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03 九州の脅威編
防戦一方の戦況 美しき雷鳴
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01
北九州、筑前。
「こちらオニヤンマ。これより間接射撃指示を送る。
送れ」
『こちら”ながと”。了解。主砲による射撃を開始する』
陸自のOH-1観測ヘリがデータリンクを通じて目標を指示する。
「ブラストを確認」
「だんちゃーく、今」
”ながと”主砲から発射されたりゅう弾が、大挙して押し寄せる大友勢に降り注ぎ、炸裂する。
「射撃続行されたし。続けて目標指示する。送れ」
『了解、射撃続行する』
”ながと”から次々と砲弾が発射され、大殿勢の将兵たちを薙ぎ払っていく。
だが、大友勢の進撃はなかなか鈍ることがなかった。よく訓練されている上に、士気も高い。
なにより、指揮官のカリスマ性と統率力が凄まじい。
砲弾が部隊の中に降り注いでも、兵たちがパニックになるということがないのだ。
「くそ!やつら死ぬのが怖くないのか!」
「自分たちの指揮官のためなら一命を賭けられると思ってんのさ。少し羨ましいな!」
”ながと”の砲撃程度では戦意を失うことのない大友の将兵たちに舌打ちする観測手に、機長が相手をする。
”護国の雷鳴”立花道雪に加え、勇将と名高い高橋紹運、最近初陣を飾った”護国の新星”立花宗茂が各部隊の指揮を執っている。
その指揮能力は、上空からもわかるほどだ。
とにかく兵たちが簡単にはひるまないし、打撃を受けたとしても立て直しが恐ろしく早い。
このままでは博多周辺を守る毛利隆元の兵たちと乱戦になってしまい、自衛隊による支援が不可能になる危険がある。
「空中機動部隊、今どこにいる?これ以上長引くとやばいぞ!」
『わかってる。後3分で敵の本陣に降下できる』
CH-47JA輸送ヘリ2機に分乗した総勢100名の陸自空中機動部隊が、総大将である立花道雪の本陣に対してヘリボーンを行い制圧。
指揮系統を寸断する手はずだった。
大友勢が予想以上に精強でタフだ。
事ここに至っては、ヘリボーン作戦が成功するかに全体の勝敗がかかっていると言えた。
「これより降下を開始する。露払い頼むぞ」
『任された!』
立花道雪の馬印を目視で確認した空中機動部隊は、ファストロープによる降下を開始する。
この時代の軍隊は基本的に空を飛べないため、本陣を攻めようと思えば周りを固める陣を破って進むしかない。
だが、ヘリボーンはその法則を完全に無視できる。敵の陣がどれだけ厚かろうと、スルーしていきなり本陣を攻撃できるのだ。
将棋で言えば、片方だけが二歩が違反とならない不公平な対局を想像するとわかりやすい。
相手の守りのど真ん中にいきなり自軍の戦力を出現させ、王手をかけることさえ可能なのだ。
だが、理屈は理屈だった。
ヘリボーンによる本陣攻撃はいくつかの不確定要素を孕んでいた。
まず、2機あったAH-64D攻撃ヘリのうち1機が厳島沖の戦いで全損してしまっていた。代わりに海自のSH-60Kを武装させて露払いに当てさせているが、攻撃ヘリに比べれば支援攻撃の精度はどうしても見劣りした。
加えて、立花道雪の率いる部隊はもちろん、道雪自身も極めて盛況という噂だ。
半身不随であり輿に乗って指揮を執っているとは思えないほど、見事な采配と強さと聞く。
「さて、問題ないとは思うが」
ヘリボーンの指揮を執る、杉原一等陸尉は漠然とした不安を感じながら部隊に前進を命じていた。
「突撃に、前へえっ!」
杉原の号令とともに、隊員たちの89式小銃や分隊支援火器が火を吹き、本陣周辺で方陣を組もうとしていた兵たちを無力化していく。
