上 下
15 / 37
02  女傑なんて柄じゃありません

新たなフラグの予感

しおりを挟む
07

 ヴォルタンとの紛争は、結局王国側の圧勝に終わる。
 成功して当然だったはずのパザフ攻略戦が失敗に終わったことに加え、多くの貴族や有力者の子弟が戦死してしまった。
 ヴォルタンの政権は国民の支持を失い退陣せざるを得なかった。
 新たに誕生した政権は、国境付近の鉱山地帯を割譲し、多額の賠償金を支払うことで講和を結ぶことを選択したのである。

 講和から数日後。
 イレーヌは陸軍省に呼び出されていた。
 王立軍名誉将軍の位を拝命するためである。
 戦争状態の中にあって、民間人でありながら勝利に貢献した人物に送られる称号だ。
 「なんだか実感が湧きませんわね」
 「君は頑張って多くの人間を救ったんだ。ありがたく受領しておくがいい。そして、胸を張りなさい」
 並んで歩くリュックは自分のことにように嬉しそうだった。
 このあたりがリュックの魅力と言えた。他人の不幸を自分のことのように悲しみ、他人の幸せを自分のことのように喜ぶことができる。
 偏狭な思考回路の持ち主が多い貴族の中では珍しい好漢と言えた。
 「イレーヌ・ヴェルメール候爵令嬢。
 この度は、名誉将軍の称号の拝命、おめでとうございます」
 「ありがとうございます。
 あなた確か司法省の…」
 「ヴァンサン・デブローです。以前社交界でお目にかかりました」
 陸軍省の赤絨毯の廊下で声をかけてきたのは、長いアッシュブロンドが目をひく、女と見まがう美貌の男だった。
 王国司法省司法官、デブロー伯爵家長男、ヴァンサン・デブローだった。
 司法官としては珍しく、ポンチョ状の魔道士のローブをまとっている。
 彼は魔道士の家系に生まれながら、他の魔道士のように学者や職人になることはなく、司法の道を選んだ変わり者だった。
 犯罪捜査に魔法をうまく活用していくつもの事件を解決してきた。
 特に、魔法を悪用する魔道士の犯罪に関しては誰よりもスペシャリストだ。
 (まずいですわね…)
 イレーヌは思う。
 なぜならヴァンサンは乙女ゲームの中で攻略対象だったのだ。
 まさかとは思うが、また自分と攻略対象のフラグが立つようなことは避けたい。
 イレーヌが破滅フラグ回避のために計画しいている、エクレールの逆ハーレムルートはいよいよ危機に瀕しているのだ。
 くどいようだが、逆ハーレムを作らなければならないのは自分ではない。
 「エリート司法官殿が陸軍省に何用かな?」
 「これはリュック・ミラン将軍閣下。
 実は、先のパザフでの戦闘に関して、当事者の方々に事情聴取をさせて頂いております。
 特にイレーヌ名誉将軍閣下からはよくお話しをうかがう必要が。
 本日はこちらとうかがいまして、ご無礼とは存じましたが参った次第です」
 困惑するイレーヌのかわりにリュックが問うた言葉に、ヴァンサンがにこやかに応える。
 だが、リュックは不満を露わにする。
 「ちょっと待ってくれ。
 彼女はパザフと貴族の子女や民たちを守るために奮戦したんだぞ。
 事情聴取など、まるで罪人扱いではないか」
 「滅相もない。
 自分もイレーヌ様の勇気と功績には敬服しております。
 なれど、戦時とは言え民間人が戦闘を行えば、それは犯罪となるのが建前です。
 形式的な手続きですし、強制ではありません。
 雑談をして武勇伝をお聞かせ願う程度、と思っていただければよろしいかと。
 今日が差し支えであれば、ご都合のよろしい日に出直しますが?」
 ヴァンサンの言葉に、イレーヌとリュックは顔を見合わせる。
 確かに彼の言うとおりではある。
 納得できないものはあるが、この国は法の支配を是とする国家なのだ。終わりよければすべてよしとは行かない。
 そして、ヴァンサンにも仕事も職分もある。
 「かまいませんわ。
 今からお話ししましょう」
 「では、会議室をお借りしてお茶でも頂きながら」
 イレーヌの返答に、ヴァンサンが笑顔になる。
 男にしておくにはもったいないほど美しく妖艶な笑顔だった。
 「待ってもらいたい。
 俺も立ち会わせてもらう。
 パザフの件は軍事機密の問題もある。
 事情聴取はかまわんが、正式な文書とするかどうかは軍の判断も仰いでもらいたい」
 「承知致しました」
 リュックの言葉に、ヴァンサンは快く応じる。
 彼もリュックの事情はわかっているのだ
 イレーヌが前世の記憶を頼りに考案した戦術や兵器は、王立軍にとっても扱いの難しいものだった。
 自軍で活用する分にはいいが、敵に真似をされると味方がひどいことになる。
 イレーヌが名誉将軍に任命されたのは、実はその辺の情状もあった。
 正式の軍人ではないが、最低限の守秘義務や忠実義務を課すことができる。
 イレーヌの頭の中の知識と想像力を軍事機密とする意味もあったのだ。
 「では参りましょう」
 そういうヴァンサンの笑顔は、イレーヌを不安にさせるばかりだった。
 
