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04 関東の甘計編
美人の母娘は淫らで倒錯してめんどくさい
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08
武蔵、江戸。
21世紀においては市ヶ谷の防衛省がある場所に、簡素ながら自衛隊司令部が建てられている。
新しい木材の香りが新鮮な会議室。幹部自衛官たちが集まり、上杉家に対する善後策を協議していた。
「やはり、上杉は”義”によって立つか」
「”戦は利を求めてするにあらず”と返書が来ましたからねえ」
「”金も名誉もねえ。女もいらん欲しくないという人物ほど怖いものはない”西郷隆盛だったか?」
「ここまで欲がないといっそ清々した気分になりますね。取引を持ち掛ける余地がまるでない」
幹部たちは困ったと思う一方、上杉の義侠心に感服さえしていた。
越後と佐渡の地下資源を採掘させてもらえれば、ロイヤリティを支払う。その代わり信濃と上野には手を出さないで欲しい。というこちらの申し出をけんもほろろに断り、信濃と上野を追われた者たちに味方して兵を出すという。
「ま、どの道我々には越後の石油が必要だ。不本意だが、取引が無理なら力尽くでも、ということにならざるを得ないな」
陸自統括の木場一等陸佐が、”戦国時代に飛ばされた場合の対処法”と書かれた紙ファイルでこつこつと机を叩きながら言う。
他の幹部も不本意ながら同意見だった。21世紀から持って来た燃料も無限ではない。今のところ不安はないが、必ず尽きる時が来る。その前に、越後の石油を絶対に確保しなければならないのだ。
そのための方法は、”戦国時代に飛ばされた場合の対処法”に書かれている。だが、言うは易しの話だ。
石油を精製して燃料に変えるとなると、それなりの規模の精製所を建造して運営する必要がある。原油を他の場所に移して精製、出来上がった燃料をさらに輸送、という面倒なことは避けたいから、出来れば越後に精製所を建造するのが理想的。さらに言えば、越後から織田の占領地域のどこにでも速やかに燃料を運べる運送路の確保も必要になる。
「それでどうします?”しもきた”だけでも日本海側に廻しますか?」
輸送艦”しもきた”艦長の市松二佐が口を開く。
「いや、それは時間がかかり過ぎるな。越後には陸路で進むことになるだろう」
「すでに上杉勢は信濃の国境に兵を集めているようですからね」
木場の言葉に、陸自の仰木三佐が同意する。他の幹部たちも同意見だった。
幸いにして、上杉勢はまず信濃に一点集中で攻勢をかけてくるつもりらしい。同時多発作戦を行う意思はないようだ。ならば、こちらも戦力を集中して応戦すればいい。信濃は対武田戦の時に道を細かく整備しているから、移動にも時間はかからないはずだった。
信濃国境に集結した上杉勢を撃破し、逆に越後に攻め入る方針が確認され。作戦が立案されていく。
「諸君、我々に停滞は許されない。皆の奮起を期待する」
木場のその言葉で、会議は締めくくられたのだった。
所変わってこちらは小田原城。
「ああ…なんと美しい…。やはり素敵だ…」
北条氏康の私室。氏康は、長い黒髪の美人のほおをさわさわと撫でていた。里田谷留美こと、女装した田宮二尉のほおを。
田宮が自分を避け続ける氏康に、一度話し合えないかと持ち掛けた時、氏康がつけた条件がこれだった。
「田宮、もう一度女装してくれ!」
田宮は、それで氏康と話し合えるならと承諾し、今川氏真に手伝ってもらい、紅とおしろいで薄く化粧をし、姫カットのかつらをつけ、女性用の着物を着た。
その姿は、いつものことながら男とは思えない美しさと色っぽさだった。
氏康はすっかりその美しさに心奪われ、ぽーっとなってしまっている。
「留美殿…いや田宮。私を…お前のかこっている女の中に加えろ!」
「え…?どういうことです?」
自分の手を握りしめ、真剣な目で言う氏康の言葉の意味が、田宮にはすぐにはわからなかった。
「だから、私はお前のものになってやると言っているんだ!」
そう言った氏康は、身の証とばかりに田宮にキスをする。軽く触れ合うだけのキスだったが、田宮には氏康の本気が伝わって来た。
氏康の気持ちは嬉しいし、どんどん周りに女が増えていくハーレム状態も、もはや開き直って自分の権利であり義務でもあると思ってもいる。
「わかりました。氏康さまを自分の女にできるなんて嬉しいです」
声は男のものだが、そう言って柔らかく微笑む田宮の表情が、また氏康の琴線に触れる。
「ただし、条件がある。
その…私と逢引きするときは…必ず女装して欲しいのだ…」
氏康がためらいがちに言葉を絞り出す。
「女装…ですか…」
「お前が悪いんだ…!
