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05 北陸の軍神編

吹っ切れて恋する戦乙女と、ある親子の離別

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15
 
 (ここはどこだ?知らない天井…)
 謙信はゆっくりと目を開ける。天井があることからして屋内。山小屋か何かか。
 少し寒いが、耐えられないほどではない。自分は薄い布団をかけられてむしろの上に寝かされているらしいと悟る。
 (私は今までどうしていたのだろうか?)
 謙信は、自分がどうしていたのか、なぜここにいるのかがわからなかった。
 「目が覚めましたか?謙信様、俺がわかりますか」
 だが、自分の顔をのぞき込んで話しかけてくる田宮の姿を見て、頭の中に雷が落ちたように、急速に記憶が蘇っていく。
 同時に、胸の奥のどろどろして痛く切ない感覚も再びこみ上げてくる。
 「いやあっ!」
 「謙信様!」
 起き上がって逃げようとする謙信の手首を田宮は反射的につかむ。
 「いやだ!離してくれ!」
 「謙信様!どこに行くつもりです!そんなあられもない姿で!」
 田宮に指摘されて、謙信は自分が生まれたままの姿に変わった作りの上着をまとっているだけの恥ずかしい有様であることに気づく。
 「田宮殿。逃げない…逃げないから離してくれ…」
 「何があったのか、話してもらえますね、謙信様」
 田宮の言葉に頷いた謙信は、むしろの上に正座する。だが、彼女らしくもなく目を伏せたままだった。
 「嫉妬したのだ…」
 「え、なんですって?」
 蚊の鳴くような声で謙信が発した言葉の意味を、一瞬田宮は理解できなかった。
 「嫉妬したのだ!信長殿たちに!
 そなたがなぜ信長殿たちでなく、私の隣にいないのかと思ってしまった!
 そなたは人のものなのに欲しいと思ってしまった!
 勝手に横恋慕した挙げ句、信長殿たちを妬ましく思った!」
 子供のように謙信は叫び続ける。まるで、今まで抑え込んできたものが吹きだしたかのようだった。
 「恥ずかしい…自分が忌まわしい…。
 こんな惨めで浅ましい思いを抱いた私に…神の化身を名乗る資格などない…。
 こんな邪な感情を抱えて、明日からどの面下げて上杉のみなに合えばいい…。
 そんなことを思ったら全てが怖くなって…逃げ出していたのだ」
 全てを吐き出した謙信は、穴があったら入りたい気持ちだった。
 田宮にとってもきっと迷惑だったことだろう。おまけに、探しに来てくれた田宮の前で自分はどす黒い感情を爆発させて物の怪と化してしまった。
 (まさか“邪気”に呑まれてしまうなんて…)
 ここまで浅ましく愚かしいと、いっそすっきりする。田宮にはっきりと嫌いだといわれれば、諦めもつくだろう。そんなことを謙信は思っていた。
 だが、田宮は謙信の両肩に手を置くと、これ以上ないほど優しく微笑んだ。
 「いいじゃないですか。
 嫉妬するのも。人にものだけど欲しいと思うのも。
