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04  畿内への道編

不定形の神の終わり

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 「各区、損害知らせ!」
 「第三甲板火災発生」
 「消火作業始め!」
 「前部機関室浸水!ガスタービン停止します」
 「減速機損傷、停止します!」
 「ダメコン班、防水作業始め!」
 右舷喫水線に被弾した“ながと”は懸命の消火、防水作業を行っていた。
 「船体右に傾斜します」
 「バラストタンク注水!トリム水平に戻せ!」
 被弾による浸水で右に傾いていた船体は、バラストタンクの注水と隔壁閉鎖によってなんとか水平に戻る。
 「速力、10ノットまで低下します」
 「くそ、止むを得んか」
 応急班からの報告を受けた霧島は、歯噛みする。
 前部のエンジンと減速機が全損した上に、バラストタンクにも注水している以上、10ノットが限界なのは仕方なかった。
 「“みらい”が逃げます!」
 かなわないと判断した“みらい”が離脱を試みる。
 10ノットまで低下した“ながと”の速力では追いつくのは絶望的だった。
 「ちっ!逃がすな!ヘリにレーザーを照射させろ!主砲、レーザー誘導弾攻撃準備!」
 霧島は主砲での攻撃を命令する。今なら、ロケット補助推進の砲弾を使えばぎりぎり主砲の射程内だ。
 GPSは当然使えないが、ヘリからのレーザー誘導を併用すればかなり正確に当てられるはずだった。
 幸いにして、“みらい”は低気圧から抜け出そうとしている。低気圧の外周で旋回しているSH-60Kを先回りさせることが可能だった。
 「主砲、攻撃始め!」
 「主砲、撃ちーかた始め!」
 レーザー誘導弾が発射される。
 レーザー誘導とはいっても、最初の測距や照準が誤っていれば当然のように当たらない。
 だが、“ながと”の砲術の狙いは正確だった。砲弾は“みらい”の上部構造物のすぐ近くで近接信管を炸裂させ、レーダーやアンテナ、兵装を無力化していった。
 だが、依然として止まることはない。
 ヘリ2機を収容し、一目散に西へ進路を取っている。
 「艦長、自分が第一分隊を連れて“みらい”に乗り込みます」
 『わかった。気をつけてな。
 航海長操艦』
 『航海長、いただきました』
 霧島の言葉に応じて、ブリッジの梅沢が栗山に操艦を交替させる。
 「第一分隊第四班は武装して後部甲板に集合」
 艦内放送でそう呼びかけた霧島は、自分も武器を取りに武器庫へと向かった。

 30分後、補給を済ませたSH-60Kが、霧島たち8名の武装した隊員を乗せて飛んでいた。
 「よし、準備はいいぞ。栗山、攻撃開始だ」
 『了解です。
 ただし気をつけてください。例の弾頭は大型の船舶にはせいぜいスタンガン程度の効果しかありません。
 数分間無力化できる程度と見積もってください」
 「それで十分だ」
 そう応じた霧島の言葉に従い、水平線上にわずかに見える“ながと”から噴煙が上がる。
 光の尾を引いて、SM-2が“みらい”に向けて飛翔して行く。
 そして、そのまま“みらい”に向けて突入すると炸裂した。
 遠目ではほとんど見えないほどの小さな爆発だったが、“みらい”にはてきめんだった。
 それまで全速で航行していた船足が急に鈍ったのだ。
 SM-2に装填されていたのはEMP(電磁パルス)弾頭だった。
 試作品だが、実用性は十分として試験的に“ながと”に積まれていたのだ。主に離島や沿岸部の防衛作戦を目的としたものだ。
 日本の領土を占領した敵国の軍隊を破壊することなく電磁波で無力化し、その後に部隊を送り込むという寸法だ。
 「いいぞ!降下準備!」
 霧島の号令で、第一分隊の隊員たちが次々と“みらい”のヘリ甲板に向けてファストロープ降下していく。
 ヘリ格納庫のアクセスハッチはカギがかかっていなかった。
 “みらい”艦内を進むのは、拍子抜けするほどスムーズだった。
 霧島は艦内に自動防衛システムがある可能性を心配していたが、攻撃はない。
 隔壁閉鎖で自分たちを阻もうとする動きもないし、当然のように歩哨が立っていることもない。
 「気味が悪いな」
 ここまでなにもないと、返って不安になる。何か罠があるのではないかと思えて来るのだ。
 「せっかく爆薬を持って来たけど、むだになったかな?」
 「まだだ。油断するな」
 砲術科から引っ張って来た二曹の希望的観測を霧島は聞きとがめる。
 “邪気”を完全に無力化するまで安心できないのだ。
 