あの日、女装したお前に抱きしめられ、唇を奪われてから…。私はすっかりお前の女装した姿に心奪われてしまった…。
こんなの普通じゃないと思うが…それでも自分が抑えられないのだ!
お前が私をこんなにしたんだから…責任を取れ…!」
氏康が息がかかるほど顔を近づけて、田宮の目をのぞき込む。
田宮は、今になって自分は取り返しのつかないことをしたのではないかと思う。
氏康の男嫌いは、女装した田宮にキスをされたことをきっかけにだいぶ落ち着いている。が、なにやら歯車が変なところにはまり、回りだしてしまったようにも思える。
(もしかして、俺は氏康様をとんでもない倒錯趣味に目覚めさせてしまったのか?)
氏康の目が爛々と輝き、正に獲物を狙う獅子のような光を放っているのを見るにつけ、田宮はどうしてこうなったと思わずにはいられないのである。
ともあれ、氏康はそれでも美しかった。さすがは早雲の娘だけのことはある。
早雲のような大人の色気はまだ備えていないが、少女から女へと成長しつつある年頃の魅力にあふれている。ついでに、胸の膨らみも素敵なものをお持ちだ。
田宮は衝動に突き動かされるまま、氏康と唇を重ねようとする。
が…。
「うん…?」
部屋の隅に気配を感じ、田宮はふとそちらに目を向ける。襖の模様が先ほどまでと微妙に違う気がしたのだ。
が、よく見ると、襖の模様が違うというレベルの話ではなかった。
「早雲様…?」
「え…母上?」
二人は部屋の隅に視線を向けて仰天する。
氏康の母、北条早雲がそこに正座して微笑んでいたのである。
「どうしました?私に構わず続けてくださって結構ですよ?」
「「できるわけないでしょ!」」
氏康と田宮の声がハモったのであった。
(織田の陣での時と言い、この人本当に忍術か妖術でも身に着けてるんじゃないの?)
