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05 北陸の軍神編
間に合った包囲と放たれた光の矢
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07
越中と越後の国境付近。
「信長さまあ!間に合いましたあ!」
ベリーショート茶髪美少女、羽柴秀吉が信長に抱きついて喜ぶ。
「何とか遅れずにすんだようでなによりです」
好青年の武将、前田利家が泥とほこりにまみれた顔のまま笑顔になる。
「我々抜きで始められては、末代の恥ですからね!必死でしたとも」
黒髪で色白の長身美少女、柴田勝家も疲労はしているが嬉しそうだ。
空模様が怪しくなり、このまま越後に初雪が来てしまうかと思われた正にそのタイミングで、能登および越中の制圧が完了したのだ。
能登畠山は滅び、越中の神保も降伏を拒否して一族郎党討ち死にして果てた。越中東部に兵をおいていた上杉勢も、不利と見て越後に退却していったのだった。
「3人とも、そして将兵のみなみなも大義であった。
みなの頑張り、この信長嬉しく思うぞ」
信長は主立った者たちの肩を叩いて労をねぎらう。
そして、褒美として手ずから金銀や酒を配っていく。
失敗や怠慢には厳しいが、努力や功績には全力で報いるのが信長の信条だった。
そのために、自衛隊のUH-60JAを借用して信濃から越中まで飛んできたのだ。
かつて、楚の項羽が軍事的には勝利を重ねたにも関わらず、信賞必罰を軽視したために将兵に見限られて滅んだ史実を反面教師としているのだ。
「そうか、やはり一向一揆の征伐に時間を要したか」
「はい、能登畠山や神保などは落ちぶれている上に分裂状態でした。大したことはない。
しかし、一向一揆は相変わらず頭痛の種です」
秀吉が茶で一服しながら信長に戦況を報告していく。
「じえいたいの“せんとうき”も頑張ってくれましたが、字義通り最後の一兵になるまで抵抗し続けるやつらですから」
利家が渋面を浮かべながら付け加える。一向一揆の抵抗で、優秀な兵たちを1人ならず失ったことを思い出しているのだ。
「それで、信長様、いかがしますか?
攻め込むなら越中、信濃、上野から同時に侵攻することになりましょうが。
準備はできています」
勝家が、疲労などなんのそのとばかりに背筋を伸ばして言う。
「いや、しばらくは兵と馬を休ませるがいい。
さすがに能登と越中の制圧を急がせてしまったからな。お前たちはしばらく休憩だ」
信長の返答に、3人は仰天した顔になる。秀吉は、茶を気管に吸い込んでしまい、むせている。
「ごほごほ…!どういうことですか…?まだボクらは戦えますよ!」
「まあ、話は最後まで聞け。
聞いていると思うが、越後に対して殲滅戦をしかけるのは最後の手段だ。
現在自衛隊と協力して、上杉謙信を我々になびかせる作戦が進行中だ。
その成否を確認してからでも行動するのは遅くない。
今は、我らの大軍勢が越後を包囲しているという事実そのものが重要なのだ」
信長は、大軍勢の姿を見せて、上杉に心理的に圧力をかけた後で攻略に移るのだと説明していく。
いくら上杉勢が謙信に全幅の信頼を置いていても、大軍勢に包囲されれば恐怖を抱かずにはいられないことだろう。
