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第五章
引き返せない道
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時間を1週間ほど遡ること、新暦103年山羊月10日。多国籍軍によるドゥベ公国への侵攻作戦が発動された。
沖合からのトマホーク巡航ミサイルの攻撃を露払いとし、多国籍軍の、F-16D、ラファール、タイフーン、FA-18E、F-2Sなどの戦闘機の混成部隊が空爆を開始する。ドゥベ軍も水際作戦を実施し、し烈な攻防戦が始まる。地球では、朝鮮戦争の仁川上陸作戦以来行われていなかった、強襲揚陸作戦の火ぶたが、この異世界で切って落とされたのであった。
だが、ドゥベ側の不利は始めから明らかだった。先だってのグルトップ半島侵攻作戦に失敗し、ほうほうの体で海峡を渡って敗走したドゥベ軍に、同盟国であるアメリカは支援打ち切りを事実上通告した。まあ、負けがこみ始めた馬に賭けるほど、アメリカという国はお人好しではない。そんなわけで、ただでさえ大量の兵力を要求される水際作戦をこなせるだけの兵力は、ドゥベにはなかった。米軍から派遣された義勇兵たちも果敢に応戦するが、ミザール及びメグレスに侵攻し、追い返された後の疲弊は明らかで、多国籍軍の物量と士気になし崩しに後退を余儀なくされる。
揚陸作戦を成功させた多国籍軍は、沿岸部に橋頭保を築き、足固めをする段階にたどり着いていた。その航空支援、要するに、空から足固めの邪魔をされないようにサポートするのは、多国籍軍の中でも熟練した航空隊。
潮崎率いるオーディン隊も、空から橋頭保をつぶそうとあがくドゥベ軍航空兵力を叩くべく、ドゥベ南部、ヨーツンヘイム平原の上空を飛んでいた。
『セイバー、聞こえるか?いい景色だな。ここから見ればどこの国もさして変わらん』
TACネームセイバーこと潮崎のF-15JSの右を、バディである”プリーチャー”こと及川のF-15JSが並走する。確かにいい景色だ。潮崎はそう思う。緑豊かな森林と、秀麗な丘陵が拡がる大地に、いくつもの村や町が点在し、それを田舎道がつないでいる。戦争が起こっているなど嘘に思えてくる。だが、レーダーに写る敵影が、今が戦時だと思い出させる。
「レーダーに感!数は8。F-35BもしくはCと思われる。全機、攻撃態勢!」
潮崎は部下たちに告げる。マニュアル通り、まずは長射程ミサイル、ミーティアが発射される。GPSや地上からの情報支援がない異世界では、ロングレンジでの命中は期しがたいが、とりあえずは敵を引っ掻き回すことはできる。敵が回避行動を取っている間に、目視できる距離に近づけば、機動性に優れるF-15JSは圧倒的に有利になる。オーディン隊は加速をかけて、敵航空隊に肉薄していった。
ドゥベ公国最南端。ノーアトゥーン半島の港町にして、前線基地でもあるゲルセミは、真っ先に多国籍軍によって占領、接収されていた。
先だって多国籍軍の特殊部隊がばらまいた、人を理性を失った怪物、ゾンビに変える細菌によって、阿鼻叫喚というか酒池肉林というか、とにかく暴動が起きて町と基地の機能が麻痺し、ドゥベ軍も手をつかねて町を包囲することしかできなかったこともあり、占領は容易だった。多国籍軍将兵には、全員にゾンビ化菌に対するワクチンが投与されていて、ゾンビたちは彼らをターゲットとみなさなかったのだ。そして、ドゥベ軍撤退が確認された後、ゲルセミ全体に、エアロゾル化したワクチンが散布され、ゾンビたちはたちまち体内の細菌が駆逐されたショックで死亡していった。
一部の例外を除いて。
「しかしまあ、こりゃひでえもんだな...」
