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02  女傑なんて柄じゃありません

ぎりぎりの戦況

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05

 パザフ攻防戦はし烈を極めていた。
 ヴォルタン軍は、パザフの城郭を攻めあぐねていた。
 険しい山脈の中行軍が思うに任せず、軍勢が部隊ごとに五月雨式に到着することになってしまったのがまずかった。
 イレーヌの指揮の下、巧妙なゲリラ戦術を行う民兵たちによって戦力をじわじわとすり減らされていったのだ。
 到着した部隊から戦力を削られることになり、最終的にパザフに集結できた兵力は四千程度だった。
 これでは城郭都市一つを完全に包囲することは不可能。
 危険を承知で突撃を行うほかなかった。
 そして、籠城を続ける民兵たちは粘り強かった。
 町を落とすめどは全くついていなかったのである。

 「木砲、放ちなさい!」
 「了解!発射!」
 イレーヌの号令に従って、木砲が火を噴く。
 木砲はイレーヌの考えで急造された物だ。
 まるたを二つに割り、中央に砲口として溝を入れる。薬室に当たる場所の片側に穴を開けて火門とする。
 それを組み合わせ、外周に細長い鉄のバンドを巻いて鋲を打つ。念のため縄でぐるぐる巻きにする。
 形は不細工だが、これで即席の大砲の完成だ。
 問題はこの国には火薬に相当するものがないことだが、それは魔道士の爆轟魔法で代用することとした。
 魔法力を全開にしても人間に対して殺傷力を持つかあやしい程度の爆発力だが、砲弾を撃ち出すくらいはできる。
 砲弾は麻袋にいくつもの石を入れた、いわゆるぶどう弾だ。
 狙いはおおざっぱだし射程は短いが、突撃してくる敵には有効だ。こちらの方が城壁の上で、撃ち下ろしが可能だからなおのこと。
 「くそ!あんな兵器が!」
 「た…助けてくれ!」
 砲声とともに発射された石つぶてを受けたヴォルタン兵たちは、骨を砕かれ皮膚を引き裂かれのたうち回る。
 プロ野球選手の投球でさえ、当たり所が悪ければ死ぬ可能性だってある。
 爆轟魔法で撃ち出されてくる石つぶては、鎧を着ていても驚異だった。
 また、見たこともない攻撃を受けて驚いた馬が暴れ出してしまう。少なくない兵が落馬し、自分の馬の馬蹄にかかっていく。
 「次、投石器!」
 「投擲!」
 次いで投石器の攻撃が始まる。
 投げるのは火のついた布を巻きつけた油壺だ。
 のこぎりで表面に切れ目が入れてあり、割れやすくなっている。
 不幸にして油壺の落下場所にいたヴォルタン兵たちが火だるまになっていく。
 「退却!退却だ!」
 ヴォルタン群が引いていく。
 さすがにこれ以上は無謀と判断したらしい。