「てき弾!」
隊員数人が、突撃して来る槍兵に対して06式小銃てき弾を浴びせる。
密集して槍を繰り出してくる兵たちにはそれなりに有効だった。が、一発で倒せる数は知れていて、敵の進撃を遅らせる程度の効果しかない。
「手榴弾!」
なおも肉薄して来ようとする兵たちには、手榴弾が投げつけられる。手りゅう弾を投げてから地面に伏せる戦い方は非常に危険だ。だが、今や隊員たちは危険を顧みている余裕がなかった。
さっさと本陣を制圧して指揮機能を奪わなければ、自分たちがやばい。
AH-64DとSH-60Kの支援攻撃に分断されたのも束の間。
体勢を立て直した大友の後詰の兵たちが本陣の救援に向かって来ようとしている。
部隊はてこずりながらも立花道雪の本陣に突入する。
「立花道雪殿、お命ちょうだい!」
「ご冗談を!」
あえて大声でまくしたてる杉原に、透き通った声が応じる。
立花道雪はすぐに見つかった。杉原は戦いの中で戦いを忘れて、一瞬見入ってしまう。
4人かきの輿にのった女性武将は、目を見張るような美人だったからだ。
色は白く、長い黒髪は絹のようだ。前髪をぱっつんしているのが上品な感じだ。
顔立ちは若干童顔だが整っていて、凛として気品を感じさせる。
思ったより道雪に近づきすぎていたらしい。杉原は火縄銃を持った道雪と、10メートルと離れていない距離で銃口を向け合う形になる。
「くっ!」
火縄銃の引き金に指がかかったのを見た杉原は、反射的に横に跳びながら小銃の引き金を引く。
鉛玉が顔のすぐ横を通り抜けていく。一方、杉原の射撃も不正確で、逸れた弾丸は道雪の輿を担いでいた兵に当たる。
担ぎ手が倒れると、すぐに別の兵が交代する。
「噂通りだな」
杉原は舌打ちする。立花道雪という女性武将はカリスマであると同時に、将兵たちからたいそう慕われているという。
どれだけ危険な状況にあっても、彼女の輿を担ぐ役目を放棄する者はいないという。
それを自分の目で確かめた気分だった。
「道雪さま、後退してください!」
「わかりました!」
道雪が乗った腰が、兵たちに守られながら後退していく。
道雪は輿の上から器用に矢を射かけ、自衛隊員達の接近を許さない。
「逃がすな!撃ちまくれ!」
自衛隊員達は意地になって急速に遠ざかる女性武将を撃とうとする。が、勇猛な兵たちの体が盾となり、5.56ミリの銃弾は道雪に届くことはなかった。
杉原は敵ながら感服していた。大将がやられれば軍勢は瓦解するという理屈はわかる。
さりとても、兵たちがためらいもなく、字義通り身を挺して指揮官を守る姿勢には敬意を覚えずにはいられなかったのだ。
「隊長、ニンジャより通信です。
敵の陣系が崩れ始めました。大友勢は撤退する模様です!」
「わかった。指揮系統の寸断という目的は果たした。
長居は無用。撤退だ!」
大型の通信機を担いだ三曹の報告を受けて、杉原は無線で部隊に撤退を命令する。
この時代の戦いにおいて、本陣が奇襲を受けて移動せざるを得なくなったということは、勝利の目が消えたことを意味する。
無線などもちろんないから、連絡は伝令による。となれば、本陣がどこにあるのかわからない状態で組織的な戦闘は不可能だからだ。
今回は、もはや大友勢は筑前を制圧することはできないはずだった。取りえずはそれでいい。
なによりもたもたしていると大友の後詰の部隊に追いつかれてしまう。
たった100人のヘリボーン部隊では、1000人の敵の後詰とがっぷり四つに組むわけにはいかないのだ。
撤退は整然と行われ、ヘリボーン部隊はヘリに収容されて引き上げていく。
かくして、大友勢の筑前に対する第一次攻勢は失敗に終わる。
大友からすれば、筑前の沿岸部、特に博多を落とすことが戦略目出来だったからだ。