 謙信様は女なのですから」
 謙信にとっては意外な言葉だった。てっきり田宮に軽蔑されていると思っていたのだ。
 「だ…だが…。私は神の化身たらんとおのれを律してきた…。
 そんな私がかくも身勝手で浅ましい思いを抱くなど…。
 それ以前に、嫉妬したり人のものを欲しいと思うなど、不埒ではないのか?」
 「気持ちはわかります。
 恥ずかしいですよね。人を嫉んだり、人のものを欲しいと思う気持ち。
 でも、それでも謙信様は女です。
 俺をそういう風に思ってくれたことは…その…すごく嬉しいですよ」
 「田宮殿…!んん…」
 自分でも正体のわからない、胸の奥から溢れ出る爆発的な衝動に突き動かされるまま、謙信は田宮に抱きついて唇を重ねていた。
 「謙信様…」
 「私は…そなたを好きになってもいいのか…?」
 田宮にきつく抱きついて、謙信は問う。服越しでも、田宮の胸板の感触が、心臓の鼓動が伝わって来る気がした。
 「大歓迎です。
 俺も謙信様のことが好きです。
 人を好きになることが罪悪だなんていうやつがいたら、連れてきなさい。俺が説教してやります」
 「んん…!」
 謙信は再び衝動に突き動かされるまま、田宮に唇を重ねていた。こんなに嬉しくて、心まで心地いいと感じたことはなかった。
 田宮の優しさがひたすら嬉しかった。
 まあ、女であれば誰にでも優しいというのは無責任で爛れている気もするが、そういう男に心奪われてしまったのは他ならぬ自分だ。
 (田宮殿が私を好きだと言ってくれた…。
 私が女だから、田宮殿を好いてもいいのだと言ってくれた…)
 謙信は体が宙に浮いたような心地のまま、田宮と唇を重ね続けていた。
 どれくらいそうしていただろうか。謙信は困ったことに気づいていた。
 田宮と抱き合い、口づけを交わしている内に、下腹部の奥がじんわりと熱くなってきてしまったのだ。女の部分からふしだらな汁がとろりと滴ってくるのを感じる。
 体が、謙信の中の女である部分が田宮を求めていた。男として。
 「田宮殿、一つ頼みがある。
 私が女で、田宮殿を好きになっても良いのなら…」
 「なんでしょうか?」
 田宮は驚く。謙信が羽織っていたレインパーカーを肩から落とし、美しい裸をさらしたのだ。
 「そなたのやや子を産ませて欲しいのだ…」
 「え…謙信様…」
 一瞬のことだった、謙信が自分を抱きしめたまま後ろにゆっくりと倒れ込んだのだ。謙信にしっかりと抱きしめられている田宮は、なすすべもなく仰向けになった裸の謙信に覆い被さる形になる。
 「謙信様…」
 田宮は、謙信の素晴らしい膨らみの感触と、目の前にある透き通って潤んだ目の美しさに、自分の理性が麻痺していくのを感じる。
 こんなに清らかで神々しい感じさえする女性が発情している。自分の子供を妊娠させて欲しいと言っている。これに興奮しない男がいるだろうか。
 (ああ…このまま彼女を貫いてしまいたい)
 田宮は股間のジッパーに手を伸ばす。
が…。
 「謙信様!」
 がたん!引き戸が開けられる音がする。大きな声とともに。

