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第二章 鮮血のロッジ

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「いったいどういうことなんだろう……?」
「わからん……。彼らは戦友のはずなのに……」
 ロッジの外。ラリサの疑問に、誠は返答する言葉を持たなかった。倉木たちの話し合いから、山瀬が出て行くまでずっと覗いていた。
 戦友であるはずの彼らが銃を向け合ったかと思えば、今度はラバンスキーが山瀬を殴り倒した。いったい、彼らの間になにがあったのか。まるで見当も付かなかった。
「とにかく、もう遅い。帰ろう。送って行くよ」
「ダー(はい)……スパシーバ(ありがとう)、先輩……」
 少しでも安心させようと、手をつなぐ。普通なら女の子に断りもなくしていいことではないが、状況が状況だ。ラリサは普段は日本語で話すが、動揺すると母国語が出るのは知っている。
「きゃっ……」
「どうした……?」
 ラリサがなにかに足を引っかける。
(なんだこりゃ……?)
 彼女の美しい脚に絡まった物を手に取る。ごくごく細いワイヤーのようだ。どうやら手すりに張られていて、脚をひっかけたらしい。ロッジになぜこんなものがあるのか。
「行こうか。大丈夫かい?」
「はい……ちょっとつまずいただけで……」
 ラリサは特にケガをした様子もない。そのまま手を引いて、彼女のロッジまで送る。
「先輩……私怖い……。お父さんがあんなに怖い顔したの……見たことないから……」
「心配ない。明日、オーナーに事情を聞こう。きっと話してくれる。ラリサのお父さんじゃないか。悪い人なもんか」
 口から出任せだった。
 倉木たちにどんな事情があるのか、皆目わからない。もしかしたら、過去にとんでもない罪を犯しているかも知れない。だが、今はとにかくラリサを安心させなければならない。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい、先輩」
 そう言ったラリサが笑顔なのが、せめてもの救いだった。
………………………………………………
「うん……? あれは……」
 偶然にも窓の外を見ていた速水は、人影が歩いて行くのを見た。後ろ姿からして、あれはあの人物に間違いがない。だが、こんな時間になにをしに行くのだ? いやな予感がした。
………………………………………………
「はい綾音です。え……? 今から……? いいえ、いいわよ。すぐに行くわ」
 遅い時間だというのに、綾音のロッジに電話がかかってくる。夜更かしは美容の敵だとは思いつつも、彼女は呼び出しに応じることにする。電話の相手の様子が気になったのだ。
………………………………………………
 寝付けないでいたニコライは、隣室のドアが開く音を聞いた。窓を音がしないように開けて、外を見る。隣人が、こんな時間に荷物を持って歩いて行く。
 自分の恐ろしい予測が外れているように、という祈りは、天に届かなかった。それを悟った。
(どうすればいい……。僕になにができる……?)
 必死で自問する。
(待てよ……あるじゃないか!)
 唐突に、十二歳の少年の頭に閃くことがあった。これなら、少なくとも最悪の事態は避けられるかも知れない。
 しかも、自分だからこそできることだ。二段ベッドの上で眠るアレクサンドラを起こさないように、寝床を抜け出す。こっそりドアを開けて、自室を後にした。
………………………………………………
 吊り橋効果という言葉がある。
 不安や恐怖を感じると、恋愛やセックスの衝動を抱きやすくなるというものだ。死ぬ、あるいはそこまでいかないまでも、破滅するかも知れない。
 そんな状況では、せめて自分の遺伝子を残しておきたい。そんな本能が、人を駆り立てるのだ。
「ふーーーっ」と息が漏れる。
 ブラウバウムと相馬は、ことが終わっても抱き合い肌を触れ合わせていた。
 何度か寝たことはあるが、恋人どころかセフレでさえなかった。最近はめっきりご無沙汰だった。それが、今夜は人肌が恋しくてたまらなくなったのだ。
「カルロス……あたし以外のこと考えてる顔してるよ……」
「そういう君は……考えずにいられるのか……、リザ?」
 身体を離して並んで仰向けになる。互いに賢者タイムだ。先ほどまでの燃えるような情欲は、あっさりと霧散した。
「もし……大佐と少佐が決定的に対立したら……君はどっちにつく……?」
 ピロートークで出すような話題ではない。が、ブラウバウムも不安だ。問わずにはいられないのだ。
(野暮な男……。まあ、状況考えれば無理もないけど……)
 相馬は胸の内で嘆息して切り出す。
「あなたと違って、あの時誘導レーザーを照準してたのはあたしだよ。政府と軍から情報が漏れてるなら、おそらく言い逃れはきかない……」
 そこで一度言葉を句切る。
「あたしだって、あの子たちの親のつもりでいる。子どもたちに顔向けできない親であろうとは思わない。罪を償うのは当然でしょ」
 タバコに火をつけながら、きっぱりと言い切る。ほとんど日本人と区別がつかない容貌が、月明かりに美しく照らされている。
「直接手を下していなくても、俺も共犯なのは理解してる。だが……問題はその子どもたちじゃないか……? 戦争犯罪で裁判にかけられても、俺たちは実刑を食らうことはまずないだろう。だが……ヴァシリたちに人殺しの身内という汚名を着せることにはなっちまうだろ……?」
 我が身かわいさのためではない、と言外に付け加えて、ブラウバウムが言う。
 確かに罪は償わなければならない。だが、今である必要があるのか。そして、一番肝心な子どもたちにとって、それはベストな選択か。彼は、相馬ほど物事を簡単には考えることができなかった。
「今日泊まりに来た男二人。間違いなく然るべき筋の人間だよ。わかるでしょ? もう状況は動き始めた後なのよ」
 相馬がぴしゃりと切り捨てる。ベッドから起き上がり、テーブルの上のグラスにミネラルウォーターを注ぐ。後ろから見ると、引き締まったハート型の尻がセクシーだ。
 時計を見やる。十一時四十分だ。その時。ガッシャーーーンッ。すさまじい音がする。
「なに……今の音……?」
 相馬は生まれたままの姿のまま、窓に駆け寄る。
(あら……あれは……?)
 カーテンの隙間から、見知った人物が倒れた脚立を起こしているのを見た。先ほどの音は、脚立だったらしい。
 どういうわけか、こんな時間に白い帽子をかぶって白いワンピースを着ている。しかも、伸縮素材の丈の長いマーメイドスカートだ。ついでに足下が悪いのに、ヒールの高いサンダルをはいている。端から見ても、転んだ拍子に汚れないか心配になる。
 後ろ姿は見間違いようがない。彼女だ。こんな遅くに、どこに行くのだろうか。しかも、あんな格好で。どうにも気になった。かつての戦友同士、銃を向け合うような事態があった。その後だから特に。
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