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第5章 夏が解かすもの
23話 (挿絵あり)
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ぼんやりとした意識の中、ツグミは無機質な部屋の中で冷たいベッドに寝かされていた。目の前には何度も何度も自分に向かって謝る男性がいる。ぼやけて顔はわからない。泣いているのだろうか。
気が付くとまた別の場所にいた。質素な小屋のような、飲食店と思われる建物の中からは、近くに流れる美しい滝を望む景色が見える。目の前には先ほどと同じ男性だろうか。今度は笑っているように感じる。傍らには女性の姿もある。
店を営む老婆が、席に茶色の食べ物を運んで来た。少し違和感を覚える自分は、
「これもおいしそうだね」
と、それを口にする。鼻に抜ける独特で刺激的な風味と歯ざわりが口に広がった。男性はこっちを見て、
「もしかしてワサビ入りだったか?しまった、メニューに小さく書いてあった。苦手だもんな」
イナホの家で食べたものと似たような物だろう。あの時は、苦手という感じはなかったはずだ。
再びぼんやりとした意識の中、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。
「・・ミちゃ・!ツグミちゃん!」
うっすら目を開くと、メイアと涙目のイナホが上から覗き込んでいる。数分の事の様だったが、見守っていた二人にはとても長く感じられたに違いない。表情を緩めたイナホは、
「良かったあ、気が付いた。大丈夫?ツグミちゃん」
「はい、あのコードを読み込んだ瞬間、強制再起動されてしまいました。ですが、どうやら本来の機能が戻ったようです」
「じゃ、じゃあ、記憶も?」
「はい、ですが完全抹消されたと思われる一部の記憶は呼び起せません」
「そっか、でも良かったね!さっきはほんと心配したんだから」
「申し訳ありません。コードの取り扱いにはもっと慎重になるべきでした」
ふっと笑みを浮かべたツグミ。メイアも安堵したように、
「イナホから事情は聴いた。君が本当に機械だとはな・・・・」
「はい、黙っていてすみませんでした。ん、少々お待ちを・・・・。いくつかのデータを受信しました。これは・・・!」
ツグミの悲しみと焦りの入り混じったような、複雑な表情を見た二人は、何かを感じ取る。ツグミは二人の顔を見ると、
「お伝えしなければいけないことがあります。特に、大御神様には。私の故郷、地球・・・、日本の。そしてこの秋津国にも及ぶかもしれない事態について」
そう告げられたあと、親子はある事実を知らされる。顔を見合わせ、翌日三人で愛数宿に謁見することにした。
愛数宿への謁見の許可を確認したメイアは、大社に向け、山を越える道を飛ばした。道中の車内で、ツグミは記憶を取り戻したというのに、ずっと押し黙っている。気を和らげようとイナホは、
「ねえ、ツグミちゃんを作ったお父さんってどんな人?」
「尾上 傑という男性だという事までは思い出せたのですが、顔などの情報は消されてしまっている様です」
「そうなんだ。ツグミちゃんを作っちゃうくらいの人だから、超天才科学者なのかな?白髪で髪ボサボサの・・・・」
「さあ、どんな方だったのでしょう。秋津国の時間の流れが、私の居た日本と同じなら、まだまだ健在なはずです。しかし日本が・・・・、無事だといいのですが・・・・」
「ああ、だよね・・・。ごめん」
「いえ、お気になさらず」
そう言うと再び黙ってしまった。沈黙が流れる時間はとても長く感じ、少しウトウトしだした頃、大社が見えてきた。イナホにとっては、幼い頃に祖父母に連れられて一度来た場所だった。
初めて実物の大社を目にするツグミが、ようやくいつもの調子で口をきく。
「とても美しく、不思議な雰囲気のある場所ですね」
「だよね。秋津国の信仰の中心と、母さん達のいる近衛隊の中央基地なんだ。ツグミちゃんは大御神様に会うのも初めてだったよね?」
