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03 甲信の死闘編

あまあまおねむな夜と信濃攻略戦

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07

 信濃南部、高達城西10キロの山林。
 『こちらトンビ。前方2時方向に多数の赤外線反応。武田の伏兵と思われる!データを送る』
 『こちらスクラッパー。データを受け取った。射撃を開始する!』
 OH-1偵察ヘリからの観測データを元に照準が定められ、155ミリりゅう弾砲の射撃が開始される。
 武田兵にしてみればうまく隠れているつもりだろうが、OH-1のIRセンサーはごまかせない。
 「だんちゃーく、今!」
 りゅう弾が着弾、炸裂し、武田の伏兵たちを茂みや木立ごと吹き飛ばしていく。着弾した場所に次々とクレーターが築かれていく。
 『こちらトンビ、周囲に敵影なし。前進されたし』
 『了解。これより面制圧を開始する』
 自走砲による念入りな準備射撃の後、2台の96式装輪装甲車を先頭として、8台の高機動車が続く。目的地である丘に到着すると、車両から自衛隊員と侍たちが降りて、素早く方陣を組んでいく。この地域は徳川の受け持ちなので、侍たちは葵の旗を掲げている。
 OH-1のパイロットと観測手は、その様子を上空から眺めて満足する。
 「あの丘を確保すれば、敵がどう動こうと砲撃を浴びせることができるな。大きな前進だ」
 「もうこの辺の武田軍は長くは持たないでしょう。高達城の米蔵はF-35の爆撃で焼き払いましたからね。もう後退するくらいしか手はないはずです」
 2人とも、自分たちの働きが自軍の役に立ったことが嬉しかった。尾張で猿神の襲撃を受けて墜落してから、手術とリハビリばかりで、他の自衛隊員の武勇伝を聞いては歯噛みする毎日を送って来た。機体はなんとか修理できたし、自分たちも現場で飛べるまでに回復した。
 バリバリやるぞ。二人とも意気軒昂だったのである。

 織田勢と自衛隊が苦労して美濃から信濃南部に至る道路を整備した効果は、着実に表れつつあった。
 自衛隊の車両が車列を作って突撃してくれば、武田勢にそれを阻止する方法はほとんどなかった。
 なにより、美濃や三河から補給物資を大量に送り込むことが可能だから、織田勢と自衛隊は息切れするということがない。武田勢も補給兵站に関する心得はあったものの、甲斐と信濃のまともな道もない山間をえっちらおっちら運ぶようなやり方では、消費に補給が追いつくことはなかった。
 ダイビングに例えるなら、アクアラングとシュノーケルほどの能力差があったのだ。
 また、信濃南部において武田が負けが込み始めると、今まで渋々武田に従っていた信濃の国人衆が次々と離反し始めた。武田は補給線を維持するどころか、部隊同士が相互に連携することさえ困難になって行く。
 武田勢は今や、最前線で物資が枯渇しつつある信濃と、物資はまだあるものの兵がいない甲斐、上野に分断されつつあった。