だが、一方で守る毛利がわにも損失が大きかった。
加えて、自衛隊が積極的に反撃してこないことを大友が知ったのがまずいことと言えた。
結果としては双方痛み分けと言えたのである。
「やれやれ、やっと帰ってくれたか」
博多沖。”ながと”CIC。
副長、霧島一等海尉がヘッドセットを外しながら安堵のため息を漏らす。
「危ないところでしたね」
船務長の松島一尉が、鉄帽を脱いで額の汗をぬぐう。
「くそ、燃料の先行きが不安で、こちらから打って出ることができないとは」
砲術長の米村二尉が拳を握って悔しがる。
CICの他のクルーたちも同じ気分だった。
21世紀の呉を出港した時は満タンだった燃料が、いよいよ先行き妖しくなり始めたのだ。
特に、大飯ぐらいのF-35BJやヘリの運用は、今後計画的に行う必要があった。
「そういえば、越後に沸いている石油を精製する計画は?」
「進んでるが、なんと言っても採掘施設と油田を建設するところから始めなきゃならなかったしな。
まだ時間はかかるだろう」
砲術担当の三尉に、霧島が相手をする。
越後を新たに実効支配した上杉家に連絡を取り、石油の採掘権を譲ってもらう約束を取り付けたのだ。
この点に関しては、現在毛利の客分として働く大内義隆の存在が値千金だった。
義隆に朝廷や将軍義輝に働きかけてもらい、上杉との取引の仲介を依頼したのだ。
まあ、佐渡の金山を毛利との共同事業とし、収益の7割を上杉に渡すという条件は非常に苦いものだった。なにせ、金山の採掘の技術と手間は、毛利と自衛隊がそっくり持ち出す形となってしまう。しばらくは赤字だろうだから。
ともあれ、燃料には代えられない。
佐渡の金山の採掘と合わせて、越後南長岡に採掘施設と製油所が建設され、現在急ピッチで作業が行われているところだ。
だが、自衛隊の稼働状態を維持するだけの燃料が北九州に届くのは、まだ先のこととなりそうだった。
そんなわけで、大友勢が押し寄せる中でも燃料は節約せざるを得なかった。
ヘリを飛ばして間接射撃指示によって”ながと”が主砲攻撃を行う。他には、ヘリボーンによって敵の指揮系統を寸断するくらいしか手がなかったのである。
このような消極的な戦い方しかできなかったために、大友の侵攻が始まって3カ月になるというのに、いまだ毛利は防戦一方の状態が続いている。
大友の主力に壊滅的な打撃を与えることも、豊後に逆攻勢をかけることもできないままなのだ。
今回はなんとか筑前の中心部を守ることができたが、大友勢は隊伍を整えてまた攻めて来ることだろう。
燃料さえあれば怖るるに足りないのに。
自衛隊全体にそんないらだちが拡がっていた。
一方、こちらは筑前の毛利家の前線基地。
「おかえりなさい、お義父さん」
「あ…ああ、ただいま晴久」
着陸したヘリから降りた杉原を、長身で亜麻色の髪が特徴の美少女が出迎える。尼子晴久だ。
かつては毛利、大内と敵対したが、今は毛利の指揮下で働いている。ただ居候しているだけでは忍びないという彼女の意思だ。
彼女も客将として戦いを指揮したのだろう。元気そうだが、服やおさげにした髪が汚れていた。
彼女の母親を成り行きで妊娠させ、できちゃった結婚をすることになったとはいえ、”お義父さん”という呼び方はどうにもなれない。
「無事でなにより。まあ、あまり心配してはいなかったけど、万一にもお母さんがまた未亡人になったらかわいそうだもの」
「ご心配なく。俺だって、あと一か月で生まれる子供の顔を見ずに死ぬ気はないよ」
義理の父娘はそう言って笑い合う。
「杉原隊長!」
よく通る大きな声が杉原の名を呼ぶ。
振り向くと、容姿端麗だが女子プロレスラーかと思うほど体の大きい女と、対照的に小柄でほっそりした美人が並んでいた。
