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05 北陸の軍神編
蒼く燃える平原と遊郭のイノベーション
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01
加賀、石川郡。
『スワロー4よりヴァ―テクス。これより航空支援を開始する。
スモークを焚いて位置を知らせろ』
『ヴァ―テクス了解。赤いスモークが見えるか?
こちらは海側にいる。山とスモークの間にいるのが敵だ』
空自のF-35BJを駆る江藤一等空尉は、無線の応答を聞いて、地上の状況を確認する。低空で飛行しているとはいえ、地上が人に埋め尽くされているということ以外はほとんど目視ではわからなかった。
装いも味方の足軽と敵の雑兵たちで大して違いがない。が、赤いスモークは確認できたし、無数に翻る筵旗はそれなりに目立つ。
これならば味方を誤射する危険はないだろう。
『こちらスワロー4。これより一向一揆の殲滅に入る!』
FCSの誘導に従い、江藤が操縦桿のトリガーを引くと、主翼のハードポイントに装備されていた、尾翼のついた円筒が投下される。
それは地表すれすれで炸裂し、青白い炎を広範囲に拡散させた。
『こちらスワロー5。攻撃を続行する!』
江藤の僚機であるもう1機のF-35BJも同じように円筒を投下する。青白い炎が放射状に広がり、一向一揆の賊徒たちを薙ぎ払っていく。
なまじ数が多かっただけに、一向一揆勢は青白い炎をまともに食らってしまう。地を埋め尽くしていた人の波が、焼き尽くされ倒れ伏していく。
『スワロー4よりヴァ―テクスへ。戦果は確認できるか?』
『こちらヴァ―テクス。一向一揆は殲滅されつつあり。新型の爆弾、いい調子だな』
地上やヘリからの誘導に従い、一向一揆勢を空爆したが、空からでは戦果はよく確認できない。
江藤は、自分たちの空爆が成功したことに、歓喜や充実感とともに、悲しみと恐怖を感じる。
F-35BJが投下したのは、この世界で現地調達した資材で施設科と特科が完成させた燃料気化爆弾だった。
尾翼のついた金属の筒状の容器に、菜種油と純度の高いエタノールを混ぜたものを充てんする。それに安全装置のついた時限式の特殊な信管を挿入して密封したシンプルなものだ。
投下されると、時間差で第一信管が作動し、密封された円筒の中を高温、高圧の状態にする。さらに時間差で火薬ボルトが点火され、気密が解除されて燃料が広範囲に高圧で散布される。最後に本命の第二信管が作動し、自由空間蒸気雲爆発を引き起こす。
凄まじい衝撃波が走り、周囲の気圧が一瞬にして上昇するため、伏せようが隠れようが被害を防ぐ手段がない。
広範囲の敵を一瞬にして掃討することができるのだ。
越前、加賀、越中を制圧するに当たり、兵の質こそ高くないが、動員力だけは並外れている一向一揆を効率的に殲滅する手段が求められた。そこで、以前から施設科と特科が試作を進めていた燃料気化爆弾に白羽の矢が立った。
実戦でも使えるレベルの制圧力と安全性が確認された時点で量産が決定された。そして、越前から加賀に織田勢が侵攻するに当たって、実戦投入されたのだ。
「いくら何でも非人道的ではないか?」
自衛隊の中でも、その非人道性に疑問を呈する声もあった。が、実際に偵察が行われ、加賀、越中の一向一揆の動員力が確認されると、燃料気化爆弾の投入もやむなしと言う方向にまとまって行く。
特に加賀は、”百姓の持ちたる国”として一向宗によって1世紀近く統治されて来た国だった。当然のように”南無阿弥陀仏の教えは全てに優先する”と多くの人間が信じていた。言うなれば、国一つが丸ごとカルト化していたのだ。
信心第一で凝り固まっているから、取引ができるわけでもなく、理屈も通じない。法や権力に従おうという意思もない。約束を交わしても平気で反故にする。信仰のために戦って死ねば極楽往生できると信じるのだから死を恐れず、ゆえに恐怖による恫喝も無意味。
そう言う者たちに対する対策は一つ。殲滅だけだった。