 「各部隊、状況を報告なさい!」
 「こちらは稼働率五割というところです。さすがに死傷者が増え始めました」
 「私の部隊は五割残っているかどうか…。」
 「イレーヌ司令官、魔道士たちがそろそろ限界かと…」
 イレーヌのもとに入ってくる報告は芳しくなかった。
 連日の戦いで死傷者は増える一方で、みな疲れている。
 ヴォルタン軍は、民兵に過ぎない者たちにあしらわれていることにいらついたのか、戦い方がどんどん雑になっている。
 策もなく突撃してくるだけだが、それはそれで民兵に過ぎないパザフがわからすると脅威だった。
 「油はどの程度ありますか?」
 「もう一戦できるかどうかというところです。照明や調理用のものまで供出しての話ですが」
 「景気よく使いましたものね…」
 イレーヌは参謀役の商人の報告に嘆息する。
 民兵たちの体力だけではない。物資がいよいよ枯渇しつつあるのだ。
 元々、王都からの疎開者が流入してこの町は物不足気味だった。
 物資が戦闘で湯水の如く使われれば、たちまち枯渇してしまうのは自明だった。
 「イレーヌ司令官、木砲はまだ持ちそうです。
 再装填して使いましょう」
 「なりません!火だるまになりたいんですの?
 それに、お婆ちゃんたちがもう限界でしょう」
 イレーヌは木砲の様子を見ている木工の言葉を遮る。
 木砲は基本的に使い捨てだ。過信するのは危険だ。
 加えて、この町で徴発できた魔道士はどういうわけか老人ばかりだったのだ。
 このままこき使えば天に召されてしまうだろう。
 「イレーヌ司令官、お気遣いなく。孫を守るためですから」
 「んだんだ。あの世にいるじさまにいい土産話ができますだ」
 魔法を連続使用して息も絶え絶えという雰囲気の老婆たちが、気丈に笑う。
 (司令官か…)
 イレーヌは、これで良かったのかと思えてくる。
 戦わなければ死んでいたことに違いはない。
 だが、指揮官に名乗りを上げ、多くの人間を駆り立てて人殺しをさせ、時に討ち死にさせる。
 そんな資格が自分にあるのか。そう思えるのだ。
 (これはいよいよまずいかも…)
 王都には、伝書鳩と早馬で情勢は伝えられている。
 だが、途中にある川が雨で増水し、援軍が迂回せざるを得ないのだという。
 援軍が到着するまで持ちこたえられるかどうか、あやしくなってきた。
 「皆さん!もうひと頑張りです!
 勝つ必要はない。負けなければいいのです!きっとできます!」
 イレーヌの言葉に、城壁のあちこちから鬨の声が挙がる。
 みな負傷して疲労しているが、気力だけは充分だ。
 「イレーヌ司令官、敵が再び攻めて来るようです!」
 見張りからの報告に敵陣を見やると、確かに性懲りもなく隊列を整えている。
 「しつこさだけは一人前ですわね。
 総員、防衛準備!」
 民兵たちが鉛のように重い身体にむち打って配置につく。
 今度はだめかも知れない。
 誰もがそう思っているようだったが、口に出すことはしなかった。
 (あなた方とともに戦えたこと、誇りに思います)
 イレーヌは胸の内でつぶやく。
 その時だった。
 「イレーヌ司令官!
 王立軍の旗が見えます!援軍が来てくれました!」
 「本当ですか?」
 緊張とある種の諦念を抱いていたイレーヌたちの表情がぱっと明るくなる。
 見れば、山の麓を迂回して王立軍の大軍がこちらに向かってくる。
 「誰か早馬を出して!
 味方が罠に引っかかってしまう!」
 「大変だ!」
 イレーヌの言葉に反応した騎士の一人が慌てて馬を走らせていく。
 ゲリラ戦を展開している間、そこかしこに罠を仕掛けている。味方が引っかかっては目も当てられない。
 
 無茶な闘いですでに軍としての体をなしていなかったヴォルタン軍は、ほとんど一方的に王立軍に敗北することとなる。
 パザフがヴォルタンに蹂躙され、貴族の子女が人質に取られてしまう事態は、こうして回避されたのである。

