上 下
37 / 80
第6章 因果

29話 (挿絵あり)

しおりを挟む
 掲げたその手に持つ銃の周りに、透けた光の線が別の重火器の立体を描き出す。その光に沿って、黒っぽい金属のような幾何学の粒が、パタパタキチキチと音を立て、辺りを舞いながら覆っていく。

 すると、大型の狙撃用ライフルが即座に形成されたのだった。
 「再構成プロセス完了。残弾2」
 闇に潜むその人影は、その場に伏せてスコープを覗き込み、引き金に指を掛ける。その傍らで、
 「二発もあれば、お主の腕なら十分じゃろうて。のう、ツグミよ。ほっほ」


 悠がやめろと叫び、駆け出そうとしたその時、振り上げた大隊長の腕が蒸発するように消え、近くの壁と地面が赤黒く染まったのだった。
 大隊長の刀が、転がり落ちるのと同時に、太い銃声が遠くから響き渡り、周囲の山で寝ていた鳥たちが一斉に飛び起きる。

 大隊長はようやく腕を失った痛みを認識する。
 「うわあああ!俺の腕があああ!!何なのだ、一体何が、誰が!」
 完全に混乱した父を前に、再び呆然とした悠。それもつかの間、今度はS級クバンダの人型部分の頭部に、ガキョンッと音がし、火花が僅かに散るのと同時に、反対側からどす黒い血と髄が噴き出した。するとまた少し遅れて、大きな銃声が辺りに木霊する。
 その場にいる全員が、一連の事態を飲み込めずにいた。そのとき、解放された司は全力で駆け、駒島の後頭部目掛け、回し蹴りを決めた。
 駒島はそのまま前へ倒れ込み、地面に顔面を強打し気を失った。
 クバンダの挙動が明らかにおかしくなる。スキャン装置を覗く八十根やそねが、
 「奴の周波数変化が止まりました!!」
 それを聞きメイアが叫ぶ。
 「斬り込めお前達!」

 指示をやるとイナホを見て、「頼めるか?」とメイアは問う。イナホは力強く頷き、クバンダへと立ち向かう。メイアは先ほど弾き飛ばされた刀の回収に走り出す。
 主の制御を失ったクバンダは、本能的に暴れまわるが、歴戦の隊員たちに次々に斬撃を浴びせられる。
 イナホも死笛蜘蛛の捕食器に気を払いながら、足元へと滑り込み、その足に母から託された思いを刀に乗せるのだった。
 体制を崩したクバンダに、隊員たちが一斉攻撃を仕掛け、人型の両腕も切断された。ほぼほぼ脅威である部位を排除されたクバンダが、その場でのたうち回り、徐々に弱っていく。小型のクバンダ達も候補生達により排除されていたようだった。
 それを確認すると、菊原きくはらは倒れている百花の姉の元へ駆け寄り応急手当を始めた。姉の傷口に手を当て、涙を流す百花に菊原が指示を出し、その震える手で止血の手伝いをさせる。

 刀を手にしたメイアは、気を失った駒島に歩み寄り、その首根っこを掴む。そのまま引きずりクバンダへと近寄って行った。

 駒島は目を覚ます。すると、捕食器で地面を噛みながら、這い寄る愛犬の姿がその目に映った。
 何かを察してバタバタと暴れる駒島に目もくれず、そのまま引きずり続けるメイアは、
 「最後の晩餐はご主人様か。洒落てるなぁ」
 「と、豊受!何をするつもりですか!?リ、リンクが・・・!鬼窪は?何をしている!誰か!誰か居ないのかー!」
 クバンダとのリンクが切れたせいなのか、元の人格に戻っている駒島。欲望に歪んだその餌を、愛犬の前へとメイアは放り投げた。

 ズリズリと這い寄るクバンダが捕食器をもたれ上げると、駒島の情けない絶叫が、静けさを取り戻した周囲に響くのだった。捕食器が大きく口を開くと、駒島は失禁しながら目を閉じた。

 駒島は数秒待っても何もない事に恐る恐る目を開けると、両断されたクバンダと、その血を刀から滴らせるメイアが立っていた。
 「死んで逃げれると思うな。その汚ねーパンツを牢獄で取り換える度に、犠牲になった全員に詫びろ。お前が無様に死ぬのは、それからだ」
 メイアはそう言い放ち背を向けた。

 応急手当てをする菊原の元へ来てメイアは、
 「杜の状態は?」
 「出血は多いですけど、重要な臓器への直撃はなかったみたいっす。ただ背骨が砕けてるかもしれないっすね・・・」
 イナホ達も杜姉妹を励ましつつ見守っていると、聞き慣れた声が聞こえてくる。

 「皆さん、ご無事ですか?」
 それは見慣れない装備を付けたツグミ、そして御産器老翁むみきおじと坤だった。そしてそのすぐ後から、治安管理局と救急隊がぞろぞろと敷地内に入ってきた。イナホは、
 「ツグミちゃん!私たちは大丈夫だけど、百花ちゃんのお姉さんが、大怪我で・・・」
 そう言われツグミは歩み寄り手をかざすと、百花の姉の内臓と骨をスキャンし始める。
 「臓器の損傷個所無し、腹腔内出血は軽度です。今すぐ病院に運べば命に別状はないでしょう。しかし、背骨の損傷の方は、下半身に軽い障害が残るかもしれません」
 救急隊が駆けつけると、百花は姉の血で染まった手で涙を拭いながら、救急車両に運ばれる姉に付き添い病院へと向かった。