大きい方は竜造寺家当主、竜造寺隆信。小柄な方は義妹の鍋島直茂だ。
「ああ、隆信さま、直茂殿。ご活躍だったようですね」
杉原はお世辞でなくそう言っていた。二人とも、自慢の鎧と服が泥に汚れ、ところどころ返り血がついている。
「雑兵なんかいくら斬ったって意味がないよ。
今度へりぼーんをやるときは、俺も連れて行っておくれよ。
立花道雪の首、跳ねてやらなきゃ腹の虫が治まらねえ」
故郷である肥前をたたき出された時のことを思い出したか、歯噛みしながら隆信が訴える。
本当に豪快だな。と杉原は思う。180センチを軽く超える身の丈に加えて、服の胸元がはち切れそうな膨らみ、巨大で肉感的な尻。大きな声に猪突猛進な性格。
誰が呼んだか、女でありながら”肥前の熊”の二つ名を頂戴したのもむべなるかな。
「姉上、わがままを言ってはなりません。
へりぼーんは簡単な作戦ではないのですから」
そう諌める直茂は、対照的に華奢だがバランスのいい体形をしている。
加えて、知恵と力を併せ持ち、”山椒は小粒でもぴりりと辛い”を体現する人物だ。
行動力の隆信と知性の直茂。実に絶妙な相性を持つ姉妹と言えた。
「まあまあ、直茂どの。
実は、毛利の将兵にもヘリボーンに参加してもらう計画があります。
その時は、あなた方の力を頼りにさせていただくことでしょう」
杉原のその言葉に、隆信が目を輝かせる。
「本当かい?その時が来たら絶対に声かけてくれよな!?」
隆信が杉原の手を握り、鼓膜を震わせるほどの大きな声で言う。
「ぜひ私も」
直茂も頼み込んでくる。
「わかりました。その時はよしなに」
杉原はそう返答する。
隆信と直茂は、肥前を追われる際に軍勢の多くを失ってしまい、率いる兵がないのだ。
今回の大友の侵攻に際しても、手勢を率いて側面攻撃やゲリラ戦を行うのが仕事になっている。
それらの任務では性質上手柄を挙げにくいから、不満も溜まっているのだろう。
二人とも、寡兵を率いる作戦は得意だから、ヘリボーンに加えれば活躍できる可能性が高かった。
「皆さん、お疲れ様です。
酒宴の用意がしてありますので、よろしければどうぞ」
毛利方の総大将である隆元が気さくに話しかけて来る。
「おお、嬉しいねえ」
「お相伴に預かります」
「私は酒は飲めないけど、いいにおいがするなあ」
隆信、直茂、晴久が敏感に反応する。
ここ数日、激戦続きだったのだ。ここいらで景気よく宴会でもしたい気分だったのだろう。
他の将兵たちも同じようだった。
「どうぞどうぞ。お魚もお肉もいいのが手に入ったんですよー。
さあ、杉原一尉も自衛隊の皆さんも」
「わかりました。
よし、ドローンを飛ばして周囲を警戒させておけ。さすがに休憩しないと身がもたん」
隆元の言葉に応じた杉原は、技術担当の一曹にそう命じ、鉄帽を脱いで頭をがしがしとかく。
隆元が用意した酒宴なら是非に。という気持ちになるのだ。
(なるほど、このあたりが隆元様が総大将に選ばれた理由か)
杉原はふと得心が行った気がした。
隆元は、格別武勇に優れているわけではない。というか、そもそも戦が嫌いだ。
単純な武勇なら上の妹、吉川元春が。謀略や駆け引きであれば下の妹、小早川隆景の方が優れていると言える。
だが、隆元は非常に気さくで人当たりがいい。
人から好印象を持たれる天才なのだ。
毛利の財政面も、彼女に好印象を持った寺社や商家が金銭を融通してくれていたから廻っていたとされる。
してみると、旧尼子、大内、竜造寺などの寄り合い所帯をまとめるには、隆元が適任というわけだ。
隆元に微笑まれると、仲間内で揉めたり変に我を通したりする気が、不思議となくなってしまう。
隆元を総大将に指名したのは、毛利家当主で隆元の母親、毛利元就だった。
