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06 鮮血の京都編

ひるがえる4つの旗と塞がれる退路

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07

 「なんと…鉄の鳥はともかく、鉄の車は摂津方面に出払っているのではなかったのか…?」
 光秀は、次々と繰り出される織田勢と自衛隊からの逆撃に呆然とするしかなかった。
 自衛隊の主力もまた、摂津での一向一揆に対処するために出張っているはずだった。それもまた、信長排除作戦の条件だった。
 だがどうやら、この点でも自分たちは裏をかかれたらしい。
 目の前の現実から目を逸らしても仕方がない。
 光秀は作戦を失敗と認定し、この後どうするかを考えようとする。が…。
 「伝令!西より新たな敵軍勢が迫っております。数はおよそ10000。
 どういうわけか…三つ鱗と二つ引き両の旗を掲げています!」
 光秀と明智勢にとっての厄災はまだ終わらなかった。
 光秀はどういうことかと考えを巡らせる。
 二つ引き両は足利の紋だが、義昭の軍勢なら方角が違う。しかも三つ鱗が一緒と言うことは…。
 「あ…まさか、北条と今川か!?」
 光秀はよもやと思いながらも、他の可能性を考えられなかった。
 北条も今川も今は織田の配下ではある。だが現在領国にいるか、常陸、東北方面の警戒に当たっているはずだ。
 ともあれ、現にいる以上はどうにかして京に来たのだろう。
 「伝令!北側よりさらに新手の由!数約8000。
 風林火山と毘沙門天の旗を掲げています!」
 明智勢にとってたたみかけるように最悪の事態が降りかかる。
 今度は言葉で聞いただけで良くわかった。間違いなく武田と上杉だ。
 光秀は今度こそ完全に思考停止してしまっていた。
 そもそも、本能寺で信長が孤立無援。信長が信頼する武将たちも出払っていると言う前提がこの作戦を成立させているのだ。
 三つ鱗、二つ引き両、風林火山に毘沙門天の旗ははったりではないだろう。
 北条、今川、武田、上杉の将たちが指揮を執っているはずだ。
 ただでさえ自衛隊の攻撃で兵が浮き足立っているところに、そんな名のある強い敵将の大盤振る舞いをごちそうされれば、軍勢は一気に瓦解する危険があったのだ。
 (どうすればいい…どうすれば…?)
 光秀は頭の中が真っ白になり、ただ自問し続けた。


 「射撃続行!
 弾幕薄いぞ!なにをやっているんです!?」
 妙齢の美女、北条早雲の透き通った、だが勇ましい号令が響く。
 明智勢に対する足止め役は北条早雲指揮下の鉄砲隊だった。
 すさまじい銃声の連続とともに、銃弾を雨あられと浴びせていく。
 「装填よし!」
 「発射!」
 屈強な足軽が担いだ長い長方形の形をした物から、6本の火線が閃き、明智勢に突き刺さる。
 やたら火力も連射性も高い武器が複数、隊列を組んで放たれるから、撃たれる側はたまらない。
 この銃は陸自の堀越一等陸曹が開発した新型で、6本の銃身を持つブルパップ式の連装銃だった。引き金を引くと6つの薬室に同時に点火され、6発の銃弾を一度に撃ち出す。
 最大の特徴は、銃身と薬室が分離できる構造にある。薬室は6つの薬室をワンセットとして、取り外し式のユニットになっているのだ。
 射撃の後、装填手が空になった薬室を外して、装填済みの薬室を取り付けることで圧倒的な連射性能と面制圧効果を生み出すのである。
 狭い通りの中で逃げ場のない明智勢は次々と倒されていった。
 「新兵器、見事なものですね」
 早雲は、連装銃の性能に大変満足していた。