16
 
 越後、柏崎港。
 「父上、行かれるのですか?」
 端正な面立ちを持つイケメン武将、真田信幸が父である真田昌幸に問いかける。
 「ああ、すまんがこのまま織田に下る気はわしにはない。謙信様には申し訳ないがな」
 昌幸は不敵に微笑みながら応じる。老獪な知将という雰囲気の顔は、自信と強靱さに満ちていた。
 「信繁、お前も本当にいいのか?」
 「父様を1人で行かせるわけにも行かないしね。
 それに、織田に仕えて、今さら徳川とくつわを並べるのもあれだしね」
 信幸の妹である、ツインテールのロリっ娘武将、信繁が迷いのない笑顔で応える。
 この妹、もとから父親が好きすぎるところがあったが、それだけではない。まだ少女であるとは言っても、信繁も戦人なのだ。
 身の安全を保証してもらうためだけに、かつての敵に下るをよしとしていない。そして、徳川との決着を付けることにこだわっている。
 信濃を離れ、越後に亡命していた真田家の立場は、上杉の降伏とともに大きく転換する。織田に恭順するか、離脱して新たな雇い主を探すかの決断を迫られていたのだ。
 よく話し合った結果、信幸は前者を、昌幸と信繁は後者を選択した。それぞれのやり方で身を振ることに決めたのだった。
 「父上、あなたと信繁はどこへ行こうといずれ織田の敵になりましょう。俺に源義朝になれとおっしゃるんですか?」
 信幸が食い下がる。
 保元の乱が起きたとき、源為義と息子の義朝が敵味方に分かれた理由は諸説ある。
 もともと親子の仲が悪かった。為義は摂関家、義朝は院に近く、利害が対立する立場にあった。どちらが勝っても源氏直系の血筋を絶やさないためだった。などなど。
 だが、いずれにしても義朝は親殺しの汚名を着ることになったことに変わりはなかった。
 このままでは、自分も同じことになる。信幸はそう言っているのだ。
 「図に乗るなよ、信幸。屍をさらすのはお前の方かも知れんぞ。
 織田とじえいたいは確かに強い。だが、誰しも不死身というわけではない。
 どうなるのかわからないのが戦場というものだ。
 信長は、戦の度に幕府の要請を無視して所領の安堵や召し上げを行って、反感を買っているとも聞く。
 このままやつの天下かもしれんし、そうはならんかもしれん。
 どのみち戦いはまだ続く。それだけは確かだ」
 そう言われれば信幸に言葉はなかった。既に父も妹も覚悟を決めている。なら、自分だけ覚悟を決めないわけには行かない。
 「義清も、支度はいい?」
 「ああ、万全だ。また武田と刃を交える日が楽しみなのじゃ」
 長い黒髪の、くりっとした大きな目が愛らしい美少女武将、村上義清が元気よく返答する。
 彼女もまた、武田とのいきさつから恭順を拒否して離脱することを選んだのだ。
 「では、父上、信繁も義清も元気で」
 「ああ、お前もな」
 「お兄ちゃん、織田の下で頑張ってね」
 「今度会うときは戦場じゃな」
 そういって、昌幸、信繁、義清は配下の者たちを連れて船に乗り込んでいく。
 港の労働者や警備の兵たちは、申し訳程度に怪我を負わされ、縛り上げられている。
 建前の上では、上杉から離反した亡命者たちが船を強奪して逃走した、という筋書きだからだ。
 越後の少なくない人間が、戦人としての真田や村上を尊敬し、心服していた。
 だが、彼らにも立場があって、養う家族もいる。表だって協力させることは、昌幸たちにはできなかったのだ。
 「できれば、畑仕事か商いでもしていてくださいよ」
 船が沖合に出て、ほとんど見えなくなってから、信幸が吐き捨てるように言う。戦国であれば、親子や兄弟同士が殺し合うことも珍しくない。だが、真田の家は家族が力を合わせていくつもの難局を乗り切ってきたはずではないか。
 父や妹と殺し合うなどごめん被りたい。
 実際、根っからの武人である昌幸はともかく、信繁は多芸で、物作りや商売でそれなりの才覚を発揮することになる。
 が、それで終わることができないのが真田の血、そして戦国の世というものだったのである。

 なお余談だが。
 「真田の親父と娘の方が姿を消しただと?面白い。また敵となるか」
 (真田怖い真田怖い真田怖い真田怖い真田怖い真田怖い真田怖い真田怖い…)
 「今度戦場で会ったらこの蜻蛉切りのサビにしてくれる!」
 (頼むからできれば戦場に出てこないで!)
 「次そこその首頂こうじゃないのー」
 (紀州の田舎あたりで隠居でもしてくれていればいいものを…)
 自分たちにトラウマを与えた者たちがまた敵になると聞いて、強がろうとして全力で失敗している3人のギャル風美少女武将たちが織田がたにいたのだった。
 ピンク髪サイドテールギャル、筋肉ガールの銀髪黒ギャル、肉感的な茶髪白ギャルだった。
 