悪いことに、越前の一向一揆が殲滅され、加賀に織田勢が駒を進めると、一向一揆の門徒たちは危機感と焦りから”邪気”に憑りつかれ、”鬼”と化し始めた。ただでさえしつこくて始末に負えないカルトたちが、痛みも恐怖も感じることのない凶暴な怪物と化して襲ってくるのである。
ことここにあっては、近づけさせることさえせずに殲滅、根絶する以外に方法はなかったのである。
地上で加賀制圧部隊の指揮を執る前田利家は、燃料気化爆弾の破壊力に驚嘆するとともに、江藤と同じように悲哀と恐怖を感じていた。
信心第一で凝り固まった者たちと自分たちは相いれない。それはわかる。だが、いくら危険な集団と言えども人間だ。あれだけの破壊力を持つ兵器で問答無用で殲滅するというのは、どうにもなけなしの良心に応えるものがあるのだ。
「利家さま、一向一揆の一団が向かってきます」
連絡役として本陣に派遣されている陸自の二曹が、上空を偵察するSH-60Jの報告を受けて利家に伝える。
「あいわかった。
大砲による準備射撃を開始。その後にライフル隊による射撃を行う。
よく狙えよ!」
利家の指示で、まず青銅製の大砲が火を吹き、”鬼”と化した一向一揆の足を止める。
「撃てーーーっ!」
続いて、今回試みに加賀制圧軍に優先的に配備されたライフル銃で武装した部隊が射撃を開始する。
射程距離もマスケット銃である火縄銃にくらべて圧倒的だが、何よりその弾道の安定性と命中精度が素晴らしい。
これは、自衛隊が堺や近江の職人と協力して作り上げた前装式のライフル銃だった。
ショルダーストックやメタルサイトが装備されているなど、射撃の精密度を上げる構造となっている。が、最大の特徴は銃身にライフリング(らせん状の溝)が切られていることだ。
弾は字義通り弾丸状をしており、へこんだ弾底に鋼鉄のスカートが貼り付けられている。銃口から薬室に装填され、ロッドによって突き固められると、スカートに圧迫された弾底が拡がり、ライフリングに食い込む。そして、激発されると、火薬の圧力で弾底がさらに広がってライフリングに食い込む。これによって銃弾は横方向の回転が与えられ、弾道を安定させる効果が得られる。
激発方式は火打石を用いたフリントロック式で、火縄を必要としない。
「交代!2番隊前へ!撃てーーーっ!」
射撃を行った1番隊が後ろに下がり、2番隊が一斉に射撃を行う。その後ろにはさらに3番隊が控えている。最後列に下がった1番隊は弾を装填する。これによって絶え間ないつるべ打ちを可能とする。
「よく狙え!死ぬほどやった訓練を思い出せ!」
ライフル銃の射撃は確実に功を奏していた。弾道が安定し命中精度に優れるため、”鬼”の弱点である顔面を遠くからでも正確に狙うことができるのだ。
まあ、それができるようになるまでに、足軽鉄砲隊は血のにじむような訓練を重ねて来たわけだが。
結局、”鬼”と化した一向一揆の一団は、織田勢の本陣にたどりつくことなく全滅したのだった。
「どうか、成仏してくれ」
利家は、人の姿に戻って屍をさらす一向一揆の門徒たちに手を合わせる。他の将兵たちや、自衛隊員達もそれにならっていた。
特に、自衛隊員たちは複雑な気分だった。
史実では、特に越前や加賀は苛烈な一向一揆狩りによって、江戸時代に至るまで長い間労働人口の不足に悩んだとされる。それをして前田利家の残虐さの証左とする意見もある。
だが、目の前の状況を見ていると是非もないという気分になって来る。極楽往生を言い訳に、自分も他人も、そもそも命というものを大切にしようという神経を持たない者たちを従わせる方法などない。殲滅が唯一の道と思えて来るのだ。
少なくとも、結果だけ見て後知恵で虐殺だのジェノサイドだのと簡単に言っていいものではない。そう思えるのだった。徹底的にやらなければ屍をさらしていたのは自分たちの方だったであろうから。
何はともあれ、前田利家の指揮のもと、加賀の制圧は順調に進んでいく。
単純な武器の破壊力もものを言ったが、情報戦における勝利が何と言っても大きかった。
一向一揆は所詮まともな訓練も受けていない武装ゲリラか民兵にすぎない。
