28 / 58
第三章 6年前の戦争
07
しおりを挟む
任務は、直接的な戦闘だけではない。
『純度百パーセント。アフガン産の上物だよ。ちょっとお高いけどね』
『かまうもんかよ。払うって。ほら、ちゃんと用意してある。全部ドルよ』
『ありがたいね。まいどあり』
敵の規律と士気を崩壊させるために、麻薬を売ることもあった。
長引く戦いにうんざりしていたモスカレル軍は、たちまち中毒者であふれた。ベトナムやアフガニスタンで、ゲリラが使った手だ。即効性こそないが、敵を弱体化させるのには有効な手だった。
罪を犯しているとは、爪の先ほども思わなかった。やつらこそ罪人だ。麻薬で廃人になろうが、中毒死しようが知ったことではない。これは正義の戦いだなのだから。そう信じて疑うことはなかった。
(あの日までは……)
休戦協定が結ばれた日。部隊に恐らく最後になるであろう任務が舞い込んだ。
『上級大将が前線に……? なんの冗談です?』
『大真面目だよ。やつらはそこまで疲弊してるってことだ。千載一遇の好機』
前線の参謀本部に、敵の高級将官が現われる。そこを狙撃。その後参謀本部をドローン爆撃により殲滅せよと。
上級大将と言えば、元帥に次ぐ高官だ。本来なら、前線を視察することなどあり得ない。後方の事務所で、書類にサインして文句だけ言っていればいい立場のはずだ。
だが、当時のモスカレル軍はそこまで逼迫していた。士気は下がり戦意はなく、兵士たちが命令を聞かないことが常態化していた。上級大将自ら、前線を激励しなければならない有様だったのだ。
作戦は順調に推移していた。民間人を乗せたバスがその場に現われたことを除いて。
(俺はあの瞬間……まごうかたなき人殺しになった……)
ビールの空き缶を力の限り握りつぶす。
ラバンスキーは、作戦中止を認めなかった。ドローン爆撃は、慰問団を巻き込んで強行された。愕然としながら、双眼鏡で爆撃の跡を見た。確かに見えた。母親の亡骸にすがって泣き叫ぶ幼子の姿を。その唇は確かにこう動いた。『ママーシャ、ママーシャ』と。
コードブルーが発令されたのは、そのわずか一時間後だった。後一時間早ければ、あの子どもの家族は死なずにすんだのだ。
(子どもたちは……特にあの子は私を許すことはないだろう……)
二本目のビールを開けながら、倉木はサイドボードの上を見やる。子どもたちといっしょに映った写真。
戦後、倉木は外人部隊を退役した。キーロア軍上層部は、昇進と高級を条件に慰留した。が、その意思はなかったのだ。もはや、戦いにも殺しにもうんざりしていた。
せめてもの贖罪と、身分を隠してモスカレルに渡った。いろいろ調べ歩いた結果、戦死者遺族が、政府によって充分な補償を受けられずいることを知った。欺瞞、自己満足とは思いながらも、国連が進める里親制度に応募した。
外人部隊時代に受け取っていた高級と、破格の退職金があった。当面養うのに困ることはない。ヴァシリ、ラリサ、ニコライ、アレクサンドラ。子どもたちを引き取り、養育することにした。
『お父さん』『お父さん』『お父さん』『お父様』
最初は慣れなかった子どもたちも、やがて己を父と呼んでくれるようになった。
時流にも恵まれた。モスカレルに対する経済制裁は、戦後も継続される。かの国から輸入できない資源を、他に求める動きが世界中で強まった。相馬とブラウバウムといっしょに、退職金を元手に商社を始めた。このロッジを事務所として。
『石炭は上がっている。特に日本の無煙炭は人気があるから、まだまだ売れるぞ』
『アメリカで、輸出規制のあおりでだぶついている穀物を安く買えそうです。バイオ燃料にうってつけですよ』
石炭やバイオ燃料を仲介する商売は、意外なほどうまく行った。子どもたちを食べさせていくのに不安はなくなった。
最初は言葉の壁もあり慣れなかった子どもたちも、次第に打ち解けていった。笑顔で食卓を囲み、学校で友達もできた。
(我々が家族の仇である事実に……変わりはないが……)
いずれ真実を打ち明けよう。そう決めていた。
子どもたちが学校を卒業して定職を持ち、独立したらその時は。国際司法裁判所に自首するか、子どもたちに拳銃を渡すか。それは、彼らに決めてもらえばいい。だが、それさえ叶わなくなるかも知れない。倉木はそう思った。
大好きなはずのビールが、今日はやけに苦かった。