 甲斐、古府、躑躅が埼館。
 「過ぎ去ったことを云々しても益はないとはわかっています。
 ですが、あえて問います。信廉、なぜ遠州でわたくしにかまわずに織田を攻めなかったのですか?」
 側近たちでさえ許可なく立ち入ることを禁じられている最奥の間。要するに、武田信玄が実は2人いるという事実を隠すために存在する不可侵の部屋。
 信玄は信廉を詰問していた。
 「姉さんあっての武田ですから。姉さんのお命より大切なものなどありましょうか?」
 最奥の間に乾いた音が響く。信玄が信廉の頬を平手で打ったのだ。
 「だからと言って、勝てる戦を逃してなんとします!」
 信玄は声を荒げる。彼女の双子の妹の判断は、人としては正しかったかもしれない。だが、一軍の将、一国の主としては失格だった。
 遠江、三方ヶ原の戦いは、徳川家康以下、徳川の重要人物を打ち取ることこそ叶わなかった。が、多くの三河兵を打ち取り、徳川のほとんどの部隊を壊滅させた。武田の勝利と言って差し支えなかった。
 物の怪と化した家康と自衛隊の鉄の鳥に煩わされたことを鑑みても、織田と自衛隊の援軍が到着しつつあることを勘定に入れても、あのまま西に進軍すれば十分勝てる情勢だった。
 だが、よりによっていよいよ織田、徳川本格的にを攻めるという時になって、信玄の体調が悪化してしまったのだ。
 「構わずに戦いなさい」床に伏したまま苦しそうに信玄が命じた言葉を、信廉は無視した。
 甲斐に引き上げればよく効く薬草もあるし、長年信玄を診て来た薬師もいる。今ならまだ姉を救えると考えた信廉は、全軍に遠江からの撤退を命じたのだった。
 信玄に勘助か昌影をつけて密かに引き上げさせ、自分は留まって戦いを続けるということも考えた。だが、武田信玄が実は2人いるという事実は絶対に公になってはならない。なにより、武田信玄が実は病弱で、自分が度々代役を務めなければならないということを信用できる者以外に知られることは絶対にならない。
 今のところ従っている信濃や上野西部の国人衆はもちろん、武田家の直臣たちにも動揺が走る危険があったのだ。
 無論、信廉も影武者とはいえ武将だ。勝てる戦を放棄して逃げ帰ることは断腸の思いだった。だが、信廉にとっては姉の命はなによりも重いものだったのだ。
 それが、武田の遠江からの謎の撤退の真相だった。
 「信廉、あなたはわかっていない!わたくしに万一のことがあったなら、あなたがわたくしに、武田信玄にならなければならないのですよ!?」
 「わかっています!なれど、姉上はまだご健在です!これからもずっとご健在でいてください!
 そのためには…!」
 ”わたくしは勝てる戦を捨てることもいとわない”売り言葉に買い言葉の言葉をすんでのところで信廉は呑み込む。
 仮にも武田の将として、それだけは言ってはならない言葉だったからだ。三方ヶ原の戦いは武田の勝利だったとはいえ、ワンサイドゲームだったわけでは決してない。自衛隊の銃撃に、物の怪と化した家康の刃に、少なくない兵たちが倒れたのだ。