つい先ほどまで誰もいなかったはずの場所に突然出現した早雲を見て、田宮はそんなことを思わずにはいられないのだった。
「あらそうなのですか?では私がお相手をしようかしら?」
そう言って、早雲が田宮にしなだれかかってくる。
「じえいたいの鎧兜をまとった姿も素敵でしたけど、女装したらこんなに美しいなんて…。
どうです?こんなおばさんでは魅力を感じないかしら?」
「い…いえ、早雲様は十分おきれいで魅力的で…って、近いです」
「母上、なにをなさっているのです!」
早雲の挙に慌てる田宮と氏康に、早雲は悪びれもせずにっこりと微笑む。
「実は、私も田宮殿に夢中なのです。織田の陣でお会いした時に一目惚れしていたみたい…。
氏康、せっかくだから母娘で田宮殿に赤ちゃんを孕ませていただきませんか?」
「な…なにをおっしゃっているんです!?ん…」
氏康の抗議の言葉は、早雲のキスで塞がれる。氏康は抵抗しなかった。いや、できなかったというべきか。早雲は自分の母親ながら、女であっても目を奪われるほどの妖艶さと美貌を持つ。それに、早雲のキスはとても心地よく幸せな感触だったのだ。
「だって、田宮殿の赤ちゃんならきっとかわいいでしょうから。
それに、子供と孫を同時に抱けるなんて、とても幸せだと思うのですよね」
「もう!母上はどうしてそう爛れているのですか!」
氏康は我慢も限界とばかりに憤る。
北条を大きくするために色仕掛けを用いて来たことも、父を失った寂しさから男の出入りが激しかったこともまだ我慢できる。
だが、娘である自分と一緒に一人の男に子供を孕ませて欲しいなどとは、いくらなんでもめちゃくちゃだ。
「うーん…ではこうしましょう。
私がこれから生涯愛する男は田宮殿だけです。もちろん氏康と一緒に田宮殿を愛していくんです。それなら爛れてないでしょう?」
「そういう意味じゃなくてー!」
(なんでこうなるかなあ…)
田宮は美人で素晴らしい膨らみをお持ちの母娘に左右から抱き付かれ、天国と地獄を同時に味わっている気分だった。
もちろんこんな美人二人に思いを寄せられるのは嬉しい。だが、なにやらすごくめんどくさいことになっている。
女装した自分に心奪われている氏康。母娘で妊娠を望む早雲。
(これなんてエロゲ?)
心の底からそう思わずにはいられないのだった。
余談だが、あまりにも騒いだために何事かと人が集まってきてしまい、氏康と田宮と早雲の逢引きはキスどまりに終わるのだった。
09
越後と信濃の国境。
「天の道、地の理、人の輪。義は我にあり!
毘沙門天よ、我に来たれ!」
長い黒髪の色白の女、越後の盟主、上杉謙信が、戦闘が始まる前の習慣である祈りを捧げる。
将兵たちも、背筋を伸ばして精神を集中している。
謙信の言葉が終わると、不思議なことに上杉軍になにかが降りてくるような感覚を、全ての将兵が感じていた。
戦国大名には信心深い者も多いが、上杉家のそれはもはや信心というレベルのものではなかった。
自ら軍神をなのる謙信のもと、将兵が心を一つにし団結する。精神論や根性論の類では決してなく、その意思統一と結束こそが上杉の強さの源だった。
「全軍前へ!」
謙信の号令に従い、まるで龍がうねるかのように上杉軍は進撃を開始する。
上杉勢の神速の用兵の前に、信濃北部を守っていた武田の分遣隊はあっさり蹴散らされ、信濃国境は抜かれることとなるのだった。
信濃、海津城。
軍議の間では、武田信玄と今川義元、そして北条早雲が顔を突き合わせて、信濃に侵攻して来る上杉勢への対策を協議していた。
「やはり国境は抜かれましたか。予測はついたとはいえ、こうも早いとは」
「まあ、仕方なかろうよ。そもそも数が圧倒的に足りないのだ。城を守るのにこだわるべからずと厳命しておいたのは正解だったな。人的損害は最小限で済んだ」
「なにせ、あちらは半日も歩けば信濃に入れるのに対して、こちらは関東と東海から兵を移動させなければいけないわけですからね。
初手ではどうしてもあちらに有利と言うわけです」
3人は、緒戦での敗走をある程度想定の範囲内と考えつつも難しい顔をしていた。
信濃には当然のように海がないため、陸路をえっちらおっちらと移動するしかない。自衛隊の車両やヘリを用いたとしても、どうしても必要な兵力を信濃に集結させるのに時間がかかるのだ。
加えて、織田勢は常陸や房総半島の制圧と、畿内、北陸の平定に兵力を取られていて信濃に派兵する余裕がない。
上杉を迎え撃つのは、武田、今川、北条の連合軍の役目だった。
「ともあれ、上杉勢は大将である上杉謙信個人の威光におんぶしているところが大きい。じえいたいの言葉では”かりすま”でしたか?