『純度百パーセント。アフガン産の上物だよ。ちょっとお高いけどね』
『かまうもんかよ。払うって。ほら、ちゃんと用意してある。全部ドルよ』
『ありがたいね。まいどあり』
敵の規律と士気を崩壊させるために、麻薬を売ることもあった。
長引く戦いにうんざりしていたモスカレル軍は、たちまち中毒者であふれた。ベトナムやアフガニスタンで、ゲリラが使った手だ。即効性こそないが、敵を弱体化させるのには有効な手だった。
罪を犯しているとは、爪の先ほども思わなかった。やつらこそ罪人だ。麻薬で廃人になろうが、中毒死しようが知ったことではない。これは正義の戦いだなのだから。そう信じて疑うことはなかった。
(あの日までは……)
休戦協定が結ばれた日。部隊に恐らく最後になるであろう任務が舞い込んだ。
『上級大将が前線に……? なんの冗談です?』
『大真面目だよ。やつらはそこまで疲弊してるってことだ。千載一遇の好機』
前線の参謀本部に、敵の高級将官が現われる。そこを狙撃。その後参謀本部をドローン爆撃により殲滅せよと。
上級大将と言えば、元帥に次ぐ高官だ。本来なら、前線を視察することなどあり得ない。後方の事務所で、書類にサインして文句だけ言っていればいい立場のはずだ。
だが、当時のモスカレル軍はそこまで逼迫していた。士気は下がり戦意はなく、兵士たちが命令を聞かないことが常態化していた。上級大将自ら、前線を激励しなければならない有様だったのだ。
作戦は順調に推移していた。民間人を乗せたバスがその場に現われたことを除いて。
(俺はあの瞬間……まごうかたなき人殺しになった……)
ビールの空き缶を力の限り握りつぶす。
ラバンスキーは、作戦中止を認めなかった。ドローン爆撃は、慰問団を巻き込んで強行された。愕然としながら、双眼鏡で爆撃の跡を見た。確かに見えた。母親の亡骸にすがって泣き叫ぶ幼子の姿を。その唇は確かにこう動いた。『ママーシャ、ママーシャ』と。
コードブルーが発令されたのは、そのわずか一時間後だった。後一時間早ければ、あの子どもの家族は死なずにすんだのだ。
(子どもたちは……特にあの子は私を許すことはないだろう……)
二本目のビールを開けながら、倉木はサイドボードの上を見やる。子どもたちといっしょに映った写真。
戦後、倉木は外人部隊を退役した。キーロア軍上層部は、昇進と高級を条件に慰留した。が、その意思はなかったのだ。もはや、戦いにも殺しにもうんざりしていた。
せめてもの贖罪と、身分を隠してモスカレルに渡った。いろいろ調べ歩いた結果、戦死者遺族が、政府によって充分な補償を受けられずいることを知った。欺瞞、自己満足とは思いながらも、国連が進める里親制度に応募した。
外人部隊時代に受け取っていた高級と、破格の退職金があった。当面養うのに困ることはない。ヴァシリ、ラリサ、ニコライ、アレクサンドラ。子どもたちを引き取り、養育することにした。
『お父さん』『お父さん』『お父さん』『お父様』
最初は慣れなかった子どもたちも、やがて己を父と呼んでくれるようになった。
時流にも恵まれた。モスカレルに対する経済制裁は、戦後も継続される。かの国から輸入できない資源を、他に求める動きが世界中で強まった。相馬とブラウバウムといっしょに、退職金を元手に商社を始めた。このロッジを事務所として。
『石炭は上がっている。特に日本の無煙炭は人気があるから、まだまだ売れるぞ』
『アメリカで、輸出規制のあおりでだぶついている穀物を安く買えそうです。バイオ燃料にうってつけですよ』
石炭やバイオ燃料を仲介する商売は、意外なほどうまく行った。子どもたちを食べさせていくのに不安はなくなった。
最初は言葉の壁もあり慣れなかった子どもたちも、次第に打ち解けていった。笑顔で食卓を囲み、学校で友達もできた。
(我々が家族の仇である事実に……変わりはないが……)
いずれ真実を打ち明けよう。そう決めていた。
子どもたちが学校を卒業して定職を持ち、独立したらその時は。国際司法裁判所に自首するか、子どもたちに拳銃を渡すか。それは、彼らに決めてもらえばいい。だが、それさえ叶わなくなるかも知れない。倉木はそう思った。
大好きなはずのビールが、今日はやけに苦かった。
0
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる