自衛隊戦国恋花 ブロッサムオブジパングトルーパーズ

ブラックウォーター

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00 序幕編

プロローグ

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01

 海上自衛隊所属、DDG-179ミサイル護衛艦”ながと”は、今初めての実戦のさ中にあった。いや、厳密に言ってまだ戦闘は始まっていないが、すぐに始まることになるのは、誰しも予測がついた。
 『所属不明の帆船に告げる!本艦は海上自衛隊所属、護衛艦”ながと”。交戦する意思はない。繰り返す、交戦する意思はない!』
 船務士が拡声器で必死に呼びかけるが、月明かりの中接近して来る船団は止まる様子はない。
 しかも、状況は極めて剣呑なようだ。
 接近して来る船団は、木造の帆船だ。が、投石器や大弓と思しい武器で武装している上に、乗っている者たちも槍や弓を持っている。
 これは一体どういうことだ?
 ”ながと”のクルーたちは思う。
 目の前に突如として現れ、こちらに向かってくる船団は、どう見ても戦国時代かそれ以前の水軍だったからだ。
 どうすればいい?
 船団から発せられる、身を切られるような殺気からして、冗談や酔狂で済むものではないだろう。
 大手の映画会社が金をかけて映画を撮っている現場にうっかり踏み込んでしまった。そんな考えは誰も持っていなかった。
 突然の嵐に巻き込まれ、ようやく抜けたと思えばこれだ。無線もGPSも反応がない。
 戦国時代にタイムスリップしてしまったと考える方がよほどしっくり来た。

