The Outer Myth :Ⅰ ~目覚めの少女と嘆きの神~

とちのとき

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第5章 夏が解かすもの

22話

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 イナホ達が薪を持って戻ると、メイアが料理の下ごしらえをしているのが見える。彼女はそれを中断して、何故か対クバンダ装備を身に着け始めたのだった。
 「二人ともそのままこっちに」
 そう言って、二人と入れ替わるように駆け出していく。すれ違いざまに「ここに居ろ。」と言われ、その姿を追うと、小型のクバンダが遠くに見えた。
 イナホ達に緊張が走る。「こんなところにクバンダが・・・!」と驚くも、直後、それを造作もなく両断するメイアが見えた。刀に付いた血を払うと、彼女はこちらに振り向き、無言で手招きをしている。

 イナホ達が歩み寄ったそこには、真っ二つに斬られたクバンダがあった。メイアはそれに刀を突き立て、中身を穿っている。イナホが苦い表情を浮かべているのもお構いなしにメイアは、
 「やはり最近数が増えてるのか・・・。安心していいぞ、こいつは群れで動くタイプじゃない。鉱石ばかり食べて人は滅多に襲わないんだ。だからこうして、体内に貴重な鉱物を生成する。ほれ!」
 イナホに投げ渡されたキラキラと輝く塊は、生温かく、表面にヌルっとしたものがたっぷりと付いていた。鳥肌を立てながら、イナホはそれをツグミに渡そうとすると、即座に遠慮された。メイアは微笑みながら刀を納め、
 「小遣い代わりだ。売ればそこそこ良い値がつく」
 「そ、そうなの・・・・?ありがと・・・」
 引きつった笑顔のまま、イナホは水場へ直行した。湖でクバンダのをよく洗い流し、すっかり食欲を失った体で、食事の準備を手伝うのだった。

 イナホ達は暫く、まったりとした時間を過ごした。そして少し日も陰り、山からの冷えた空気と静けさが、焚火を主役に引き立てる。
 火を囲む三人。イナホは改まった口調で、
 「母さん?父さんの事、私に隠してるのってなんで?未だに顔も知らないんだよ?名前は三月って言うんでしょ?」
 「え?お前、なんでそれを・・・・。まあ、そのなんだ。イナホが父さんと呼んでる人はだな、何て言うか、その・・・。母さんで」
 いまいち要領を得ない話し方をする母に、不機嫌な表情を見せつける。
 「それじゃよくわかんないよ!」
 ツグミは気を使いその場から離れようとするが、メイアは、
 「気を遣わないでくれ、ツグミ。もう辺りが暗いし、火のそばにいるんだ」
 ツグミが座り直すと、メイアは咳ばらいをして仕切り直した。
 「ああ!だから、三月は女性なんだ。お前が父さんだと思ってるのは、生みの母親なんだ」
 「え?」
 呆気にとられたイナホから微妙に目線を外し、メイアはむずがゆそうに続ける。
 「ほら、爺ちゃんと婆ちゃんって、ちょっと昔気質なとこあるだろ?だからあの二人にも、はっきりとは言ってないんだが・・・・。婆ちゃんは、昔どこか感づいたらしくてな。結婚決めた頃、ちょっと一悶着あってさ。それから微妙な仲になっちゃって・・・。ああでも、ちゃんと私とイナホは血は繋がってるからな。これでも私と三月は、優秀な分子生物学者だったんだ。私達の人工胚を作って、お腹を痛めた三月の顔が今でも忘れられないよ」
 「え!?それって認められてる方法なの?んー、今はいいか・・・・。で、父さ、じゃなく、三月母さん?の写真が一枚も無いのはなんで?」
 「三月は元々写真嫌いでな、誰かの思い出だけに残る方が人間らしいってよく言ってたんだ。まぁ、何枚かあったけど、一時、見返すのが辛くて、気の迷いで捨ててしまったんだ。イナホには悪い事をしたと思ってる」
 「そうだったんだ。まあ、父さんが母さんだったなんて事は、それほど問題じゃないんだよ・・・。母さん、まだ私に隠してる事ない?」
 少し目が泳ぐメイアを見て、これまで心配していた内容を吐露するイナホ。武御磐分たけみいわけから伝えられたこと以外、今までの調査の事などを話したのだった。

 ため息をつくメイアは、
 「まったくお前は余計な・・・。いや、そうさせてしまったのは私か・・・・。でもそんな心配は無用だ。私の研究は上手くいったんだ」
と、イナホとツグミが知る、寿命を削っている事については、やはりメイアは話さなかった。余計な心配を掛けたくないということなのだろう。それ以上はイナホも聞こうとはしなかった。
 一応はわだかまりの解けた親子の姿を見たツグミは、あの手紙を懐から取り出し、感慨深そうに眺め始めた。メイアはイナホに、
 「しかし、その盗聴内容、気になるな。私の端末に全ての記録を送ってもらえないか?私の小隊でも、その件について内密に調査を進めていてな」
 「それはいいけど、母さん達は危なくないの?」
 「仕事と言えば仕事だからな。少々の危険はあっても、仲間となら対処できる」
 データを受け取ると、メイアが忠告する。
 「もう危なっかしい事には首突っ込むなよ?この件は私達大人が蹴りをつける」
 イナホは心配もあったが、調査から手を引く事を約束した。

 その傍らで、ツグミの手紙に焚火から舞った火の粉が落ちる。
 「あっ」
 声を上げたツグミにメイアが気を掛けた。
 「どうした?大切な手紙が焼けてしまったか?」
 「いいえ、不自然な変色が」
 メイアとイナホが手紙を覗き込むと、わずかに緑に変色した箇所が確認できた。するとメイアは、
 「炙り出しか?古典だな」
 「これは盲点でした」
 ツグミはそう言うと、慎重に手紙を火にかざした。すると、少しづつ文字が浮かび上がり、イナホがそれを声に出す。
 「十層に圧縮した。・・・・どうゆうこと?」
 すると何か思い立ったツグミが二人に協力を頼む。
 「この手紙を、できる限り平らに伸ばした状態で持っていてもらえませんか?」
 二人はツグミが何をしようとしているのか分からず、首をかしげた。ツグミは続ける。
 「この前、機能解除された医療用スキャナー。その出力を調整して、これから、この手紙の高精度なスライス画像を抽出します」
 メイアの頭に疑問符が浮かぶ。
 「待て待て、何の話だ?」
 少し慌てた様子のイナホは、
 「ええっと、ツグミちゃんはね、んー、爺ちゃんと霞み池に・・・・」
 説明に追われるイナホに構わず、ツグミは手紙に両手をかざし、何やら集中しだした。暫く時が流れるとスキャンが終わったのか、少し驚いた表情で話し出した。
 「これは・・・!大容量の情報を含んだ、複雑な3Dコードのようです。これが父の残しっ・・・」
 突如倒れるツグミ。慌てて二人でその身を受け止めると、ひとまずテントの中へと運んだ。何が起こったのか分からず、二人は狼狽えていた。
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