヒルコがぁ!だめだよ・・・・!!」



 ヒルコは、涙を流す彼女を一度だけ見ると、これまでとは違い力強い声を上げた。

 「ワレハ、ヒルコ!スベテノ、ヤクサイ、ト、オオクノ、イノチ、ウバッタ、アシキカミ!」



 次の瞬間、ヒルコはツグミ達に向け八咫射弩の引き金を引いた。悠達は思わず身構え目を閉じたが、薄っすらと目蓋の隙間から見えた光景に目を疑った。

 眩しい朝焼けに包まれながら、全てを灰燼かいじんす業火を発現させ、ヒルコは自らの体を焼いたのだ。僅かな灰だけが空に舞い、跡には焦げた地面しかなかった。
 イナホは這って来ると、無心で焼けた土をかき集めていた。その泣き崩れる声をかき消すかのように、各地では何も知らない人々から、歓声が上がる。


 映像に映るヒルコを包む朝焼けは、天照の偉大な力の象徴と重なり、恰も、その威光により焼き払われたように人々に記憶されただろう。
 悪神ヒルコ。討ち滅ぼされた神の名は、瞬く間に人々の間に広まった。同時にツグミへの誤解は解け始めたようだった。
 端末の映像が正常に動き出すのを傑は確認する。山陰を朝日が照らし始める。歓声に沸く人々の中で、傑だけは沈黙していた。あの子供が描いた絵を取り出し、じっとそれを見つめると、形容しがたい喪失感と安堵感が体を満たすのを感じていた。
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