杉原は、元就の慧眼に改めて舌を巻いたのだった。
北九州、筑前。
「こちらオニヤンマ。これより間接射撃指示を送る。
送れ」
『こちら”ながと”。了解。主砲による射撃を開始する』
陸自のOH-1観測ヘリがデータリンクを通じて目標を指示する。
「ブラストを確認」
「だんちゃーく、今」
”ながと”主砲から発射されたりゅう弾が、大挙して押し寄せる大友勢に降り注ぎ、炸裂する。
「射撃続行されたし。続けて目標指示する。送れ」
『了解、射撃続行する』
”ながと”から次々と砲弾が発射され、大殿勢の将兵たちを薙ぎ払っていく。
だが、大友勢の進撃はなかなか鈍ることがなかった。よく訓練されている上に、士気も高い。
なにより、指揮官のカリスマ性と統率力が凄まじい。
砲弾が部隊の中に降り注いでも、兵たちがパニックになるということがないのだ。
「くそ!やつら死ぬのが怖くないのか!」
「自分たちの指揮官のためなら一命を賭けられると思ってんのさ。少し羨ましいな!」
”ながと”の砲撃程度では戦意を失うことのない大友の将兵たちに舌打ちする観測手に、機長が相手をする。
”護国の雷鳴”立花道雪に加え、勇将と名高い高橋紹運、最近初陣を飾った”護国の新星”立花宗茂が各部隊の指揮を執っている。
その指揮能力は、上空からもわかるほどだ。
とにかく兵たちが簡単にはひるまないし、打撃を受けたとしても立て直しが恐ろしく早い。
このままでは博多周辺を守る毛利隆元の兵たちと乱戦になってしまい、自衛隊による支援が不可能になる危険がある。
「空中機動部隊、今どこにいる?これ以上長引くとやばいぞ!」
『わかってる。後3分で敵の本陣に降下できる』
CH-47JA輸送ヘリ2機に分乗した総勢100名の陸自空中機動部隊が、総大将である立花道雪の本陣に対してヘリボーンを行い制圧。
指揮系統を寸断する手はずだった。
大友勢が予想以上に精強でタフだ。
事ここに至っては、ヘリボーン作戦が成功するかに全体の勝敗がかかっていると言えた。
「これより降下を開始する。露払い頼むぞ」
『任された!』
立花道雪の馬印を目視で確認した空中機動部隊は、ファストロープによる降下を開始する。
この時代の軍隊は基本的に空を飛べないため、本陣を攻めようと思えば周りを固める陣を破って進むしかない。
だが、ヘリボーンはその法則を完全に無視できる。敵の陣がどれだけ厚かろうと、スルーしていきなり本陣を攻撃できるのだ。
将棋で言えば、片方だけが二歩が違反とならない不公平な対局を想像するとわかりやすい。
相手の守りのど真ん中にいきなり自軍の戦力を出現させ、王手をかけることさえ可能なのだ。
だが、理屈は理屈だった。
ヘリボーンによる本陣攻撃はいくつかの不確定要素を孕んでいた。
まず、2機あったAH-64D攻撃ヘリのうち1機が厳島沖の戦いで全損してしまっていた。代わりに海自のSH-60Kを武装させて露払いに当てさせているが、攻撃ヘリに比べれば支援攻撃の精度はどうしても見劣りした。
加えて、立花道雪の率いる部隊はもちろん、道雪自身も極めて盛況という噂だ。
半身不随であり輿に乗って指揮を執っているとは思えないほど、見事な采配と強さと聞く。
「さて、問題ないとは思うが」
ヘリボーンの指揮を執る、杉原一等陸尉は漠然とした不安を感じながら部隊に前進を命じていた。
「突撃に、前へえっ!」
杉原の号令とともに、隊員たちの89式小銃や分隊支援火器が火を吹き、本陣周辺で方陣を組もうとしていた兵たちを無力化していく。
「てき弾!」
隊員数人が、突撃して来る槍兵に対して06式小銃てき弾を浴びせる。
密集して槍を繰り出してくる兵たちにはそれなりに有効だった。が、一発で倒せる数は知れていて、敵の進撃を遅らせる程度の効果しかない。