 それを見送るとメイアが子供たちに向き合い、改めて話をする。
 「あとは我々大人が処理する。で、どうしてお前たちはこの事態が分かった?」
 坤とイナホが一連の事情を話すと、彼女はため息をつきながら、
 「あれ以上首を突っ込むなと言っただろうに・・・。しかしまぁ、今回は助かったよ。あの時、隙を作ってくれたのお前達なんだろ?ありがとう。学校には私から詳細を報告しておく。何もお咎め無しとまではいかないだろうがな」
 そう言うと、メイアは悠の元へ歩み寄る。
 「大隊長の・・・、君のお父さんの事は残念だった。今後重い処罰が下るだろうし、君にも親族ということで、暫くの間は捜査の手が入るだろう。だがここに居る皆が、君という人間がどんな人間か知っているはずだ。心をしっかり持て、そしてこれからはもっと仲間を頼れ。いいな?」
 悠が無言で頷き涙を零すと、メイアは子供たちの方に振り返り、
 「皆、素晴らしい仲間を持ったな。これから色々あるかもしれないが、助け合うんだぞ」
 するとイナホが心配そうに、
 「母さん、近衛隊に裏切り者が居たってことは、大社の大御神様は大丈夫なの?」
 「ああ、師匠・・・、武御磐分たけみいわけ様と一部の信頼できる奴等に、護衛の強化を伝えてある。だから心配ない。ところで・・・・、さっきのはツグミが?通常の狙撃とは思えなかった。何より、クバンダを一撃で貫いていたようだったが・・・」
 ツグミは腰に下げた銃を取り出すと、
 「はい、試作機ではありますが、これは八咫射弩やたのいど。工房ではそう呼んでいます。秋津国独自の、三種の神器・・・、その一つです」
 御産器老翁は少し誇らしげに、
 「ほっほ、久々に作り甲斐があったのう。しかし、初回で使いこなすとは。まして、人の身と異なる存在だというのに・・・・。たまげたたまげた、ほほっ」
 三種の神器、その言葉を聞くとイナホとメイアは驚嘆し息を呑んだ。


 治安管理局が第三小隊員から詳しい報告を受けながら、駒島達の身柄確保や施設の立ち入り調査を進める。悠は父が病院に搬送と同時に身柄確保されるという事もあり、取り調べに協力するため、無言のまま治安管理局の車両に乗りその場を後にする。イナホはそれを見ながら、
 「悠大丈夫かな・・・?」
と呟くと、香南芽が皆の方を向く。
 「とにかく、私達はいつでも悠が帰って来れる場所を用意して、待つしかできないね・・・」
 頷く皆の前に、メイアが歩み寄る。
 「その通りだ。でも彼ならきっと乗り越えるだろう。ところでイナホ、さっきの怪我、あっちで診てもらったらどうだ?」
 「このくらい後でいいよ。救急隊の人もほら、母さんが斬った人たちで・・・・。学校の医務室で診てもらう」
 「そうか。しかし、イナホに救われるとは・・・・。クバンダの外組織を貫く銃もあるし、引退かな・・・、なんてな。八咫射弩だったか?」
 変わり果てたS級クバンダの屍骸を背に、メイアはツグミにそう尋ねると、
 「はい、八咫射弩で生成される弾丸は、物質の核そのものに干渉する特殊な弾薬です。そのため、クバンダの特殊な外組織であろうと、撃ち貫く事が可能です」
 「弾を生成に、特殊弾薬?それに見たところ、ハンドガンのように見えるが、あの距離の狙撃をどうやって・・・」
 「この八咫射弩は、使用者の意志に合わせて、形状を変化させる事が出来ます。その際、弾薬として保存されているエネルギーを消費するので、先ほどは二発分の支援しかできませんでした。首謀者と思われる人間を死なせることなく、危機を打開するのに最善と思われる計算結果に従い実行しました」
 「ツグミの射撃能力にも驚かされるが、これが神器の力か・・・。人の身には余るわけだ」

 緊迫した状況から解放され、疲れ切った斐瀬里ひせりたちの耳にその話が入ると、イナホ達に、
 「あの、さっきからその三種の神器とかって、一体何の事なんですか?」
 愛数宿あすやどりから口外しないよう言われていた事を思い出し、口ごもるイナホを遮るようにメイアが答える。
 「いや、いいんだ。君たちにも近々、正式に通達があるはずだ。その時に足並みを揃えて聞いた方がいいだろう。だから今日は帰って休め。危険に巻き込んでしまってすまなかった。君らの今回の協力、本当に助かった。ありがとう」
 そう言って子供達を見送ると、メイアは事件の後処理へと戻り、ツグミ達も工房へ去って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜

華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日  この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。  札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。  渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。  この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。  一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。  そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。 この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。 この作品はフィクションです。 実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

処理中です...