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01 尾張、美濃の制覇編
嵐を抜けた先
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01
20XX年5月9日
“藤”作戦と呼ばれる3自衛隊合同による離島奪還、防衛演習作戦が実施された。
作戦内容としては主に迅速さが重視された。離島に他国が電撃的に侵攻したという想定で、いち早く奪還、そして防衛の体勢を整える。
部隊を各方面から抽出し、輸送、目的地に展開、に至るまでの時間を最大限短縮することを目的とした訓練だった。
とにかく手続きと動きの遅さに定評のある自衛隊だったが、あらかじめ予想される事態を想定し準備を怠らなければ大部隊の長距離移動も滞りはない。国交省や経産省、そして各自治体と打ち合わせ、協力を取り付けていたことも功を奏した。
富士演習地から機甲部隊および普通科、習志野や木更津からレンジャーやヘリ飛行隊、百里基地から空自のF-35BJ航空隊が速やかに参集。ヘリ搭載護衛艦DDH-185“かつらぎ”と輸送艦LST-4002“しもきた”に分乗する。
その2隻が旗艦であるミサイル護衛艦、DDG-190“はぐろ”に率いられ、第105任務部隊と呼称される。お台場に設けられた臨時基地から出航。途中で横須加と館山から出航した他の部隊と合流、大艦隊を編成して一路訓練地である伊豆諸島を目指す作戦だった。
東京湾を出たところで突然低気圧に遭遇するまでは。
「なんで急に嵐になるんだ!?」
「車両と航空機のタイダウンを徹底しろ!こりゃ揺れるぞ!」
「ソナーが妙な振動を感知しています」
「馬鹿な、海面に地震が起こったとでも言うのか?」
日頃の訓練の成果で、突然の低気圧にも自衛隊員たちは良く対応した。だが、GPSや無線、果てはジャイロコンパスまでが機能不全を起こし始めると、さすがにただならぬ事態だと皆が感じ始める。
「まさか、タイムスリップしないだろうな?」
「いや、異世界に飛ばされるかも知れないぞ」
誰ともなく冗談めかしてそんなことを囁く。それはどちらも正しく、どちらも誤っていた。
隊員たちの悪い予感は的中することになる。
やっと低気圧から抜け出てみれば、無線にもGPSにも応答がなく、それどころかラジオの電波1つ入らないのだ。携帯電話も試したが当然のようにだめ。
極めつけに、低気圧を避けて東に向かっていたはずがいつの間にか任務部隊は西に進路を取っていたということが明らかになる。遠目にだが富士山が東にはっきりと見えたときは誰もが目を疑ったが、太陽や北極星の位置を計算してみるとやはり間違いはない。なにをどう間違ったか、いつの間に流されたか、自分たちは現在遠州灘沖をさまよっていることを誰もが現実として認めざるを得なくなったのだった。
任務部隊の旗艦、“はぐろ”の士官食堂では任務部隊の幹部たちが集まり、善後策を協議していた。
「当面燃料や食料に不安はないが、いつまでも漂流しているわけにはいかないな」
「当然です、陸自とヘリ部隊を満載してるから艦内には余裕がない。起きて半畳寝て一畳の暮らしなんて長く続けられるもんじゃありませんよ」
任務部隊司令である大垣海将補の言葉に、“しもきた”艦長市松二佐が応じる。
「しかしどうしたものかな…。市ヶ谷(防衛相)はもちろん、地方の総監部や基地隊とも連絡が取れないとなると」
「一応こういう場合のマニュアルはあるが」
空自の航空隊の隊長である笹森二佐の言葉に、陸自部隊の統括である木場一佐が応じて、A4のコピー用紙にプリントアウトされた資料をテーブルの上に出す。表題は「過去にタイムスリップしてしまったときの対処マニュアル」とあった。
「おいおい、なんの冗談だ?」
「いえ、大まじめですとも。他にもいろいろありますよ」
そう言って木場はホチキスで閉じられた資料をテーブルの上に並べていく。
「“異世界に飛ばされた場合”“宇宙から知的生命体が侵略してきた場合”“ゾンビが大量発生した場合”“未確認巨大生物が出現した場合”etc…」
笹森が資料を斜め読みして、予測される事態に対して意外に詳細に対処法が書かれていることに関心と困惑の混じった声を漏らす。
「言っちゃなんだが私は今確信を得た。防衛省、自衛隊は病気だ!」
「でもお陰で助かるでしょう?