 「ここがCICですね」
 「用心しろ」
 89式小銃を背中に廻し、レッグホルスターから9ミリ拳銃を抜いた二曹に、バックアップの一曹が言う。
 歩哨が立っていないということは、爆薬による自爆の可能性も考えられたのだ。
 「これは…」
 CICに踏み込んだ8名は、中の光景に息を呑んだ。
 大まかな部屋の印象は米海軍や海自のCICそのものだった。
 だが、部屋中央のやや後方、指揮官席に相当するあたりに、樹木とも柱頭ともつかない生物的なフォルムを持つものがそそり立っている。
 近づいて正面に廻ると、人間の女の上半身が胸像のようにのぞいている。
 「織田信長のようですね」
 「ああ」
 “邪気”に呑まれたものらしく、肌は石灰のように白くなっているが、その顔かたちには見覚えがあった。
 近江に放った斥候が撮って来た写真で見たことがある。
 織田家の当主、織田信長だ。
 「副長」
 「ああ、だが少し待ってくれ」
 霧島は、今までのやり方ではだめだと考えていた。
 “邪気”は滅びない。隆元の次は山中鹿介、その次は陶晴賢、そして立花道雪、島津義久。
 宿主を乗り換えながら、徐々に強大で厄介な存在となり、とうとうイージス艦もどきを作り上げてしまった。
 次はどんな敵になって襲い掛かって来るかわかったものではない。
 霧島は両手の指を閉じて、慎重に信長の胸の膨らみに触れる。
 そして、“邪気”が拡散するのではなく、封じ込められるのをイメージする。
 それまで大人しかった“邪気”が、猛り狂って抵抗し始めるのを感じる。
 (やめろだと?誰がやめるものか。お前にはこのまま物言わぬ鉄の塊になってもらう!)
 必死で逃れようとする“邪気”を霧島は意志の力で押しとどめる。
 (お前がいなければ世の中はめちゃくちゃになってしまうだと?
 笑わせるな!お前ごときが神なら、今から俺たちが神様だ!)
 霧島は、激しく絶叫して暴れる“邪気”に渾身の思念を送り込んでいく。
 イージス艦の姿を取ったのが運の尽きだ。このままイージス艦の姿に固定してやるまでだ。永久に。
 (そういうつもりならこの小娘も道連れだと?
 させるかよ!)
 霧島は、“邪気”のみが安定して冷たい鉄の塊になり、信長だけが切り離されるところをイメージする。
 「信長を柱から引きはがせ!」
 「は…はい!」
 霧島の号令で、第一分隊の2人が信長の体をつかみ、柱から引き離しにかかる。
 信長を取り込んで鉄の塊の一部にしようとする“邪気”の目論見はすんでのところで失敗に終わる。
 生まれたままの姿の信長の体が柱から引き離される。
 信長を失った柱は、ウエハースのようにボロボロと崩れていく。そして、やがて小麦粉か砂糖のような粉となってCICの床に散らばった。
 “邪気”はイージス艦の姿を取ったまま完全に沈黙する。
 もはや、霧島はなんの思念も感じることはなかった。“邪気”であったものは、今や完全にただの鉄の塊だった。
 「終わったんですかね?」
 「なんとかな」
 二曹の言葉に、霧島は鉄帽を脱いで髪をがしがしとかきながら応じる。
 終わったと言っても戦闘レベルの話だ。
 一応勝つことはできたが、“ながと”はミサイルのほとんどを撃ち尽くしてしまった上に、前部機関室を損傷してしまった。
 もはや作戦行動どころか、まともに航行することさえ難しいだろう。
 「ま、今は勝って生き残れたことを素直に喜ぼうか」
 少なくとも自分たちは生きている。
 自分たちの帰りを待つ人たちのところへ帰ることができる。
 懸案事項を考えるのは一休みした後でもいいだろう。
 霧島はそう考えることにした。
 
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