義などと言っている場合ではない。山内や信濃の国人衆との約束を違えることにはなるが、織田に下った方がいい。死ぬのは怖くないが、せめて死に方は選びたい。
多くの上杉家の者たちがそう思い始めれば、いかに上杉謙信といえども説得に応じる可能性は高くなる。
そう言う算段だった。
「承知しました。
ではしばらく休息を頂きます」
「その代わり、攻め込むときは置いてかないで下さい。
一向一揆の烏合の衆どもばかり相手にしてて腐っていたんです。栄えある上杉の兵たちと刃を交えるのを楽しみにしていたのです!」
利家はやっと休めるという本音をにじませながら。勝家は、もう雑用はごめんだとばかりに鼻息荒く返答する。
「ところで信長様、ボクの妻で、信長様の夫で、権六様のご主人でもあるあのお方はどうしています?」
「信濃国境の近くだ。
またなにやら試して見たい作戦があるらしい」
秀吉の思い出したような問いに、信長は短く答える。
「作戦ですか…。
今度はどうするのやら。奇策に出るか、それともまた色香で誘惑するのか…」
「あの男嫌いで有名な北条氏康様を色香で堕としたというからなあ…。
おまけに、その母君である、好色家と名高い早雲様までが知に一目惚れしてしまったとか。
しかし、神の化身を自称する潔癖な女には通用しますかね?」
秀吉の疑問に、勝家が顔を赤くしながら付け加える。
「権六、考えても見ろ。神だろうが鬼だろうが、女である身であやつの誘惑と色香に抗えると思うか?」
「無理でしょうねえ」
「まあ、無理ですね-」
勝家と秀吉が即答する。
なぜか、田宮が謙信を色香で誘惑して堕とすことは、彼女たちの間でいつの間にか決定事項となっているのだった。
まあ、あながち間違ってはいなかったのだが。
かくして、前田、柴田、羽柴の軍勢は、越中と越後の国境付近でしばらく待機することとなる。
兵と馬を休ませる傍ら、雪となっても問題ないように、越中東部の城や出城を接収。あわせて、本格的な駐屯地が自衛隊の協力の下建設されていく。
その傍ら、ライフル銃や大砲の訓練が行われる。それらの音は越後まで響き、心理的な圧力となって上杉勢に届くのだった。
「射撃続行!撃て!撃て!」
一方こちらは上野と越後の国境。
既に60に手が届くが、全く衰えを感じさせない勇将、滝川一益率いる織田勢が上杉勢に対して親の敵のように砲撃を浴びせていた。
長距離では青銅の大砲、中距離では棒火矢や投石機による攻撃がつるべ打ちに放たれる。国境の山中に、山が平らになってしまうのではないかと思えるほどの爆発が引っ切りなしに起こる。
とにかく火力にものを言わせるやり方に、さしもの上杉勢も力を発揮できずにいた。
なにせ、織田勢は、接近戦に持ち込もうとすると、相互援助を行いながら躊躇なく撤退してしまうのだ。
「我々の出番は上杉勢が疲れ始めてからか。歯がゆいな」
「ま、元気な上杉勢と戦うのは愚策と信濃で学んだからね-。仕方ないね-」
騎兵を率いている姫カット美少女北条氏康と、弓兵を担当する金髪ロリ美少女今川氏実が自分たちの出番が来るのを待っている。
こちらはあらかじめ退路を確保しておいて、砲撃しながら後退に次ぐ後退で上杉勢を消耗させる。そこを一撃離脱でダメージを与える作戦だった。
事前の軍議で、間違っても上杉勢とがっぷり四つに組むようなことはならないと厳命されている。
「伝令、上杉勢の隊列、乱れ始めました!