偽情報を流せば簡単に引っかかってくれる。精工に作られた偽の命令書を渡せば、罠とも知らずこちらの思うように動いてくれる。
すでに一向一揆の指導者の何人かを暗殺し、織田勢の間者が偽物として潜入していた。
なんと言っても、ゲリラ戦を行わず正面から突撃せよという偽の命令に疑いもせず従ってくれるのがありがたかった。
「姑息な戦いをせず、堂々と戦って阿弥陀様の元に往生すべし!(訳:ゲリラ戦はめんどうだから正面からのこのこ攻めてきてね)」
一向一揆は森林や村や町に潜み、ゲリラ化すれば実に厄介な存在だ。
だが、武装して正規戦を行うかぎりにおいては、ただ突撃して来る以外に能のない烏合の衆に過ぎない。極楽往生を信じて死を恐れないからなおのこと。
のこのこ野戦に出て突撃してきたところを、威力の高い兵器で殲滅する。非常に効果的な作戦と言えた。
また、燃料気化爆弾やライフル銃が”鬼”に対して有効であることも実証され、今後の参考になるデータが得られた。
特に燃料気化爆弾は、圧力で内耳を破壊するため、頭が弱点である”鬼”の集団に対し非常に有効ということがわかったのだった。
利家指揮下の制圧軍は、加賀を東に進み、一向一揆を殲滅しながら、能登、越中の国境に迫りつつあった。
なお、余談だが。
「江藤さん、本当に行くんですか?」
「いいから付き合えって。女房に悪いって気持ちはわかるが、命の洗濯も必要だろ?」
バディのパイロットである二尉をともなって、江藤は岐阜の城下町の遊郭へとむかう。
「いらっしゃーい。江藤さん、来てくれて嬉しいよお」
「お連れさんも、どうぞどうぞ」
江藤の行きつけの娼館では、気さくな遊女たちが元気よく色っぽく二人を迎えてくれる。
「へええーー!すごいなあ。江藤さん、大手柄じゃない?」
「ねえ、”せんとうき”のこと、もっと聞きたいなあ。あれが”ごおーーー”て音を立てて飛んでく姿、かっこいいもんねえ」
優しくサービスも良くついでに言葉もお上手な遊女たちに、江藤はもちろん、バディの二尉もすぐに緊張を解かれる。
その後はうまい酒といい女を存分に堪能するだけだった。
二尉が女としっとりと過ごしたことを確認した江藤はほっとする。実は、バディである彼ののストレスが心配だったのだ。
たとえ手に血がつかない殺しでも、見えない敵を空爆する任務でも、いや、そうであるからこそ、ストレスはたまる。白兵戦を行う歩兵とは別のベクトルで、戦闘機パイロットのストレスというのは深刻な問題なのだ。
そのストレスをため込まず解消する手段は、酒であり優しい言葉であり、そして温もりだ。
二尉は、女房に悪いとは思いながらも、酒と遊女の優しい言葉、そして触れ合いに安らぎを得た。そして、完全にとは言わないまでも、生き生きと任務をこなしていくのだった。
なお、さらに余談だが。
「ええ?岐阜の遊郭が繁盛している理由?困ったな…?」
岐阜の空自の基地の応接室、江藤は尾張や近江の遊郭の経営者らに囲まれていた。
「お願いです!教えてちょおよ!このままじゃうちらの評価は下がる一方だがね!」
「私らの土地からもわざわざ岐阜に通う人が出るなんて…。遊郭の名折れや…」
「江藤様の助言で岐阜の遊郭が繁盛するようになった言うんは女の子たちから聞きましてん!お礼はしますから、どうかうちらにもご助言を!」
江藤は目を血走らせながら懇願する経営者たちに、どうしたものかと困惑する。
江藤が護衛艦”かつらぎ”を離れ、この岐阜の飛行場での勤務を命じられた時、まずニーズを感じたのが酒と女だった。
いい年をして独身で、風俗通いの常習者である江藤には、岐阜の町は味気なく感じたのだ。
戯れに、遊郭で遊女に「こんな感じの接客はどうかな?」と提案してみた。すると、その遊女は熱心に接客に関してアドバイスを求めて来た。
結果、業績がぱっとしなかったその遊女は、1月にして看板女郎と言えるまでに人気を得たのだった。
稼ぎが悪ければ干されていくだけの他の遊女がその状況を座視しているわけがない。
「うちにも御指南を!」「お代、江藤さんのご教授で払ってくれたらええから!」「教えて頂けるまで、私はここを動きません!」
