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第六章 救われぬ心

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「ラリサ・ホフチェンコ!」
 その言葉に、全員の視線がラリサに注がれる。
「そんな……待ってください先輩……。確かにあの日、私はエバンゲルブルグにいました。狙撃で父を、空爆で母と弟を失ったのも事実です……。でも……だからって復讐で人殺しなんてしません。だいたい……私、シャドウ1シャドウ3がラバンスキーさんと山瀬さんだって、先輩に言われるまで知りませんでしたよ?」
 金髪碧眼の美貌が、怯えた表情になる。
「ところが……君は知っていたんだな。しかも。誰よりもいち早くにね」
 誠が抗弁を一刀両断する。
「どういうことなの、誠?」
 七美が口を挟む。
「まあ、これを見てもらうのが手っ取り早い。ちょっと借りるぞ」
 篤志からパソコンを借り受けて、誠が初日の映像を読み出す。
「ここだ。ラリサが、ラバンスキーさんと山瀬さんに怯えている。普段人見知りしないのに。恐らく、この時にシャドウ1とシャドウ3であることに気づいたんだ」
 画面には、確かにおかしな様子のラリサが映っている。まるで、恐ろしいものでも見ているようだ。
「どうして……私が初対面のお二人が家族の仇だとわかったんです……? おかしいでしょう?」
 ラリサが当然の疑問を口にする。
「思い出してくれ。初日の夕飯の後の時間を。ラリサがピアノを弾いていた。最近ではCDさえ売っていないはずの綾音さんの曲を、楽譜も見ずに。そして、俺が指定したドラマのBGMを」
 誠はそこで一度言葉を句切る。
「ラリサ、君はいわゆる絶対音感の持ち主なんじゃないのか? だから、一度聞いただけの音楽を、頭の中で瞬時にドレミに置き換えることもできる。そして……初対面の人間の声が、あの動画のものと同じと判別することもね」
 ラリサに向き直りつつ言う。
「あ……そう言えば……。大浴場で大きな音がしたとき……ラリサだけが脚立が倒れた音だって断言してた。そして……実際その通りだった」
 千里が記憶を再生しながら言う。
「ひどい……。そうだとしても、私がどうやってラバンスキーさんに睡眠薬を飲ませたんです? 彼の立場になってみてくださいよ。あんな恐ろしいことがあった後に、のんびりお茶なんか飲めないでしょう?」
 ラリサが必死で言う。誠に向けて『あなたも一緒に見ていたでしょう』と言外に付け加えて。
「まあ、これは俺の推測で、特に証拠はないが……。君は多分彼にこう持ちかけたんじゃないかな? 『今の生活を失いたくない』ってね」
 誠は自信ありげに応答する。
「それにどういう意味があるんです?」
 相馬が問う。
「ラバンスキーさんの気持ちを考えてみてください。話し合いは決裂して、いよいよ裁かれるか、オーナーを殺すかというところに追い詰められていた。そこに、意外なところから助け船が来たとなれば? 『私にできることがあったら言ってください』と持ちかけられたら?」
 少年の言葉に、全員がはっとする。
「そうか……。ラリサにお父さんを説得させられるかも知れない。そう考えたわけか」
 ヴァシリがポンと手を打つ。
「おそらくは」と誠が相づちを打つ。
「ラリサは言葉巧みにラバンスキーさんを丸め込んだ。『キーロアは憎いけど、過去は過去。やっと手に入れた静かで平和な暮らしを手放したくない。お父さんと離ればなれになりたくない』とか一芝居打ってね。わらにもすがる思いのラバンスキーさんは、話に引き込まれてしまった。そして、勧められたお茶を飲んでしまったんだ。睡眠薬入りとも知らずにね」
 少年は、カップで紅茶を飲むゼスチャーをする。
「なるほど、そこで例のトリックが物を言う。彼に、首尾よくお茶を飲んでもらうために」
 七美が得心する。
「その通り、小さく刻んだ生理用品を口の中に入れておいて、紅茶を吸い取らせる。ここのロッジの紅茶は茶葉をポットで煎れる形だ。同じお茶をラリサがなんの問題もなく飲んでいることで、ラバンスキーさんは油断した。後は長話で彼の喉が渇くようにしむけ、『おかわりをどうですか』と勧めるだけ。そして、計画通り眠らせることができた」
 少年の弁舌に、ラリサの表情が憔悴したものになっていく。
「ペットボトルの即席サプレッサーで彼を射殺した後、SMSで山瀬さんを呼び出す。家電と照明をオーバーロードさせ、彼が来たタイミングでブレーカーを落とす。突然真っ暗になって、現役の軍人である山瀬さんもなすすべがなかった。待ち構えていたラリサによって射殺されてしまったんだ」
 そこで一度、お茶で口を濡らす。
「ラバンスキーさんと綾音さんの部屋の置き時計だけが、五分遅れていた。暗闇の中で後始末をするのに手間取ったんだろう。万一血の足跡でも残ったら、全部パアだからね。それが、俺がトリックに気づくきっかけになった」
 長広舌を終えた誠は、再びラリサに目線を向ける。
「録画された番組を消したのは……。当然ラリサということになるか……」
 ブラウバウムが考える顔になる。
「そういうことです。ついてなかったね。よりによって犯行の翌日に『沈黙の要塞』が放送されるなんて。おそらくラリサがペットボトルをサプレッサーに使うトリックを思いついたのも、あの映画を観た時です。トリックの露見を恐れて慌てて消した。が、皮肉にもそれが七美が気づくきっかけになってしまった」
 誠が少しだけ同情する顔になる。
 ラリサをこの不運が襲わなければ、推理が詰んでいた可能性もあった。
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