北条殿、今川殿、攻撃命令が出ました!」
一益の伝令が爆発に負けないよう大声で攻撃命令を伝える。
「やっとか!全軍、突撃!」
「任されて!みんな、攻撃準備だよ!」
しぶとく砲撃をしのぎ続けてきた上杉勢にも疲れが見えている。
「進め!進めえっ!」
北条の騎馬隊が上杉勢に肉薄する。
「なんだあの槍は!?」
「まずい!突っ込んでくる!」
自衛隊の協力で開発された、突進用のランスを全軍が装備している。言うなれば軽く長く頑丈な使い捨ての洋槍だ。馬の速度を落とさずに突撃して敵兵や馬に突き刺して、そのまま放置して離脱しまう。
正に一撃離脱用の兵装、用兵だった。
「弓隊よーい、放て-!」
今川の弓隊が矢をつがえ、一斉に射る。
「ぐうっ!」
「なんだこの矢は…?」
この矢もまた、自衛隊の協力の下に作られたものだった。
鏃が先のくぼんだ弾丸状の軟鉄でできている。人体に命中すると、ホローポイント弾のように鏃が体の中でマッシュルーム状に変形して大きなダメージを与える。
弓隊もまた、矢を目標の数だけ射ると、仕事は終わりとばかりに後退してしまう。
とにかく一撃離脱に徹し、彼我の間合いを取ろうとする織田、今川、北条の連合軍に、上杉勢は自慢の神速の用兵を活かせないまま戦力を削られていくのだった。
かくして、上野と越後の国境での戦いは、連合軍の有利に進む。
領土を奪われたわけではなく、兵力の損失も致命的なものではなかった。が、自慢の神速の用兵が火力と一撃離脱戦法の前に封殺された事実は、上杉勢にとって大きな心理的打撃となったのだった。
08
越後、春日山城、毘沙門堂。
「天の道、地の理、人の和」
夜のとばりも下り、香を焚いた毘沙門堂の中、上杉謙信は祈りを捧げながら思案していた。
越後は3方から織田信長指揮下の連合軍に包囲されている。
まだ敗北の兆候が見えたわけではないが、兵たち、そして越後の民の間に動揺が拡がりつつある。
越中や信濃の国境にこれ見よがしに大軍を配置しているのはまだこけおどしと一笑に付せる。が、上野との国境で、織田勢の身もふたもない火力にものを言わせた戦いに少なくない兵力が失われ、後退した事実はさすがに問題だった。
「恐怖は水のようなもの。一度浸水が始まれば、くみ出すのは容易でないか…」
どう言おうが、信濃から戦略的撤退を行った時とは違う。明らかな敗走だったからだ。今まで越中や信濃、上野の局地戦とは言え、常勝無敗を誇ってきた上杉にとっては心理的に大きな痛手だった。
家臣たちも口には出さないが、不安、そして恐怖を感じているのは見て取れる。
これほど迷い、心が揺れたのは謙信にとって初めてのことかも知れなかった。
織田勢は今のところとくに何も言っては来ないが、対話の道は閉ざされたわけではないだろう。
単純に計算すれば、地下資源の採掘権と税の免除で和平が買えるなら、常識的には割に合う話と言えた。
「“単純に計算すれば”だな」
だが、謙信の義侠心がそれを許さなかった。
守護代に過ぎなかった自分を上杉の後継者、そして関東管領に指名してくれた山内憲政。
一方的な権益の剥奪に納得せず、自分たちを頼ってきた真田昌幸。
信濃での対武田戦ではくつわを並べて戦った中である村上義清。
彼らをきっと守ると約束した。それを反故にすることだけは謙信にはできなかった。
それに…。
“あなたのようないい女とは、戦場以外でお会いしたいものですな”
水行の最中にばったり出会った、じえいたいの兵らしい男の言葉と顔が頭に浮かぶ。
(わ…私は何を考えているのだ…!?
瞑想の最中に男のことを考えるなど…)
謙信は胸の奥がざわついて心が乱れるのを必死で抑えようとする。
どうも、滝であの男と会って以来、時折胸の奥がざわざわとするのが止められないのだ。
(本当に私はどうしてしまったのだ…?
このざわざわした感じはなんなのだ?)
謙信は今まで感じたことのない感覚に戸惑うばかりだった。
ただ、自分はあの男と戦いたくないと思っているのはわかる。なぜかはわからないが、あの男と刃を交えたくない気持ちをはっきりと持っているのだ。
(どうしたらいい?)