江藤は困惑した。基地の上層部に掛け合って、相談して見ることもした。が…。
「教えてあげればいいじゃないですか。特に問題あるとは思えませんよ」
「自分でまいた種だからな。自分で刈り取ることだ。役得もあるんだろう?」
「女の子身請けしてもいいが、自費だぞ。自衛隊は感知しないからな」
勝手にやれ、責任も自分で取れ。という返答が返って来たのだった。
江藤はやむを得ず、遊女たち相手にセミナーを主催したり、自主ゼミを勧めたりした。
「いいですか?」
相手のどんなことからも美点を見出すこと。
相手の気持ちを素早く、しかし正確に察すること。
相手に好奇心を常に持ち続けること。
相手がとまどったら一歩引くこと。食いついてきたら押しまくること。
まあ要するに、キャバクラの心得を江藤なりに分析して、21世紀にいたころ暇つぶしにネットで調べた知識も織り交ぜて、接客術として遊女たちに教えただけだ。ソープランドやヘルスなどでの、サービスのいい事例なども織り交ぜて。
が、それはこの時代、この世界にはからずも”吉〇のみ〇いさん”なみのセンセーションを引き起こしてしまったのである。
岐阜の遊郭は毎日のように満員御礼で、人気のある遊女は(特権のある江藤のような者以外は)予約待ちという有様だ。
「わかりました。できる範囲でご教授しましょう」
結局、江藤は遊郭の経営者たちを相手に接客術を享受することになったのだった。時には、直接遊女を招いて実演を交えて。
結果、尾張、伊勢、近江、三河、越前といった周辺諸国まで江藤の教えは拡散し、莫大な経済効果をもたらしたのだった。まあ、気さくで優しい遊女に入れ込んで、夫婦仲がおかしくなる家庭が出始めたのはご愛敬だろう。
「あの、俺風俗のマネージャーじゃなくてパイロットなんですけど…」
当の江藤は、パイロットより織田家と自衛隊の性産業担当者にされるのではないかと、危機感を募らせているのだった。
加賀、石川郡。
『スワロー4よりヴァ―テクス。これより航空支援を開始する。
スモークを焚いて位置を知らせろ』
『ヴァ―テクス了解。赤いスモークが見えるか?
こちらは海側にいる。山とスモークの間にいるのが敵だ』
空自のF-35BJを駆る江藤一等空尉は、無線の応答を聞いて、地上の状況を確認する。低空で飛行しているとはいえ、地上が人に埋め尽くされているということ以外はほとんど目視ではわからなかった。
装いも味方の足軽と敵の雑兵たちで大して違いがない。が、赤いスモークは確認できたし、無数に翻る筵旗はそれなりに目立つ。
これならば味方を誤射する危険はないだろう。
『こちらスワロー4。これより一向一揆の殲滅に入る!』
FCSの誘導に従い、江藤が操縦桿のトリガーを引くと、主翼のハードポイントに装備されていた、尾翼のついた円筒が投下される。
それは地表すれすれで炸裂し、青白い炎を広範囲に拡散させた。
『こちらスワロー5。攻撃を続行する!』
江藤の僚機であるもう1機のF-35BJも同じように円筒を投下する。青白い炎が放射状に広がり、一向一揆の賊徒たちを薙ぎ払っていく。
なまじ数が多かっただけに、一向一揆勢は青白い炎をまともに食らってしまう。地を埋め尽くしていた人の波が、焼き尽くされ倒れ伏していく。
『スワロー4よりヴァ―テクスへ。戦果は確認できるか?』
『こちらヴァ―テクス。一向一揆は殲滅されつつあり。新型の爆弾、いい調子だな』
地上やヘリからの誘導に従い、一向一揆勢を空爆したが、空からでは戦果はよく確認できない。
江藤は、自分たちの空爆が成功したことに、歓喜や充実感とともに、悲しみと恐怖を感じる。
F-35BJが投下したのは、この世界で現地調達した資材で施設科と特科が完成させた燃料気化爆弾だった。
尾翼のついた金属の筒状の容器に、菜種油と純度の高いエタノールを混ぜたものを充てんする。それに安全装置のついた時限式の特殊な信管を挿入して密封したシンプルなものだ。