予測して対策を立てられることなら立てておくに越したことはないんです」
目頭を押さえて嘆息する大垣に、木場がさらりと応じる。
他の幹部たちは何も言えないまま互いに顔を見合わせる。まあ、言っていることは正しいが、官僚組織としてこれはどうなのか?と思わずにはいられないのだ。一方、まあ自分たちは日本人で自衛隊だし、と考えれば納得できてしまう面もある。
「わかったわかった。確かにお陰で助かるな。
で、具体的にはこれからどうすればいい?」
「まずは偵察でしょう。我々が今いる場所がどういうところであるのか、情報を集め詳しく知ること。
対策を考えるのはそれからです」
なんとか事態を前向きに考えようと努力する“かつらぎ”艦長高階一佐に、木場が応える。木場の言葉に異議を唱えるものはいなかった。確かに、今彼らは自分たちがどういう場所にいてどういう状況に置かれているか、全く知らないことは事実だったのだ。
手続きの遅さに定評のある自衛隊だが、早急に対処しなければならないことがあって、それに対する方針が決まると行動は早い。
“かつらぎ”に搭載されていたF-35BJを飛ばし、取りあえず陸地の偵察を行うことが決まる。
『カタパルト接続良し!進路クリア!発進どうぞ!』
「了解!スワロー4、発進する」
F-35BJのパイロットである江藤一尉は管制に従いスロットルを全開にする。同時に“かつらぎ”甲板上のリニアカタパルトが作動して機体を急加速させ、大海原へと飛翔させる。
このリニアカタパルトが“かつらぎ”の最大の特徴だった。従来F-35やAV-8Bなどの垂直離着陸機能を持つ航空機を強襲揚陸艦や軽空母から発艦させるには、垂直離陸するか、いわゆるスキージャンプ甲板を用いて発艦するかしてきた。
だが、いずれの場合でも機体をなるべく軽くする必要があるため、燃料や武器弾薬の搭載量に大きな制約がかかることになる。攻撃力や航続距離が制限されてしまうのだ。
リニアカタパルトはその問題を解決した。F-35BJの最大離陸上量まで燃料と武器弾薬を積んでも余裕で発艦できるのだ。
飛行甲板前端を広く開ける必要が生じたため、同型艦では飛行甲板上に設置されていた20ミリCIWSは廃止された。変わりに艦首両舷にバルジを増設し、左右に1機ずつCIWSを設置している。このレイアウトのお陰で、遠目にも一目で姉妹艦である“いずも”“かが”と区別がつく。
「スワロー4より“はぐろ”へ。現在北に進路を取っている。
陸地が見えてきた。大きな内海。西は伊勢湾、東は知多湾、渥美湾だな。これより高度を1000メートルまで下げる」
江藤はカメラが録画を行っていることを確認し、慎重に高度を下げていく。F-35BJは本職の偵察機ではないが、システマティックな偵察ポッドを装備することで本格的な対地、対水上偵察にも十分対応することが可能だ。
今後自分たちがどう行動するにせよ、まずは航空写真から地図を作ることが先決だ。上空から見ると現在地は日本の東海地方であることは間違いない。だが、高速道路も鉄道も見当たらないことからしてそれなりに昔と言うことは想像に難くない。21世紀の地図はまず役に立たないと見ていいだろう。
自分の任務は大変に重要なものになる。気を引き締め直した江藤は地上に向けて目をこらしたのだった。
F-35BJの偵察結果からはいろいろなことがわかった。
まず、時代としては建物の形、特に城の構え型がいわゆる山城であることからして少なくとも南北朝時代より後。ただし、江戸時代に整備された街道がはっきりと確認できないことから、おそらくは織豊政権より以前。