ただでさえ戦況が芳しくないのに、越後の主である自分がこんなに心乱れている有様ではどうにもならない。
「なんだ!?」
謙信の思考は、ばたばたという何かが風を切るようなけたたましい音で遮られる。
謙信にはそれがなにかすぐにわかった。
信濃で聞いたことのある音だった。回転する翼を持つ、じえいたいの鉄の鳥に違いない。
その思考を裏付けるように、毘沙門堂が突然昼になったかと思うようなまばゆい光に照らされる。
鉄の鳥がすぐ近くに来ているのだ。
謙信は毘沙門堂を飛び出していた。
春日山城の上を飛ぶUH-60JAのキャビンの中、田宮は双眼鏡で毘沙門堂から飛び出してきた謙信の姿を確認していた。
「機長、毘沙門堂の中に誰かいますか?」
「赤外線では反応なしだ」
田宮の問いに、機長が慎重に返答する。
毘沙門堂は謙信が瞑想を行う不可侵の場所ということだが、掃除のために誰かが中にいるという可能性はある。
これから実行される作戦の趣旨を考えると、それはまずいのだ。
田宮はヘッドセットをかぶり、拡声器のスイッチを入れる。
『春日山城の方々に申し上げる。
われわれはこれより毘沙門堂を破壊する。至急退避されたし。
繰り返す。
われわれはこれより毘沙門堂を破壊する。至急退避されたし』
あらかじめの計画通りに田宮は警告を発する。そして、拡声器のスイッチを切り、無線に切り替える。
「ジャヴァウォックよりパイルバンカー。
予定通り攻撃を願います」
『パイルバンカー了解。これより攻撃を開始する』
国境の信濃川に待機する12式地対艦誘導弾の指揮を取る二尉が無線に応じる。
「12式地対艦誘導弾、発射!」
「発射!」
信濃の山林の中。指揮官の二尉の指示に応じて、管制車の三曹が安全装置を外し、トリガーを引く。
爆発と見まがう光を発して、トラックの荷台に直立した発射機から12式地対艦誘導弾が打ち上げられ、次いで光の尾を引いて越後に向けて飛翔していく。
高速で航行する艦艇さえ補足し食らいつく精度を持つミサイルだ。城の一角にあるお堂など、金魚鉢の中の金魚を撃つようなものだった。
ミサイルは管制レーダー車の誘導に従い、山間を低空で飛翔していく。
目標である春日山城、そして毘沙門堂を補足すると、軽く上昇して斜め上から突入した。
「ジャヴァウォックよりパイルバンカー。
誘導弾は目標に命中。死傷者認められず。繰り返す。死傷者認められず」
田宮は無線で作戦成功を伝える。
誘導弾は信管が外されていた。直撃はしたが炸裂せず、毘沙門堂に突き刺さってがれきの山に変えただけだった。まあ、中はひどいことになっているだろうが。
謙信が、毘沙門堂から退避するかどうか逡巡している様子を見たときは肝を冷やした。が、幸いにして結局謙信は分別を働かせて毘沙門堂から離れた。
「さて、後はこちらのメッセージを理解してくれるかどうか…」
任務を終えて離脱するヘリのドアから春日山城を眺めて、田宮は独りごちた。
現状一番現実的な作戦であったとは言え、上杉勢が、なにより謙信自身がこの攻撃をどう受け取るかまでははっきりとは断言できなかったからだ。
海津城で決定された作戦の一つ。
上杉謙信の説得もしくは調略を行う作戦に関して、田宮は一つの具申をした。
死傷者を出すことなく、上杉謙信の信仰の象徴にして、上杉勢の心のよりどころでもある毘沙門堂を破壊する。
“これは警告だ。次は春日山城そのものを撃つ”
という意思表示を示すことで、謙信に翻意を促す。いわば、上杉勢にチャンスを与えるのだ。
併せて、毘沙門天の加護も、圧倒的な暴力の前には限界があるという不安と恐怖を上杉勢に与えることも期待された。