投下されると、時間差で第一信管が作動し、密封された円筒の中を高温、高圧の状態にする。さらに時間差で火薬ボルトが点火され、気密が解除されて燃料が広範囲に高圧で散布される。最後に本命の第二信管が作動し、自由空間蒸気雲爆発を引き起こす。
凄まじい衝撃波が走り、周囲の気圧が一瞬にして上昇するため、伏せようが隠れようが被害を防ぐ手段がない。
広範囲の敵を一瞬にして掃討することができるのだ。
越前、加賀、越中を制圧するに当たり、兵の質こそ高くないが、動員力だけは並外れている一向一揆を効率的に殲滅する手段が求められた。そこで、以前から施設科と特科が試作を進めていた燃料気化爆弾に白羽の矢が立った。
実戦でも使えるレベルの制圧力と安全性が確認された時点で量産が決定された。そして、越前から加賀に織田勢が侵攻するに当たって、実戦投入されたのだ。
「いくら何でも非人道的ではないか?」
自衛隊の中でも、その非人道性に疑問を呈する声もあった。が、実際に偵察が行われ、加賀、越中の一向一揆の動員力が確認されると、燃料気化爆弾の投入もやむなしと言う方向にまとまって行く。
特に加賀は、”百姓の持ちたる国”として一向宗によって1世紀近く統治されて来た国だった。当然のように”南無阿弥陀仏の教えは全てに優先する”と多くの人間が信じていた。言うなれば、国一つが丸ごとカルト化していたのだ。
信心第一で凝り固まっているから、取引ができるわけでもなく、理屈も通じない。法や権力に従おうという意思もない。約束を交わしても平気で反故にする。信仰のために戦って死ねば極楽往生できると信じるのだから死を恐れず、ゆえに恐怖による恫喝も無意味。
そう言う者たちに対する対策は一つ。殲滅だけだった。
悪いことに、越前の一向一揆が殲滅され、加賀に織田勢が駒を進めると、一向一揆の門徒たちは危機感と焦りから”邪気”に憑りつかれ、”鬼”と化し始めた。ただでさえしつこくて始末に負えないカルトたちが、痛みも恐怖も感じることのない凶暴な怪物と化して襲ってくるのである。
ことここにあっては、近づけさせることさえせずに殲滅、根絶する以外に方法はなかったのである。
地上で加賀制圧部隊の指揮を執る前田利家は、燃料気化爆弾の破壊力に驚嘆するとともに、江藤と同じように悲哀と恐怖を感じていた。
信心第一で凝り固まった者たちと自分たちは相いれない。それはわかる。だが、いくら危険な集団と言えども人間だ。あれだけの破壊力を持つ兵器で問答無用で殲滅するというのは、どうにもなけなしの良心に応えるものがあるのだ。
「利家さま、一向一揆の一団が向かってきます」
連絡役として本陣に派遣されている陸自の二曹が、上空を偵察するSH-60Jの報告を受けて利家に伝える。
「あいわかった。
大砲による準備射撃を開始。その後にライフル隊による射撃を行う。
よく狙えよ!」
利家の指示で、まず青銅製の大砲が火を吹き、”鬼”と化した一向一揆の足を止める。
「撃てーーーっ!」
続いて、今回試みに加賀制圧軍に優先的に配備されたライフル銃で武装した部隊が射撃を開始する。
射程距離もマスケット銃である火縄銃にくらべて圧倒的だが、何よりその弾道の安定性と命中精度が素晴らしい。
これは、自衛隊が堺や近江の職人と協力して作り上げた前装式のライフル銃だった。
ショルダーストックやメタルサイトが装備されているなど、射撃の精密度を上げる構造となっている。が、最大の特徴は銃身にライフリング(らせん状の溝)が切られていることだ。
弾は字義通り弾丸状をしており、へこんだ弾底に鋼鉄のスカートが貼り付けられている。銃口から薬室に装填され、ロッドによって突き固められると、スカートに圧迫された弾底が拡がり、ライフリングに食い込む。そして、激発されると、火薬の圧力で弾底がさらに広がってライフリングに食い込む。これによって銃弾は横方向の回転が与えられ、弾道を安定させる効果が得られる。
激発方式は火打石を用いたフリントロック式で、火縄を必要としない。
「交代!2番隊前へ!撃てーーーっ!」
射撃を行った1番隊が後ろに下がり、2番隊が一斉に射撃を行う。その後ろにはさらに3番隊が控えている。最後列に下がった1番隊は弾を装填する。これによって絶え間ないつるべ打ちを可能とする。