 なんとなく、ヴァンサンのフラグが立ちそうな予感がした。
 いや、ほとんど確信していたと言って良かったかもしれない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

乙女ゲームの世界に転生したら、最恐騎士に追われ愛でられる

中村湊
恋愛
R18乙女ゲーム【聖杯の乙女】の世界に転生したことにある日の出来事を境に気が付いたメイ。悪役令嬢と仲良くなってしまい、彼女の破滅ルートを回避しようとしていたら……ゲームでは忌み嫌われ、嫌がらせなどをしていた兄に溺愛される。 悪役令嬢・フォンテーヌも、男爵令嬢のメイ(主人公)を守ろうと必死になったり。フォンテーヌの婚約者の王子も生ぬるい視線で、温かく?見守り楽しんでいる。 王子の側付き護衛騎士見習いと出逢った日に、メイは彼に異常に気に入れらて……。

R18完結 悪女は回帰して公爵令息と子作りをする

シェルビビ
恋愛
 竜人の血が流れるノイン・メル・リグルス皇太子の運命の花嫁である【伯爵家の秘宝】義姉アリエッタを苛め抜いた醜悪な妹ジュリエッタは、罰として炭鉱で働いていた。  かつての美しい輝く髪の毛も手入れに行き届いた肌もなくなったが、彼女の自信は過去と違って変わっていなかった。  炭鉱はいつだって笑いに満ちていることから、反省の色なしと周りでは言われている。実はジュリエッタはアリエッタに仕返ししていただけで苛めたことはなかったからだ。  炭鉱にやってきた、年齢も名前も分からないおじさんとセフレになって楽しく過ごしていたが、ある日毒を飲まされて殺されてしまう。  13歳の時に戻ったジュリエッタは過去の事を反省して、アリエッタを皇太子に早く会わせて絶倫のセフレに再開するために努力する。まさか、おじさんが公爵様と知らずに。 旧題 姉を苛め抜いて炭鉱の監獄行きになりました悪女は毒を飲んで人生をやり直す。正体不明の絶倫のセフレは公爵令息だったらしい。 2022 7/3 ホットランキング6位 ありがとうございます! よろしければお気に入り登録お願いします。  話を付け足すうちにレズプレイ触手プレイも追加になってしまいました。  ますますぶっ飛んだ世界観です。

本編完結【R18】地味すぎる転生悪役令嬢、攻略対象と関わらずに…俺様ヤンキー公爵に絡まれる。Why?