方法はいろいろと検討される。F-35BJによる空爆。AH-64Dによる対戦車ミサイルでの攻撃。りゅう弾砲によるロングレンジ射撃。
だが、これらを抑えて名乗りを上げたのが、12式地対艦誘導弾の部隊だった。
対艦ミサイルであれば、ジェットエンジンの音や光などのインパクトが期待できる。それに、こちらに国境の向こうから山を飛び越えて越後を撃つ力があると上杉勢に示せる。
それが理由だった。
最終的に、12式による攻撃案が承認される。
ヘリで警告を発した後に、毘沙門堂を破壊する作戦は実行され、成功した。
だが、肝心の謙信に節を曲げさせることができるかどうかはまだわからなかった。
なにせ相手はあの潔癖で義侠心に生きる女、上杉謙信なのだ。
越中と越後の国境付近。
「信長さまあ!間に合いましたあ!」
ベリーショート茶髪美少女、羽柴秀吉が信長に抱きついて喜ぶ。
「何とか遅れずにすんだようでなによりです」
好青年の武将、前田利家が泥とほこりにまみれた顔のまま笑顔になる。
「我々抜きで始められては、末代の恥ですからね!必死でしたとも」
黒髪で色白の長身美少女、柴田勝家も疲労はしているが嬉しそうだ。
空模様が怪しくなり、このまま越後に初雪が来てしまうかと思われた正にそのタイミングで、能登および越中の制圧が完了したのだ。
能登畠山は滅び、越中の神保も降伏を拒否して一族郎党討ち死にして果てた。越中東部に兵をおいていた上杉勢も、不利と見て越後に退却していったのだった。
「3人とも、そして将兵のみなみなも大義であった。
みなの頑張り、この信長嬉しく思うぞ」
信長は主立った者たちの肩を叩いて労をねぎらう。
そして、褒美として手ずから金銀や酒を配っていく。
失敗や怠慢には厳しいが、努力や功績には全力で報いるのが信長の信条だった。
そのために、自衛隊のUH-60JAを借用して信濃から越中まで飛んできたのだ。
かつて、楚の項羽が軍事的には勝利を重ねたにも関わらず、信賞必罰を軽視したために将兵に見限られて滅んだ史実を反面教師としているのだ。
「そうか、やはり一向一揆の征伐に時間を要したか」
「はい、能登畠山や神保などは落ちぶれている上に分裂状態でした。大したことはない。
しかし、一向一揆は相変わらず頭痛の種です」
秀吉が茶で一服しながら信長に戦況を報告していく。
「じえいたいの“せんとうき”も頑張ってくれましたが、字義通り最後の一兵になるまで抵抗し続けるやつらですから」
利家が渋面を浮かべながら付け加える。一向一揆の抵抗で、優秀な兵たちを1人ならず失ったことを思い出しているのだ。
「それで、信長様、いかがしますか?
攻め込むなら越中、信濃、上野から同時に侵攻することになりましょうが。
準備はできています」
勝家が、疲労などなんのそのとばかりに背筋を伸ばして言う。
「いや、しばらくは兵と馬を休ませるがいい。
さすがに能登と越中の制圧を急がせてしまったからな。お前たちはしばらく休憩だ」
信長の返答に、3人は仰天した顔になる。秀吉は、茶を気管に吸い込んでしまい、むせている。
「ごほごほ…!どういうことですか…?まだボクらは戦えますよ!」
「まあ、話は最後まで聞け。
聞いていると思うが、越後に対して殲滅戦をしかけるのは最後の手段だ。
現在自衛隊と協力して、上杉謙信を我々になびかせる作戦が進行中だ。
その成否を確認してからでも行動するのは遅くない。
今は、我らの大軍勢が越後を包囲しているという事実そのものが重要なのだ」