次に、陸地では武装した勢力同士の戦闘が起こっている。戦闘はかなり大規模なもので、戦争状態にあると見ていい。
武装勢力の映像を拡大してみたところ、日本特有のしころやくわがた、脇立てのついた兜がちらほら散見される。それだけではいつの時代かはきとしないが、戦闘が歩兵、おそらくは軽装の足軽が主体であること。長槍による集団戦法が行われていること。そして、数こそ多くはないが鉄砲が用いられていること。それらを総合すると戦国時代後期であることが推定される。
それだけでも相応の収穫と言えたが、自衛隊がこの場所、この時代で生きていくためにはまだまだ不十分と言えた。
より詳細かつミクロな次元の情報を求めて、OH-1偵察ヘリによる低空での偵察が行われることになる。
が、これが裏目に出てしまう。OH-1が突然謎の事故を起こし、墜落してしまったのだ。
救出とさらに詳細な偵察を兼ねて、白羽の矢が立ったのが田宮知三等陸尉率いる偵察救難部隊だった。この部隊は離島防衛計画の一環として、敵の支配地域に墜落してしまった友軍機のパイロットの救助を目的として編成された部隊だった。非公式ではあるが、レンジャー資格保持者と看護師から勤務成績と腕っ節優先で選抜された猛者たち。伊豆諸島で本格的な訓練を行う予定でいたが、図らずも本当に遭難した友軍を救出する任務を与えられたのだ。
UH-60Jブラックホーク2機に分乗した12名の部隊は夜の闇に紛れて墜落地点まで一気に到達し、OH-1を発見した。幸いにして乗員2名は近くの村に保護されていた。
だが、折悪しくその村の周辺で戦闘が起きており、偵察救難部隊は戦闘に巻き込まれてしまう形となる。
そして、異形の存在と化してしまった敵兵を辛くも破った部隊が村で出会った少女は、織田上総介信長と名乗った。
部隊の誰もが今後のことに思いをはせた。自分たちはただタイムスリップしただけではない。なにかがちがう世界に迷い込んでしまったらしい。ある意味で完全なる遭難。自分たちはどこともわからない異世界で漂流しているに等しい。それを感じ取らざるを得なかったのである。
02
田宮知(たみやさとる)25歳。
陸上自衛隊三等陸尉。防大を優秀な成績で卒業し、任官1年目ながら勤務成績と能力を買われ幹部レンジャー教程を修了。剣道やマラソンでも優秀な成績を残す、文武両道の人物。
と書くと、どんなチートでエリートなんだと思わざるを得ないが、彼の実物を見れば、とてもそんな猛者とは思わないだろう。
なにかといえば、非常に華奢で中性的、というよりは女っぽいのだ。背は171センチあり、髪も短くしてはいるが、狭い肩幅と線の細い体型、男にしては大きい尻、なにより端正で艶やかな感じさえする顔つき。これらのお陰で、どうにもイケメンというよりは美人と表現する方がしっくりときてしまう。自衛隊の制服やビジネススーツを着こなしてなんとか男に見えるくらい。ユニセックスな服装をしていると、知らなければベリーショートで背の高い女に見えてしまうのだ。
「俺は男だ!」
本人はその辺りにコンプレックスがあり、常に男らしくあろうと努力している。
が、仕草や雰囲気がもともと女っぽいことに加え、甘いものが好きで趣味がお菓子作り。服装も何を着ても似合うが、かっこいいと言うより美しいと表現すべき雰囲気になってしまう。「ちん○んのついた美人」という言葉がこの上なく似合う存在なのだ。本人が意図しているかはともかく。
となれば、周囲も女扱いせずにはいられないのが現実だった。中学、高校とマスコット扱いされ、男に告白されたことも1度ならずある。なにより、学園祭で周囲に無理やり女装させられて問答無用でミスコンに出場させられた挙げ句、見事1位に輝いてしまったことはトラウマになっていた。