 姉のためであれば何を捨ててもいいというのは、倒れた兵たちに対する侮辱と言えた。
 「信廉…!」
 信玄はもう一度信廉を平手打ちしようとして思いとどまる。
 興奮して大声を出したことで胸が苦しくなってしまったこともある。が、信廉の気持ちを頭ごなしに責める気にもなれなかったのだ。感情に従って生きることを間違っているとは思わない。
 思えば、自分が先代当主である父を放逐して当主の座に就いたのも、感情に従った結果だった。父は非常に聡明で怜悧、そして万事合理的な人物だった。一方で、人の感情に対する配慮が全くない人物でもあった。
 父の言うことやることは全て合理的で最もと思えることばかりだった。だが、ものの言い方がいちいち気に障り、人の感情を逆なでする。理屈さえ通っていればそれが十分条件だと言わんばかりのやり方で、やることなすこと人の不満や恨みを買う。それやこれやが、国人衆の離反や一揆の原因となったことも1度ならずある。
 自分もまた、幼いころから厳しい教育を受け続けてきた。それは武田の跡継ぎとして仕方ないと思えた。だが、感情を殺し、武田家のためだけに存在し、働くことを強要されるのは我慢がならなかった。
 許せなかったのは、信廉を軽視し、物のように扱う態度だった。
 双子は伝統的に家に災いをなすとして、大名家では忌み嫌われる傾向がある。父が信廉を生まれてすぐに殺さなかったのは最低限愛情があったからだろう。だが、幼いころから寺に入れられ、幽閉同然の生活を送る信廉に、父はいつも冷たい態度だった。
 自分が時々こっそり信廉に会いに行っていたことを知った父は激怒した。”信廉は存在しない、してはならない””妹と思うことは許さない””これ以上かまうのなら、信廉を追放する”と大声で怒鳴られた記憶は消えることはない。
 信廉以外のことでも我慢も限界だった信玄は、父を放逐。信廉を密かに躑躅が埼に招き、病弱な自分の影武者としてそばに置くこととしたのだ。
 それを思えば、姉である自分を案じる気持ちを優先し、将としての責務を放棄した信廉をこれ以上咎めることは、自分に向けて唾を吐くことになる。
 「信廉、職務に戻りなさい」
 「姉さん…」
 「下がりなさい!」
 言い募ろうとする信廉の言葉を、信玄は大声で遮る。
 信廉は諦めた顔になり、一礼してその場を辞する。
 残った信玄は大きく嘆息する。
 「”姉さんあっての武田ですから”か…」
 信廉の言い分は最もだし、自分もそう思っている。だが、自分はこの通り体が丈夫でなく、下手をすればぽっくり逝ってしまいかねないありさまだ。
 「どうしたらいいのでしょう…」
 信廉が”武田信玄”となることを拒否したという事実は、信玄に重くのしかかる。これでは、自分が死んだらその瞬間武田は瓦解するだろう。
 信玄は一人途方に暮れた。