信長は、大軍勢の姿を見せて、上杉に心理的に圧力をかけた後で攻略に移るのだと説明していく。
いくら上杉勢が謙信に全幅の信頼を置いていても、大軍勢に包囲されれば恐怖を抱かずにはいられないことだろう。
義などと言っている場合ではない。山内や信濃の国人衆との約束を違えることにはなるが、織田に下った方がいい。死ぬのは怖くないが、せめて死に方は選びたい。
多くの上杉家の者たちがそう思い始めれば、いかに上杉謙信といえども説得に応じる可能性は高くなる。
そう言う算段だった。
「承知しました。
ではしばらく休息を頂きます」
「その代わり、攻め込むときは置いてかないで下さい。
一向一揆の烏合の衆どもばかり相手にしてて腐っていたんです。栄えある上杉の兵たちと刃を交えるのを楽しみにしていたのです!」
利家はやっと休めるという本音をにじませながら。勝家は、もう雑用はごめんだとばかりに鼻息荒く返答する。
「ところで信長様、ボクの妻で、信長様の夫で、権六様のご主人でもあるあのお方はどうしています?」
「信濃国境の近くだ。
またなにやら試して見たい作戦があるらしい」
秀吉の思い出したような問いに、信長は短く答える。
「作戦ですか…。
今度はどうするのやら。奇策に出るか、それともまた色香で誘惑するのか…」
「あの男嫌いで有名な北条氏康様を色香で堕としたというからなあ…。
おまけに、その母君である、好色家と名高い早雲様までが知に一目惚れしてしまったとか。
しかし、神の化身を自称する潔癖な女には通用しますかね?」
秀吉の疑問に、勝家が顔を赤くしながら付け加える。
「権六、考えても見ろ。神だろうが鬼だろうが、女である身であやつの誘惑と色香に抗えると思うか?」
「無理でしょうねえ」
「まあ、無理ですね-」
勝家と秀吉が即答する。
なぜか、田宮が謙信を色香で誘惑して堕とすことは、彼女たちの間でいつの間にか決定事項となっているのだった。
まあ、あながち間違ってはいなかったのだが。
かくして、前田、柴田、羽柴の軍勢は、越中と越後の国境付近でしばらく待機することとなる。
兵と馬を休ませる傍ら、雪となっても問題ないように、越中東部の城や出城を接収。あわせて、本格的な駐屯地が自衛隊の協力の下建設されていく。
その傍ら、ライフル銃や大砲の訓練が行われる。それらの音は越後まで響き、心理的な圧力となって上杉勢に届くのだった。
「射撃続行!撃て!撃て!」
一方こちらは上野と越後の国境。
既に60に手が届くが、全く衰えを感じさせない勇将、滝川一益率いる織田勢が上杉勢に対して親の敵のように砲撃を浴びせていた。
長距離では青銅の大砲、中距離では棒火矢や投石機による攻撃がつるべ打ちに放たれる。国境の山中に、山が平らになってしまうのではないかと思えるほどの爆発が引っ切りなしに起こる。
とにかく火力にものを言わせるやり方に、さしもの上杉勢も力を発揮できずにいた。
なにせ、織田勢は、接近戦に持ち込もうとすると、相互援助を行いながら躊躇なく撤退してしまうのだ。
「我々の出番は上杉勢が疲れ始めてからか。歯がゆいな」
「ま、元気な上杉勢と戦うのは愚策と信濃で学んだからね-。仕方ないね-」
騎兵を率いている姫カット美少女北条氏康と、弓兵を担当する金髪ロリ美少女今川氏実が自分たちの出番が来るのを待っている。
こちらはあらかじめ退路を確保しておいて、砲撃しながら後退に次ぐ後退で上杉勢を消耗させる。そこを一撃離脱でダメージを与える作戦だった。
事前の軍議で、間違っても上杉勢とがっぷり四つに組むようなことはならないと厳命されている。
「伝令、上杉勢の隊列、乱れ始めました!