 ”ながと”CICでは、状況分析を行う暇もなく、幹部たちが目の前の事態に対処することを迫られていた。
 「船団はいぜん接近中です」
 「拡声器で呼びかけてはいますが、通じているかどうか…」
 各所から入る報告に、いよいよ実戦は不可避という認識がはっきりとしていく。
 「艦長、警衛たちを武装させて両舷に配置します。それと、キャリバーの使用許可を」
 副長兼砲雷長の霧島勇馬一等海尉が、焦燥した様子で意見具申する。
 「よかろう。任せる」
 艦長である梅沢治郎一等海佐が少し考えた後に応じる。
 「第一分隊警衛は、装備Aにて戦闘配置!キャリバーも準備せよ。ただし、命令するまで撃つな」
 霧島は素早くマイクに手を伸ばし、命令を下していく。
 即断即決の副長と、部下を信頼して任せることに長ける艦長。”ながと”のいつもの流れだった。
 スクリーンに映るカメラの映像の中では、89式小銃で武装した警衛たちが甲板に走って行くのが見える。
 「副長、相手は所詮帆船です。逃げ切ることも可能では?」
 「ここが瀬戸内海であることをお忘れのようだ。最大速度を出したらどうなる?」
 船務長の松島一尉の言葉を、霧島はぴしゃりと遮る。
 瀬戸内海は昔から事故が絶えない海だ。島や浅瀬が多い上に、潮流も早く不安定だ。
 平清盛が高い金をかけて大和田の泊を整備したのも、そうしなければ摂津まで大型船を乗り付けることは不可能だったからだ。
 その瀬戸内海で、船団を振り切ろうと最大速度を出せばどうなるか。GPS も使えず、自分たちが今どこにいるのかさえ正確にはわからない。喫水の深い護衛艦は5分と持たずに座礁する危険があった。
 (どだい、どこに逃げればいい?)
 タイムスリップしてしまったとすれば、呉基地も存在しないことになる。自分たちには今のところ寄港できる場所はないのだ。
 「副長、もしここが戦国時代の日本なら、うかつな戦闘はタイムパラドックスを引き起こす危険があるのでは?
 我々の武装は、あの木造船にはオーバーキルです」
 航海長の女性幹部、栗山一尉が簡潔に意見を述べる。
 霧島にも理屈はわかった。あの船団の中には、もしかしたら自分たちの先祖がいるかも知れない。発砲した瞬間、自分たちの内の誰かがタイムパラドックスで消滅してしまうかも知れなかった。
 いや、そもそも歴史が全く変わってしまい、自分たち全員が最初から存在しなかったことになるかも知れない。
 「なら大人しく殺されるか?」
 霧島に言えるのはそれだけだった。そう言われれば、栗山も返す言葉がない。
 『船団から大弓の攻撃です!』
 甲板からの報告を聞くまでもなく、大弓が放たれて来たのはカメラの映像からわかった。
 「艦長」
 「よかろう」
 梅沢の許可を得た霧島は、マイクのプレストークスイッチを押そうとして一瞬ためらう。
 (撃てば、俺たちは人殺しの仲間入りだ。それは決して引き返せない道だ)
 だが、迫りくる船団には容赦というものはない。もし、この場所が自分たちが想像している通りの場所、時なのだとすれば、味方でない者は全て敵であることになる。野蛮な考え方かもしれないが、戦時ではそうでなければ部隊や兵たちを守ることが出来ないのも事実だ。
 それは、この”ながと”も例外ではないことになる。
 「正当防衛射撃、開始!」
 霧島の命令を合図に、89式小銃と50口径重機関銃の射撃が開始される。
 木造船などひとたまりもなかった。帆柱がなぎ倒され、喫水線に穴が開く。先行する2隻はなすすべもなく傾き、沈没していく。
 『新手です!4時方向からさらに3隻!』
 『くそ!火薬を取り付けた矢で攻撃してきます。
 芦田三曹負傷、実際!繰り返す、実際!』
 続々と入る被害報告に、CICに焦りと恐怖が満ちていく。たかが帆船と侮った。敵の速力と射程を甘く見積もっていたらしい。
 「砲術長、主砲およびCIWS攻撃始め!」
 霧島は砲術長の米村二尉に向けて大声で命令する。
 「し…しかし…」
 米村はためらいながら霧島を見る。そこまですれば、船団は沈むというレベルの話では済まない。木っ端みじんに粉砕され、跡形もなくなるだろう。そうなったとき、生存者はいない可能性が高い。
 「復唱!」
 霧島の怒鳴り声に、米村も腹を括らざるを得なかった。
 このままでは被害が増える一方だし、万一艦に乗り込まれて来てしまったら、刀や槍で武装した侍にかなわない可能性が高い。
 「は!主砲及びCIWS照準!目標、4時方向の船団!」
 「機関増速、面舵20」
 4時方向の船団を照準に捕らえるために”ながと”は面舵を切り、右舷を船団に向ける。
 「主砲、撃ちーかた始めー」
 「撃ちーかた始めー」
 ”ながと”艦首に装備された62口径5インチ単装砲が火を吹く。
 船団の2隻が砲弾を2発ずつ食らい、内部から木っ端みじんに飛散する。
 「CIWS攻撃始め!」
 後の2隻は20ミリのシャワーを喫水線浴び、あっさりと転覆する。
 4隻の帆船は、それこそ5分と持たずに海の藻屑と化していった。
 文字通り海の藻屑だ。それこそ、5分前までそこに船が浮かんでいたなどとは信じられないほど、痕跡も何もなかった。これでは生存者はゼロだろう。
 レーダーに映るアイコンが消滅するのを認めたCICの全員が、恐怖におののいた。
 これは戦闘でさえない。一方的な虐殺だ。
 やらなければやられるという理屈などなんの免罪符にもならない。
 勝利したという感慨や達成感など微塵もなかった。ただ、殺してしまったという恐怖と困惑だけがあったのだった。

 「船団の残りは遁走する模様です」
 レーダー員の報告に、CICに安堵のため息が漏れる。取りあえずは助かった。
 「周辺警戒を厳となせ、特に、生存者がいないかよく調べろ」
 梅沢がマイクで命令する。
 「自分が捜索の指揮を執ります」
 そう言った霧島は、鉄帽をかぶり、グラブをはめるとCICを後にする。
 甲板での作業は第一分隊砲雷科の指揮官である自分の責任。…と思ったわけではない。
 (要は自分に対する言い訳か)
 帆船を6隻も沈める強硬策を主張したのは自分だ。せめて生存者がいるなら助けたい。そうすることで、自分は冷酷な人間でも、破壊的な暴力主義者でもないと思い込みたいのだ。
 「副長、9時方向に船らしいものが見えます。われわれが攻撃した船とは違うようですが…」
 第一分隊の古参の海曹が少し離れた海面を指さす。
 「確かに、我々を襲って来た船より小さいですね」
 霧島は双眼鏡で海曹の示した方向を確認する。転覆して半分沈みかけているが、船であることに間違いはない。
 先ほど”ながと”を攻撃してきた船が関船というやつなら、あれは小早船だろうか?
 関船を攻撃力と速力のバランスを重視した巡洋艦とするなら、小早船は速力に特化した駆逐艦と考えればわかりやすい。
 「調べよう。内火艇を出せ」
 念のため武装した警衛を4人連れて、霧島は内火艇に乗り込む。
 「降ろし方、始め!」
 先任海曹の大きな号令で、クレーンが降ろされ、内火艇が着水する。
 「ちっ!間に合わないか?」
 霧島は舌打ちする。日ごろの厳しい訓練の成果で、内火艇の準備は早かったはずだ。だが、準備をしている間にも小早船はどんどん傾いて行き、ついには帆柱とマストが辛うじて見える程度になってしまったのだ。
 「副長、見てください!人がいます」
 警衛の一人が、帆柱を指さす。
 「女の子?こんなところに?」
 霧島にとっては意外なことだった。帆柱につかまっている人物は、長い髪と華奢な体形からどうやら女性のようだ。しかも、ライトで照らしてみるとまだ可愛い顔をしている。
 (まあ、なにか事情があってまだ若い女の子がここにいるのだろう)
 とは思う。が、こんな殺伐とした戦場には場違いに思えて仕方ないのだった。


