The Outer Myth :Ⅰ ~目覚めの少女と嘆きの神~

とちのとき

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第10章 思い

47話

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 周囲の神々がイナホに意見しようとするが、天照はそれを静止し、彼女の声に耳を傾けた。
 「誰からも愛されずに、ただ討たれるなんて可哀想です。確かに、ヒルコのした事は許されることではありません。でも、どんな存在でも、一度は愛されるべきです!だから、話をする機会をください。もし話の通じない相手でも、この気持ちだけは届けさせてください!」
 険しい表情をした須佐之男は、
 「ヒルコの力の片鱗相手でさえ、死にかけていた青二才が、情けを掛けるか!実に甘い!」
 返す言葉に詰まるイナホの隣で、黙って聞いていた悠は深々と頭を下げると、
 「自分からもお願いします。そんな場合でない事は重々承知しています。ですが、こいつはその甘ったるい考えでいつも動きますが、その奥にある、不思議で力強い信念が、これまでも仲間たちを導いてくれました」
 ツグミも自らが秋津国で目を覚ました時の事を思い返し、悠に続いた。
 「今、私がここにいるのも、皆をこの日本に導けたのも、元はと言えば、彼女のお陰なのです。それに、ヒルコの味わった孤独や恐怖が、私も他人事だとは思えないのです。イナホの持つ優しさ、それは強さだと、私は信じたい」
 イナホの感情を共有するように、皆も言葉を口々にし、頭を下げていた。天照は口元を軽く隠しながら、須佐之男を見ると、
 「だそうですよ?須佐之男」
 「やれやれ・・・」
 「いずれにせよ、協力が得られなければ我らは滅びを待つのみ。ここは、心優しき秋津よりの客人に賭けてみませんか?」
 須佐之男は腕を組み、イナホに問い直す。
 「ふむ。しかし、そのような非力でヒルコにどう近づく?ヒルコが何やらしている東の地には、あの白き鉄の兵の群れがいるのだぞ?まして、神域の外だ」
 「うっ、それは・・・」

 そこに黙って話を聞いていた傑が、一歩前へ出た。
 「ちょっといいか?それなんだが、昨日の戦闘データを纏めたから、少し情報を整理しよう。イナホ君たちの持つ、秋ノ御太刀あきのみたちは鋼鉄さえ簡単に断つ。にもかかわらず、あの装甲には傷一つ付けられなかった。単にこの子たちが力不足だったという訳じゃない。あれは今の人類の理解を超えた物質だ。だけれども、神域へ逃げ込んだ後、須佐之男様はあの敵を討った。須佐之男様、あの白いのは神域内は苦手としている、それは間違いないですね?」
 「そうだ、あの白き鎧が僅かに脆くなり、中身の再生も遅くなる。よって俺の天羽々斬剣あまのはばきりのつるぎでも、どうにか斬ることが出来る。そして奴は、体のどこかに人で言うところの心の臓に当たる核を持つ。そいつを潰せば奴は消える」
 「なるほど、という事はやはり神域に存在する力場の様なものが鍵だ。敵の構成要素に何らかの影響を及ぼす。神域とは何かと考えたとき、神々の持つ神聖な力がある場所とだけ考えると上手く説明がつかなかった。それであるなら、神域の外でも、偉大な神様さえいれば済む話だからね。神域、つまり人々の信仰の集まる場所、古くからその場に蓄積された、人々の思念や無意識などが、力場を構築していると僕は考えた」
 月詠は何か納得した様子を見せ、
 「確かに、我々が神たる力を発揮する際、この宇宙全体に広がる霊的な力の奔流の一部を使っているが、それとは別に、我らを生かし、その地に繋ぎとめるは人の意志であるな」
 傑は頷くと、
 「八咫射弩やたのいどによる攻撃が、敵の装甲を神域外でも砕いたのは、あれが神が使うその霊力と、人の意志を織り交ぜたものだからだ」
 「つまり、人の思い無しにあの白き鎧は打ち砕けぬと?」
 「ええ、神域の力場が枯れれば、武闘派の神々でさえ太刀打ち出来なくなる。日本の人口の大部分が失われた今、ここの力場もいつまで持つかわからない。しかし彼女達なら場所を選ばず戦える。現状を打破するためには、攻めに転じるしか。でも結局、彼女達に任せるしか我々には・・・・」
 天照は、
 「そうですね、秋津の若人達には、とても申し訳なく思います。して、傑とやら。我々に出来る事は?」
 「まずは彼女達の神器を強化したいと思う」
 イナホは傑を見ると、
 「え!?これ、もっと強く出来るんですか!?」
 「まだ上手くいくかわからないが、考えがいくつかある」
 すると少彦名が傑の肩に飛び乗り声を上げた。
 「わし等、技術屋の本領発揮じゃな」
 「そうとも、細かい事は後で伝えるよ」
 「同胞たちも、力が必要になったその時は、頼むぞい?」

 須佐之男は組んだ腕の片方の手を顎に当て、
 「なら、役に立つかは分からんが、あの怨嗟の塊。悪縁を斬る金毘羅刀こんぴらとうであれば、あの受肉した念をどうにかできるかもな。ただ問題がある。そもそもあれは、物を斬るのではなく“物事”を斬るための刀だ。戦には向かねぇ。しかも残ってるのは一振りだけだ」
 傑は少し考え、
 「それなら上手くいくか分からないが、秋ノ御太刀にトレース機能を装備するか・・・」
 複雑な構想を練る傑の肩で少彦名が意見をぶつける。
 「待て、傑よ。ならば金毘羅刀を八つに砕き秋ノ御太刀に混ぜ、打ち直したらどうかの?」
 「不純物が入って強度が下がらないか?」
 「わしが物創りの神であることを忘れたか!こっちはわしに任せよ」
 「うーむ、こうなると埒が明かないのは分かってる。後で決めよう。それで須佐之男様、その刀は今どこに?」
 「主を失った金毘羅刀はいたずらに使われぬよう、この霊峰の頂に鉄の鋳物に入れ封印されてるぜ」
 「よし、それの回収はイナホ君たちに任せて」
 イナホは傑の方を向くと、
 「あの、私、天照大御神様への信仰を取り戻す手段考えたんです!傷を治すだけの力が集まるか分からないけど・・・。ツグミちゃんのお父さん、映像を広範囲に映し出せる装置を作れませんか?出来るだけ多くの人に見てもらえるようなやつです」
 「ああ、材料さえ揃えば、そのくらい作れるだろうが、何に使うんだ?」
 「私たちの活躍を、全て天照大御神様の手柄にするんです。ここの人達は神様が見えないから、ツグミちゃんが見た映像データを合成して、天照大御神様が活躍する姿を見せれば、見えない人たちも認識して信仰が取り戻せます、きっと」
 「そんな子供騙し・・・。いや待てよ、無意識に刷り込まれれば可能性はあるな。それにこの状況下だ、もしかしたら・・・。イナホ君、冴えてるぞ。よし分かった、その計画も進めておこう」
 その言葉に天照たち姉弟は顔を見合わせていた。須佐之男が腕を組み直し、
 「では粗方、今やるべきことは決まったな。姉上は今日はもう休ませる。協力してくれる事、感謝するぞ。そして、イナホとやら」
 「はい」
 「お前の想いは受け取った。姉上の件も感謝する。だが、ヒルコと相対したとき、望まぬ現実がそこにあったのなら、覚悟を決めろ。でなければ、討たれるのはお前か、友か。あるいは両方だ・・・。良いな?」
 「・・・・わかりました」
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