 「具合はもういいのかい、イレーヌ嬢?」
 「ええ、丸二日眠るとさすがにすっきりしたわ」
 三日後、ヴェルメール家の別邸まで様子を見に来たリュック・ミラン将軍を、イレーヌは迎えていた。
 疲れ切っていたイレーヌたち民兵は、援軍がパザフに到着すると後のことを任せて泥のように眠ったのだった。
 「イレーヌ嬢、たいへん申し訳ないことをした。
 ヴォルタンの策略に引っかかり、君たちを危険にさらして…。討ち死にした者も多い。
 なんと言って詫びたらいいか…」
 リュックは沈痛な面持ちだった。
 誇り高く責任感の強い彼は、守るべき女子供、老人を戦わせてしまったことに負い目を感じているらしい。
 「お気になさらないで。
 ちゃんと助けに来て下さったではないですか。
 あなたの軍勢がもう少し遅れていたら、町は落とされていたかも知れません」
 これはイレーヌの偽らざる気持ちだった。
 実際、町を守る民兵たちは限界だったのだ。
 リュックが真剣な眼になる。
 そして、イレーヌの椅子に近づいてかしずく。
 「イレーヌ嬢、改めて頼む。
 俺の妻になってくれ。
 もう決して君を危険にさらしたりしない。俺が命に代えても守る」
 真剣な表情と情熱的な言葉に、心を蕩かされそうになる。
 だが、イレーヌにはやはり破滅フラグが怖ろしかった。
 リュックには諦めてもらわなくてはならない。
 乙女ゲームの主人公であるエクレールと結ばれてくれなければならないのだ。
 (どうしたものかしら?)
 なまじ、リュックを送り出す前に期待を持たせるようなことをしてしまった。そのために、リュックが自分とのことに本気になってしまったらしい。
 どうすれば諦めてもらえるか。
 イレーヌは言葉を選びつつ話し始める。
 「リュック閣下。
 はしごを外すようで申し訳ありません。
 実はわたくし、ゴルトシュミット家のご令息、フリードリヒ様からも求愛されておりまして…。
 わたくしはだらしない女です。
 閣下かフリードリヒ様か…どうしても決めることができないのです」
 イレーヌは、リュックが他の男と比べられることを不快に思うのを期待した。
 男としては屈辱なはずだから。
 が…。
 「では、今は決めてもらわなくていい。
 俺は君に選んでもらえるよう努力しよう」
 リュックはなんと力強く微笑んでそんなことを言う。
 (これじゃ予定と違いますわ)
 イレーヌには、リュックがどうして自分にそこまでこだわるのかわからなかった。
 「なりません、閣下!
 閣下は王位を継ぐことになるかも知れない人物ではないですか。
 ご自分と他の男を天秤にかけるような女に近づくべきではありませんわ」
 「王位などどうでもいい!」
 ぴしゃりと返されて、イレーヌは言葉を失う。
 「君を諦めるくらいなら、王位など他の誰かにくれてやるとも。
 それに、天秤にかけられても仕方ないと思う。
 君を危険にさらし、戦わせ、怖い目に遭わせた。
 君が俺を男として頼りないと思って当然だ。
 その上でたのむ。
 俺にチャンスをくれ!」
 イレーヌは胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを我慢できなかった。
 破滅フラグの回避が全てに優先する。
 それは今でも変わらない。
 だが、これだけ思われて嬉しいという気持ちに満たされていくのだ。
 (知りませんわよ。
 閣下、あなたが悪いんです。
 こんな情熱的な告白をされたら我慢できないじゃないですか…?)
 イレーヌは内心につぶやいていた。
 一人の女としてリュックを愛おしく思うと同時に、自分の中のビッチな部分に火がついてしまったのだ。
 なにかをしなければ。
 女の部分がじんと熱くなり、そんな衝動に駆られる。
 「閣下、お気持ちは嬉しいのですが、もうひとつ心配事があります」
 「心配事?」
 イレーヌは目を逸らしてためらうふりをする。そして、慎重に切り出す。
 「閣下がわたくしの性癖を理解して下さるかどうか…。
 わたくしの性癖を知ったら幻滅してしまうかも…」
 まだリュックを諦めさせたい気持ちが半分、ビッチとしての欲望を満たしたい気持ちが半分でそう言う。
 「その…怪我をしたり命に関わったりするようなことをお望みとか…?」
 さすがに訝しんだらしいリュックが顔を青くする。
 イレーヌは快楽殺人を想像して肝を冷やす。
 阿部定、ジョン・ゲイシー、アンドレイ・チカチーロ。
 世の中を震え上がらせた犯罪者たちを想起して怖くなる。
 自分は本来血を見るのが嫌いだ。
 パザフでは生きるために戦い殺した。だが、二度とごめんだと思う。
 増して、人を傷つけたり殺して快感を得る趣味は絶対ない。
 「さすがにそこまで物騒ではありません。
 でも、世間の基準からすれば変態と言えるものでしょう」
 「なら問題はない。
 君を理解したいと思う。
 良ければどんな趣味趣向なのか、話してくれないか?」
 そう言って優しく笑うリュック。
 (本当に知りませんわよ?)
 内心につぶやいたイレーヌは、もう我慢ができなかった。
 愛欲と、自分の中のビッチな衝動を抑えられなかったのだ。
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