 (死んでいてくれ。ならば、このまま見送れる)
 CICでは、警衛の鉄帽に取り付けられたCCDカメラの映像を見ている栗山が、胸の内で願っていた。
 彼女はここで死ぬ運命なのだろう。では、死ぬはずの人間を助けたらどうなるか。それは死なないはずの人間を殺したのと同じで、歴史を大きく変えてしまう可能性があった。
 すでに死んでいるなら、歴史をいじくらずに済む。
 冷酷な考えかも知れないが、自分の家族や友達が万一にもタイムパラドックスで消えてしまうようなことは避けたいのだ。

 「やばい!沈むぞ!」
 内火艇の上で、海曹の一人が叫ぶ。
 傾いていた小早船からごぼりと気泡が放出されたのだ。いよいよ、かろうじて船体を浮かせていた空気が抜ける瞬間だった。
 帆柱につかまっていた少女も、一緒に海に呑み込まれていく。
 が…。
 「副長!?」
 海曹はそれだけ言うのが精一杯だった。
 霧島が鉄帽と救命胴衣を慌ただしく脱ぎ捨て、作業靴も脱いでしまい、海に飛び込んだからだった。
 「副長ー!」
 海曹は焦った。大型の船が沈む時は、周りにいる人間も巻き込まれてしまう。霧島が少女と一緒に小早船の巻き添えを食って沈んでしまう危険があったのだ。

 一方、霧島は必至で沈みゆく少女を追って泳いでいた。
 別段、海上自衛官としての職責でも、英雄願望でもない。考えるより先に体が動いていたのだ。
 「くうっ!」
 船の沈没に巻き込まれて沈んでいく少女の服をつかみ、帆柱から引き離す。
 (上は、上はどっちだ?)
 霧島はそこでミスに気付いた。沈む少女に追いつこうと必死で泳いでいる内に、どちらが上かわからなくなってしまったのだ。
 月が出ているとはいえ、今は夜だ。気が付けば、暗い水の中に少女を抱えてさまよっている自分がいた。
 (息が…)
 いよいよ息が続かなくなるというところで、霧島は強い光を見た。
 おそらく内火艇がライトで自分を探しているのだろう。
 霧島は残り少ない酸素を使って必死で泳いだ。
 「ぶはっ!」
 海面に出るまでが恐ろしく長く感じた。なんとか溺れる前に浮上した霧島は、全身で酸素を吸い込んだ。
 (空気がこんなにうまいとは)
 「副長!」
 海曹が手を伸ばす。霧島が浮上したのは内火艇から50センチも離れていないところだった。危うく頭をぶつけるところだった。
 「この娘を引き上げてくれ!」
 霧島はまず女の子を内火艇に上げ、次いで自分も上がる。
 女の子は脈はあるが、息をしていなかった。
 「戻ってこい!ほら!戻ってこい!」
 霧島は懸命に救急キットの人工呼吸器を用いて気道の確保を試みる。
 「ごほごほっ…!はあ…はあ…」
 霧島の願いは天に届くこととなる。女のが息を吹き返したのだ。
 「”ながと”に連絡!生存者1名確保。医療班を待機されたし!」
 「了解」
 霧島の指示に応じて、海曹が無線で連絡を取って行く。
 「これは、1つの勝利。だよな…」
 霧島は、不思議と誇らしい気分だった。
 さきほど、船団を海の藻屑と消した時は、恐怖と困惑だけがあった。
 だが、今は人命を救うことができたという達成感と充実感を感じていられたのだ。
 たとえそれが欺瞞でも自己満足でも、自分は勝利したと思えるのだった。
 
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