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06 みんなで幸せになりましょう

蒸し返される戦い

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01

 王国とヴォルタンとの国境付近、ハイデン山岳地帯。
 「イレーヌ閣下、気球より手旗信号です。
 “敵影確認。数約5000。内訳、騎兵、槍兵、弓兵の他砲兵隊も見ゆ”です」
 「承知しました。
 引き続き警戒するよう伝えて下さい」
 「は!」
 イレーヌは幕僚役の民兵組織の士官にそう命じる。
 「よりによってまた戦うことになるとは…」
 名誉将軍という立場で民兵たちの指揮を執るイレーヌは深く嘆息していた。

 隣国ヴォルタンが、性懲りもなく闘いをしかけてきたのだ。
 王国との国境紛争に敗れたヴォルタンにはいいことが全くなかった。
 領土は割譲させられ、賠償金を支払わなければならず、プライドも大きく傷ついた。
 弱り目に祟り目で、不況、天候不良による作物の不作、台風による水害など、凶事が続いた。
 ヴォルタンの民の誰もが絶望し、未来に光を見ることができない中、極右ポピュリズム路線を取る政治家が台頭する。
 国が閉塞してみんなが絶望するとよくある話だが、国民の感情に訴えて煽動を始めたのだ。威勢のいい言葉を並べて、できもしない政策を掲げる。
 貧すれば鈍するで、ヴォルタン国民も閉塞や貧困に正常な思考を失っていたから、耳に心地良い言葉を並べる政治家を支持し始めてしまった。
 国民を煽動して合法的に政府を転覆した極右政治家たちは、あろうことか王国をやり玉に挙げ始めた。
 不況も貧困も政治の停滞も、王国がヴォルタンを搾取しているからなどと、なんの根拠もない、理屈になっていない理屈を並べ立てた。
 そして、先の紛争で割譲されたシュナイダー鉱山地帯で金銀が出るとは聞いていない。王国に騙された。講和条約は弱腰の売国奴が結んだものであって無効だと主張。
 領土の回復を言い立てて、王国に戦争をしかけてきたというわけだ。
 
 無論王国も事態を座視していたわけではない。
 ヴォルタンに潜入させた情報員から、早い内に戦争の可能性が伝えられていた。
 ヴォルタンにはもう戦争をする力はないはずだ、と楽観視する政治家や官僚たちに注意を喚起し、尻を叩いたのはイレーヌだった。
 前世、歴女として本やネットで読んだ状況が現在進行形で進んでいるのだ。
 ヴォルタンの情勢は、正に第二次大戦が起こる直前の日本やドイツそのものだったからだ。
 政権を取った極右政治家が、ヴォルタンの民会に全権委任法を可決させた時点で戦争は不可避とイレーヌは読んでいた。
 独裁政権というのは一度走り出したら止まることはできない。
 国民にわかりやすい勝利を見せ続けるか、敗北して滅亡するかのどちらかしかないのだ。
 一般に、ドイツは国民自らが選挙によって民主主義の自殺を容認してしまったのに対して、日本は軍部の圧力で民主主義が崩壊したと言われる。
 だが、5.15事件で犬養毅首相を暗殺した犯人たちが英雄視さえされ、減刑嘆願運動が起きたことを顧みても、民主主義の自殺を容認したのは日本も同じだったのだ。
 能書きばかりならべて何もできない政党政治よりは、即断即決が可能で結果を出せるファシズムの方がまし。そう選択したのは他ならぬ国民自身だったのだ。
 当然それは破滅へ至る道だったわけだが。
 (ヴォルタンにも同じことが起きている)
 イレーヌには確信があった。
 イレーヌは早速応戦する準備に取りかかる。
 青銅製の大砲、熱気球、大弓。素人考えではあるが、思いつく限りの新兵器や戦略を用意する。
 正規の軍隊だけでなく、女、子供、老人も民兵として戦力とする。
 それが功を奏し、なんとかヴォルタン軍が国境に兵を集めるまでに迎え撃つ体勢が整ったのだった。

