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02 勢力伸長編

義隆の涙と博多制圧

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 話は1か月前に遡る。
 自衛隊の捕虜となり、”おおすみ”で処置を受けて、”邪気”によって衰弱していた体も回復した晴賢は、吉田郡山城に護送された。
 そこで、晴賢はかつての主、大内義隆と再会していた。
 「久しぶりやね。隆房、いや、尾張守晴賢」
 手首と両の親指に二重に手錠をかけられた晴賢を義隆は見下ろしていた。
 だが、晴賢は意外な反応を見せる。嬉しそうに、本当に嬉しそうな顔で、涙を流し始めたのだ。
 「義隆さま…良かった…本当にご無事で良かった…」
 その言葉は、とてもクーデターを起こして主を殺そうとしたものとは思えなかった。
 「晴賢、今更だけど、なぜ謀反を起こしたかと聞いたら不都合あるか?」
 義隆は困惑気味に問う。全てを悟り、受け入れたような晴賢の笑顔の意味がわからなかった。
 「理屈はいくらでもつけられますね…。
 でも…はっきりと申し上げれば怖かったのです。
 義隆さまに”お前はいらない”と言われるのが」
 周囲に乾いた音が響き渡る。義隆が晴賢に平手打ちを食らわせたのだ。
 「大馬鹿。
 なぜうちに一言相談してくれんかった?なんでうちがそなたをいらないなどと勝手に思った?」
 「申し訳ありません」
 静かに憤慨する義隆に、晴賢はただ平伏するだけだった。
 「うちはそなたを心から愛していたし、必要としていた。
 でも、それも過去の話や。
 そなたの身柄は毛利陸奥守(元就)様にお預けする。
 申し訳ないが、陸奥守様のご沙汰に従う他にはないわ」
 「かまいません。
 義隆さまがご無事なお姿を拝することができた。もう、思い残すことはございません」
 再び、乾いた音が響く。
 「なにを勘違いしている?
 生きるか死ぬか、勝手に決める権利さえもうそなたにはないんよ。
 うちを今でも主と思うなら、陸奥守様のご沙汰に従え」
 「恐れ入ります」
 義隆の常ならぬ厳しい口調に、晴賢は平伏することで答える。 
 「晴賢、大寧寺の謀反はうちの不徳や。言っておくけど、そのことでそなたを恨んではおらん。
 だが、勝手に命を絶ってうちの面目を潰すようなことをしたら、一生恨むよ」
 義隆はそこで言葉を区切る。
 「陸奥守様が生きろと言うたら生きるんよ。
 たとえ男たちの精液便所に堕とされても、牛馬のように扱われることになっても。一生暗い牢屋暮らしであっても。
 それが、そなたの償いや」
 「はい」
 そう答えた晴賢の目は、自分の運命を受け入れることを決めたものだった。

