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昭和43年2月
日本においては佐藤栄作内閣が、沖縄返還に向けて本格的に動き出していた。
世界に目を向ければ、テト攻勢と呼ばれた大規模な軍事行動とゲリラ攻撃が、南ベトナムに対して行われた。世界でベトナム反戦運動が盛り上がり、ベトナム戦争そのものの敗戦が現実味を帯びつつあった。
大阪から岡山へと向かう列車に、1人の男が揺られていた。
山名祥二。
株式会社山名商会代表取締役社長。
既婚で4児の父だ。
今年39歳になる。
若くして数億の個人資産を持ち、政財界に太いパイプを持つ。
だが、今日彼が向かう先は、仕事とも家族とも無関係。
ごくごく私的な事情が絡んだ人物がいる場所だった。
(便利になったもんだ)
祥二は思う。
新幹線が開通して以来、東京から大阪までわずか3時間。
おかげで、朝東京を出発して大阪で昼食。
そして、暗くなる前に岡山に着くことができそうだった。
これが10年前だったら、夜行列車でえっちらおっちら来ることになっていた。
(会えたら、もし会えたら…。なんて言おうか…)
そんなことを思ってしまう。
一目会いたい。
とにかく姿を見たい。
そんな思いに突き動かされて、衝動的に東京からここまで来てしまったのだ。
早く列車が目的地に着いて欲しいと思う一方、着くのが怖いとも思う。
まともではないとは思う。
今の自分には、守るべきものがたくさんある。
家庭、友人、仕事、そして部下たち。
もし、目的の人物に会ってしまったら、それらの大切さを忘れて愚かなことをしてしまうかも知れない。
いや、情に溺れて、きっとそうしてしまう。
だが、それを考えても、こうして来ずにはいられなかった。
(思えば、興信所に依頼などすべきじゃなかった。こうなることはわかってたはずだ)
鞄から、岡山市内にある興信所の住所と名前が入った封筒を取り出す。
添付されていた写真に写る人物は、見間違えようがない。
10年を経ているが、美しさは変わらない。
いや、かつてより美しくなっているかも知れない。
(恵子…)
かつて、本気で愛し合いながら、結ばれずに終わった女の写真。
眺めていると、涙が止まらない。
妻も子もいる身でなんだが、自分は今でも彼女を愛しているのだと噛みしめる。
むろん、今の妻はできた女だし、愛している。
だが、それとは別の話なのだ。
(正しさでは人は救えない、か…)
祥二は、数日前自分を訪ねてきた、大恩ある人物の言葉を思い出していた。
昭和43年2月
日本においては佐藤栄作内閣が、沖縄返還に向けて本格的に動き出していた。
世界に目を向ければ、テト攻勢と呼ばれた大規模な軍事行動とゲリラ攻撃が、南ベトナムに対して行われた。世界でベトナム反戦運動が盛り上がり、ベトナム戦争そのものの敗戦が現実味を帯びつつあった。
大阪から岡山へと向かう列車に、1人の男が揺られていた。
山名祥二。
株式会社山名商会代表取締役社長。
既婚で4児の父だ。
今年39歳になる。
若くして数億の個人資産を持ち、政財界に太いパイプを持つ。
だが、今日彼が向かう先は、仕事とも家族とも無関係。
ごくごく私的な事情が絡んだ人物がいる場所だった。
(便利になったもんだ)
祥二は思う。
新幹線が開通して以来、東京から大阪までわずか3時間。
おかげで、朝東京を出発して大阪で昼食。
そして、暗くなる前に岡山に着くことができそうだった。
これが10年前だったら、夜行列車でえっちらおっちら来ることになっていた。
(会えたら、もし会えたら…。なんて言おうか…)
そんなことを思ってしまう。
一目会いたい。
とにかく姿を見たい。
そんな思いに突き動かされて、衝動的に東京からここまで来てしまったのだ。
早く列車が目的地に着いて欲しいと思う一方、着くのが怖いとも思う。
まともではないとは思う。
今の自分には、守るべきものがたくさんある。
家庭、友人、仕事、そして部下たち。
もし、目的の人物に会ってしまったら、それらの大切さを忘れて愚かなことをしてしまうかも知れない。
いや、情に溺れて、きっとそうしてしまう。
だが、それを考えても、こうして来ずにはいられなかった。
(思えば、興信所に依頼などすべきじゃなかった。こうなることはわかってたはずだ)
鞄から、岡山市内にある興信所の住所と名前が入った封筒を取り出す。
添付されていた写真に写る人物は、見間違えようがない。
10年を経ているが、美しさは変わらない。
いや、かつてより美しくなっているかも知れない。
(恵子…)
かつて、本気で愛し合いながら、結ばれずに終わった女の写真。
眺めていると、涙が止まらない。
妻も子もいる身でなんだが、自分は今でも彼女を愛しているのだと噛みしめる。
むろん、今の妻はできた女だし、愛している。
だが、それとは別の話なのだ。
(正しさでは人は救えない、か…)
祥二は、数日前自分を訪ねてきた、大恩ある人物の言葉を思い出していた。
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