ベネトナーシュ王立陸軍義勇兵派遣部隊の指揮官、黒岩三佐はぼやく。そこいら中に、ゾンビの成れの果てである死骸が転がり、多国籍軍の兵たちがそれを片付けていく。細菌の効果なのか、死骸は全く腐敗しておらず、まるでエンバーミングされたようにきれいに原型をとどめている。今にも目を覚まして動き出しそうなだけに、却って凄惨に、残忍な光景に見える。地球で学生時代にはまっていたホラーアクションゲームのように、腐敗して一目で怪物とわかる外見をしていてくれた方がまだ精神衛生上ましだと、黒岩は思う。
「まあ、こういうことになると知識で知ってても、実際見ると確かに反吐が出そうですな...」
ミザール同盟陸軍義勇軍の将校、キルシュナー大尉が顔を青くしながら相手をする。戦争なのだ。それはわかる。勝つために手段は選べない。それも理解している。先に軍事侵攻をした加害者、悪者はドゥベだ。それも承知している。だが、人をゾンビに変え、その挙句残酷な死に追いやる細菌を用いた攻撃には嫌悪感を抱かずにはいられない。
「あっ...ああああああああああああーーーーーーーーっ!」
黄色い悲鳴に、黒岩とキルシュナーは反射的に89式小銃と、HKG36K突撃銃を悲鳴のした方向に向ける。
「なんだ?」
黒岩は、悲鳴が聞こえた天幕の布の裾をまくってぎょっとする。一人の女に複数、というよりざっと見ても30人もの男が群がり、輪姦していたからだ。よく見れば、ベリーショートの金髪美人と言って差し支えないその女は、下着を呼ぶにも問題な、乳首や女の部分を全く隠していない、ひものような衣装をまとっている。すでに何度も男たちの射精を受けているらしく、その美しい肌も、髪までもが白濁でどろどろに汚されている。
「おい!これはなんなんだ!?」
「ああ、待ってください!誤解するのも無理はないけど、これ合意の上っすから!」
茶色のセミロングの髪を持つ、小柄な美少女が、小銃を構えるキルシュナーを手で制する。
「うん?君はたしかミザール軍の工作員の...」
黒岩は、うろ覚えの記憶から少女の顔を思い出そうとする。グルトップ半島奪還作戦の直前、会議で見た記憶があったのだ。たしか人でなくゾンビだったか。どういう原理なのか、エーラの瞳に浮かぶゾンビの証である♡を見て、はっきりと思い出す。
「自分、ミザール陸軍所属の特技下士官エーラ・ルッソっす。黒岩三佐、ご無沙汰しているっす」
「で、この状況を説明してくれるんだろうね?」
キルシュナーが話を急ぐ。
「はい、説明するっす!
あの女性、ゾンビ化菌とうまく適合して、生き残った女性の中の一人っす。ワクチンの作用で体内の細菌をコントロールできるようになって、理性を取り戻して普通に生活できるくらいにはなったっす。ただ...」
エーラは「こちらへ」と、二人を案内する。並ぶ天幕の中の他の入り口の布をまくって、黒岩達に中を見せていく。そこでは、やはり一人の女に複数の男たちが群がっていた。一見集団強姦に見えるが、よく見れば女は全身を男の慰みものにしながら、積極的に男達のものに奉仕している。他の天幕でも大体同じような状況だった。
「あたしらはあの状態を”覚醒ゾンビッチ”と呼んでるっす。細菌とうまく共存できたおかげで、もう彼女たちは老いることも、大きな病気にかかることもない、怪我もたいていはすぐに治るだけの生命力を備えてるっす。
ただ、その代償というのか、性欲が時々異常に強くなって、セックスをしたい衝動を我慢できなくなっちまったっす。男の精液を定期的に摂取しないと、禁断症状が出るようになっちまって...。
まあ仕方なくというか、男衆も喜ぶんで、ああして相手をさせてるってわけっす」
黒岩とキルシュナーは困惑して顔を見合わせる。これなんてエロゲ?なんつーご都合主義な病原菌だ。感染した男は全員死亡し、なぜか女の感染者の中のかなりの数が覚醒ゾンビッチになったというから、驚くのを通り越してもはや呆れるしかない。
