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04 フィットネスラブパニック

一度やってみたかった

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03

 「あ、あれってもしかして…」
 瞳は、トレーニングルームの一角にあるガラスのケースのようなものに興味を惹かれた。
 「ああ、低圧トレーニングシステムだね。やってみたい?」
 「はい。一度やってみたかったんです」
 龍太郎の言葉に、瞳は元気よく応じる。
 テレビで見たことがある。
 アフリカや南米の高山地帯出身者は、身体能力が高くアスリートに向いている。
 気圧が常に低い状態で生まれ育ち、常に心肺機能が鍛えられていることで、平地では優れた運動能力を獲得するのだ。
 それを人工的に再現することが、スポーツ界では普通に行われていると。
 「課長はやったことあるんですか?」
 「時々ね。よし、無理をしないと約束できるならやってみようか」
 龍太郎は、低圧トレーニングシステムを担当している女性のインストラクターに声をかける。

 低圧トレーニングシステムは、有用である一方で危険性もある。
 インストラクターは、口を酸っぱくして安全第一と繰り返していた。
 「お手洗いは済ませましたね?
 出る時に与圧に時間がかかりますから。
 急に行きたくなってもすぐにはドアを開けられません。
 中に入ったら、急な運動は絶対にだめです。高山病になります。
 それから、水分は頻繁に取るようにしてください」
 そう言って、1リットルのペットボトルがふたつ入ったかごを渡される。
 人体は、周囲の気圧が低くなると水分を分解して酸素を得ようとする。
 その分水分が失われるのが早いというわけだ。
 「よし、いよいよですね」
 「はい。まずは椅子に腰掛けて体の力を抜いてください」
 ガラスの内側に収まった瞳に、インストラクターがインターホン越しに指示を出す。
 気圧がゆっくりと下がり始めるのが、内耳の膨張でわかる。
 低圧トレーニングシステムにもいろいろあるが、瞳はエアロバイクがあるスペースを選んだ。
 一番楽そうだったからだ。
 だが、すぐにエアロバイクには乗らないようにと釘を刺されていた。
 (確かに、息が苦しくなってきた…)
 瞳は低圧の危険性を実感しているところだった。
 うかつに激しい運動をすれば、簡単に酸欠になってしまうだろう。
 『耳抜きをしてください。どうしてもだめなら無理はしないで』
 インストラクターが神経質に声をかけてくる。
 別段彼女が心配性なわけではない。
 低圧トレーニングは、一歩間違えば命にかかわるのだ。
 先天的に低圧に弱い体質の人間もいるからだ。
 だが瞳は耳抜きをしていれば、耐えられないほどではなかった。

 ガラスの壁に取り付けられた気圧メーターがゆっくりと下降していく。
 そして、0.8気圧を指したところで止まる。
 初心者にはこれが安全上限界なのだそうだ。
 『では、ゆっくりと体を動かしてください。
 くれぐれもゆっくりとです』
 「わかりました」
 瞳は慎重に椅子から立ち上がり、まずは屈伸をしてみる。
 (息が苦しい…0.2気圧下がっただけでもこんなに…)
 呼吸がし辛く、少し体を動かすだけで苦しい。
 無理をすればたちまち高山病だという、インストラクターの言葉がよくわかった。
 深呼吸をしながら、アキレス腱や前屈をゆっくりと行うのだった。
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