言ってしまえば竜頭蛇尾になりがちです。なんとかわき腹を突きたいところです」
「確かに、神速の用兵と言えば聞こえはいいが、補給線の確保や後方支援を軽視しているところがあるようだ。
うまく分断できれば各個撃破も不可能ではない」
「だとして、最終的に上杉謙信をどうするかも問題ですね。
じえいたいに、いっそ”せんとうき”か”へり”で謙信を討ってしまってはどうかと持ち掛けたのですが、できれば生かして臣従させたいと」
3人は再び難しい顔になる。
ただ戦闘に勝利すればいいというものではない、という理屈もわかるからだ。
かつて内乱ばかりだった越後をまとめたのは謙信の力だ。彼女が死亡すれば、越後は再び内乱状態に逆戻りする可能性があった。
そうなってしまえば、ばらばらの越後を再統一することから始めなければならなくなる。資源採掘どころの騒ぎではなくなることだろう。
だが、自らを毘沙門天の化身と称し、ひたすら義のために戦うを良しとする人物を従わせることができるものか?
そこに関しては、3人ともどうしたものか全く見当もつかなかった。
「そうは言っても始まりません。
とにかくまず上杉の足を止めなければ。
武田はからめ手を務めさせていただきます」
「うむ。今川は補給と、じえいたいと協力しての敵後方かく乱を引き受ける」
「打ち合わせ通り、正面は北条が務めましょう。
部隊ごと、連絡を密に。じえいたいから”むせんき”をお借りしましょう」
こうして作戦の方針は確認され、いよいよ連合軍は信濃を南下する上杉勢を迎え撃つこととなるのである。
一つ戦いが終わればまた一つ戦いが始まる。誰かが敗者となれば、ここぞとばかりに狙われる。誰かが勝者となれば、新たな国や勢力と境界を接し、それが戦いの火種となる。
戦国にあって、戦いの連鎖はいまだ途切れることはない。
武蔵、江戸。
21世紀においては市ヶ谷の防衛省がある場所に、簡素ながら自衛隊司令部が建てられている。
新しい木材の香りが新鮮な会議室。幹部自衛官たちが集まり、上杉家に対する善後策を協議していた。
「やはり、上杉は”義”によって立つか」
「”戦は利を求めてするにあらず”と返書が来ましたからねえ」
「”金も名誉もねえ。女もいらん欲しくないという人物ほど怖いものはない”西郷隆盛だったか?」
「ここまで欲がないといっそ清々した気分になりますね。取引を持ち掛ける余地がまるでない」
幹部たちは困ったと思う一方、上杉の義侠心に感服さえしていた。
越後と佐渡の地下資源を採掘させてもらえれば、ロイヤリティを支払う。その代わり信濃と上野には手を出さないで欲しい。というこちらの申し出をけんもほろろに断り、信濃と上野を追われた者たちに味方して兵を出すという。
「ま、どの道我々には越後の石油が必要だ。不本意だが、取引が無理なら力尽くでも、ということにならざるを得ないな」
陸自統括の木場一等陸佐が、”戦国時代に飛ばされた場合の対処法”と書かれた紙ファイルでこつこつと机を叩きながら言う。
他の幹部も不本意ながら同意見だった。21世紀から持って来た燃料も無限ではない。今のところ不安はないが、必ず尽きる時が来る。その前に、越後の石油を絶対に確保しなければならないのだ。
そのための方法は、”戦国時代に飛ばされた場合の対処法”に書かれている。だが、言うは易しの話だ。