「よく狙え!死ぬほどやった訓練を思い出せ!」
ライフル銃の射撃は確実に功を奏していた。弾道が安定し命中精度に優れるため、”鬼”の弱点である顔面を遠くからでも正確に狙うことができるのだ。
まあ、それができるようになるまでに、足軽鉄砲隊は血のにじむような訓練を重ねて来たわけだが。
結局、”鬼”と化した一向一揆の一団は、織田勢の本陣にたどりつくことなく全滅したのだった。
「どうか、成仏してくれ」
利家は、人の姿に戻って屍をさらす一向一揆の門徒たちに手を合わせる。他の将兵たちや、自衛隊員達もそれにならっていた。
特に、自衛隊員たちは複雑な気分だった。
史実では、特に越前や加賀は苛烈な一向一揆狩りによって、江戸時代に至るまで長い間労働人口の不足に悩んだとされる。それをして前田利家の残虐さの証左とする意見もある。
だが、目の前の状況を見ていると是非もないという気分になって来る。極楽往生を言い訳に、自分も他人も、そもそも命というものを大切にしようという神経を持たない者たちを従わせる方法などない。殲滅が唯一の道と思えて来るのだ。
少なくとも、結果だけ見て後知恵で虐殺だのジェノサイドだのと簡単に言っていいものではない。そう思えるのだった。徹底的にやらなければ屍をさらしていたのは自分たちの方だったであろうから。
何はともあれ、前田利家の指揮のもと、加賀の制圧は順調に進んでいく。
単純な武器の破壊力もものを言ったが、情報戦における勝利が何と言っても大きかった。
一向一揆は所詮まともな訓練も受けていない武装ゲリラか民兵にすぎない。
偽情報を流せば簡単に引っかかってくれる。精工に作られた偽の命令書を渡せば、罠とも知らずこちらの思うように動いてくれる。
すでに一向一揆の指導者の何人かを暗殺し、織田勢の間者が偽物として潜入していた。
なんと言っても、ゲリラ戦を行わず正面から突撃せよという偽の命令に疑いもせず従ってくれるのがありがたかった。
「姑息な戦いをせず、堂々と戦って阿弥陀様の元に往生すべし!(訳:ゲリラ戦はめんどうだから正面からのこのこ攻めてきてね)」
一向一揆は森林や村や町に潜み、ゲリラ化すれば実に厄介な存在だ。
だが、武装して正規戦を行うかぎりにおいては、ただ突撃して来る以外に能のない烏合の衆に過ぎない。極楽往生を信じて死を恐れないからなおのこと。
のこのこ野戦に出て突撃してきたところを、威力の高い兵器で殲滅する。非常に効果的な作戦と言えた。
また、燃料気化爆弾やライフル銃が”鬼”に対して有効であることも実証され、今後の参考になるデータが得られた。
特に燃料気化爆弾は、圧力で内耳を破壊するため、頭が弱点である”鬼”の集団に対し非常に有効ということがわかったのだった。
利家指揮下の制圧軍は、加賀を東に進み、一向一揆を殲滅しながら、能登、越中の国境に迫りつつあった。
なお、余談だが。
「江藤さん、本当に行くんですか?」
「いいから付き合えって。女房に悪いって気持ちはわかるが、命の洗濯も必要だろ?」
バディのパイロットである二尉をともなって、江藤は岐阜の城下町の遊郭へとむかう。
「いらっしゃーい。江藤さん、来てくれて嬉しいよお」
「お連れさんも、どうぞどうぞ」
江藤の行きつけの娼館では、気さくな遊女たちが元気よく色っぽく二人を迎えてくれる。
「へええーー!すごいなあ。江藤さん、大手柄じゃない?」
「ねえ、”せんとうき”のこと、もっと聞きたいなあ。あれが”ごおーーー”て音を立てて飛んでく姿、かっこいいもんねえ」
優しくサービスも良くついでに言葉もお上手な遊女たちに、江藤はもちろん、バディの二尉もすぐに緊張を解かれる。
その後はうまい酒といい女を存分に堪能するだけだった。
二尉が女としっとりと過ごしたことを確認した江藤はほっとする。実は、バディである彼ののストレスが心配だったのだ。
たとえ手に血がつかない殺しでも、見えない敵を空爆する任務でも、いや、そうであるからこそ、ストレスはたまる。白兵戦を行う歩兵とは別のベクトルで、戦闘機パイロットのストレスというのは深刻な問題なのだ。