08

 信濃南部。高達城。
 「あー癒されるな…」
 夜もふけて、田宮は久々の畳の上での生活を満喫していた。空中機動部隊を率いて信濃攻略作戦に参加して以来、2週間以上もテント暮らしだったのだ。武田勢が放棄した高達城をほぼ無傷で接収できたのはもっけの幸いだった。畳の上に胡坐をかき、寝転がることが出来るのは日本人としてとてもありがたい。
 「寝るとするかな」
 時計を見るとまだ宵の口だが、ここでは照明器具は油の明かりか、自衛隊で支給されたLEDランタンぐらいしかない。ゲーム機で遊ぶにしても、本を読むにしても暗すぎて目に悪い。暗くなったら寝てしまうのが一番いいのだ。
 燃料の節約のために空中機動部隊が城に待機するのも、後1日か2日というところか。また出撃してテント暮らしが待っているなら、今の内に布団で惰眠を貪ろう。そんな考えもあった。
 「知殿、遅くに済まない。少しよろしいか?」
 布団を敷いて横になろうとしたとき、襖の向こうから女の声が聞こえる。
 「家康か?かまわない。どうぞ」
 田宮は家康を招き入れる。三方ヶ原の戦い以来、公私の区別はつけているものの、家康と田宮はすっかりフランクになっている。
 「お邪魔する…」
 そう言って入って来た家康を見て、田宮は少し驚く。寝間着姿の家康はなぜか枕を抱いていたからだ。枕で半分顔を隠した仕草がなんともあざとい。髪を下ろすと、いつものサイドテールのギャルっぽい印象とは変わって、落ち着いた感じに見える。
 「知殿…今夜は一緒に寝てはくれないだろうか…?」
 「え…?いいのかな。一応俺は男で、家康は女なわけで…」
 唐突な家康の言葉に、田宮はそう返さざるをえない。家康は添い寝のつもりかも知れないが、男と女が1つの布団に入るということは…まあそういうことになる可能性が高いということだ。
 「かまわない。知殿が助けてくれなければ、私は今ここにいなかったろうからな」
 「その…気持ちは嬉しいけど、助けられたから身を捧げるなんてもったいないでしょう?女の子にとっては重要なことだし…」
 田宮としては、据え膳食わぬは…と家康を頂く気にはなれなかった。ヘタレているのではない。女の子が後悔するようなことになって欲しくないだけだ。と、胸の中で誰にともなく言い訳する。
 だが、家康にはそれが煮え切らない態度に思えたらしい。
 「いいから!私は知殿と寝たいのだ。あ…いや…抱かれたいという意味ではなくて…!いやいや、抱かれるのもやぶさかではないのだが…。
 ではなくて、ここしばらくよく眠れていない。眠るのが怖いのだ…」
 家康はあたふたと話を迷走させながらも、切実な表情で田宮に訴える。
 「ここ数日、三方ヶ原のことが毎晩のように夢に出て来る。
 頭の中が真っ白になってなにもわからなくなって、我に返ったら敵兵に囲まれている…。そのまま何本もの槍が私に向けて突き出されて…。そこで目が覚めるのだ…」
 「そうか。怖かったんだね」
 田宮は努めて優しく微笑むと、「一緒に寝よう」と家康を布団の中に誘う。
 家康は嬉しそうな顔で布団に潜り込んでくる。
 「せっかくだ。こうしたらどうかな?」
 「きゃっ…」
 家康は田宮に抱きしめられてしまう。寝間着越しだが、田宮の腕の感触、胸板の感触、そして体温を感じる。心臓が早鐘を打ってパンクしそうになってしまう。
 「やっぱりだめだった?」
 「い…いや、だめではない…なんだかすごく安心する…」
 家康はドキドキしているのを悟られないことを祈りながら返答する。
 (どうしよう…安心するのは本当だけど…。やっぱり恥ずかしい…。
 それに、なんだか胸がいっぱいで幸せで、女の芯がざわざわして来るみたい…)
 田宮のにおい、男にしておくにはもったいない美しい肌、そして、伝わって来る心臓の鼓動。それら全てが、家康の理性を蕩かし、牝の本能を煽って行くように感じられた。
 下腹部がじんわりとしびれて、じゅんと熱くなるのを感じる。
 (ああ…このまま知殿に処女を奪われてしまいたい…)
 家康は、田宮による処女喪失を切実に望むまでに高まっていた。が…。
 (あれ…?急に眠くなって…。だめだ、もっと知殿のにおいを、胸板の感触を感じていたいのに…。
 どうしよう…すごく…眠…い…)
 家康は急に瞼が重くなり、頭に緞帳がかかるような眠気に襲われるのを感じる。ここ数日、眠っていても半分起きているような状態が続いたせいだろうか。意識がすーーっと、深いところに沈んでいく。
 (まだ…眠りたく…ない…。知殿に…愛して欲しいの…に…)
 必死の抵抗も空しく、家康は眠気に組み敷かれ、深い深い眠りへと落ちて行った。
 (眠ったか。しかし、寝顔かわいいな)
 一方の田宮は、腕の中で寝息を立て始めた家康の寝顔を堪能していた。
 (なんだか柔らかくていいにおいするし、家康ってかわいい抱き枕かも…)
 このままではドキドキして眠れないのではという田宮の心配は杞憂に終わる。すぐに瞼が重くなり、眠りに入って行ったのだった。
 翌朝、家康はもしかして眠っている間に”女”になってしまったのではないかと慌てた。田宮からなにもなかったと聞かされて、一度は胸をなでおろすが、すぐになぜ手を出さなかったのかと憤る。
 「家康に魅力がないなんてことは絶対にないって!」
 その後、田宮がへそを曲げた家康のご機嫌取りに四苦八苦することになったのは言うまでもない。