syarin
恋愛
自分がR18乙女ゲーの悪役令嬢であることを思い出したフェリシア・ムンストーン。 断罪回避の為にひっつめ髪と色眼鏡で地味ダサ令嬢として過ごし、攻略対象と一切関わらず、第2王子とも婚約せず、ゲームの舞台に突入! このまま平穏に乗り切れる!と思ってたら、ゲームとは無関係のヤンキー公爵に絡まれた!?………Why ? ーーーーーーーーーーーー エロシーンある話には☆、濃エロには★をタイトルにつけてます。 主人公が完璧に攻略対象を回避したので、攻略対象は遠目に出てくる位です。会話ないです。全く関係ないヤンキーとひたすら絡みます。 ヤンキーがどんどん甘くなってきてます。お蔭でエロなし話が増えてしまってます。 後、ヤンキーと俺様要素が消えつつある……((( ;゚Д゚)))オカシイナァ なんならヒロインがヤンキー並みに口が悪く…アルェ? 後、ヒロインが羞恥心を前前世に置いてきた為、恥ずかしい、けど感じちゃう!展開は皆無です。 ままならない小説ですが、読んで頂けたら嬉しいです! 人気ランキングちみっと食い込んだヤッター! お気に入り数1900突破! いつも読んでくれて有難う御座います! 番外編も頑張りますね!d(≧∀≦)b

異世界の学園で愛され姫として王子たちから(性的に)溺愛されました

空廻ロジカ
恋愛
「あぁ、イケメンたちに愛されて、蕩けるようなエッチがしたいよぉ……っ!」 ――櫟《いちい》亜莉紗《ありさ》・18歳。TL《ティーンズラブ》コミックを愛好する彼女が好むのは、逆ハーレムと言われるジャンル。 今夜もTLコミックを読んではひとりエッチに励んでいた亜莉紗がイッた、その瞬間。窓の外で流星群が降り注ぎ、視界が真っ白に染まって…… 気が付いたらイケメン王子と裸で同衾してるって、どういうこと? さらに三人のタイプの違うイケメンが現れて、亜莉紗を「姫」と呼び、愛を捧げてきて……!?

【R18】白と黒の執着 ~モブの予定が3人で!?~

茅野ガク
恋愛
コメディ向きの性格なのにシリアス&ダークな18禁乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった私。 死亡エンドを回避するためにアレコレしてたら何故か王子2人から溺愛されるはめに──?! ☆表紙は来栖マコさん(Twitter→ @mako_Kurusu )に描いていただきました! ムーンライトノベルズにも投稿しています

【R18】婚約破棄に失敗したら王子が夜這いにやってきました

ミチル
恋愛
婚約者である第一王子ルイスとの婚約破棄に晴れて失敗してしまったリリー。しばらく王宮で過ごすことになり夜眠っているリリーは、ふと違和感を覚えた。(なにかしら……何かふわふわしてて気持ちいい……) 次第に浮上する意識に、ベッドの中に誰かがいることに気づいて叫ぼうとしたけれど、口を塞がれてしまった。 リリーのベッドに忍び込んでいたのは婚約破棄しそこなったばかりのルイスだった。そしてルイスはとんでもないこと言い出す。『夜這いに来ただけさ』 R15で連載している『婚約破棄の条件は王子付きの騎士で側から離してもらえません』の【R18】番外になります。3~5話くらいで簡潔予定です。

【R18】失恋してヤケ酒したら、ヤバいヤンデレに捕まった

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 初恋の王子様だと思っていたイケメン騎士が性犯罪者になってしまい、失恋して婚約解消の運びとなった、貧乏令嬢出身女騎士サンディ。  彼女が酒場でやけ酒していたところ、仮面をつけた綺麗な魔術師に持ち帰られてしまう。  次に気づいた時には、牢屋の中にいたサンディ。鎖で吊るされたまま、彼女は彼に――?  ※ムーンライト様の完結作品です、全9話予定。R18に※

処理中です...