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せっかくだし

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「お待たせして申し訳ありません」
 レストランの入口の方から、透き通った声がした。
「ああ、これは初美さん。今日は良く来てくれたね」
 佐藤栄作が、いつになくにこやかに応じる。
「祥二、細川初美さんだ。帝日銀行頭取の次女だ」
「山名祥二と申します。お会いできて光栄です。その…べっぴんさんですね」
 祥二は立ち上がり、あいさつをする。
 最後のひと言は、社交辞令でもなんでもなく、自然に出てきた。
 目の前の、いかにもいいところのお嬢さんという雰囲気の女性は、素直に美しいと思えた。
 焦げ茶色の髪はよく手入れをされていて、とてもみずみずしかった。
 やや童顔で、最初は学生かと思ったが、これでも24歳。

(けっこうやんちゃな娘と聞いとったが…)
 祥二は意外な気分だった。
 初美は大学を卒業した後、コネに頼らずにとある商社の経理の仕事にありついたのだという。
 家事手伝いをしつつ花嫁修業をすべし、という両親の反対を押し切って。
 だが見たところ、とてもそんな気が強い女には見えなかった。
「ありがとうございます。祥二さんも、聞いていたよりずっと素敵な方ですわ」
 そう言って、初美がにっこりとほほえむ。
 祥二は不覚にもどきりとしてしまう。
 本当に、気がついたら魅せられているほど美しい笑みだったのだ。
「恐れ入ります。初美さん、まあその…今日はこの田舎者に東京のいろいろな話を聞かせてつかあさい」
「わたくしこそ、祥二さんからお話しをうかがいたいですわ」
 取り敢えずとっかかりにそんな会話を交わす。
 かたや広島生まれの成り上がり者。かたやエリート一家のお嬢さん。
 正直なところ、共通する話題があるとも思えなかった。
 だが、初美は東京生まれの東京育ちで、短期ながらフランスへの留学経験もあるという。
「僕は、東京には仕事で来るばかりで、実はほとんど知らないと言っていい。初美さんに、是非東京の面白いところをうかがいたいと思っとります」
「はい。わたくしでよろしければ」
(せっかくじゃし、楽しく話そうかい)
 祥二は、いろいろ教えを請うつもりで会話を始める。
 恵子の言葉を思い出す。
 あからさまに、政略結婚もどきの見合いという雰囲気は頂けない。
 こうして会っているのだ。
 せっかくなので楽しむことに決めていた。
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