 それからさらに10日が経つ。
 信濃と甲斐の国境。
 複雑な地形を利用する柔軟さや、個々の兵の精強さを強さの源とする武田勢は、織田と自衛隊の力技に屈しつつあった。
 「勝家、準備射撃を開始せよ!」
 「承知!大砲、放てええええっ!」
 信長の命令を受けた勝家の号令で、大砲が一斉に武田の戦列に向けて放たれる。原始的な鋳造の青銅製の前装式の大砲であり、発射するのもただの鉛の砲弾だ。だが、威嚇効果は十分だし、敵の足を止めるには効果的だった。
 「続いて投石器および大筒、攻撃始め!」
 「了解でーす!みんな、やっちゃってー!」
 今度は藤吉郎の受け持ちの隊が、武田勢を本気ですりつぶしにかかる。投石器で投擲されるのは陶器製の炸裂弾だ。半球状の器を組み合わせてハンドボール大の大きさの玉を作り、中に火薬を詰めて導火線を通す。内側には針金がらせん状に張り付けられていて、炸裂すると破片効果をもたらす。
 大筒はロケット花火を思わせる形状の棒火矢が装填されている。導火線がついていて、飛んでいった先で炸裂し、鉄片の破片をまき散らす構造になっている。
 大砲で足の止まった武田勢に炸裂弾と棒火矢が容赦なく浴びせられ、爆発と破片が兵たちを無慈悲に薙ぎ払っていく。
 これらの兵装は、史実ではもっと後に登場するか、そもそも戦国時代の日本には存在しないものだ。が、信長のたっての要請で、自衛隊の技術協力の元完成にこぎつけたものだ。
 実は尾張や美濃の兵は土地が豊かで普段余裕のある暮らしをしている分、単純な戦闘力、忍耐力では甲斐、信濃の兵にどうしても劣る。ゆえに、兵装と戦術の優位に寄って戦いを進める必要があるという事情もあった。
 ”ふふふ…。爆発と破片が全てを破壊しつくす…。すばらしい~…”
 ふと、信長は兵装開発担当の堀越小梅一曹(特例措置による臨時任官)が、完成した棒火矢や炸裂弾を撫でながらうっとりした表情を浮かべていたのを思い出して背筋が寒くなる。
 (単に自分の作品の完成度に満足して喜んでいただけ…。その結果を想像して恍惚としてた…なんてことはないよな…?)
 信長は無理にでもそう思うことにする。堀越一曹は、普段は美人でのんびりして、とても気さくでいい人物だ。猟奇的な趣味があるとは思いたくなかった。いろいろな意味で。
 「上空の偵察ヘリより連絡。武田勢死傷者多数なれど、前進を続けていると」
 大型の無線機を背負った自衛隊の二曹が信長にヘリの観測結果を伝える。精強で粘り強い武田勢は、敵の兵装が強いからと言って簡単に心折れたりはしないらしい。
 「さすがは武田だな。兵装の破壊力ではこちらが圧倒しているが、このままではまずいか。
 二曹、敵の後方を突く部隊はどうなっている?」
 「まもなく降下する時間かと!」
 「あいわかった。全部隊、相互援助行い後退しつつ射撃を継続せよ!」
 信長は、現在の場所を維持する作戦から、互いにカバーし合いながら左右の部隊が交互に後退する作戦に切り替えることにする。
 どうせ兵装の射程と破壊力はこちらの方が上だ。後退しつつ射撃を行えば、武田勢の槍や弓がこちらに届くころには向こうは壊滅してるはずだった。
 後は、作戦全体の成否は、敵後方を突く部隊の働きにかかっていると言えた。