軍隊組織である防大ならそういうこととは無縁だろうと、必死で勉強して合格したが、見通しの甘さを思い知ることになる。
棒倒しに参加しようとすれば、「参加できるのは男性だけだよ」と素で追い払われかける。
寮の浴場に入っていく度に先客の男たちが(あまりに色っぽかったのでと)驚き慌てた顔をする。ついでにその後邪な視線を感じる。
極めつけに、防大にも“腐った女の子”の集団は存在するもので、半ば拉致同然に部室に連行され、女の服を着せられ化粧をさせられて絵のモデルをやらされる。
防大を卒業、幹部学校に入学し、任官するとさすがにあからさまなことはなくなってきたが、あいかわらずマスコット扱いされている気がしてならない。
「まさか、俺が現場指揮官に選ばれたのって容姿や雰囲気が原因じゃないよな?」
任務部隊が演習中に突然の低気圧に巻き込まれ、どうやら過去にタイムスリップしてしまったらしい。
遭難した偵察ヘリを捜索し、乗員を救助。可能なら現地の人間に接触して友好的な関係を結ぶべし。という任務の指揮官に、他の幹部を差し置いて抜擢されたのは光栄なことだった。
だが、「貴官なら現地人とも平穏に接触できることだろう」という直属の上官の言うことがどうにも田宮には引っかかったのだった。
村の住民や武士たちは、男女関係なく自分になにやら熱い視線を向けてくるし、信長からはどういうわけか「婿」と呼ばれてしまう。
それまでその容姿と雰囲気から女扱いされいじられ続けてきた田宮は、なにやら面倒な気配を感じずにはいられないのだった。
20XX年5月9日
“藤”作戦と呼ばれる3自衛隊合同による離島奪還、防衛演習作戦が実施された。
作戦内容としては主に迅速さが重視された。離島に他国が電撃的に侵攻したという想定で、いち早く奪還、そして防衛の体勢を整える。
部隊を各方面から抽出し、輸送、目的地に展開、に至るまでの時間を最大限短縮することを目的とした訓練だった。
とにかく手続きと動きの遅さに定評のある自衛隊だったが、あらかじめ予想される事態を想定し準備を怠らなければ大部隊の長距離移動も滞りはない。国交省や経産省、そして各自治体と打ち合わせ、協力を取り付けていたことも功を奏した。
富士演習地から機甲部隊および普通科、習志野や木更津からレンジャーやヘリ飛行隊、百里基地から空自のF-35BJ航空隊が速やかに参集。ヘリ搭載護衛艦DDH-185“かつらぎ”と輸送艦LST-4002“しもきた”に分乗する。
その2隻が旗艦であるミサイル護衛艦、DDG-190“はぐろ”に率いられ、第105任務部隊と呼称される。お台場に設けられた臨時基地から出航。途中で横須加と館山から出航した他の部隊と合流、大艦隊を編成して一路訓練地である伊豆諸島を目指す作戦だった。
東京湾を出たところで突然低気圧に遭遇するまでは。
「なんで急に嵐になるんだ!?」
「車両と航空機のタイダウンを徹底しろ!こりゃ揺れるぞ!」
「ソナーが妙な振動を感知しています」
「馬鹿な、海面に地震が起こったとでも言うのか?」
日頃の訓練の成果で、突然の低気圧にも自衛隊員たちは良く対応した。だが、GPSや無線、果てはジャイロコンパスまでが機能不全を起こし始めると、さすがにただならぬ事態だと皆が感じ始める。
「まさか、タイムスリップしないだろうな?」
「いや、異世界に飛ばされるかも知れないぞ」
誰ともなく冗談めかしてそんなことを囁く。それはどちらも正しく、どちらも誤っていた。
隊員たちの悪い予感は的中することになる。