「手榴弾!」
なおも肉薄して来ようとする兵たちには、手榴弾が投げつけられる。手りゅう弾を投げてから地面に伏せる戦い方は非常に危険だ。だが、今や隊員たちは危険を顧みている余裕がなかった。
さっさと本陣を制圧して指揮機能を奪わなければ、自分たちがやばい。
AH-64DとSH-60Kの支援攻撃に分断されたのも束の間。
体勢を立て直した大友の後詰の兵たちが本陣の救援に向かって来ようとしている。
部隊はてこずりながらも立花道雪の本陣に突入する。
「立花道雪殿、お命ちょうだい!」
「ご冗談を!」
あえて大声でまくしたてる杉原に、透き通った声が応じる。
立花道雪はすぐに見つかった。杉原は戦いの中で戦いを忘れて、一瞬見入ってしまう。
4人かきの輿にのった女性武将は、目を見張るような美人だったからだ。
色は白く、長い黒髪は絹のようだ。前髪をぱっつんしているのが上品な感じだ。
顔立ちは若干童顔だが整っていて、凛として気品を感じさせる。
思ったより道雪に近づきすぎていたらしい。杉原は火縄銃を持った道雪と、10メートルと離れていない距離で銃口を向け合う形になる。
「くっ!」
火縄銃の引き金に指がかかったのを見た杉原は、反射的に横に跳びながら小銃の引き金を引く。
鉛玉が顔のすぐ横を通り抜けていく。一方、杉原の射撃も不正確で、逸れた弾丸は道雪の輿を担いでいた兵に当たる。
担ぎ手が倒れると、すぐに別の兵が交代する。
「噂通りだな」
杉原は舌打ちする。立花道雪という女性武将はカリスマであると同時に、将兵たちからたいそう慕われているという。
どれだけ危険な状況にあっても、彼女の輿を担ぐ役目を放棄する者はいないという。
それを自分の目で確かめた気分だった。
「道雪さま、後退してください!」
「わかりました!」
道雪が乗った腰が、兵たちに守られながら後退していく。
道雪は輿の上から器用に矢を射かけ、自衛隊員達の接近を許さない。
「逃がすな!撃ちまくれ!」
自衛隊員達は意地になって急速に遠ざかる女性武将を撃とうとする。が、勇猛な兵たちの体が盾となり、5.56ミリの銃弾は道雪に届くことはなかった。
杉原は敵ながら感服していた。大将がやられれば軍勢は瓦解するという理屈はわかる。
さりとても、兵たちがためらいもなく、字義通り身を挺して指揮官を守る姿勢には敬意を覚えずにはいられなかったのだ。
「隊長、ニンジャより通信です。
敵の陣系が崩れ始めました。大友勢は撤退する模様です!」
「わかった。指揮系統の寸断という目的は果たした。
長居は無用。撤退だ!」
大型の通信機を担いだ三曹の報告を受けて、杉原は無線で部隊に撤退を命令する。
この時代の戦いにおいて、本陣が奇襲を受けて移動せざるを得なくなったということは、勝利の目が消えたことを意味する。
無線などもちろんないから、連絡は伝令による。となれば、本陣がどこにあるのかわからない状態で組織的な戦闘は不可能だからだ。
今回は、もはや大友勢は筑前を制圧することはできないはずだった。取りえずはそれでいい。
なによりもたもたしていると大友の後詰の部隊に追いつかれてしまう。
たった100人のヘリボーン部隊では、1000人の敵の後詰とがっぷり四つに組むわけにはいかないのだ。
撤退は整然と行われ、ヘリボーン部隊はヘリに収容されて引き上げていく。
かくして、大友勢の筑前に対する第一次攻勢は失敗に終わる。
大友からすれば、筑前の沿岸部、特に博多を落とすことが戦略目出来だったからだ。
だが、一方で守る毛利がわにも損失が大きかった。
加えて、自衛隊が積極的に反撃してこないことを大友が知ったのがまずいことと言えた。