09

 一方の織田、自衛隊連合軍のヘリボーン部隊は、武田勢に見つからないように、慎重に南西の丘陵地帯を低空飛行で進む。そして、武田の本陣にほど近い場所に降下する。CH-47JA輸送ヘリ2機によって空輸された、総勢110名の部隊は、隊列を整え、整然と武田の本陣へと進撃を開始した。
 「もう、装備が重い!ねえ知、なんでこんな重装備で歩かなきゃなんないのよ?」
 「忠次、文句を言うな!敵のすぐ近くに降りたらこっちの動きがばれるだろ!?」
 装備の重さに愚痴をこぼす白ギャル酒井忠次を、黒ギャルの本多忠勝がぴしゃりと制する。
 「そもそも、我らは三方ヶ原で多くの戦力を失って本来なら戦力外だ。この作戦に参加させて頂けるだけでも感謝すべきなんだぞ!」
 「わかってます。わかってますとも。あたしが悪かったよ」
 素直に不満を吐き出す忠次と、不満を言う暇があったら足を動かせと言う忠勝。三河武士にもいろいろいるな、と部隊の一つを預かる田宮は思う。
 まあ実際、指揮官としてだけではなく、個人の武勇にも優れる両名は少数精鋭を強みとするヘリボーン作戦には打ってつけだった。すでに統率する兵もないが、寡兵で役に立てるならと、両名が志願してきたのだ。
 「中隊長、配置につきました。いつでも行けます」
 『よし!全部隊、攻撃準備!目標、武田の本陣!撃てえ!」
 中隊長を務める空挺団指揮官、亀井一等陸尉の号令を合図に、無反動砲や50口径重機関銃が武田の本陣に向けて火を吹く。そこかしこで爆発が起こり、兵たちが血みどろのひき肉に変えられていく。
 よもや、敵が後ろから、それもこれほど近距離から攻めて来るとは思っていなかった武田勢は大混乱に陥っていた。
 準備射撃が終わると、自衛隊の荷物持ちの任から解放された三河兵たちが意気揚々と武田の陣に攻め込み、暴れまわる。武田の本陣から伝令に出ようとする使番は、親の仇のように自衛隊の狙撃の餌食になった。
 通常であれば、敵は自軍の前衛を潰しながら順を追って攻めて来るしかない。それはつまり、本陣の周りに戦力を配置していても意味がないということになる。
 将棋で、バランスの問題もあるが、飛車や角、歩だけでなく、金や銀も攻撃に向けた方が効率がいいのと似ているかも知れない。
 ゆえに、武田勢も、本陣周辺にはさほど多くの兵力を置いてはいなかった。
 だが、これは敵の後ろに回り込むヘリボーン部隊にとってはよだれが出るような好機だった。
 周辺にほとんど兵を配置しておらず、しかも敵は前線に注視してこちらに全く注意を払っていない。実質的に裸の敵本陣を撃ち放題なのだから。
 さすがにこの段になると、後詰めとして配置されていた武田の部隊が、彼らの後ろに位置する本陣が襲われていることに気づく。が、彼らが本陣の支援に動くことはなかった。
 F-35BJが投下したレーザー誘導爆弾が、後詰めの部隊を直撃したのだ。武田の本陣は味方と連携することもできないまま孤立しつつあった。
 銃弾と砲弾で、たちまち武田兵の屍の山が築かれていく。だが、武田勢も座してやられるつもりはないようだった。
 『武田の本陣が煙幕を焚いています!』
 『なにい?馬印は見えるか?』
 『だめです!確認できず!』
 偵察員の報告に、亀井は歯がみする。これこそが、武田が劣勢にありながらもまだ崩れない所以だった。
 奇襲を受けたり、潮時と判断すると、蛸が墨を吐くように煙幕を焚いて逃げてしまうのだ。まずいことに、煙幕の中では目視でも赤外線でも敵の姿を捕らえることは困難だ。敵の伏兵にわき腹をぐさりとやられるリスクを冒して煙幕の中に突撃を命じることはできないのだ。
 『中隊長、どうします?』
 『止むをえん!現状のまま射撃を継続。武田勢を追い立てろ!
 後は特戦群に任せよう。馬印が動いたとなれば、それはやばいことが起きた。最悪軍勢が瓦解することを意味するからな』
 亀井は負け犬の遠吠えを承知で、全軍に自分の意見を伝える。大将は基本的に一か所に留まって全軍の指針となるべき存在だ。その大将の居場所を示す馬印が動いたということは、将兵たちに少なからず心理的ダメージを与えられるはずだった。
 ともあれ、こちらの戦力はわずか110名だ。武田の部隊が大挙して向かってくればひとたまりもない。射撃を継続しつつも、そろそろヘリによる回収地点に向かう段取りをしなければならない時間だった。
 