「そうですね、御産器老翁神様からはよく話は伺っていたのですが」
メイアが近衛隊用の駐車スペースに車を止めると、三人は境内に入っていく。
数々の彩り豊かな彫刻で飾られた、荘厳な造りの拝殿を通り抜けると、通常は立ち入れない本殿が見える。外側とは打って変わって、意外にも本殿は質素な作りになっていた。部屋の周囲を囲む、外に面した廊下の縁に、指先に小鳥を止まらせながら愛数宿は腰かけていた。彼女は深々と礼をする三人に気づくと、
「どうぞ、皆さんこちらへ。今日は一段と中庭の景色が綺麗ですので、ここにお掛けになってください」
「では失礼します」
そう頭を上げたメイアに続き二人も後をついて行く。庶民的な態度で接してくる愛数宿に、少し呆気にとられていたイナホとツグミ。三人が隣に腰を掛けると、愛数宿は鳥を空へと帰し、ツグミの方を向いた。
「あなたが漂流の娘ですか。話は聞いていますよ。・・・・、とても変わった魂の有り様ですね。客人、とでも言うべきでしょうか。あなたの様な存在が、この地に現れるとは正直驚いております。さて、お茶を交わしながら・・・、という話ではなさそうですね、ツグミ」
「はい、この秋津国へと流れつく漂流物の出元、私の故郷でもある日本が、危機・・・、いえ、滅びかけています。そしてそれは、秋津国にも及ぶかもしれません」
「実に由々しき事態という事は聞いていましたが・・・・」
「昨晩、私の全ての機能が復旧してから、現在の秋津国の技術では受信できない通信形式による、映像データを二つ取得しました。まずはご覧になられた方が早いかと思います。こちらを」
そう言うと、携帯端末に自身の映像データを映し出す。そこには一面荒れ果てた、灰色の世界が映し出された。すると、やつれ気味の煤けた一人の男が現れ語り始めた。
「この通信を拾えた者へ。誰でもいい、我々を助けてくれ。神が帰る日と言われていた一年前のある日、日本は突如、世界中の自律兵器による襲撃を受けた。大量破壊兵器の暴走による攻撃こそ、各国の尽力により阻止できたが、結果は同じだ。奴らは自ら製造プラントを作り、その数を増やしていった。襲撃開始から三か月後には、奴ら、気象兵器まで作り出し、あらゆる天変地異を起こした。身を潜めていた連中も、それで多くが死んだ。当初は他国の支援も期待されたが、ことごとく日本に近づく者は沈められた。今ではどの国も、日本には近づけない。いや、近づかなくなった。標的が日本だけだと判ると、どの国も余計な犠牲を出したくないのだろう。あれから一年経つが、敵の中枢が何なのかも掴めていない。奴等はまるで、悪魔か非情な神の如き力を持っている。事実、神々が殺されている・・・・。と言っても信じてはもらえないだろうが。この通信が拾える科学レベルを持つのなら、打開策くらいあるだろう。いっそ、地球外の文明でも・・・・。ははっ、頼む、どうか我々を助けてくれ」
続けてもう一つの映像を流すが、そちらは不可解だった。
無機質で広い部屋が濃いノイズと共に映っている。そこに人の声とも、何かの鳴き声ともつかぬ、良く分からない音声が混ざる。
「・ゼ、・テ・?ア・シ・・。・ナ・・ロス・・・」
その音声を聞いたとたん、愛数宿は胸に手を当て苦しそうにする。
「大御神様!どうなされましたか!?」
メイアが慌てて駆け寄ると、愛数宿は呼吸を整える。
「大事ありません。今の感覚は一体・・・。とても耐えがたい、黒く、全てが圧し潰される様な感情が流れ込んで・・・・。なるほど、あなたが何を伝えたいか少しわかりました。ツグミ、説明を続けてください」
「・・・・はい。一つ目の人物と、二つ目に確認できる部屋の雰囲気が、私が記憶を取り戻した際に、夢で見たものに似ているのです。なので、機械の私が言うのもおかしな話ですが、妙な胸騒ぎがするのです。これが、何を意味するのかはわかりません。しかし、秋津国と日本は不思議な力で繋がっています」
