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05 愛だの恋だの仕事だの
10年前の記憶
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01
「きゃあああっ!」
その日、青海商事総務部に突然黄色い悲鳴が響き渡った。
広報の若手の女子社員のようだった。
「どうしたの?」
「ね…ね…」
なにごとかと秋島瞳は女子社員に近寄る。
だが、彼女はパニックのあまり言葉を発することもままならないようだ。
「落ち着いて、焦らなくていいから。深呼吸して」
「ね…ね…ネズミです!そこに逃げていったんです!」
一度息を吸い込んだ女子社員は、大声で訴える。
「確かだった?」
「間違い有りません!気持ち悪かった…」
女子社員は全身を震わせて、顔面蒼白だった。
瞳にも気持ちはわかった。
ハムスターやモルモットはかわいいが、野生のネズミと一緒にしてはいけない。
野生のネズミは、とにかく不気味なのだ。
動きもチョロチョロとして気味が悪いし、なにより目つきが嫌だ。
悪意とも怯えとも、呪詛ともつかない目つきは、嫌悪の対象とならずにはいられない。
瞳は一度故郷の漁港でドブネズミを見かけたことがある。
体だけで30センチはありそうな体格と、汚れた毛並み、不気味な動き。
嫌な気分になって当然だ。
「これはまずいかもしれない…」
「なにがです?」
傍らにいつの間にか寄ってきていた瞳の後輩、水無月佐奈が怪訝そうな顔をする。
「沙菜ちゃん、私総務部長のところに行ってくる」
「は…はい…」
危機感をあらわにした様子の瞳に、佐奈は気圧されてしまう。
瞳は、そのまま総務の事務所を後にした。
「ネズミ駆除か…。でも、今すぐというのは…」
「部長、ことは緊急を要します。被害が出てからでは遅いんです」
総務部長室では、部長兼取締役の夏目麻佳に対して、瞳が必死で直談判していた。
ネズミが事務所に出現したことは、一大事だと訴えたのだ。
しかも、女子社員の証言を信じるなら、相手はハタネズミだ。
「部長、ご決断をお願いします。
光ケーブルがやられたら、業務がストップしてしまいます!」
瞳は大声を出してしまう。
確かに、今日これからネズミ駆除業者を入れるとなると、業務の支障が出る。
それはわかる。
だが、ことは一刻を争うのだ。
ネズミは、細く長いものを見かけると本能的にかじってしまう。
第二次大戦のスターリングラード攻防戦では、枢軸軍の戦車がネズミに配線をかじられて戦うことなく敗北したという記録もある。
それ以前に、瞳はネズミの恐ろしさを身をもって知っていた。
思い出したくもない10年前の記憶が、瞳の脳裏に蘇る。
瞳が高校生の時分、学校のパソコン実習室が突然機能不全を起こし始めた。
やがて、機能不全や通信障害は、実習室だけでなく職員室や事務室にまで拡がり始めた。
慌てた学校側が配線業者を呼ぶが、ことは予想以上に深刻だった。
『ネズミに光ケーブルがかじられてます。それもそこいら中。
我々では、申し訳ありませんが手に負えません』
渋面を浮かべた配線業者のエンジニアは、ネズミ駆除の専門家に依頼すべきと進言してきた。
『最近じゃネズミの天敵の猫を飼う習慣もないですし、何より薬剤に耐性のあるやつらが登場してますから』
なんでも、配線を通すために床下にスペースのある作りの部屋は、ネズミにとってはかっこうの通り道であり、いい住処になってしまうのだという。
すでにネズミが、字義通りネズミ算式に増えているとなると、素人の手には負えない。
本格的にネズミ駆除業者に依頼し、大規模なクリーニングを行う必要があるのだという。
専門家の意見は聞くべきだと判断され、早々にネズミ駆除業者が入れられた。
結果は劇的であり、そしてトラウマものだった。
「気持ち悪う!」
「こんなにいたの!?」
「やだあ!」
殺鼠剤で殺されたネズミの死体が、出て来る出て来る。
袋に詰められて運び出されるネズミの死体の山に、嘔吐してしまう生徒もいた。