 それは偶然が重なった結果だった。
 その日、信玄の具合が思わしくなく外に出ることは困難だったのも偶然。
 織田が本格的な兵装を携えて、甲斐の国境まで攻めてきたために、大将自らが戦場に立ち、兵たちを鼓舞しなければならなかったことも偶然。
 さらにいえば、F-35BJの空爆とヘリボーン部隊の奇襲が、武田の本陣を完全に孤立させてしまったのも偶然と言えた。ヘリボーン部隊としては、武田の本陣に砲撃を加えて揺さぶり、武田の士気を下げることができれば恩の字だったのだから。
 「御館様、後詰めの部隊が壊滅しています。彼らと連携することは不可能です!」
 「わかっています!こうなったら前衛の部隊と合流します!」
 信玄こと信廉が、情けない顔をする武将にぴしゃりと応じる。
 「しかし、それでは本陣を敵の砲撃にさらしてしまいます!」
 「かまいません!孤立したまま後ろから撃たれるよりはましです!こうなったら、前衛部隊をいちかばちか織田勢に突撃させます!」
 信廉はまさにいちかばちかの賭に出ることに決めた。織田の前衛は、兵の損害を怖れて後退しながら射撃を継続しているのは、伝令によってわかっている。
 たとえ前衛の部隊と合流したとしても、方陣を組んで守っていては砲撃を浴びてどのみち壊滅するだけ。ならば、危険を承知で残っている戦力に突撃を命じる方が生き残れる可能性は高い。
 織田の兵装はどれも恐るべき威力を持ってはいるが、操作するのに当然のように兵の手を塞いでしまう。誰しも腕は2本しかないわけだから、刀や槍と同時に扱うことは不可能なはずだ。
 部隊を突撃させ、白兵戦に持ち込んでしまえばまだ勝機はある。信廉はそう読んでいた。
 (この信廉もできるところを見せて差し上げる!)
 信廉は内心にそう思い、腹に力を入れる。
 例え彼女がここでどれだけうまくやって見せたとしても、それは武田信玄の実績であって、武田信廉の実績ではないことになる。だが、信廉はそれでもいいと思っていた。誰も知らなくとも、自分は知っている。少なくとも、この先大きな自信になることは間違いないのだから。

 が、武田本陣の動きは遅ればせながら自衛隊に察知されていた。煙幕を焚いて雲隠れしたことでヘリボーン部隊の目からは逃れたものの、前衛の部隊と合流を試みたことが災いした。上空を警戒して織田勢を支援していたOH-1に、馬印を発見されてしまったのだ。
 「こちらカラス!武田の馬印を発見!11時方向、距離約3000メートル。先鋒の部隊に向かっている!」
 『こちらケルベロス!ヘリ、武田本陣の足を止めてくれ!なんとか先回りしてみる!』
 V-22で輸送されている特戦群から通信が入る。
 「アパッチ、聞こえましたか?
 武田本陣の足止めをお願いしたい!」
 『了解した。これより攻撃に入る』
 後方で旋回しながら待機していた2機のAH-64Dが前に出る。三方ヶ原の戦訓から、ヘリから敵軍勢に向けて銃撃するのははっきり言って弾の無駄と判断されている。せっかく航空支援についているのに、特に野戦では攻撃ヘリにはさっぱり仕事がないのだ。
 『あくまで足止めだぜ。全滅させるなよ』
 『わかってるって!指揮官は殺すなって命令だしな!』
 かっこいいところを見せるチャンス。そう勇んで、2機のAH-64Dは武田の本陣に向けて飛行していった。

 「みな!走るのです!止まってはなりません!急ぎなさい!」
 信廉の号令は、既に空しく響くだけになっていた。
 あと少しで前衛の部隊と合流できるという時になって、2機のAH-64Dが前に立ちふさがり、猛然と銃撃をかけてきた。
 やむを得ず進路を変更して林の中に逃げ込んだ信廉の判断は、決して間違ってはいなかった。全滅を避けるという意味では。
 だが、不幸にして自衛隊の目的は本陣の全滅ではなく、武田の高官を捕虜にすることだった。
 自ら視界の悪い林に逃げ込んだ武田の本陣は、V-22からファストロープ降下(金具を使わず、革手袋をして手と足の力だけで懸垂降下する技術。速いが体力と練度が必要)した特戦群に待ち伏せされてしまったのだ。
 サプレッサーを装着したM4カービンやSR-25の射撃に、武田の兵たちはどこから撃たれているのかさえわからないまま壊滅していく。
 手榴弾やグレネードランチャーの攻撃で、いつもなら鉄の意志を持つはずの武田兵がすっかり動揺し、ちりぢりに逃げていく。