「まあ、覚醒ゾンビッチは本人が強く望まない限り妊娠はしないし、細菌の力の恩恵で性病を持ってる可能性も、もらう可能性もゼロってわけで、ああして慰安を務めても不都合はなかろうと...。
あ、余談ですが、あっちの黒髪の妙齢の美女、実は御年75歳っすよ」
呆れるしかない黒岩とキルシュナーが、エーラが指さした先にいる女に目をむけて、首をかしげる。その場の例に漏れず、複数の男たちに輪姦されて嬉しそうにあえいでいるその女は、どう見ても30代後半か、行っていても40前後に見えたからだ。体のあちこちはたるんで肉が付き、年増という感じはしなくもない。しかし、みずみずしい黒髪、絹のように白くきめ細かい肌、たれ気味だが豊かで肉感的な双丘、多少ほうれい線は目立つが、十分に美人と言える顔立ちは、男であれば十分に性の対象として見ることができる。それくらい美しく艶やかな女が、そんな老婆だとはとても信じられなかったのだ。
「感染する前の彼女っす。
これは自分たちも想定外の現象だったっす。細菌は肉体を高度に活性化させるのは知ってたけど、まさか若返らせる効果まであるとは...」
そういって、エーラは腰のポーチから取り出したデジカメを黒岩に見せる。そこには、いい感じで老けた、かわいいおばあちゃんという感じの女性が写っていた。確かに、顔立ちは今目の前にいる女によく似ているし、口元のほくろも全く同じ位置にある。しかし、髪は完全に白くなっているし、体も老いからすっかり痩せている。顔にも深いしわが刻まれている。
とても、今目の前にいる妙齢の美女と同一人物とは思えなかった。デジカメに映る姿は、母親か、下手をすれば祖母といった方がしっくりくる。
「みんなイってっ!なかでイってええっ!あああああああああっ...!」
女の部分も、口も、尻穴も、男のもので犯され、両手で別の二人の男のものをしごき、豊かな黒髪をものに巻き付けてしごく男までいる状況の中で、妙齢の美女はぐっと体をのけ反らせて達する。男たちも示し合わせように達し、白濁で女の全身をドロドロにしていく。
「上にどう報告したもんかね...?」
「難しいですなあ...」
黒岩は、ふと、女の瞳に、エーラと同じように♡が浮かんでいることに気づく。あれが覚醒ゾンビッチの証。彼女は、見た目はほとんど人間と見分けがつかなくても、もはや人外の存在になってしまっていることを理解する。
女たちはこれからどうなるのか。と考えてみる。不老不死の体を得るということは、いいことばかりではない。八百比丘尼の伝説のように、限られた寿命しか持たない人間とは、どんなに素敵な出会いがあってもいずれ死別しなければならないのだ。また、周りが老いて、世代交代をしていく中で、一人だけ若いままという存在は、社会に受け入れられるものだろうか?ついでに、人の価値観には流行り廃りがある。悠久なる時を生きる中で、変化していく人の価値観に、不老不死の彼女たちはついて行けるのか?
なにより、望まない妊娠も性病の感染も心配がないとはいえ、ああして男たちに輪姦されて悦ぶ女たちの姿、異常に高まった性欲を満たし、精液を摂取するためならなんでもするその姿は、本人たちの意思がどうでも、とても人として幸せとは思えなかったのだ。
今になって、自分たちがしたことの顛末に恐怖する。結果に責任を持てないくせに、とりあえずの必要性に従って細菌兵器に手を出した結果がこれだ。
黒岩とキルシュナーにとって、今眼前で繰り広げられる輪姦パーティーの光景は、この戦争がさらに凄惨なものとなっていくこと、さらなる残虐な人の業がむき出しになった争いが起こることを予感させずにはいないものだった。こんなやり方で、よしんば勝てたとして、その先にあるものはなんだ?
その先にある、この果ての未来は、幸福?本当に?
