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第六章 救われぬ心

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「パパーシャ……私なんていうことを……。ごめんなさい……ごめんなさい……」
 ラリサはひたすら涙を流す。
「いいんだラリサ……。これで少しは……償いができたと思っている……」
 そう言う倉木は辛そうだ。
 無理もない。神経が集中して敏感なところをバッサリやられているのだ。
「私が軽率なことをしたばかりに……。ラバンスキーと山瀬を鬼に変えてしまったんです……。いいやつらだったのに……」
「どういうことです……?」
 話が見えない誠は問い返す。
「あの日、アントニオが戦死した日だ……」
 倉木はとつとつと語り始める。
 その日の961偵察隊の任務は、山狩りだった。
 本隊からはぐれ、山中に潜伏しているモスカレル軍の部隊を捜索。捕獲もしくは殲滅する。
 すでに食料も弾薬も尽きかけている上に、士気も下がっている敵兵たち。精鋭揃いの961偵察隊の敵ではなかった。
 大半を射殺し、わずか七名が捕虜になった。
『手を下ろすな! さっさと歩け!』
 隊長と名乗った女性士官を先頭にして、手を上げて一列で歩く捕虜たち。
 倉木は愛用していたハンドガン、SIGP226を向けて威嚇する。
 銃身が長いSCARHでは、この至近距離は不都合だった。万一にも抵抗されたときに、うまく狙えない可能性があったのだ。
「その時だ。捕虜の中にまだ若い、十代らしい兵士がいた。彼は、ホルスターに拳銃を入れたままだった。恐らく、慌てていて外し忘れたんだろう。私以外の誰も気づいていなかったが。建前として、武器を帯びたままでは降伏は認められない」
『ハンドガンをゆっくりと床に置け』そう警告すればすむ話だった。
 だが、倉木はそうする気になれなかった。その時、ひどく苛立った。
 武器を一つでも帯びていたら、降伏の条件を満たさないことを知らないのか? そんないい加減で中途半端な覚悟で戦争をしているのか? キーロアの罪もない民たちは、こんなやつらに殺されたのか?
 そんな者たちなど、捕虜として扱う価値などあるのか。苛立ちは、倉木の中で冷たい怒りに変わった。
『おいお前! 止まれ!』
 それだけ警告した。
 呼び止められた若い兵士は、すぐに自分が拳銃を身につけたままであることに気づいた。左手を突き出して『待て』と眼で訴えながら、拳銃に手をかけた。
「確認している暇などなかった。拳銃を抜いて抵抗しようとしたのか。それとも銃を床に置こうとしたのか。いや……違う……。それを幸いに、私は引き金を引いたんだ」
 倉木のSIGが火を噴く。
『あいつ拳銃を持ってるぞ!』
『くそったれっ! 降伏なんぞ嘘っぱちだ!』
『ファイアッ! ファイアッ!』
 状況に気づいた他の隊員も、バラバラに銃撃を始めた。
 一人でも抵抗の意思を見せたら、それは連帯責任。降伏はご破算。全員射殺がルールだ。いくつもの火線が閃き、たちまち敵兵たちが屍に変わっていく。
『ちくしょーっ!』
 女性士官が、若い兵士の拳銃を取り応射し始めた。勝ち目があるとは思っていない。ただ、やけくその抵抗だ。
 倉木は慌てることなく、彼女の胸と首筋に向けて9ミリ弾を撃ち込み続けた。
 白い肌に血の花が開き、女性士官は地面に倒れ伏した。
『クリア!』
『クリア!』
『クリア!』
 制圧確認の報告を、各自していく。
『ううう……』
 撃たれて倒れた女性士官は、まだ生きていた。
 倉木はSIGのマガジンを交換する。虫の息の彼女の顔に銃を向け。三発撃ち込んだ。脇腹を蹴飛ばして反応を確認する。
 もう、動くことはなかった。
『クリア!』
 銃の撃鉄を寝かせながら、制圧報告をする。
 中途半端な情けは、部隊全員を危険にさらすことになる。これでよかったのだ。
 せめてもの慈悲と、倉木は女性士官のまぶたを閉じてやった。
『降伏は偽りで、だまし討ちにするつもりだった。でしょう……?』
 倉木は、ラバンスキーに声をかける。SIGを胸のホルスターに収めながら。
『エグザクトリー(そうなるな)』
 ラバンスキーも同意する。本心では、そんな理屈はまやかしだとわかっていながら。
 そして本当の悲劇は、基地に帰還してからだった。
『アントニオ……。おい……アントニオ……! うそだろ……』
 アントニオがいくら声をかけても揺すっても、眼を開けない。
 彼は既に事切れていたのだ。失血死だった。車のシートが、血だまりになっていた。
「よりによって、あの女性士官の撃った一発がアントニオに当たっていたんだ。彼は、自分が被弾していることに気づいていなかった……。戦闘で興奮している時には、まれにそういうことが起きる。そして、基地に帰還した時には彼はもう……」
 倉木の顔には、根深い悔恨が浮かぶ。
 七人の命が意味もなく失われ、戦友一人が戦死した。あの日、自分がつまらない苛立ちに任せて行動したばかりに。
「過ぎ去った時間にもしもはない。だが……もしあの時あの若者に『ゆっくり銃をおけ』と警告していたら……。七人も殺すことはなかったし、アントニオは死なずにすんだかも知れない。そして……それ以来ラバンスキーと山瀬は……」
 倉木は、その言葉を最後まで言うことができなかった。
『責めるなら俺を責めろ……。隊長である俺の責任だ……。まだ二十六だったのに……』
『いえ……違います……。俺があの若造の拳銃に気づかなかったばかりに……。アントニオ……許してくれ……』
 それぞれ、責任は俺にあったと自分を責めた。ラバンスキーは隊長として、山瀬は先輩として。
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