 義隆が晴賢のいる部屋を後にすると、意外な人物がそこで待っていた。
 今は”ながと”にいるはずの霧島だった。
 腕組みをして壁に寄りかかり、難しい表情で隆元を見ている。
 「おや、副長さん。てっきり船におるものと思っていたのに」
 「毛利家と2、3打ち合わせがありまして。
 それと、あなたに少し伺いたいことがある」
 義隆は笑顔で「なにかな?」と聞くが、内心では警戒しているのが見て取れた。
 「この展開、全てあなたの計画通りですか?」
 霧島は、疑問を率直に義隆にぶつけていく。
 要は、義隆は大内が抱える諸問題を解決するために晴賢のクーデターを利用したのではないかということだ。
 公家や僧などの文化人を山口に居候させるのは大変な負担だった。だが、義隆の立場では彼らに出ていけとは言えなかった。
 貿易も赤字が累積し、大内の財政を圧迫していた。だが、これまた義隆にはこれまでの付き合いや義理があり、取引の打ち切り、事業の合理化の決定を下せなかった。
 加えて、戦国時代にそぐわない古い荘園制や守護領国制といった制度の残存を解消したくとも、朝廷の後押しと守護大名であることを権威の根拠としている大内には困難なことだった。
 だが、クーデターが起きてしまい、もはや今までの大内の体制を維持することは不可能ということになれば?
 最低限、関係各所への言い訳も立つ。
 古い体制を破棄し、大きな混乱を伴うことなく国の情勢を軟着陸させることもできるというわけだ。
 「大内という家を滅ぼす選択ではあるが、どうせ現状維持を続ければ緩やかに滅ぶだけ。
 なら、今の内に荒療治をしておくに越したことはない。
 不穏分子は毛利や我々自衛隊に制圧させる。長坊と博多の経営は毛利に丸投げしてしまえばいい。
 国を活かすのではなく、人を活かすために。
 という筋書きだったとしたら?」
 霧島は長広舌をそう結ぶ。
 「買いかぶり過ぎよ。うちはただ無為無策の果てに家を潰した。
 それだけや」
 義隆はしれっとそう返す。だが、その言葉を霧島は眉に唾をつけて聞いていた。自分の推測が正しいことを確信もしていた。
 自分の目をのぞき込んで、力なく微笑んだ表情は演技くさかったからだ。
 すっかり暗君の汚名を被ってしまった彼女だが、侮れないものを感じずにはいられない。
 「ご無礼いたしました」
 そう言った霧島はその場を辞そうとする。だが、義隆に背中から抱き付かれていた。
 「晴賢の処遇は陸奥守様のご意向次第や。 
 でも…うちは晴賢に死んで欲しくない…。
 さっきあれを”愛していた””信頼していた”と過去形で言ったけど、本当は今でも晴賢が愛おしい…。
 死なせなくない。死なせたくないよお…」
 そう言って義隆は嗚咽を漏らし始める。
 お人よし。霧島はそう思いながらも、義隆が晴賢を今でも愛しているのを感じた。
 これだけ思い、思われている者たちを死によって引き裂くのもどうか?
 そう思えたのだ。
 「お任せください。晴賢の命までは取らないよう、元就さまに頼んでみます」
 霧島は義隆に向き直り、抱きしめていた。
 「よろしく頼む…よろしく頼む…」
 そう言った義隆に、霧島はキスをされていた。
 (反則だ)
 霧島は思う。義隆は美しいだけでなくかわいい。涙が、義隆をさらに艶やかに見せている気がした。
 これでは、是が非でも元就に掛け合わないわけにはいかない。

 幸いにして、晴賢の生殺与奪を握る立場にある元就はまだ判断を保留していた。
 霧島は隆元とともに元就に談判した。
 助けるのは命だけ。晴賢を壊してしまってはどうかと進言したのだ。
 辱め、汚し、苦痛と快楽を与え、社会生活を送るどころか、正常な思考をすることさえ困難なまでにしてしまう。
 元就は霧島の進言を採用することとした。
 義隆への義理もあるし、なにより隆元が晴賢の命まで取ることを納得しない。それをわかっていたからだ。

 かくして、晴賢に対する凌辱、汚辱が開始される。
 晴賢が抵抗し、苦痛や恥辱に悲鳴を上げていたのは最初だけだった。
 食事に媚薬を盛られ、性欲を強めるツボを毎日刺激され、裸で生活させられる内に、晴賢はゆっくりと壊れて行った。
 やがて晴賢は理性を手放し、隆元から与えられる辱めや汚辱、苦痛、そして快楽を積極的に受け入れるまでに堕落したのである。