 「誰か、誰かある!」
 馬を捨てて走っていた信廉は、いつの間にか周りに誰もいなくなっていることに気づいた。みな逃げたか、殺されてしまったのだろう。
 「その装い、武田信玄殿とお見受けする!」
 背後からかけられた声にぎょっとして、信廉は振り向く。まだら模様の服を着て,奇妙な形の鎧をまとい、顔にも緑や茶色の化粧をした兵隊が、鉄砲らしいものを自分に向けている。
 「降伏して下さい!悪いようにはしません!」
 周りの木立の影や茂みから、2人、3人と同じようなまだら模様の服の兵隊たちが姿を見せる。
 (生きて捕まるわけにはいかない!)
 信廉はもはやこれまでと覚悟を決める。例え影武者でも、武田信玄が捕まったという事実があってはならない。それは、窮地にある武田の士気を一気に崩壊させてしまう危険があった。
 それに、古府にはまだ自分の姉、本物の信玄がいる。自分がここで死ねば、武田信玄が戦死したか捕虜になったというのは事実無根の噂話。織田型が流した偽情報と言い張れるはずだった。
 「死なばもろとも!」
 信廉は太刀を抜いてまだら模様の男たちに斬りかかる。だが、3歩も進まないうちに、男の1人が構えていた武器が火を噴く。
 まるで牛にでも体当たりされたかのような衝撃を感じ、信長の意識はぷつりと途切れた。

 「やりましたね、隊長。これ武田信玄ですよ。大手柄だ!」
 「ああ、俺は以前古府で見たことがある。だが…」
 敵の総帥を捕らえたという大金星に興奮する日野一曹。対して、特戦群指揮官である五十嵐一尉は、ベネリM4ショットガンから非致死性のゴム弾の薬莢をはじき出しながら(ガス圧作動式なので、圧力の低いゴム弾の場合手動で排莢する必要がある)何かがおかしいと感じていた。
 目の前に失神して横たわるみごとな金髪の少女は、以前古府を偵察しているときに見た武田信玄に間違いはないとは思う。だが、なにかが微妙にちがうように思えるのだ。
 どだい、武田の総帥ともあろう人物が、勝てないとわかっていて闇雲に太刀で斬りかかってくると言うのがどうも腑に落ちない。

 そして、五十嵐の懸念は的中することになる。
 武田信玄が捕虜になったという情報は直ちに織田、今川、徳川の各陣営に報告される。その快挙にみなが歓声を上げたのもつかの間。
 武田は予想に反して瓦解する様子もない。しかも、信玄は甲斐でいぜん軍の指揮を執っていることになっていたのである。
 徳川の忍びや、改めて甲斐に偵察に向かった特戦群からも、信玄は甲斐に健在という報告がもたらされる。
 どういうことなの?じゃあ、自分たちが捕らえた金髪の美少女は誰なんだ?
 織田、徳川勢も自衛隊も、狐につままれた気分だったのである。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

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主人公の名前は高松 真。 修学旅行中に乗っていたクルーズ船が事故に遭い、 救命いかだで脱出するも無人島に漂着してしまう。 更に一緒に流れ着いた者たちに追放された挙げ句に取り残されてしまった。 だが、助けた女の子たちと共に無人島でスローライフな日々を過ごすことに…… 果たして彼は無事に日本へ帰ることができるのか? 注意 この作品は作者のモチベーション維持のために少しずつ投稿します。 1話あたり300~1000文字くらいです。 ご了承のほどよろしくお願いします。

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