二人は改めて顔を見合わせ、そんな自問をしながら立ち尽くさずにはいられなかった。
地球では外堀を埋められ、絶滅へと進みつつあるタバコという害毒は、こちらの世界ではむしろ勢力を伸ばしつつある。地球製のタバコがこちらでトレンドとなり、輸入が進められたこと、こちらのタバコに比べて、吸うのが簡単で、味も優れているなど、いろいろ理由はあったが、その最大の原因は、地球との交流が始まる前から続く、断続的な戦争状態だと言われている。前線で戦う兵卒はもちろんだが、続々と入る被害報告に戦々恐々とする軍の幕僚たちも、人的、物的、経済的損失に頭を抱える政治家や官僚たちにとっても、タバコはストレスを軽減する貴重な手慰みとなっていたのだ。最初は進められていた公共の場所での禁煙、分煙の原則はたちまち死文化し、あちこちでやにのにおいが漂うことになる。
ここドゥベ公国首都、バイドラグーン、公城の会議室でもそれは同じだった。続々と入る南部戦線の被害報告に絶句するしかない政府や軍の重鎮たちが、いたずらにタバコをふかし、渋面をつくっては互いに顔を見合わせる。
それにしても今日はひどい。と、御前会議の上座に座る、このほどドゥベ公国大公代行に就任した、第一公子ジョージ・ドルク・ドゥベは思う。一応地球から輸入した空気清浄機は作動しているが、それでもやにのにおいが鼻につく。彼はタバコを吸わないからとくに。
「提督、報告をお願いできるかな?」
「は、ヘリボーンによるゲルセミ奪還作戦も失敗したそうです。航空隊による空爆や、駆逐艦からのミサイル攻撃は継続していますが。今のところ敵の進軍を遅らせるのが精一杯です」
ジョージの言葉に応じ、、米海軍から派遣されている義勇軍司令官スペンサー少将が言葉を選びながら報告する。
「スペンサー提督、アメリカは支援を再開してくれんのか?」
陸軍大臣が玉の汗を顔中に浮かべてためらいがちに問う。
「連絡はしたのですが、あちらでの紛争に兵力と物資が取られており、追加の支援は当面不可能と」
すでにドゥベ軍は戦力の4割、義勇軍に至っては5割近くを失っている。もはやかつてのように、一気呵成の大規模攻勢は不可能なところに来ていた。スペンサーも支援を督促してはいるが、ホワイトハウスも国防省もあれこれと言い訳して、てんで反応が悪い。強襲揚陸艦とイージス艦の轟沈と、グルトップ半島からのドゥベ軍の敗走というニュースに、すっかりドゥベに対する支援に異議を見いだせなくなった議会とマスコミの反発を気にしているのだ。
「提督、そちらの空軍の航空隊はどうしたのだ?まるで手足を引っ込めたカメではないか?彼らは今動かずにいつ動くつもりなのか?」
「今の状況では危険が大きすぎるし、空爆では大したダメージを与えるのは困難だから出撃は見合わせたいと」
空軍大臣の言葉に、他人事のようにスペンサーは返答する。実際義勇軍内部も、戦況の悪化とともに一枚岩ではなくなりつつあるのだ。特に空軍は、年が明ける前、まだミザール領を占領していた折、穀倉地帯を焼き払う作戦でB-2ステルス爆撃機を1機撃墜されて以降、すっかり出撃に消極的になっている。
飛行技術に優れ、特殊作戦用の機体を保有する空軍の協力が得られなくなったことで、低空飛行やホバリングなどの技術に不安のある海兵隊や海軍のパイロットと、輸送ヘリに過ぎないUH-1Nや、CH-53Eによってヘリボーンや救助作戦を行わざるを得なくなった。それは、最前線における作戦の成功率を著しく低下させていた。
「こうしている間にも、やつらは北上しているのだぞ!」
内務大臣がそういって、灰皿にタバコを親の仇のように押し付け、ぐしゃぐしゃにつぶしていしかく。
「全員の心配はわかった。私は、ここは名を捨て実を取るべきと考える。多国籍軍をノーアトゥーン半島の北まであえて進軍させ、やつらの補給路が伸びきったところで反撃をかけるのだ」
居並ぶ幹部たちに状況を打開する策はなさそうだと判断したジョージが口を開く。
「なんと!みすみすわが領土を切り取らせると!」
「恐れながら、それでは兵の士気にかかわります!」
飛んでくる野次を風と受け流したジョージは言葉を続ける。
「だから、名を捨て実を取ると言っている。まずは、ノーアトゥーン半島とその周辺、ナンナの基地と町に至るまで、焦土作戦を実行せよ。村や町を焼き払い、軍事拠点は破壊する。家畜、食料は搬出する」