やっと低気圧から抜け出てみれば、無線にもGPSにも応答がなく、それどころかラジオの電波1つ入らないのだ。携帯電話も試したが当然のようにだめ。
極めつけに、低気圧を避けて東に向かっていたはずがいつの間にか任務部隊は西に進路を取っていたということが明らかになる。遠目にだが富士山が東にはっきりと見えたときは誰もが目を疑ったが、太陽や北極星の位置を計算してみるとやはり間違いはない。なにをどう間違ったか、いつの間に流されたか、自分たちは現在遠州灘沖をさまよっていることを誰もが現実として認めざるを得なくなったのだった。
任務部隊の旗艦、“はぐろ”の士官食堂では任務部隊の幹部たちが集まり、善後策を協議していた。
「当面燃料や食料に不安はないが、いつまでも漂流しているわけにはいかないな」
「当然です、陸自とヘリ部隊を満載してるから艦内には余裕がない。起きて半畳寝て一畳の暮らしなんて長く続けられるもんじゃありませんよ」
任務部隊司令である大垣海将補の言葉に、“しもきた”艦長市松二佐が応じる。
「しかしどうしたものかな…。市ヶ谷(防衛相)はもちろん、地方の総監部や基地隊とも連絡が取れないとなると」
「一応こういう場合のマニュアルはあるが」
空自の航空隊の隊長である笹森二佐の言葉に、陸自部隊の統括である木場一佐が応じて、A4のコピー用紙にプリントアウトされた資料をテーブルの上に出す。表題は「過去にタイムスリップしてしまったときの対処マニュアル」とあった。
「おいおい、なんの冗談だ?」
「いえ、大まじめですとも。他にもいろいろありますよ」
そう言って木場はホチキスで閉じられた資料をテーブルの上に並べていく。
「“異世界に飛ばされた場合”“宇宙から知的生命体が侵略してきた場合”“ゾンビが大量発生した場合”“未確認巨大生物が出現した場合”etc…」
笹森が資料を斜め読みして、予測される事態に対して意外に詳細に対処法が書かれていることに関心と困惑の混じった声を漏らす。
「言っちゃなんだが私は今確信を得た。防衛省、自衛隊は病気だ!」
「でもお陰で助かるでしょう?
予測して対策を立てられることなら立てておくに越したことはないんです」
目頭を押さえて嘆息する大垣に、木場がさらりと応じる。
他の幹部たちは何も言えないまま互いに顔を見合わせる。まあ、言っていることは正しいが、官僚組織としてこれはどうなのか?と思わずにはいられないのだ。一方、まあ自分たちは日本人で自衛隊だし、と考えれば納得できてしまう面もある。
「わかったわかった。確かにお陰で助かるな。
で、具体的にはこれからどうすればいい?」
「まずは偵察でしょう。我々が今いる場所がどういうところであるのか、情報を集め詳しく知ること。
対策を考えるのはそれからです」
なんとか事態を前向きに考えようと努力する“かつらぎ”艦長高階一佐に、木場が応える。木場の言葉に異議を唱えるものはいなかった。確かに、今彼らは自分たちがどういう場所にいてどういう状況に置かれているか、全く知らないことは事実だったのだ。
手続きの遅さに定評のある自衛隊だが、早急に対処しなければならないことがあって、それに対する方針が決まると行動は早い。
“かつらぎ”に搭載されていたF-35BJを飛ばし、取りあえず陸地の偵察を行うことが決まる。
『カタパルト接続良し!進路クリア!発進どうぞ!』
「了解!スワロー4、発進する」
F-35BJのパイロットである江藤一尉は管制に従いスロットルを全開にする。同時に“かつらぎ”甲板上のリニアカタパルトが作動して機体を急加速させ、大海原へと飛翔させる。