石油を精製して燃料に変えるとなると、それなりの規模の精製所を建造して運営する必要がある。原油を他の場所に移して精製、出来上がった燃料をさらに輸送、という面倒なことは避けたいから、出来れば越後に精製所を建造するのが理想的。さらに言えば、越後から織田の占領地域のどこにでも速やかに燃料を運べる運送路の確保も必要になる。
「それでどうします?”しもきた”だけでも日本海側に廻しますか?」
輸送艦”しもきた”艦長の市松二佐が口を開く。
「いや、それは時間がかかり過ぎるな。越後には陸路で進むことになるだろう」
「すでに上杉勢は信濃の国境に兵を集めているようですからね」
木場の言葉に、陸自の仰木三佐が同意する。他の幹部たちも同意見だった。
幸いにして、上杉勢はまず信濃に一点集中で攻勢をかけてくるつもりらしい。同時多発作戦を行う意思はないようだ。ならば、こちらも戦力を集中して応戦すればいい。信濃は対武田戦の時に道を細かく整備しているから、移動にも時間はかからないはずだった。
信濃国境に集結した上杉勢を撃破し、逆に越後に攻め入る方針が確認され。作戦が立案されていく。
「諸君、我々に停滞は許されない。皆の奮起を期待する」
木場のその言葉で、会議は締めくくられたのだった。
所変わってこちらは小田原城。
「ああ…なんと美しい…。やはり素敵だ…」
北条氏康の私室。氏康は、長い黒髪の美人のほおをさわさわと撫でていた。里田谷留美こと、女装した田宮二尉のほおを。
田宮が自分を避け続ける氏康に、一度話し合えないかと持ち掛けた時、氏康がつけた条件がこれだった。
「田宮、もう一度女装してくれ!」
田宮は、それで氏康と話し合えるならと承諾し、今川氏真に手伝ってもらい、紅とおしろいで薄く化粧をし、姫カットのかつらをつけ、女性用の着物を着た。
その姿は、いつものことながら男とは思えない美しさと色っぽさだった。
氏康はすっかりその美しさに心奪われ、ぽーっとなってしまっている。
「留美殿…いや田宮。私を…お前のかこっている女の中に加えろ!」
「え…?どういうことです?」
自分の手を握りしめ、真剣な目で言う氏康の言葉の意味が、田宮にはすぐにはわからなかった。
「だから、私はお前のものになってやると言っているんだ!」
そう言った氏康は、身の証とばかりに田宮にキスをする。軽く触れ合うだけのキスだったが、田宮には氏康の本気が伝わって来た。
氏康の気持ちは嬉しいし、どんどん周りに女が増えていくハーレム状態も、もはや開き直って自分の権利であり義務でもあると思ってもいる。
「わかりました。氏康さまを自分の女にできるなんて嬉しいです」
声は男のものだが、そう言って柔らかく微笑む田宮の表情が、また氏康の琴線に触れる。
「ただし、条件がある。
その…私と逢引きするときは…必ず女装して欲しいのだ…」
氏康がためらいがちに言葉を絞り出す。
「女装…ですか…」
「お前が悪いんだ…!
あの日、女装したお前に抱きしめられ、唇を奪われてから…。私はすっかりお前の女装した姿に心奪われてしまった…。
こんなの普通じゃないと思うが…それでも自分が抑えられないのだ!
お前が私をこんなにしたんだから…責任を取れ…!」
氏康が息がかかるほど顔を近づけて、田宮の目をのぞき込む。
田宮は、今になって自分は取り返しのつかないことをしたのではないかと思う。
氏康の男嫌いは、女装した田宮にキスをされたことをきっかけにだいぶ落ち着いている。が、なにやら歯車が変なところにはまり、回りだしてしまったようにも思える。
(もしかして、俺は氏康様をとんでもない倒錯趣味に目覚めさせてしまったのか?)