そのストレスをため込まず解消する手段は、酒であり優しい言葉であり、そして温もりだ。
二尉は、女房に悪いとは思いながらも、酒と遊女の優しい言葉、そして触れ合いに安らぎを得た。そして、完全にとは言わないまでも、生き生きと任務をこなしていくのだった。
なお、さらに余談だが。
「ええ?岐阜の遊郭が繁盛している理由?困ったな…?」
岐阜の空自の基地の応接室、江藤は尾張や近江の遊郭の経営者らに囲まれていた。
「お願いです!教えてちょおよ!このままじゃうちらの評価は下がる一方だがね!」
「私らの土地からもわざわざ岐阜に通う人が出るなんて…。遊郭の名折れや…」
「江藤様の助言で岐阜の遊郭が繁盛するようになった言うんは女の子たちから聞きましてん!お礼はしますから、どうかうちらにもご助言を!」
江藤は目を血走らせながら懇願する経営者たちに、どうしたものかと困惑する。
江藤が護衛艦”かつらぎ”を離れ、この岐阜の飛行場での勤務を命じられた時、まずニーズを感じたのが酒と女だった。
いい年をして独身で、風俗通いの常習者である江藤には、岐阜の町は味気なく感じたのだ。
戯れに、遊郭で遊女に「こんな感じの接客はどうかな?」と提案してみた。すると、その遊女は熱心に接客に関してアドバイスを求めて来た。
結果、業績がぱっとしなかったその遊女は、1月にして看板女郎と言えるまでに人気を得たのだった。
稼ぎが悪ければ干されていくだけの他の遊女がその状況を座視しているわけがない。
「うちにも御指南を!」「お代、江藤さんのご教授で払ってくれたらええから!」「教えて頂けるまで、私はここを動きません!」
江藤は困惑した。基地の上層部に掛け合って、相談して見ることもした。が…。
「教えてあげればいいじゃないですか。特に問題あるとは思えませんよ」
「自分でまいた種だからな。自分で刈り取ることだ。役得もあるんだろう?」
「女の子身請けしてもいいが、自費だぞ。自衛隊は感知しないからな」
勝手にやれ、責任も自分で取れ。という返答が返って来たのだった。
江藤はやむを得ず、遊女たち相手にセミナーを主催したり、自主ゼミを勧めたりした。
「いいですか?」
相手のどんなことからも美点を見出すこと。
相手の気持ちを素早く、しかし正確に察すること。
相手に好奇心を常に持ち続けること。
相手がとまどったら一歩引くこと。食いついてきたら押しまくること。
まあ要するに、キャバクラの心得を江藤なりに分析して、21世紀にいたころ暇つぶしにネットで調べた知識も織り交ぜて、接客術として遊女たちに教えただけだ。ソープランドやヘルスなどでの、サービスのいい事例なども織り交ぜて。
が、それはこの時代、この世界にはからずも”吉〇のみ〇いさん”なみのセンセーションを引き起こしてしまったのである。
岐阜の遊郭は毎日のように満員御礼で、人気のある遊女は(特権のある江藤のような者以外は)予約待ちという有様だ。
「わかりました。できる範囲でご教授しましょう」
結局、江藤は遊郭の経営者たちを相手に接客術を享受することになったのだった。時には、直接遊女を招いて実演を交えて。
結果、尾張、伊勢、近江、三河、越前といった周辺諸国まで江藤の教えは拡散し、莫大な経済効果をもたらしたのだった。まあ、気さくで優しい遊女に入れ込んで、夫婦仲がおかしくなる家庭が出始めたのはご愛敬だろう。
「あの、俺風俗のマネージャーじゃなくてパイロットなんですけど…」
当の江藤は、パイロットより織田家と自衛隊の性産業担当者にされるのではないかと、危機感を募らせているのだった。
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果たして彼は無事に日本へ帰ることができるのか?
注意
この作品は作者のモチベーション維持のために少しずつ投稿します。
1話あたり300~1000文字くらいです。
ご了承のほどよろしくお願いします。
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