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第六章 救われぬ心

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「誤解しないでください。拒絶しましたよ。手をつければ犯罪だ。それに、血はつながっていなくとも、娘と思っている。なにより……お恥ずかしい話ですが……私はEDでね……」
 倉木が自虐的に笑う。
「かんしゃくを起こしたラリサが、脱ぎ捨てた服にお茶をぶちまけた。そして……代わりの服を取りに行くように私に言ったんです……。多分その時に……」
 倉木は、言葉を最後まで言うことができなかった。
「そういうことでしたか。つながりましたよ。ラリサの目的は、最初からオーナーが持っているという『証拠』だった。そしてオーナーが服を取りに行く間に……俺と同じようにパソコンを盗み見て……。盗聴された音声を聞いてしまった……」
 渋面で誠が推理を進める。
「あれ……なんでラリサが、オーナーが盗聴で証拠を掴んでるって知ってたんだ……?」
 修一が疑問を抱く。
「具体的なことまでは、知らなかったんじゃないかな? とにかく、オーナーが証拠を握っていると信じてパソコンを見た。そして、証拠はそこにあったわけです」
 これは推測だが、と誠が言外に付け加える。
「あれ……ちょっと待って……? 綾音さんのスマホで、犯行が十一時四十五分ごろだったってわかったそうだけど……」
 相馬が口を挟む。
「それじゃあ……。あたしが見た女の子はだれだったわけ……? ラリサに見えたけど……?」
 綾音がラリサを見やる。
 確かに、ラリサは長身でスレンダーだ。伸縮素材のワンピースを着た彼女に、そうそう化けられるものだろうか。
「そのトリックも解決済みですよ」
 誠がにやりとしながら応じる。
「といっても、けっこう難解でしたけどね。ラリサの体型を真似るのは難しいでしょう。全く体型が異なるアレクサンドラちゃんや綾音さんはもちろん。他の女性陣でも、顔見知りの相馬さんが気づかないほどに似せるのは無理がある。胸はさらしで抑えて、腰はコルセットでも巻くにしても、お尻はどうにもなりませんからね」
 わざともったいつけながら、誠が続ける。
「じゃあ、誰が化けてたって言うんです?」
 倉木が先を促す。
「盲点でしたよ。相馬さんが見たのは、女装したニコライ君だったんです」
 その言葉に、全員の視線がニコライに向けられる。
「ええ……ボクが……どうして……?」
 ジェンダーレスな少年が戸惑う。
「相馬さんが見たという少女について、疑問が三つ。一つは、なぜ夜なのに帽子をかぶっていたのか。次に、なぜ汚れる危険を冒して白い伸縮素材のワンピースなんか着ていたのか。最後に、あの足下が悪い中、なぜかかとの高いサンダルをはいていたのか」
 誠が指を折りながら数える。
「帽子は、髪型をごまかすためでしょう。ウイッグでもあれば完璧だったけど、さすがに急に用意できるものじゃありませんから」
 ワトソン気取りの七美が説明する。
「白いワンピースは……。恐らく夜でも目立つようにでしょうね。伸縮素材だったのは……ラリサだと誤認しやすいように。ついでに、脚立を倒したのもわざとでしょう。誰にも目撃されないと、アリバイトリックの意味がありませんからね」
 篤志も負けじと推理を語る。
「そういうこと。かかとの高いサンダルは、単に身長を合わせる必要があったからでしょう。ラリサと比べてニコライ君は六、七センチ低い。スカート、特にワンピースは、身長が違うと着たときに見た目がだいぶ変わりますからね」
 誠がまとめる。
「確かに……十二歳のニコライ君なら……。ラリサに化けることもできるかも……」
 修一が、ニコライとラリサを見比べる。
「実は、勝手に撮って悪かったけど、ラリサとニコライ君の後ろ姿を撮影させてもらった。篤志に照合してもらった結果。びっくり。身長以外はほとんど一致したんだ。全くの偶然にね。顔見知りの相馬さんが見間違えるのも無理はない」
 誠がプリントアウトした二人の後ろ姿を重ねる。確かに、ほとんど違いがない。
「ラリサとニコライが……。示し合わせてアリバイ工作をしてたってことですか……?」
 相馬が恐る恐る問う。
「それはないですね」と誠が断じる。
「恐らく、ラリサがなにかやばいことを考えてるのを、ニコライ君はなんらかの方法で知った。せめて疑いが向かないように、ラリサの服を無断借用してアリバイを作った」
 ジェンダーレスな少年を見つつ言う。
「それが証拠に……私がラリサに帽子を借りたいと言ったら、すんなり貸してくれましたよ。ついでに、帽子から二種類のDNAが出たそうです。多分ニコライ君でしょうね。示し合わせていたならおかしいでしょう? 理由をつけて渋るか、あるいは洗濯するか掃除機をかけるかして、DNAを消すでしょうから」
 七美が後を続ける。
「ラリサに聞き込みをしてみましたよ。外に出たのは事実だけど、細かいところは覚えてないそうです。多分、ニコライ君がなにを着ていたか知らないからかと」
 篤志が肩をすくめる。
「さすがでス……。ボクの負けですネ……」
 ニコライが諦めた様子になる。
「あの日……ボクは窓から見たんでス。ラリサがすごく怖い顔で……拳銃に弾を込めているところヲ……。恐ろしいことが起きるんだと思いましタ……。だから……夜中にラリサが出かけた後……部屋に忍び込んで服を借りてラリサに化けたんでス……。後は……高森サンの推理した通りでス……」
 ジェンダーレスな美貌を泣きそうな顔にして、少年は告白する。
「ニコライ……」
 ラリサが困惑した表情になる。
「いけないことだってわかってたヨ……。でも……戦争でパパーシャもママーシャも死んダ……。お父さんとラリサたちがボクの家族なんダ……。どこにも行って欲しくなくて……」
 十二歳の少年にしては、重すぎる言葉だった。

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