「つまり、日本からの漂流物がこちらに来る以上、この映像の男が語る脅威とやらが、この秋津国にも及ぶと?」
「はい、可能性は大いにあるかと。何より、この秋津国と日本の位置関係が分かった以上、対岸の火事ではありません」
「秋津国の置かれた場所ですか・・・?」
「この秋津国は、日本のある地球、その内部に存在しているのです」
気が付くとまた別の場所にいた。質素な小屋のような、飲食店と思われる建物の中からは、近くに流れる美しい滝を望む景色が見える。目の前には先ほどと同じ男性だろうか。今度は笑っているように感じる。傍らには女性の姿もある。
店を営む老婆が、席に茶色の食べ物を運んで来た。少し違和感を覚える自分は、
「これもおいしそうだね」
と、それを口にする。鼻に抜ける独特で刺激的な風味と歯ざわりが口に広がった。男性はこっちを見て、
「もしかしてワサビ入りだったか?しまった、メニューに小さく書いてあった。苦手だもんな」
イナホの家で食べたものと似たような物だろう。あの時は、苦手という感じはなかったはずだ。
再びぼんやりとした意識の中、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。
「・・ミちゃ・!ツグミちゃん!」
うっすら目を開くと、メイアと涙目のイナホが上から覗き込んでいる。数分の事の様だったが、見守っていた二人にはとても長く感じられたに違いない。表情を緩めたイナホは、
「良かったあ、気が付いた。大丈夫?ツグミちゃん」
「はい、あのコードを読み込んだ瞬間、強制再起動されてしまいました。ですが、どうやら本来の機能が戻ったようです」
「じゃ、じゃあ、記憶も?」
「はい、ですが完全抹消されたと思われる一部の記憶は呼び起せません」
「そっか、でも良かったね!さっきはほんと心配したんだから」
「申し訳ありません。コードの取り扱いにはもっと慎重になるべきでした」
ふっと笑みを浮かべたツグミ。メイアも安堵したように、
「イナホから事情は聴いた。君が本当に機械だとはな・・・・」
「はい、黙っていてすみませんでした。ん、少々お待ちを・・・・。いくつかのデータを受信しました。これは・・・!」
ツグミの悲しみと焦りの入り混じったような、複雑な表情を見た二人は、何かを感じ取る。ツグミは二人の顔を見ると、
「お伝えしなければいけないことがあります。特に、大御神様には。私の故郷、地球・・・、日本の。そしてこの秋津国にも及ぶかもしれない事態について」
そう告げられたあと、親子はある事実を知らされる。顔を見合わせ、翌日三人で愛数宿に謁見することにした。
愛数宿への謁見の許可を確認したメイアは、大社に向け、山を越える道を飛ばした。道中の車内で、ツグミは記憶を取り戻したというのに、ずっと押し黙っている。気を和らげようとイナホは、
「ねえ、ツグミちゃんを作ったお父さんってどんな人?」
「尾上 傑という男性だという事までは思い出せたのですが、顔などの情報は消されてしまっている様です」
「そうなんだ。ツグミちゃんを作っちゃうくらいの人だから、超天才科学者なのかな?白髪で髪ボサボサの・・・・」
「さあ、どんな方だったのでしょう。秋津国の時間の流れが、私の居た日本と同じなら、まだまだ健在なはずです。しかし日本が・・・・、無事だといいのですが・・・・」
「ああ、だよね・・・。ごめん」
「いえ、お気になさらず」
そう言うと再び黙ってしまった。沈黙が流れる時間はとても長く感じ、少しウトウトしだした頃、大社が見えてきた。イナホにとっては、幼い頃に祖父母に連れられて一度来た場所だった。
初めて実物の大社を目にするツグミが、ようやくいつもの調子で口をきく。
「とても美しく、不思議な雰囲気のある場所ですね」
「だよね。秋津国の信仰の中心と、母さん達のいる近衛隊の中央基地なんだ。ツグミちゃんは大御神様に会うのも初めてだったよね?」
「そうですね、御産器老翁神様からはよく話は伺っていたのですが」