北条殿、今川殿、攻撃命令が出ました!」
一益の伝令が爆発に負けないよう大声で攻撃命令を伝える。
「やっとか!全軍、突撃!」
「任されて!みんな、攻撃準備だよ!」
しぶとく砲撃をしのぎ続けてきた上杉勢にも疲れが見えている。
「進め!進めえっ!」
北条の騎馬隊が上杉勢に肉薄する。
「なんだあの槍は!?」
「まずい!突っ込んでくる!」
自衛隊の協力で開発された、突進用のランスを全軍が装備している。言うなれば軽く長く頑丈な使い捨ての洋槍だ。馬の速度を落とさずに突撃して敵兵や馬に突き刺して、そのまま放置して離脱しまう。
正に一撃離脱用の兵装、用兵だった。
「弓隊よーい、放て-!」
今川の弓隊が矢をつがえ、一斉に射る。
「ぐうっ!」
「なんだこの矢は…?」
この矢もまた、自衛隊の協力の下に作られたものだった。
鏃が先のくぼんだ弾丸状の軟鉄でできている。人体に命中すると、ホローポイント弾のように鏃が体の中でマッシュルーム状に変形して大きなダメージを与える。
弓隊もまた、矢を目標の数だけ射ると、仕事は終わりとばかりに後退してしまう。
とにかく一撃離脱に徹し、彼我の間合いを取ろうとする織田、今川、北条の連合軍に、上杉勢は自慢の神速の用兵を活かせないまま戦力を削られていくのだった。
かくして、上野と越後の国境での戦いは、連合軍の有利に進む。
領土を奪われたわけではなく、兵力の損失も致命的なものではなかった。が、自慢の神速の用兵が火力と一撃離脱戦法の前に封殺された事実は、上杉勢にとって大きな心理的打撃となったのだった。
08
越後、春日山城、毘沙門堂。
「天の道、地の理、人の和」
夜のとばりも下り、香を焚いた毘沙門堂の中、上杉謙信は祈りを捧げながら思案していた。
越後は3方から織田信長指揮下の連合軍に包囲されている。
まだ敗北の兆候が見えたわけではないが、兵たち、そして越後の民の間に動揺が拡がりつつある。
越中や信濃の国境にこれ見よがしに大軍を配置しているのはまだこけおどしと一笑に付せる。が、上野との国境で、織田勢の身もふたもない火力にものを言わせた戦いに少なくない兵力が失われ、後退した事実はさすがに問題だった。
「恐怖は水のようなもの。一度浸水が始まれば、くみ出すのは容易でないか…」
どう言おうが、信濃から戦略的撤退を行った時とは違う。明らかな敗走だったからだ。今まで越中や信濃、上野の局地戦とは言え、常勝無敗を誇ってきた上杉にとっては心理的に大きな痛手だった。
家臣たちも口には出さないが、不安、そして恐怖を感じているのは見て取れる。
これほど迷い、心が揺れたのは謙信にとって初めてのことかも知れなかった。
織田勢は今のところとくに何も言っては来ないが、対話の道は閉ざされたわけではないだろう。
単純に計算すれば、地下資源の採掘権と税の免除で和平が買えるなら、常識的には割に合う話と言えた。
「“単純に計算すれば”だな」
だが、謙信の義侠心がそれを許さなかった。
守護代に過ぎなかった自分を上杉の後継者、そして関東管領に指名してくれた山内憲政。
一方的な権益の剥奪に納得せず、自分たちを頼ってきた真田昌幸。
信濃での対武田戦ではくつわを並べて戦った中である村上義清。
彼らをきっと守ると約束した。それを反故にすることだけは謙信にはできなかった。
それに…。
“あなたのようないい女とは、戦場以外でお会いしたいものですな”
水行の最中にばったり出会った、じえいたいの兵らしい男の言葉と顔が頭に浮かぶ。
(わ…私は何を考えているのだ…!?
瞑想の最中に男のことを考えるなど…)
謙信は胸の奥がざわついて心が乱れるのを必死で抑えようとする。
どうも、滝であの男と会って以来、時折胸の奥がざわざわとするのが止められないのだ。
(本当に私はどうしてしまったのだ…?
このざわざわした感じはなんなのだ?)
謙信は今まで感じたことのない感覚に戸惑うばかりだった。
ただ、自分はあの男と戦いたくないと思っているのはわかる。なぜかはわからないが、あの男と刃を交えたくない気持ちをはっきりと持っているのだ。
(どうしたらいい?)