敵が攻めてくる場合の定石ではあったが、多国籍軍の補給能力は高い。会議室に懐疑的な空気が満ちる。
「ですが、それで敵は諦めてくれましょうか?」
常日頃国民に対して威勢のいいことしか言わない宰相のドナルド・カードが不安もあらわに口を挟む。
「それだけでは無理であろうな。だが、多国籍軍の義勇兵たちの負担を増やすことはできる。然る後に、我が国が義勇軍の協力で開発を進めてきたとっておきの兵器の出番となる」
そういってジョージはスペンサーを見る。スペンサーはジョージの意図を悟ってぎょっとする。
「しかし殿下。あれは我が方の兵器にも影響を与えてしまうものですが...」
「そこは承知している。貴官らに迷惑はかけぬよ。
ジェイミー、入りなさい」
ジョージの言葉に応じ、彼の腹違いの兄弟である。ジェイミーが、鎧姿も凛々しく、配下の騎士たちを伴って部屋に入ってくる。ジェイミー以下、みなきれいに化粧をして、短いスカートをはき、美しい宝石で飾り、髪は長く手入れが行き届いている。全員どう見ても美少女、美女にしか見えないが、実は男の娘である。ジェイミー率いる姫若子騎士団は、男の娘のみで構成された部隊なのである。
といっても伊達や酔狂で男の娘を集めているわけではない。こちらの世界、わけてもドゥベでは、男の娘は第三の性として、ある程度の市民権を得ている。ドゥベに伝わる伝説の中で男の娘が国を救うくだりがあることもあり、美しい男の娘は神聖なものとさえ見られているのだ。
そして、意外かもしれないが、この騎士団、実力もなかなかのものだった。容姿端麗で神聖な存在である男の娘の部隊は、国民の戦意を高揚させるいいプロパガンダとなる。姫若子騎士団は、国民の期待を背負う存在という自負を持ち、常日頃から自己の研鑽に余念がないのだ。
「ジェイミー、貴官に”あれ”を守る任務を任せたい。姫若子騎士団の実力、見せてもらうぞ」
「は、全力を尽くします」
ジェイミー以下の男の娘たちは、ジョージにひざまずいて応じる。
「スペンサー提督。聞いての通りである。”あれ”を守るのは我らが姫若子騎士団にお任せいただきたい。貴官らは、”あれ”によって敵の足が止まったところに攻撃をかけてくれればいいのだ」
スペンサーはそれでも逡巡したが、自分には特に対案がない以上是非もない。
「承知いたしました。姫若子騎士団の皆さまのお力を、頼りにさせて頂きます」
こうして、ジョージに押し切られる形で、多国籍軍に対する反攻作戦が決定されたのだった。だが、それは非常に危険な賭けといえた。一応言っておくが男の娘を戦いに用いることがではない。焦土作戦は当然のように国民からの反発を買う。それに加え、敵を自陣営の内懐に引き込み、その補給線を伸びきらせるという戦い方はいつの時代も行われてきたが、もし敵の撃退に失敗した場合、自軍が大損害を受ける上に敵にわざわざ占領地をくれてやる結果になりかねないのだ。
誰もが作戦への不安と疑念を、自分たちにはとっておきの兵器、”あれ”があるのだという考えで押さえようとしていた。
公式な御前会議は終わったが、ジョージはカードとスペンサーを自分の執務室に呼び出していた。
「し...しかしそれでは味方を巻き込んでしまいます!」
「勝つために戦っているのだ。みな覚悟はあろう」
万一の場合は、プランBを実行し、味方ごと敵を殲滅するのもやむなしと言っているジョージの言葉に、スペンサーは大きな声を上げてしまう。
「スペンサー提督。大公代行、ジョージ殿下の命である」
カードは憮然としてそういう。そう言えば自分は責任を取らなくて済むかのように。
「戦争は勝って終わらねば意味がない。言っておくが、私はまだロランセア、ナゴワンド両大陸に統一国家を作るのを諦めてはいないぞ。
我々の力を目の当たりにすれば、ドゥベ憎しで固まっているやつらも分別を働かせざるを得ないさ。両大陸は、ドゥベを中心に統治されて初めて戦争のない状態を迎えられるのだ」
スペンサーは恐怖した。ジョージの言っていることは建前としてはすべからく正しい。だが、正しいだけでは人は納得するとは限らない。むしろ、建前としての正しさを根拠とした行為が却って反発を買い、争いの火種になることだってある。そのことを、この若い君主代行は理解しているだろうか?