 さて、晴賢が洗脳と調教を繰り返されて白いメスに生まれ変わるまでの1カ月あまり、毛利家と自衛隊は旧大内領の制圧に腐心していた。
 『こちらコンドル。全機、予定通り行動せよ』
 『スーパースワロー了解』
 「スカイホエール了解」
 博多に向かう白亜の3機のヘリがあった。
 SH-60Kが2機。AW-101が1機。
 SH-60Kには、それぞれ8名の海自特別警備隊の手練れたちが乗り込んでいる。手にしたHKMP5サブマシンガンや、HK416突撃銃が彼らの実力の証左だ。
 掃海器具が降ろされて輸送機として運用されるAW-101には、”ながと”と”あかぎ”から海自隊員30名が支援部隊として抽出され、89式小銃や分隊支援火器で武装して乗り込んでいる。ソマリア沖で海賊対策に従事した者と、射撃の訓練成績の優秀者、ついでに、サバイバルゲームを嗜む者たちから選抜された。
 「手が足りないからって、俺たちが陸自の真似事ですか…」
 「その小銃ははったりか?
 陸自が中国地方から動けないんだからしょうがないだろう」
 ぼやく副隊長の二尉に、支援部隊の指揮官を務める霧島は切り返す。
 陸自のように本格的な接近戦の訓練を受けていない自分たちに、ヘリボーンという任務は荷が勝ちすぎるのはわかっている。
 海自の青い迷彩服にボディーアーマーを身に着け、89式小銃を持った隊員たちは、一様に全く自信がないという顔をしている。
 だが、大内義隆の体制に続いて、陶晴賢の体制までが倒れた状況では、中国地方の旧尼子領の多くは宙に浮いたも同然と言えた。
 とくに、陶の所領と決められた日本海側の因幡、伯耆といった国では、ころころと変わる支配体制について行けない者たちが出てきている。国人や土豪たちが新たな領主たる毛利に容易には従わないのだ。
 権威や法的な根拠を示しても、結局のところそれを担保するのは実行制圧力と言える。
 理屈や命令など、暴力によって簡単に突っぱねられ無視される。実効あらしめるものがあるとすれば、より強い暴力しかないのが現実だ。
 そんなわけで、陸自は旧尼子領である中国地方の制圧に余念がなく、博多制圧に廻せる戦力がなかったのだ。
 畢竟、生兵法を覚悟で、海自から制圧のための戦力を抽出せざるを得なかったのだ。
 なんと言っても、博多の町衆は独立心が強くプライドも高い。
 大内義隆と陶晴賢の両名から、今後毛利に従うようにという書状が送られても、梨のつぶてだった。たかが国人上がりの毛利に従ういわれはないとばかりに。
 となれば、武力で脅しつけて従わせる以外にはないことになる。
 『霧島一尉、聞こえますか?隆景です』
 「こちら霧島、聞こえている」
 博多制圧部隊の本命である小早川水軍の指揮官である隆景が、貸し出された無線で連絡を入れてくる。
 『今回の作戦は、安全第一です。
 へりぼーん部隊が危険と判断したら、離脱を優先してください。
 博多制圧は重要ですが、急ぎませんから。
 今回が失敗したら、次の機会を狙うだけです』
 「了解した」
 『お願いしますよ。
 あなたはとても賢い。
 それ故に、即断即決が多くて後悔することも多いでしょう。
 私はあなたほど賢くないので、後悔することは少ないのです』
 (俺は黒田官兵衛か?)
 霧島はそんなことを思うが、隆景の言うことも最もだ。
 自分の即断即決が、少なくない犠牲を出して来た自覚は霧島にもあった。
 「わかっているとも」
 霧島は無線にそれだけ返す。
 ”買いかぶってくれるな”と言外に付け加えながら。

 ともあれ、博多の制圧は拍子抜けするほど容易だった。
 小早川水軍だけならなんとかなるかも知れない。だが自衛隊がついていたら?
 中国地方での自衛隊の活躍は、尾びれ背びれがついて九州にも伝わっているようだった。
 「撃たないでください。抵抗する気はない」
 小早川水軍に対しては強気だった博多周辺の勢力も、海自のヘリが上空に姿を現すとおじけづいた。
 つまらないプライドは捨てて毛利に従った方が無難と判断したらしい。
 ついでに言えば、明国や朝鮮の政府は、大内義隆こそが貿易の相手であるという立場を取っていた。
 義隆を保護している毛利にたてつけば、貿易が途絶してしまう可能性があったのだ。
 「意地を張って全て失うも良し。名を捨て実を取るもよし。
 お任せします」
 隆景からよこされた書状に、博多周辺の勢力は内心戦々恐々となっていたのだ。
 「われら博多衆一同、これより毛利様を主とさせていただきます。
 まあ、貿易の名義は今まで通り大内様ということになりますが、大した問題ではないでしょう」
 博多衆の元締めである男が宣言する。
 長い間交易と商業に携わって来た博多衆は、建前や理屈では食っていけないことはご承知だった。
 「承知しました。うまいこと頼みますよ」
 上陸部隊の指揮官として、また博多奉行として、隆景はいつものポーカーフェイスで返答していた。
 何事にも建前と本音はある。
 博多を実効支配するのは毛利だが、貿易の名義人は大内。その乖離は問題だが、騒くほどのことでもない。明や朝鮮、南蛮商人にとっても、まずは利益が第一。誰が名義人かなど二の次のはずだった。
 要するに、「こまけえことはいいんだよ!」ということである。

 かくして、薄氷を踏むような危うさながら、毛利による博多の実効支配は成る。
 先だって石見の銀山を確保したことと相まって、経済基盤が弱かった毛利には大きな恩恵となるのだった。

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