上 下
25 / 80
第4章 絆と縁

19話

しおりを挟む
 射撃訓練場に入ったイナホ達。そこはまだ、硝煙の濃い匂いが漂っていた。少し前まで、上級生達が訓練をしていたようだ。壁際の棚には、様々な種類の火器が並べられている。
 初めて味わう物々しい雰囲気に、生徒達は落ち着かない様子だった。そんな中、佐江崎教官は一丁の銃を手に取ると、
 「火器取り扱い訓練は、剣術訓練で使う模造刀と違い、扱いを間違えれば死人も出る。指導内容を一言一句聞き逃さず、集中して取り組むように!」
 近衛隊標準装備である、ハンドガンの説明をする教官の話を真剣に聞く一同。そしてそれが済むと、射撃位置に設置された台の上に、ズラリとハンドガンが並べられた。

 「では両班、二人づつ前へ」
 教官の呼びかけが掛かると、百花は悪戯そうに悠に仕掛けた。
 「たいちょー、手本見せてくださいよー」
 「お前も、皆のあとで自信を無くす前に、先にやっておいた方がいいんじゃないか?」
 「きぃ、言ってくれちゃって!じゃ、アタシいっちばーん!」
 「せいぜい仲間を撃ってくれるなよ」
 そう言われ、百花は地団駄を踏みながら、悠と共に位置についた。

 教官が位置に着いた生徒達を見ながら、注意と説明をする。
 「いいか、合図があるまで銃には絶対触れるなよ。今日は20メートル先の標的に、一人五発、射撃を行ってもらう。耳栓をしたら、まずは一発だけ装填しろ。一発撃って感覚を覚えたら、残り四発を装填し、対象を鎮圧するイメージをしっかり持って続けるんだ」
 全員が耳栓をするのを確認すると、射撃合図用の信号のスイッチを手にする教官。黄色の信号が点灯すると、各自、装填を開始した。
 皆、説明通りに薬室に弾薬を送り込むと、標的に向かい構えをとった。
 青の信号が点灯すると、一斉にけたたましい銃声が体に伝わった。赤の信号に変わり、射撃手たちは弾倉を抜いた銃を置くと、双眼鏡で標的を確認する。後ろで控える生徒達も同様に観察している。

 悠が撃った、人型の標的。そこに描かれた胸部の中心に、穴が開いているのが見える。一方、百花の標的は新品のままだった。すると、隣の四斑の生徒から声が上がる。
 「あのー、着弾跡が二つあるんですが・・・」
 教官が百花の元へ歩み寄る。
 「お前、引き金を引くときに目を瞑ったな?あれが民間人だったらどうする?」
 「はい、ごめんなさい・・・・」
 「すぐに気持ちを切り替えて、次に備えろ。いけるな?」
 「はい・・・・」

 一組目が終了し、百花も何とか二発ほど標的の中には納まった。悠は先ほどの敗北を取り返すように、精度の高い集弾率で皆をどよめかせた。
 控えの生徒と入れ替わり、同様の訓練が続く。慶介はここで、意外な才能を発揮していた。他の皆はというと、一様に初心者らしい結果に終わった様だった。

 最後の組、イナホとツグミが位置につく。準備が終わり、構える彼女達に射撃の合図が出る。
 イナホは、重く感じる引き金を、緊張気味にじわりと絞ると、薄い硝子が割れるような感覚と同時に、肩に衝撃が伝わった。
 初めての射撃結果を確認すると、狙った場所からは右に十数センチはズレていた。隣のツグミの標的を覗くと、頭部への着弾が確認できた。
 残りの射撃が終わり、イナホは三発枠内に命中させ、初めてにしては良くできたと自負していた。一方、ツグミの結果を見ると、初めに確認できた穴以外、開いてはいなかった。
 イナホはツグミに小声で、
 「結構大げさに手加減したね」
 「そうでしょうか?」
 しかし、教官は人知れず冷や汗を流していた。ツグミの撃った標的は、一発目の着弾跡が僅かに広がっていたのだ。それに気づいたのは、教官ただ一人だっただろう。