その惨状を見て、瞳は思った。
この先、絶対にネズミを甘く見ることはすまいと。
「きゃあああっ!」
その日、青海商事総務部に突然黄色い悲鳴が響き渡った。
広報の若手の女子社員のようだった。
「どうしたの?」
「ね…ね…」
なにごとかと秋島瞳は女子社員に近寄る。
だが、彼女はパニックのあまり言葉を発することもままならないようだ。
「落ち着いて、焦らなくていいから。深呼吸して」
「ね…ね…ネズミです!そこに逃げていったんです!」
一度息を吸い込んだ女子社員は、大声で訴える。
「確かだった?」
「間違い有りません!気持ち悪かった…」
女子社員は全身を震わせて、顔面蒼白だった。
瞳にも気持ちはわかった。
ハムスターやモルモットはかわいいが、野生のネズミと一緒にしてはいけない。
野生のネズミは、とにかく不気味なのだ。
動きもチョロチョロとして気味が悪いし、なにより目つきが嫌だ。
悪意とも怯えとも、呪詛ともつかない目つきは、嫌悪の対象とならずにはいられない。
瞳は一度故郷の漁港でドブネズミを見かけたことがある。
体だけで30センチはありそうな体格と、汚れた毛並み、不気味な動き。
嫌な気分になって当然だ。
「これはまずいかもしれない…」
「なにがです?」
傍らにいつの間にか寄ってきていた瞳の後輩、水無月佐奈が怪訝そうな顔をする。
「沙菜ちゃん、私総務部長のところに行ってくる」
「は…はい…」
危機感をあらわにした様子の瞳に、佐奈は気圧されてしまう。
瞳は、そのまま総務の事務所を後にした。
「ネズミ駆除か…。でも、今すぐというのは…」
「部長、ことは緊急を要します。被害が出てからでは遅いんです」
総務部長室では、部長兼取締役の夏目麻佳に対して、瞳が必死で直談判していた。
ネズミが事務所に出現したことは、一大事だと訴えたのだ。
しかも、女子社員の証言を信じるなら、相手はハタネズミだ。
「部長、ご決断をお願いします。
光ケーブルがやられたら、業務がストップしてしまいます!」
瞳は大声を出してしまう。
確かに、今日これからネズミ駆除業者を入れるとなると、業務の支障が出る。
それはわかる。
だが、ことは一刻を争うのだ。
ネズミは、細く長いものを見かけると本能的にかじってしまう。
第二次大戦のスターリングラード攻防戦では、枢軸軍の戦車がネズミに配線をかじられて戦うことなく敗北したという記録もある。
それ以前に、瞳はネズミの恐ろしさを身をもって知っていた。
思い出したくもない10年前の記憶が、瞳の脳裏に蘇る。
瞳が高校生の時分、学校のパソコン実習室が突然機能不全を起こし始めた。
やがて、機能不全や通信障害は、実習室だけでなく職員室や事務室にまで拡がり始めた。
慌てた学校側が配線業者を呼ぶが、ことは予想以上に深刻だった。
『ネズミに光ケーブルがかじられてます。それもそこいら中。
我々では、申し訳ありませんが手に負えません』
渋面を浮かべた配線業者のエンジニアは、ネズミ駆除の専門家に依頼すべきと進言してきた。
『最近じゃネズミの天敵の猫を飼う習慣もないですし、何より薬剤に耐性のあるやつらが登場してますから』
なんでも、配線を通すために床下にスペースのある作りの部屋は、ネズミにとってはかっこうの通り道であり、いい住処になってしまうのだという。
すでにネズミが、字義通りネズミ算式に増えているとなると、素人の手には負えない。
本格的にネズミ駆除業者に依頼し、大規模なクリーニングを行う必要があるのだという。
専門家の意見は聞くべきだと判断され、早々にネズミ駆除業者が入れられた。
結果は劇的であり、そしてトラウマものだった。
「気持ち悪う!」
「こんなにいたの!?」
「やだあ!」
殺鼠剤で殺されたネズミの死体が、出て来る出て来る。
袋に詰められて運び出されるネズミの死体の山に、嘔吐してしまう生徒もいた。
その惨状を見て、瞳は思った。
この先、絶対にネズミを甘く見ることはすまいと。
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