このリニアカタパルトが“かつらぎ”の最大の特徴だった。従来F-35やAV-8Bなどの垂直離着陸機能を持つ航空機を強襲揚陸艦や軽空母から発艦させるには、垂直離陸するか、いわゆるスキージャンプ甲板を用いて発艦するかしてきた。
だが、いずれの場合でも機体をなるべく軽くする必要があるため、燃料や武器弾薬の搭載量に大きな制約がかかることになる。攻撃力や航続距離が制限されてしまうのだ。
リニアカタパルトはその問題を解決した。F-35BJの最大離陸上量まで燃料と武器弾薬を積んでも余裕で発艦できるのだ。
飛行甲板前端を広く開ける必要が生じたため、同型艦では飛行甲板上に設置されていた20ミリCIWSは廃止された。変わりに艦首両舷にバルジを増設し、左右に1機ずつCIWSを設置している。このレイアウトのお陰で、遠目にも一目で姉妹艦である“いずも”“かが”と区別がつく。
「スワロー4より“はぐろ”へ。現在北に進路を取っている。
陸地が見えてきた。大きな内海。西は伊勢湾、東は知多湾、渥美湾だな。これより高度を1000メートルまで下げる」
江藤はカメラが録画を行っていることを確認し、慎重に高度を下げていく。F-35BJは本職の偵察機ではないが、システマティックな偵察ポッドを装備することで本格的な対地、対水上偵察にも十分対応することが可能だ。
今後自分たちがどう行動するにせよ、まずは航空写真から地図を作ることが先決だ。上空から見ると現在地は日本の東海地方であることは間違いない。だが、高速道路も鉄道も見当たらないことからしてそれなりに昔と言うことは想像に難くない。21世紀の地図はまず役に立たないと見ていいだろう。
自分の任務は大変に重要なものになる。気を引き締め直した江藤は地上に向けて目をこらしたのだった。
F-35BJの偵察結果からはいろいろなことがわかった。
まず、時代としては建物の形、特に城の構え型がいわゆる山城であることからして少なくとも南北朝時代より後。ただし、江戸時代に整備された街道がはっきりと確認できないことから、おそらくは織豊政権より以前。
次に、陸地では武装した勢力同士の戦闘が起こっている。戦闘はかなり大規模なもので、戦争状態にあると見ていい。
武装勢力の映像を拡大してみたところ、日本特有のしころやくわがた、脇立てのついた兜がちらほら散見される。それだけではいつの時代かはきとしないが、戦闘が歩兵、おそらくは軽装の足軽が主体であること。長槍による集団戦法が行われていること。そして、数こそ多くはないが鉄砲が用いられていること。それらを総合すると戦国時代後期であることが推定される。
それだけでも相応の収穫と言えたが、自衛隊がこの場所、この時代で生きていくためにはまだまだ不十分と言えた。
より詳細かつミクロな次元の情報を求めて、OH-1偵察ヘリによる低空での偵察が行われることになる。
が、これが裏目に出てしまう。OH-1が突然謎の事故を起こし、墜落してしまったのだ。
救出とさらに詳細な偵察を兼ねて、白羽の矢が立ったのが田宮知三等陸尉率いる偵察救難部隊だった。この部隊は離島防衛計画の一環として、敵の支配地域に墜落してしまった友軍機のパイロットの救助を目的として編成された部隊だった。非公式ではあるが、レンジャー資格保持者と看護師から勤務成績と腕っ節優先で選抜された猛者たち。伊豆諸島で本格的な訓練を行う予定でいたが、図らずも本当に遭難した友軍を救出する任務を与えられたのだ。
UH-60Jブラックホーク2機に分乗した12名の部隊は夜の闇に紛れて墜落地点まで一気に到達し、OH-1を発見した。幸いにして乗員2名は近くの村に保護されていた。
だが、折悪しくその村の周辺で戦闘が起きており、偵察救難部隊は戦闘に巻き込まれてしまう形となる。