 戦闘実習初日が終わり、イナホ達は帰宅する。慣れない事で疲れたイナホは、リビングのソファーでぐったりしていた。隣に座るツグミに、
 「しかし、ツグミちゃんは疲れ知らずだよねぇ。やっぱ私も機械の体が欲しいよ」
 「今日は早く休みましょう。ところでご存じでしたか?夏休み後半に一週間ほど、近衛候補生コースでは、合宿があるそうです」
 「そんなこと言ってたね。あー、体力もつかなぁ」
 「まだ期間はあります。その頃には、イナホの身体能力も強化されているのではないでしょうか」
 「だといいなぁ、私はもっと強くならなきゃいけないんだ・・・」
 「イナホならなれますよ、きっと」
 ツグミは肩に重みを感じ、隣を見た。もたれ掛かったイナホが、スヤスヤと寝息を立て始めていた。起こさないよう、ゆっくりと頭を降ろし、ツグミが膝枕をすると寝言をもらした。
 「母さん?・・・誰?」
 どんな夢を見ているのだろうと気になりながら、ツグミはイナホの頭を自然と撫でると、暫くこのまま寝かせておくことにした。




 それから、近衛候補生としての生活も数ヶ月が過ぎ、戦闘動作も少し様になってきた面々。イナホ達の実習班はというと、相変わらず悠の態度は鼻につくままだが、少しづつ仲は深まり、演習でのチームワークも良くなっていた。
 だが、夏休みを前に期末テストが迫る。教室では、イナホと百花が焦っていた。
 「ねえ、イナホ。この前の抜き打ちテスト、赤点なの、アタシらだけだって・・・」
 「え?そんなわけ・・・。うわぁぁん!現実だよー!斐瀬里ちゃん、勉強教えてよぅ」
 急に振られた斐瀬里は、本から目を離し二人を見た。
 「え?わ、私が?」
 イナホに続き、懇願する百花は、
 「アタシにも頼むよ。ひせりん、漫画ばっか読んでるのに、めちゃめちゃ成績良いじゃん!?」
 「やまなしさん!?どど、どうしてそれを!?」
 「へ?だっていつも授業中、漫画本に教科書被せて読んでるじゃん。今日のはなかなか過激な内容だったね!今読んでるのもそう?」
 赤面し、少し涙目な斐瀬里が慌てふためく。
 「わあぁぁー、教えるから!教えるから!声抑えて!」
 「あ、見られてると思ってなかったのね・・・。なんか弱み握ったみたいで悪いね。でもホント頼むよ」
 少し落ち着きを取り戻した斐瀬里は、呆れ顔で約束する。
 「ふぅ、まあ言ってしまった以上、教えるよ」
 「やったー。てか、イナホはツグツグにいつでも教えてもらえるんじゃないの?」
 何やら複雑そうな顔をするイナホは、
 「それが・・・、ね」
と、ある日の事を思い返した。

 イナホは勉強の事で、ツグミに尋ねた。
 「ツグミちゃんは、いつもどうやってそんなに早く物事を覚えてるの?爺ちゃん達には内緒にしてほしいんだけど、中間テストが危ないから、教えてほしいなって」
 「勉強法という意味で聞いているのなら、参考になるかわかりませんが、私の場合、データに変換して、記憶容量に貯め込んでいるだけなので」
 「な・・・・」


 苦笑いをしながら、適当な理由を二人に話す。
 「ツグミちゃんは何て言うか、私達とは出来が違うっていうか・・・」
 納得する様子を見せる百花は、
 「確かにー。記憶力とかヤバいって思ってた。実習でもあまり目立たないけど、いつも教わった事すぐ出来ちゃうもんね。憧れるわー」
 「というわけで、私が頼れるのは、今は斐瀬里ちゃんしかいないんだよっ」
 困り顔の斐瀬里は、
 「良く分からないけど、そっかぁ・・・。でも私、勉強というか、主にやってる事と言えば予習だけで。だからいつも授業は片手間で・・・」
 百花は笑顔で合点する。
 「なるほど!予習か!・・・・、それってもう手遅れじゃん!」
 イナホもそれを聞き、髪をくしゃくしゃにする。
 「夏休みは母さんとの約束があるから、補習はまずいよ。それに、そんなのしてるのバレたら、何言われるかわかんない!」
 絶望する二人を見かねて、斐瀬里は手を差し伸べた。
 「なら週末、家に来ない?試験は来週からだし、休日詰め込めば何とかなるよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜

華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日  この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。  札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。  渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。  この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。  一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。  そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。 この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。 この作品はフィクションです。 実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

処理中です...