ただでさえ戦況が芳しくないのに、越後の主である自分がこんなに心乱れている有様ではどうにもならない。
「なんだ!?」
謙信の思考は、ばたばたという何かが風を切るようなけたたましい音で遮られる。
謙信にはそれがなにかすぐにわかった。
信濃で聞いたことのある音だった。回転する翼を持つ、じえいたいの鉄の鳥に違いない。
その思考を裏付けるように、毘沙門堂が突然昼になったかと思うようなまばゆい光に照らされる。
鉄の鳥がすぐ近くに来ているのだ。
謙信は毘沙門堂を飛び出していた。
春日山城の上を飛ぶUH-60JAのキャビンの中、田宮は双眼鏡で毘沙門堂から飛び出してきた謙信の姿を確認していた。
「機長、毘沙門堂の中に誰かいますか?」
「赤外線では反応なしだ」
田宮の問いに、機長が慎重に返答する。
毘沙門堂は謙信が瞑想を行う不可侵の場所ということだが、掃除のために誰かが中にいるという可能性はある。
これから実行される作戦の趣旨を考えると、それはまずいのだ。
田宮はヘッドセットをかぶり、拡声器のスイッチを入れる。
『春日山城の方々に申し上げる。
われわれはこれより毘沙門堂を破壊する。至急退避されたし。
繰り返す。
われわれはこれより毘沙門堂を破壊する。至急退避されたし』
あらかじめの計画通りに田宮は警告を発する。そして、拡声器のスイッチを切り、無線に切り替える。
「ジャヴァウォックよりパイルバンカー。
予定通り攻撃を願います」
『パイルバンカー了解。これより攻撃を開始する』
国境の信濃川に待機する12式地対艦誘導弾の指揮を取る二尉が無線に応じる。
「12式地対艦誘導弾、発射!」
「発射!」
信濃の山林の中。指揮官の二尉の指示に応じて、管制車の三曹が安全装置を外し、トリガーを引く。
爆発と見まがう光を発して、トラックの荷台に直立した発射機から12式地対艦誘導弾が打ち上げられ、次いで光の尾を引いて越後に向けて飛翔していく。
高速で航行する艦艇さえ補足し食らいつく精度を持つミサイルだ。城の一角にあるお堂など、金魚鉢の中の金魚を撃つようなものだった。
ミサイルは管制レーダー車の誘導に従い、山間を低空で飛翔していく。
目標である春日山城、そして毘沙門堂を補足すると、軽く上昇して斜め上から突入した。
「ジャヴァウォックよりパイルバンカー。
誘導弾は目標に命中。死傷者認められず。繰り返す。死傷者認められず」
田宮は無線で作戦成功を伝える。
誘導弾は信管が外されていた。直撃はしたが炸裂せず、毘沙門堂に突き刺さってがれきの山に変えただけだった。まあ、中はひどいことになっているだろうが。
謙信が、毘沙門堂から退避するかどうか逡巡している様子を見たときは肝を冷やした。が、幸いにして結局謙信は分別を働かせて毘沙門堂から離れた。
「さて、後はこちらのメッセージを理解してくれるかどうか…」
任務を終えて離脱するヘリのドアから春日山城を眺めて、田宮は独りごちた。
現状一番現実的な作戦であったとは言え、上杉勢が、なにより謙信自身がこの攻撃をどう受け取るかまでははっきりとは断言できなかったからだ。
海津城で決定された作戦の一つ。
上杉謙信の説得もしくは調略を行う作戦に関して、田宮は一つの具申をした。
死傷者を出すことなく、上杉謙信の信仰の象徴にして、上杉勢の心のよりどころでもある毘沙門堂を破壊する。
“これは警告だ。次は春日山城そのものを撃つ”
という意思表示を示すことで、謙信に翻意を促す。いわば、上杉勢にチャンスを与えるのだ。
併せて、毘沙門天の加護も、圧倒的な暴力の前には限界があるという不安と恐怖を上杉勢に与えることも期待された。
方法はいろいろと検討される。F-35BJによる空爆。AH-64Dによる対戦車ミサイルでの攻撃。りゅう弾砲によるロングレンジ射撃。
だが、これらを抑えて名乗りを上げたのが、12式地対艦誘導弾の部隊だった。
対艦ミサイルであれば、ジェットエンジンの音や光などのインパクトが期待できる。それに、こちらに国境の向こうから山を飛び越えて越後を撃つ力があると上杉勢に示せる。
それが理由だった。
最終的に、12式による攻撃案が承認される。
ヘリで警告を発した後に、毘沙門堂を破壊する作戦は実行され、成功した。
だが、肝心の謙信に節を曲げさせることができるかどうかはまだわからなかった。
なにせ相手はあの潔癖で義侠心に生きる女、上杉謙信なのだ。
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