そして、異形の存在と化してしまった敵兵を辛くも破った部隊が村で出会った少女は、織田上総介信長と名乗った。
部隊の誰もが今後のことに思いをはせた。自分たちはただタイムスリップしただけではない。なにかがちがう世界に迷い込んでしまったらしい。ある意味で完全なる遭難。自分たちはどこともわからない異世界で漂流しているに等しい。それを感じ取らざるを得なかったのである。
02
田宮知(たみやさとる)25歳。
陸上自衛隊三等陸尉。防大を優秀な成績で卒業し、任官1年目ながら勤務成績と能力を買われ幹部レンジャー教程を修了。剣道やマラソンでも優秀な成績を残す、文武両道の人物。
と書くと、どんなチートでエリートなんだと思わざるを得ないが、彼の実物を見れば、とてもそんな猛者とは思わないだろう。
なにかといえば、非常に華奢で中性的、というよりは女っぽいのだ。背は171センチあり、髪も短くしてはいるが、狭い肩幅と線の細い体型、男にしては大きい尻、なにより端正で艶やかな感じさえする顔つき。これらのお陰で、どうにもイケメンというよりは美人と表現する方がしっくりときてしまう。自衛隊の制服やビジネススーツを着こなしてなんとか男に見えるくらい。ユニセックスな服装をしていると、知らなければベリーショートで背の高い女に見えてしまうのだ。
「俺は男だ!」
本人はその辺りにコンプレックスがあり、常に男らしくあろうと努力している。
が、仕草や雰囲気がもともと女っぽいことに加え、甘いものが好きで趣味がお菓子作り。服装も何を着ても似合うが、かっこいいと言うより美しいと表現すべき雰囲気になってしまう。「ちん○んのついた美人」という言葉がこの上なく似合う存在なのだ。本人が意図しているかはともかく。
となれば、周囲も女扱いせずにはいられないのが現実だった。中学、高校とマスコット扱いされ、男に告白されたことも1度ならずある。なにより、学園祭で周囲に無理やり女装させられて問答無用でミスコンに出場させられた挙げ句、見事1位に輝いてしまったことはトラウマになっていた。
軍隊組織である防大ならそういうこととは無縁だろうと、必死で勉強して合格したが、見通しの甘さを思い知ることになる。
棒倒しに参加しようとすれば、「参加できるのは男性だけだよ」と素で追い払われかける。
寮の浴場に入っていく度に先客の男たちが(あまりに色っぽかったのでと)驚き慌てた顔をする。ついでにその後邪な視線を感じる。
極めつけに、防大にも“腐った女の子”の集団は存在するもので、半ば拉致同然に部室に連行され、女の服を着せられ化粧をさせられて絵のモデルをやらされる。
防大を卒業、幹部学校に入学し、任官するとさすがにあからさまなことはなくなってきたが、あいかわらずマスコット扱いされている気がしてならない。
「まさか、俺が現場指揮官に選ばれたのって容姿や雰囲気が原因じゃないよな?」
任務部隊が演習中に突然の低気圧に巻き込まれ、どうやら過去にタイムスリップしてしまったらしい。
遭難した偵察ヘリを捜索し、乗員を救助。可能なら現地の人間に接触して友好的な関係を結ぶべし。という任務の指揮官に、他の幹部を差し置いて抜擢されたのは光栄なことだった。
だが、「貴官なら現地人とも平穏に接触できることだろう」という直属の上官の言うことがどうにも田宮には引っかかったのだった。
村の住民や武士たちは、男女関係なく自分になにやら熱い視線を向けてくるし、信長からはどういうわけか「婿」と呼ばれてしまう。
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