氏康の目が爛々と輝き、正に獲物を狙う獅子のような光を放っているのを見るにつけ、田宮はどうしてこうなったと思わずにはいられないのである。
ともあれ、氏康はそれでも美しかった。さすがは早雲の娘だけのことはある。
早雲のような大人の色気はまだ備えていないが、少女から女へと成長しつつある年頃の魅力にあふれている。ついでに、胸の膨らみも素敵なものをお持ちだ。
田宮は衝動に突き動かされるまま、氏康と唇を重ねようとする。
が…。
「うん…?」
部屋の隅に気配を感じ、田宮はふとそちらに目を向ける。襖の模様が先ほどまでと微妙に違う気がしたのだ。
が、よく見ると、襖の模様が違うというレベルの話ではなかった。
「早雲様…?」
「え…母上?」
二人は部屋の隅に視線を向けて仰天する。
氏康の母、北条早雲がそこに正座して微笑んでいたのである。
「どうしました?私に構わず続けてくださって結構ですよ?」
「「できるわけないでしょ!」」
氏康と田宮の声がハモったのであった。
(織田の陣での時と言い、この人本当に忍術か妖術でも身に着けてるんじゃないの?)
つい先ほどまで誰もいなかったはずの場所に突然出現した早雲を見て、田宮はそんなことを思わずにはいられないのだった。
「あらそうなのですか?では私がお相手をしようかしら?」
そう言って、早雲が田宮にしなだれかかってくる。
「じえいたいの鎧兜をまとった姿も素敵でしたけど、女装したらこんなに美しいなんて…。
どうです?こんなおばさんでは魅力を感じないかしら?」
「い…いえ、早雲様は十分おきれいで魅力的で…って、近いです」
「母上、なにをなさっているのです!」
早雲の挙に慌てる田宮と氏康に、早雲は悪びれもせずにっこりと微笑む。
「実は、私も田宮殿に夢中なのです。織田の陣でお会いした時に一目惚れしていたみたい…。
氏康、せっかくだから母娘で田宮殿に赤ちゃんを孕ませていただきませんか?」
「な…なにをおっしゃっているんです!?ん…」
氏康の抗議の言葉は、早雲のキスで塞がれる。氏康は抵抗しなかった。いや、できなかったというべきか。早雲は自分の母親ながら、女であっても目を奪われるほどの妖艶さと美貌を持つ。それに、早雲のキスはとても心地よく幸せな感触だったのだ。
「だって、田宮殿の赤ちゃんならきっとかわいいでしょうから。
それに、子供と孫を同時に抱けるなんて、とても幸せだと思うのですよね」
「もう!母上はどうしてそう爛れているのですか!」
氏康は我慢も限界とばかりに憤る。
北条を大きくするために色仕掛けを用いて来たことも、父を失った寂しさから男の出入りが激しかったこともまだ我慢できる。
だが、娘である自分と一緒に一人の男に子供を孕ませて欲しいなどとは、いくらなんでもめちゃくちゃだ。
「うーん…ではこうしましょう。
私がこれから生涯愛する男は田宮殿だけです。もちろん氏康と一緒に田宮殿を愛していくんです。それなら爛れてないでしょう?」
「そういう意味じゃなくてー!」
(なんでこうなるかなあ…)
田宮は美人で素晴らしい膨らみをお持ちの母娘に左右から抱き付かれ、天国と地獄を同時に味わっている気分だった。
もちろんこんな美人二人に思いを寄せられるのは嬉しい。だが、なにやらすごくめんどくさいことになっている。
女装した自分に心奪われている氏康。母娘で妊娠を望む早雲。
(これなんてエロゲ?)
心の底からそう思わずにはいられないのだった。
余談だが、あまりにも騒いだために何事かと人が集まってきてしまい、氏康と田宮と早雲の逢引きはキスどまりに終わるのだった。
09
越後と信濃の国境。
「天の道、地の理、人の輪。義は我にあり!