結果としては双方痛み分けと言えたのである。
「やれやれ、やっと帰ってくれたか」
博多沖。”ながと”CIC。
副長、霧島一等海尉がヘッドセットを外しながら安堵のため息を漏らす。
「危ないところでしたね」
船務長の松島一尉が、鉄帽を脱いで額の汗をぬぐう。
「くそ、燃料の先行きが不安で、こちらから打って出ることができないとは」
砲術長の米村二尉が拳を握って悔しがる。
CICの他のクルーたちも同じ気分だった。
21世紀の呉を出港した時は満タンだった燃料が、いよいよ先行き妖しくなり始めたのだ。
特に、大飯ぐらいのF-35BJやヘリの運用は、今後計画的に行う必要があった。
「そういえば、越後に沸いている石油を精製する計画は?」
「進んでるが、なんと言っても採掘施設と油田を建設するところから始めなきゃならなかったしな。
まだ時間はかかるだろう」
砲術担当の三尉に、霧島が相手をする。
越後を新たに実効支配した上杉家に連絡を取り、石油の採掘権を譲ってもらう約束を取り付けたのだ。
この点に関しては、現在毛利の客分として働く大内義隆の存在が値千金だった。
義隆に朝廷や将軍義輝に働きかけてもらい、上杉との取引の仲介を依頼したのだ。
まあ、佐渡の金山を毛利との共同事業とし、収益の7割を上杉に渡すという条件は非常に苦いものだった。なにせ、金山の採掘の技術と手間は、毛利と自衛隊がそっくり持ち出す形となってしまう。しばらくは赤字だろうだから。
ともあれ、燃料には代えられない。
佐渡の金山の採掘と合わせて、越後南長岡に採掘施設と製油所が建設され、現在急ピッチで作業が行われているところだ。
だが、自衛隊の稼働状態を維持するだけの燃料が北九州に届くのは、まだ先のこととなりそうだった。
そんなわけで、大友勢が押し寄せる中でも燃料は節約せざるを得なかった。
ヘリを飛ばして間接射撃指示によって”ながと”が主砲攻撃を行う。他には、ヘリボーンによって敵の指揮系統を寸断するくらいしか手がなかったのである。
このような消極的な戦い方しかできなかったために、大友の侵攻が始まって3カ月になるというのに、いまだ毛利は防戦一方の状態が続いている。
大友の主力に壊滅的な打撃を与えることも、豊後に逆攻勢をかけることもできないままなのだ。
今回はなんとか筑前の中心部を守ることができたが、大友勢は隊伍を整えてまた攻めて来ることだろう。
燃料さえあれば怖るるに足りないのに。
自衛隊全体にそんないらだちが拡がっていた。
一方、こちらは筑前の毛利家の前線基地。
「おかえりなさい、お義父さん」
「あ…ああ、ただいま晴久」
着陸したヘリから降りた杉原を、長身で亜麻色の髪が特徴の美少女が出迎える。尼子晴久だ。
かつては毛利、大内と敵対したが、今は毛利の指揮下で働いている。ただ居候しているだけでは忍びないという彼女の意思だ。
彼女も客将として戦いを指揮したのだろう。元気そうだが、服やおさげにした髪が汚れていた。
彼女の母親を成り行きで妊娠させ、できちゃった結婚をすることになったとはいえ、”お義父さん”という呼び方はどうにもなれない。
「無事でなにより。まあ、あまり心配してはいなかったけど、万一にもお母さんがまた未亡人になったらかわいそうだもの」
「ご心配なく。俺だって、あと一か月で生まれる子供の顔を見ずに死ぬ気はないよ」
義理の父娘はそう言って笑い合う。
「杉原隊長!」
よく通る大きな声が杉原の名を呼ぶ。
振り向くと、容姿端麗だが女子プロレスラーかと思うほど体の大きい女と、対照的に小柄でほっそりした美人が並んでいた。
大きい方は竜造寺家当主、竜造寺隆信。小柄な方は義妹の鍋島直茂だ。
「ああ、隆信さま、直茂殿。ご活躍だったようですね」