 ところ変わってこちらは越後の山中。
 田宮と謙信が避難していた山小屋に入ってきたのは、兼継、景勝、慶次郎と、偵察救難隊副隊長の安西曹長、そして看護師の牛島三曹だった。
 「謙信様、ご無事で…!
 な…田宮…なにをしている…!?」
 防寒具に身を包み、口から白い息を吐き出しながら山小屋に入ってきた兼継の目は、完全に誤解しているものだった。
 いや、あながち誤解とも言えないのだが…。
 改めて田宮は自分の状況を分析する。男である自分が、裸の女である謙信に覆い被さって抱き合っている。右手の指は股間のジッパーにかかっている。
 どう見てもこれから始めるところです。本当にありがとうございました。
 「あら、謙信様が女に目覚めたのかね?」
 「田宮…まさか…無理やり…」
 これは意外だという表情をする慶次郎。
 景勝は、いつものポーカーフェイスの裏に猜疑心と怒気を宿していた。
 「あの隊長、出直してきましょうか?」
 「てか、早く来てくれって言っておいてなにやってんですか?」
 安西曹長が呆れながらどうしたものかという顔をする。
 牛島三曹が笑いをかみ殺すのに苦労しているのがわかる。
 実は、謙信を運び込んだ山小屋の周辺にはヘリで下りられるような場所がなかった。 
 謙信を雪の中で裸のまま置いて置くわけにも行かず、田宮はヘリが着陸できる場所をさがして、山小屋まで徒歩で迎えに来てもらうように要請したのだ。
 急いでくれと言ったのは田宮なのだから、彼らが来るのは当然だ。
 「なんてこと…。やはり織田とじえいたいは謙信様を精液便所にするつもりか…。
 田宮!肉便器にするなら私からにしろ!
 頼む…!何でもするから…私が壊れるまで謙信様に手を出さないで欲しい!」
 なにやらてんぱっている様子の兼継がそう言って袴を脱ごうとし始める。
 (なんだか知らないが、女の子が精液便所だの肉便器だの、はしたないでしょ)
 「うーん。田宮ってば大胆だねえ。
 何人もの女大名をお○んちんで堕としたという男。あたしもちょっと興味あるかも?」
 慶次郎が急に色っぽい表情になり、唇を舌でぺろりと舐める。
 (いや、やってきたことはアレだけど、“お○んちんで堕とした”ってのは誤解だし!)
 「えと…無理やりじゃないの?
 その…お母さんが田宮殿と一緒になるなら、田宮殿はお義父さん?
 でも、景勝もお義父さんの女にされちゃうの?なんかすごく爛れてるの…」
 謙信の様子から、田宮に無理やり犯されかけているという誤解は解けたらしいが、景勝がなにやら急に真っ赤になる。
 (ちょっと待て。なんで景勝にまで手を出すって話になるんだ?俺ってどれだけ種馬と思われてるわけ?)
 生まれたままの姿の謙信と抱き合ったままの姿の田宮は、誤解に対する言い訳もできず、心の中で突っ込み続けることしかできなかった。
 「その…みんな待ってくれ…!
 既に私は身も心も田宮殿のものだ。でも…初めてが4人一緒というのはさすがに恥ずかしいのだ…。
 田宮殿、申し訳ないが…今日はかんべんしてもらえないだろうか…?」
 謙信がなけなしの乙女心を働かせ、田宮の体を離し、両手で胸の膨らみを隠す。
 (確かに初めてがグループセックスじゃ…て、いや、なんか違わないか?)
 そんなことを思いながら、田宮は起き上がって謙信から離れる。
 「隊長、取りあえず春日山城に引き上げましょう。
 お楽しみはそのあとで存分にして頂いてけっこうですから」
 渋面を作りながらも目が笑っている安西曹長の言葉に、田宮はもはや言い訳をする気にもなれなかった。
 「あ…ああ、そうだな。
 謙信様、帰りましょう。あなたの帰りを待っている人たちがいます」
 とにかく、謙信と一緒に春日山城に帰らなければ。そう考えた田宮は謙信に向けて言う。
 「うむ。みなには心配をかけてしまった。
 早う帰って謝らなければな」
 謙信はそう言って、差し出された着替えを身につけていく。
 その表情は、先ほどまでの悲しみに沈んだものではなかった。
 田宮にも、兼継にも景勝にも慶次郎にも、それは嬉しいことだった。

 牛島によって、謙信が凍傷や打撲などを負っていないか調べられるが、幸いにして後遺症が残るようなダメージはなし。
 大事を取って謙信は田宮が背負うことにして、一行はヘリが待機している場所に徒歩で向かう。
 春日山城への帰りのヘリの中で、謙信が田宮に耳打ちする。
 「そなたのやや子、きっと生ませてもらうぞ」
 田宮は不思議な気分だった。滝で出会ったときと同じ、ヘリのローター音の中でも、謙信の囁きがクリアに聞こえたのだ。
 本当に神がかった、人を越えた何かをこの女性は持っているのかも知れない。
 そんなことを思うのだった。
 (しかし困ったな)
 とも思う。謙信が本気で自分との子供の妊娠を望んでいるのが伝わって来る。
 謙信を好きだと言った気持ちに偽りはないが、謙信を妊娠させてパパになるという覚悟まではまだ持てていない。
 結局肝心なところでヘタレてしまうのが田宮知という男なのだった。

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