毘沙門天よ、我に来たれ!」
長い黒髪の色白の女、越後の盟主、上杉謙信が、戦闘が始まる前の習慣である祈りを捧げる。
将兵たちも、背筋を伸ばして精神を集中している。
謙信の言葉が終わると、不思議なことに上杉軍になにかが降りてくるような感覚を、全ての将兵が感じていた。
戦国大名には信心深い者も多いが、上杉家のそれはもはや信心というレベルのものではなかった。
自ら軍神をなのる謙信のもと、将兵が心を一つにし団結する。精神論や根性論の類では決してなく、その意思統一と結束こそが上杉の強さの源だった。
「全軍前へ!」
謙信の号令に従い、まるで龍がうねるかのように上杉軍は進撃を開始する。
上杉勢の神速の用兵の前に、信濃北部を守っていた武田の分遣隊はあっさり蹴散らされ、信濃国境は抜かれることとなるのだった。
信濃、海津城。
軍議の間では、武田信玄と今川義元、そして北条早雲が顔を突き合わせて、信濃に侵攻して来る上杉勢への対策を協議していた。
「やはり国境は抜かれましたか。予測はついたとはいえ、こうも早いとは」
「まあ、仕方なかろうよ。そもそも数が圧倒的に足りないのだ。城を守るのにこだわるべからずと厳命しておいたのは正解だったな。人的損害は最小限で済んだ」
「なにせ、あちらは半日も歩けば信濃に入れるのに対して、こちらは関東と東海から兵を移動させなければいけないわけですからね。
初手ではどうしてもあちらに有利と言うわけです」
3人は、緒戦での敗走をある程度想定の範囲内と考えつつも難しい顔をしていた。
信濃には当然のように海がないため、陸路をえっちらおっちらと移動するしかない。自衛隊の車両やヘリを用いたとしても、どうしても必要な兵力を信濃に集結させるのに時間がかかるのだ。
加えて、織田勢は常陸や房総半島の制圧と、畿内、北陸の平定に兵力を取られていて信濃に派兵する余裕がない。
上杉を迎え撃つのは、武田、今川、北条の連合軍の役目だった。
「ともあれ、上杉勢は大将である上杉謙信個人の威光におんぶしているところが大きい。じえいたいの言葉では”かりすま”でしたか?
言ってしまえば竜頭蛇尾になりがちです。なんとかわき腹を突きたいところです」
「確かに、神速の用兵と言えば聞こえはいいが、補給線の確保や後方支援を軽視しているところがあるようだ。
うまく分断できれば各個撃破も不可能ではない」
「だとして、最終的に上杉謙信をどうするかも問題ですね。
じえいたいに、いっそ”せんとうき”か”へり”で謙信を討ってしまってはどうかと持ち掛けたのですが、できれば生かして臣従させたいと」
3人は再び難しい顔になる。
ただ戦闘に勝利すればいいというものではない、という理屈もわかるからだ。
かつて内乱ばかりだった越後をまとめたのは謙信の力だ。彼女が死亡すれば、越後は再び内乱状態に逆戻りする可能性があった。
そうなってしまえば、ばらばらの越後を再統一することから始めなければならなくなる。資源採掘どころの騒ぎではなくなることだろう。
だが、自らを毘沙門天の化身と称し、ひたすら義のために戦うを良しとする人物を従わせることができるものか?
そこに関しては、3人ともどうしたものか全く見当もつかなかった。
「そうは言っても始まりません。
とにかくまず上杉の足を止めなければ。
武田はからめ手を務めさせていただきます」
「うむ。今川は補給と、じえいたいと協力しての敵後方かく乱を引き受ける」
「打ち合わせ通り、正面は北条が務めましょう。
部隊ごと、連絡を密に。じえいたいから”むせんき”をお借りしましょう」
こうして作戦の方針は確認され、いよいよ連合軍は信濃を南下する上杉勢を迎え撃つこととなるのである。
一つ戦いが終わればまた一つ戦いが始まる。誰かが敗者となれば、ここぞとばかりに狙われる。誰かが勝者となれば、新たな国や勢力と境界を接し、それが戦いの火種となる。
戦国にあって、戦いの連鎖はいまだ途切れることはない。
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