 「良く狙え!
 味方に当てるな。“まーかー”を良く確認せよ!」
 ダンディな壮年の武将、今川義元が弓隊に命じる。
 北条勢が正面を担当するのに対して、今川勢は横から回り込むのが任務だった。家屋を巧みにバリケードとして明智勢に矢を射かける。
 一部の味方の部隊は既に明智勢と乱戦になっているから、織田がたであることを示す腕の赤いマーカーの有無を良く確認する必要があった。このマーカーは自衛隊が制作した紙テープで、粘着力は強いが簡単にはがすことができる優れものだった。
 ホローポイント弾に似た形状と機能を持つ軟鉄の鏃は、明智がたの将兵の筋肉や骨や臓器に容赦なく大きなダメージを与えていく。
 「許せよ。今はわしは織田の忠実な臣下なのだ」
 明智勢が義昭の意向で動いているのは知っている。足利の分家筋の今川から見れば、かつての主筋に字義通り弓引く形になっている。だが義元に迷いはなかった。
 自分は信長に賭けた。信長ならば乱れた国を一つにできると信じているのだ。

 「信玄、予定通り敵を崩す役を頼む!」
 「わかりましたわ、突撃!」
 金髪の美少女武将、武田信玄の受け持ちは騎馬隊だった。
 狭いところでも器用に走破する武田の騎馬隊が、少数で一撃離脱をかける。
 騎馬兵全員が顔まで覆う構造の鎧で武装している。くわえて突進用のランスが猛威を振るう。 
 頑強な鎧で敵の攻撃を防ぎつつ高速で肉薄し、明智の兵を串刺しにして風のように離脱する。
 明智勢はその動きに全く対応できずにいた。
 「謙信、出番ですわよ!」
 「よし!槍入れ!」
 長い黒髪の神秘的な美女、上杉謙信が号令をかける。
 上杉勢の重武装の長槍隊が突撃し、武田勢が開けた穴をぐりぐりと拡げていく。
 思った通り、と信玄と謙信はにやりとする。
 古来、京は守るに難く攻めるに易いところだ。
 京を無理に守ろうとしたものはたいてい敗北している。京で勝ちたければ攻め手に廻るしかない。
 明智勢もその辺はわかっていたはずだが、奇襲をかけたつもりが自分たちが奇襲をうけてしまい防戦となってしまった。
 後重要なことは明智勢に撤退のすきを与えないことだが、それも手は打ってあるとのこと。ならば、少しでも点数を稼いで手柄を多く頂こう。
 信玄も謙信も、武将冥利に尽きる戦いに、興奮が全身を駆け巡っていた。


 「御大将、東より細川勢が向かって来ます!」
 配下の武将の1人の言葉で、光秀は思考停止から復帰する。
 「そ…そうか…!
 よし、残存部隊を集めて細川勢と合流する!東に離脱すればまだ機会はある!」
 光秀は必死で配下の者たちを鼓舞する。
 織田がここまで周到な罠を張っていた以上、逃げてどうなるとも思えないが、生きている以上やることはまだある。
 なにより、こうなったからにはできるだけ細川勢の兵に犠牲を出したくない。いろいろな意味で。
 「伝令!と…殿!
 細川勢が…腕に赤い印をつけています!」
 「なに…ばかな…!」
 伝令の言っている意味が、光秀には一瞬わからなかった。
 腕に巻かれた赤い印“まーかー”とかいうのだったか。それは、織田勢が敵味方の識別のためにつけているものだ。
 敵味方を迅速に見分けるために、わりと古くから行われている手だ。文献によれば壬申の乱においても大海人皇子の軍勢が赤い布を身につけ、同士討ちを防いだという。
 それ自体は大きな問題ではない。
 問題なのは、味方であるはずの細川勢が織田がたであることを示す目印をつけていることだ。
 「馬曳けい!私が見てくる!」
 光秀は考えるより先に叫んでいた。家臣たちが危険だと止めるのも聞かず、馬を走らせて細川の軍勢の方向に向かう。
 (嘘だ嘘だ嘘だ!)
 光秀は胸の奥で叫んでいた。
 古くから知る仲であり、信頼し合っていた人物。なにより、愛し合っていると信じていた。
 光秀にはどうしても信じられなかった。
 北条、今川、武田、上杉の軍がこつぜんと京に出現したことはまだ受け入れられた。
 だが、藤孝が敵になってしまったというのは信じられないし、受け入れられないことだった。
 (藤孝に会いたい。これは何かの間違いだ。藤孝の顔が見たい。藤孝の声が聞きたい)
 光秀は爆破的な衝動に突き動かされるまま、ただ馬を走らせていた。
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