杉原はお世辞でなくそう言っていた。二人とも、自慢の鎧と服が泥に汚れ、ところどころ返り血がついている。
「雑兵なんかいくら斬ったって意味がないよ。
今度へりぼーんをやるときは、俺も連れて行っておくれよ。
立花道雪の首、跳ねてやらなきゃ腹の虫が治まらねえ」
故郷である肥前をたたき出された時のことを思い出したか、歯噛みしながら隆信が訴える。
本当に豪快だな。と杉原は思う。180センチを軽く超える身の丈に加えて、服の胸元がはち切れそうな膨らみ、巨大で肉感的な尻。大きな声に猪突猛進な性格。
誰が呼んだか、女でありながら”肥前の熊”の二つ名を頂戴したのもむべなるかな。
「姉上、わがままを言ってはなりません。
へりぼーんは簡単な作戦ではないのですから」
そう諌める直茂は、対照的に華奢だがバランスのいい体形をしている。
加えて、知恵と力を併せ持ち、”山椒は小粒でもぴりりと辛い”を体現する人物だ。
行動力の隆信と知性の直茂。実に絶妙な相性を持つ姉妹と言えた。
「まあまあ、直茂どの。
実は、毛利の将兵にもヘリボーンに参加してもらう計画があります。
その時は、あなた方の力を頼りにさせていただくことでしょう」
杉原のその言葉に、隆信が目を輝かせる。
「本当かい?その時が来たら絶対に声かけてくれよな!?」
隆信が杉原の手を握り、鼓膜を震わせるほどの大きな声で言う。
「ぜひ私も」
直茂も頼み込んでくる。
「わかりました。その時はよしなに」
杉原はそう返答する。
隆信と直茂は、肥前を追われる際に軍勢の多くを失ってしまい、率いる兵がないのだ。
今回の大友の侵攻に際しても、手勢を率いて側面攻撃やゲリラ戦を行うのが仕事になっている。
それらの任務では性質上手柄を挙げにくいから、不満も溜まっているのだろう。
二人とも、寡兵を率いる作戦は得意だから、ヘリボーンに加えれば活躍できる可能性が高かった。
「皆さん、お疲れ様です。
酒宴の用意がしてありますので、よろしければどうぞ」
毛利方の総大将である隆元が気さくに話しかけて来る。
「おお、嬉しいねえ」
「お相伴に預かります」
「私は酒は飲めないけど、いいにおいがするなあ」
隆信、直茂、晴久が敏感に反応する。
ここ数日、激戦続きだったのだ。ここいらで景気よく宴会でもしたい気分だったのだろう。
他の将兵たちも同じようだった。
「どうぞどうぞ。お魚もお肉もいいのが手に入ったんですよー。
さあ、杉原一尉も自衛隊の皆さんも」
「わかりました。
よし、ドローンを飛ばして周囲を警戒させておけ。さすがに休憩しないと身がもたん」
隆元の言葉に応じた杉原は、技術担当の一曹にそう命じ、鉄帽を脱いで頭をがしがしとかく。
隆元が用意した酒宴なら是非に。という気持ちになるのだ。
(なるほど、このあたりが隆元様が総大将に選ばれた理由か)
杉原はふと得心が行った気がした。
隆元は、格別武勇に優れているわけではない。というか、そもそも戦が嫌いだ。
単純な武勇なら上の妹、吉川元春が。謀略や駆け引きであれば下の妹、小早川隆景の方が優れていると言える。
だが、隆元は非常に気さくで人当たりがいい。
人から好印象を持たれる天才なのだ。
毛利の財政面も、彼女に好印象を持った寺社や商家が金銭を融通してくれていたから廻っていたとされる。
してみると、旧尼子、大内、竜造寺などの寄り合い所帯をまとめるには、隆元が適任というわけだ。
隆元に微笑まれると、仲間内で揉めたり変に我を通したりする気が、不思議となくなってしまう。
隆元を総大将に指名したのは、毛利家当主で隆元の母親、毛利元就だった。
杉原は、元就の慧眼に改めて舌を巻いたのだった。
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