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いざ訪問
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05
翌日、祥二は菓子折を持って佐藤邸を訪れていた。
「まさか、わしが説得役を拝命するとはのう…」
祥二は緊張していた。
池田に談判して、とにかく佐藤を感情に訴えて揺さぶってはどうかと具申した。
『ほうか。それもひとつの手じゃのう。祥二、すまんがお前さんに頼めんかのう?』
池田は、言い出しっぺが責任を持てとばかりに祥二を佐藤邸に寄越したのだ。
具申しておいてなんだが、意外なことだった。
政治家の説得は政治家の仕事だとばかり思っていた。
てっきり池田に近しい田中角栄か、大平正芳あたりが使いに出されると思っていたのだ。
「ともあれ、任された以上はやり遂げんとの」
そう断じて、佐藤邸の門を叩いたのだった。
「おう、入ってくんな」
「お邪魔致します」
祥二は通された応接間で、佐藤栄作と対面していた。
相変わらずご機嫌斜めらしく、しかめっ面をしている。
「飲むかい?あいにく俺は下戸だが」
「いえ、まだ仕事がありますので」
社交辞令でしかない勧めを、祥二は丁重に辞する。
「それで、話ってのはなんだい?」
「はい、佐藤先生、いえ、佐藤のおじ貴。どうしても自民党と岸政権にご協力を願えませんか?」
「前に言ったとおりだ。兄貴…岸総理も俺に取っちゃ鳩山や石橋と同じく、吉田の親父の仇だ。彼と手を取り合うのは嫌だ」
佐藤は取り付く島もない。
その表情には、まだ根深い悔恨が刻まれていた。
「佐藤のおじ貴、お気持ちはわかるつもりです。僕も、鳩山政権が立ち上がった時は、悔しくて夜も眠れませんでしたから」
祥二はそこで一度言葉を句切る。
「正直に申し上げて、僕にはおじ貴と兄君がどんなご兄弟だったのか良く知りません。それに、池田の親父さんとも、どんなつき合いがあったのかも知っているとは言えません。でも、彼らとこのままケンカ別れですか?」
「わかってくんな。理解はできても…納得できねえことはある」
そう言った佐藤の表情には、わずかだが迷いがあった。
(恵子、君は僕の女神だよ)
胸中で恵子の慧眼に感謝して、祥二は口を開く。
「若造の言うことと思って、聞いて頂きたいことがあります」
「なにかな?」
佐藤は話しだけは聞いてくれるらしい。
祥二は慎重に切り出す。
「僕には幼なじみがいました。物心つく前からのつき合いでした。でも、あるときケンカになり、そのまま疎遠になりました。そのころは戦争も末期状態で、みんな絶望し、未来が見えずにいらだってました。友達と思っていたあいつと、なんであんなに険悪になったのか。それさえ思い出せない。そんな時代だったんです」
そこで茶を口に含む。
「仲直りすることができないまま、あの日が来ました。広島への原爆投下の日です」
佐藤はその言葉に、目を丸くする。
「それで、彼は?」
「その日、広島の市街にいました」
「そのあとの消息は?」
佐藤の問いに、祥二は黙って首を横に振った。
本当に嫌な記憶だった。
いつかは仲直りしたいと思っていたのに、あの日その機会は永遠に失われたのだ。
翌日、祥二は菓子折を持って佐藤邸を訪れていた。
「まさか、わしが説得役を拝命するとはのう…」
祥二は緊張していた。
池田に談判して、とにかく佐藤を感情に訴えて揺さぶってはどうかと具申した。
『ほうか。それもひとつの手じゃのう。祥二、すまんがお前さんに頼めんかのう?』
池田は、言い出しっぺが責任を持てとばかりに祥二を佐藤邸に寄越したのだ。
具申しておいてなんだが、意外なことだった。
政治家の説得は政治家の仕事だとばかり思っていた。
てっきり池田に近しい田中角栄か、大平正芳あたりが使いに出されると思っていたのだ。
「ともあれ、任された以上はやり遂げんとの」
そう断じて、佐藤邸の門を叩いたのだった。
「おう、入ってくんな」
「お邪魔致します」
祥二は通された応接間で、佐藤栄作と対面していた。
相変わらずご機嫌斜めらしく、しかめっ面をしている。
「飲むかい?あいにく俺は下戸だが」
「いえ、まだ仕事がありますので」
社交辞令でしかない勧めを、祥二は丁重に辞する。
「それで、話ってのはなんだい?」
「はい、佐藤先生、いえ、佐藤のおじ貴。どうしても自民党と岸政権にご協力を願えませんか?」
「前に言ったとおりだ。兄貴…岸総理も俺に取っちゃ鳩山や石橋と同じく、吉田の親父の仇だ。彼と手を取り合うのは嫌だ」
佐藤は取り付く島もない。
その表情には、まだ根深い悔恨が刻まれていた。
「佐藤のおじ貴、お気持ちはわかるつもりです。僕も、鳩山政権が立ち上がった時は、悔しくて夜も眠れませんでしたから」
祥二はそこで一度言葉を句切る。
「正直に申し上げて、僕にはおじ貴と兄君がどんなご兄弟だったのか良く知りません。それに、池田の親父さんとも、どんなつき合いがあったのかも知っているとは言えません。でも、彼らとこのままケンカ別れですか?」
「わかってくんな。理解はできても…納得できねえことはある」
そう言った佐藤の表情には、わずかだが迷いがあった。
(恵子、君は僕の女神だよ)
胸中で恵子の慧眼に感謝して、祥二は口を開く。
「若造の言うことと思って、聞いて頂きたいことがあります」
「なにかな?」
佐藤は話しだけは聞いてくれるらしい。
祥二は慎重に切り出す。
「僕には幼なじみがいました。物心つく前からのつき合いでした。でも、あるときケンカになり、そのまま疎遠になりました。そのころは戦争も末期状態で、みんな絶望し、未来が見えずにいらだってました。友達と思っていたあいつと、なんであんなに険悪になったのか。それさえ思い出せない。そんな時代だったんです」
そこで茶を口に含む。
「仲直りすることができないまま、あの日が来ました。広島への原爆投下の日です」
佐藤はその言葉に、目を丸くする。
「それで、彼は?」
「その日、広島の市街にいました」
「そのあとの消息は?」
佐藤の問いに、祥二は黙って首を横に振った。
本当に嫌な記憶だった。
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