 「閣下、斥候が戻りました。右前方の崖の上に敵の姿があるとのことです」
 「よかろう、このまま前進だ。
 取りあえず平地に出て鶴翼の陣形を取りたい」
 報告を受けたヴォルタン軍の将軍は、数の優位を活かせるように平地に軍を進めることにする。
 (まだ大砲の射程外であるしな)
 平地の中ほどに達した程度では、王立軍の大砲はまだ届かないはずだった。
 充分引きつけて、こちらの砲の射程に捕らえればいい。
 が…。
 「閣下!
 敵が砲撃してきます!味方が損害を受けています!」
 突然右前方の崖の上から砲声が響く。
 「落ち着け!まだ射程外だ!」
 そう叫んだ言葉が、将軍の遺言になった。
 オレンジほどの球体が視界いっぱいに拡がり、次いで彼の顔を直撃したからだ。
 
 「砲撃続行!
 よく狙いなさい!無駄弾を撃たないで!」
 イレーヌの指揮で、崖の上に並べられた青銅製の大砲が次々と火を噴く。
 木砲に比べて頑丈で、火薬量を多くできるので射程が長い。
 木砲しかもたないヴォルタン軍のアウトレンジから攻撃が可能なのだ。
 加えて、王国南部から硝石が発見され、黒色火薬の製造に成功した。これで、魔道士を動員して爆轟魔法を用いる必要がなくなった。火薬と弾が切れない限り撃ち続けることが可能になったのである。
 「イレーヌ閣下!敵がこちらに向かってきます!」
 「いい判断ね。わたくしでもそうする。
 近づけさせてはなりません!ぶどう弾攻撃始め!」
 イレーヌの指示で、大口径短砲身の大砲が前に出て、ぶどう弾による攻撃を始める。
 小口径長砲身の大砲で敵の数を減らし、敵が向かってきたら大口径短砲身の大砲によってぶどう弾を撃ちかけてたたみかける。
 二段構えの戦術だった。
 ヴォルタン軍も木砲を撃ってくるが、射程が短い上に自分より高い位置にいる敵に対しては全く有効ではない。
 ヴォルタン軍は絶望的な死の行進を続けるが、イレーヌ指揮下の民兵たちのところにたどり着けた者はいなかった。
 砲撃が容赦なくたたき込まれることに加え、王立軍正規軍が丘を越えて攻めてきたからだ。

 「参謀殿、このままでは全滅してしまいます!」
 「うーむ…準備不足のまま開戦に踏み切った結果がこれか…」
 伝令の悲鳴に、ヴォルタン軍の参謀は歯がみする。
 自分たち軍人は、開戦するには不利だし準備ができていないと一貫して主張していたのだが、ファシストの政府が開戦をごり押しした。
 逆らうなら反逆罪だとまでほざいた。
 その結果がこれだ。
 参謀は知るよしもない。
 彼から見て異世界である地球でも、かつて同じ様な事があったのを。
 ある国の海軍軍人たちは、準備に時間がかかる旨を独裁者である首長に伝えた。
 その独裁者は一度は海軍の準備が整うまで戦争はしないと約束しておきながら、国民にいい顔をするために約束を違えたのだ。
 その後も人類は学習しない。
 ある軍事大国が、一度目の戦いでは敵の首都侵攻を、冷静な軍人たちの意見を容れて思いとどまった。
 だが、大量破壊兵器を持っているなどと難癖をつけて始められた二度目の戦いでは、国民の人気取りしか頭にない政治家のごり押しで全面的な侵攻が強行された。結果、戦場となった地域とその周辺は治安も経済も崩壊した無法地帯と化してしまう。
 戦いのことはプロである軍人の方が良くわかっていて、むしろ軍人たちの方が避戦派であることはよくある。
 だが、ポピュリズムの元では素人である政治家が軍人の判断を無視して戦いをごり押しする。その結果は言うまでもない。
 「こんなことになるとは…」
 参謀は、選挙に際して極右政治家に投票したことを激しく後悔した。
 当時は軍人である彼にも、耳に心地のいいことを言う極右政治家が救世主に思えたのだ。
 「参謀閣下!どうしますか!?どうするんです!?」
 「やむを得ん。こうなったら予定より早いが、切り札を使う!」
 大声で指示を求める百人隊長に、参謀は負けじと大声で応じる。
 自分とて腐っても軍人、なんの策もなく戦いを始めたわけではないのだ。
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