メイアが近衛隊用の駐車スペースに車を止めると、三人は境内に入っていく。
数々の彩り豊かな彫刻で飾られた、荘厳な造りの拝殿を通り抜けると、通常は立ち入れない本殿が見える。外側とは打って変わって、意外にも本殿は質素な作りになっていた。部屋の周囲を囲む、外に面した廊下の縁に、指先に小鳥を止まらせながら愛数宿は腰かけていた。彼女は深々と礼をする三人に気づくと、
「どうぞ、皆さんこちらへ。今日は一段と中庭の景色が綺麗ですので、ここにお掛けになってください」
「では失礼します」
そう頭を上げたメイアに続き二人も後をついて行く。庶民的な態度で接してくる愛数宿に、少し呆気にとられていたイナホとツグミ。三人が隣に腰を掛けると、愛数宿は鳥を空へと帰し、ツグミの方を向いた。
「あなたが漂流の娘ですか。話は聞いていますよ。・・・・、とても変わった魂の有り様ですね。客人、とでも言うべきでしょうか。あなたの様な存在が、この地に現れるとは正直驚いております。さて、お茶を交わしながら・・・、という話ではなさそうですね、ツグミ」
「はい、この秋津国へと流れつく漂流物の出元、私の故郷でもある日本が、危機・・・、いえ、滅びかけています。そしてそれは、秋津国にも及ぶかもしれません」
「実に由々しき事態という事は聞いていましたが・・・・」
「昨晩、私の全ての機能が復旧してから、現在の秋津国の技術では受信できない通信形式による、映像データを二つ取得しました。まずはご覧になられた方が早いかと思います。こちらを」
そう言うと、携帯端末に自身の映像データを映し出す。そこには一面荒れ果てた、灰色の世界が映し出された。すると、やつれ気味の煤けた一人の男が現れ語り始めた。
「この通信を拾えた者へ。誰でもいい、我々を助けてくれ。神が帰る日と言われていた一年前のある日、日本は突如、世界中の自律兵器による襲撃を受けた。大量破壊兵器の暴走による攻撃こそ、各国の尽力により阻止できたが、結果は同じだ。奴らは自ら製造プラントを作り、その数を増やしていった。襲撃開始から三か月後には、奴ら、気象兵器まで作り出し、あらゆる天変地異を起こした。身を潜めていた連中も、それで多くが死んだ。当初は他国の支援も期待されたが、ことごとく日本に近づく者は沈められた。今ではどの国も、日本には近づけない。いや、近づかなくなった。標的が日本だけだと判ると、どの国も余計な犠牲を出したくないのだろう。あれから一年経つが、敵の中枢が何なのかも掴めていない。奴等はまるで、悪魔か非情な神の如き力を持っている。事実、神々が殺されている・・・・。と言っても信じてはもらえないだろうが。この通信が拾える科学レベルを持つのなら、打開策くらいあるだろう。いっそ、地球外の文明でも・・・・。ははっ、頼む、どうか我々を助けてくれ」
続けてもう一つの映像を流すが、そちらは不可解だった。
無機質で広い部屋が濃いノイズと共に映っている。そこに人の声とも、何かの鳴き声ともつかぬ、良く分からない音声が混ざる。
「・ゼ、・テ・?ア・シ・・。・ナ・・ロス・・・」
その音声を聞いたとたん、愛数宿は胸に手を当て苦しそうにする。
「大御神様!どうなされましたか!?」
メイアが慌てて駆け寄ると、愛数宿は呼吸を整える。
「大事ありません。今の感覚は一体・・・。とても耐えがたい、黒く、全てが圧し潰される様な感情が流れ込んで・・・・。なるほど、あなたが何を伝えたいか少しわかりました。ツグミ、説明を続けてください」
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「つまり、日本からの漂流物がこちらに来る以上、この映像の男が語る脅威とやらが、この秋津国にも及ぶと?」
「はい、可能性は大いにあるかと。何より、この秋津国と日本の位置関係が分かった以上、対岸の火事ではありません」
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