ともあれ、命令だと言われれば実行するのがスペンサーの役目だった。スペンサーは、本命の作戦が成功し、プランBを実行せずに済むことを祈った。軍を率いる指揮官としてあまりに無責任な態度と言わざるを得ないが、ことここに至っては、祈ることぐらいしかスペンサーには残っていなかったのだ。
戦闘はドゥベ南部だけで起こっているわけではなかった。
多国籍軍によるドゥベ侵攻作戦が発動されてから4日が経った。
ドゥベ公国西部、メグレス連合との国境に位置する五麗湖周辺では、激しい争奪戦が繰り広げられていた。
五麗湖と呼ばれる巨大な5つの湖は、交通の要衝であり、また多くの資源を有する場所でもあった。漁獲資源はもちろん、淡水性の真珠、砂金、良質な砂鉄から、地球向けの貴重な輸出品であるレアアースまで、とにかく宝の山と言える資源の宝庫。その利権を巡ってドゥベとメグレスの争いが繰り返され、何度も国境線が引き直されてきた場所だった。
互いに消耗戦を危惧した両国によって停戦が模索され、ちょうど半分こという条件で手打ちとする条約が結ばれてから10年あまり。だが当然のように、両国とも、腹の内では五麗湖は全部自分のものだという欲目とナショナリズムは持ち続けていた。先に条約を破ったのはドゥベの方だったが、メグレスも所詮は目くそ鼻くそ。侵略に対する防衛を口実に、五麗湖を全て自国の占領下に置こうと、攻勢をかけていたのだ。
速力と、高出力のレーダーを活かした長射程が強みのメグレス空軍所属のMig-31の部隊が射程最大400キロ以上を誇るR-37空対空ミサイルを発射し、ドゥベ軍の航空隊の眼である早期警戒機E-2を見事撃墜する。
ドゥベ軍のFA-18EもAIM-120 空対空ミサイルで反撃するが、所期の目的を果たしたMig-31の部隊は旋回して急加速をかけ、早々に射程外に離脱していた。
入れ替わりに、機動性と空中格闘性能に優れるMig-29Mの部隊が襲い掛かり、早期警戒機を失って目をつぶされたも同然のFA-18Eを次々と食っていく。
戦っていて楽しくない相手。ついでに、こちらの世界での戦い方を全く分かっていない。8機のMig-29Mの隊長である、メグレス空軍所属のパイロット、ピョートル・ゴルチェンコ大尉はそう感じていた。FA-18Eは地球では世界中の軍隊で採用されているベストセラー機だが、衛星や地上からの情報支援、電子妨害などのバックアップがないこの世界では全く精彩を欠いている。そして何より、ドゥベ軍義勇兵のパイロットたちは、実質的に孤立無援、ほぼスタンドアロンの状況で空戦を行うための研鑽と覚悟を全く欠いているように思えた。地球ではどうだったか知らないが、ここには面倒見のいいパパも、ねだればなんでもしてくれるママも、気が利いたお手伝いさんもいない。空戦は全て自分の経験と勘で行うことが要求される。その辺の認識がどうも抜け落ちている。早期警戒機が撃墜されたとたん、統制も連携も失い、右往左往するように見えるFA-18Eを見るにつけ、ゴルチェンコはそう思わずにはいられなかった。
このまま敵航空隊を殲滅し、予定通り味方の地上部隊の支援に入ることができる。そう確信した。が...。
「ミサイル警報?」
突然、レーダーに何もなかったはずの空間からミサイルの反応が現れ、対処する暇もなくMig-29Mの内2機が撃墜されていた。
ゴルチェンコは部下に散開を命じ、回避機動を取りながら、レーダーに写らない、厳密に言って、反応が小さすぎて、鳥や風で飛ばされた飛来物と見分けがつかない敵を探す。コンピューターとレーダーはあてにならなかった。まるでレーダーに敵機として捕らえられない敵ということは、全くこちらのデータにない機体と言うことになる。最後にあてになるのは、パイロットとして鍛えた視力と直感のみだった。
「あれは...馬鹿な!なんであんなものが!?」
かろうじて目視で捕らえられた、豆粒ほどの敵機の機影に、ゴルチェンコは戦慄する。
ドゥベ軍の新手のステルス性能と運動性、そしてミサイルの精度に対して、ステルス性能を有しないゴルチェンコらメグレス軍航空隊はほとんど無力で、敵の姿をまともに見ることもできないまま次々と撃墜されていく。
空の戦いの形勢逆転に勢いづいたドゥベ軍の地上部隊も積極的に攻勢に出始め、メグレス軍を押し返していく。かくして、五麗湖全域を実行制圧するというメグレス軍の作戦は失敗に終わる。だが、ドゥベ軍も損害が大きく、また、南部での多国籍軍との戦いが優先されることから、五麗湖全域を再び制圧する余裕はなかった。このような経過から、五麗湖周辺の戦況は膠着状態となっていく。
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見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。
最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!?
しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!?
剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
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ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
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