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01 非日常の予感
まぶたに力を
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07
「あ~心がしんどい…。はああああ…」
女子トイレの個室の中、瞳は盛大に嘆息する。
眼鏡をやめて髪を下ろすだけなのに、とんでもなく気疲れする。
女として最低限見栄えを良くするだけで、これだけ苦労するとは。
干物女子をやってきた3年間が重くのし掛かってくるようだった。
(でもまあ、これを機会に生活を改めるのもいいか)
勇人にきれいだと言ってもらえたのがまんざらでもなく、そんなことを思う。
洗面台の鏡とにらめっこになり、自分の状態を点検する。
化粧、まつげ、眉毛、アクセサリー。
(取りあえず問題ない)
女のおしゃれは頻繁なメンテナンスが必要。
それすら忘れていた気がする。
「こんなもんかな」
前髪をくしで流し、若干おでこが出るように調整する。
まだなにか足りない。
「まぶたにぐっと…力を…」
一度目を閉じて、ぱちっと開けてみる。
(うん、いい感じ)
眼鏡をかけていた時はわからなかった。意識してまぶたに力を入れないと、半分寝ているような眼になってしまう。
眼がぱっちりとしていれば、明るく活発な感じを演出できる。
満足した瞳はトイレを出る。
あまり時間をかけるとサボりだと思われてしまう。
「せーんぱい!」
「ひゃん!」
トイレを出たところで、誰かに後ろから抱きつかれ、胸の膨らみを両手で掴まれる。
誰かはすぐにわかる。
きれいで透き通った声には聞き覚えがあるし、急に後ろから胸を揉んでくるような女は一人しか心当たりがない。
「佐奈ちゃん…。もう…やめなさいってば…!」
「つれないなー先輩。急にきれいになっちゃったし…。
男ですね?男できたんですね?
ああ…あたしというものがありながらー!」
佐奈が“よよよ”とわざとらしく泣きまねをする。
水無月佐奈。25歳。
総務での瞳の後輩だ。
アダルトボブと丸顔、大きな目が特徴のかわいい系美人だ。
百合でチチモミスト。
最近ではセクハラになりかねないスキンシップの常習者だが、要領のよさと憎めない性格から問題にならずにいる。
(まったくこの子は…)
猫のようにくっついてくる佐奈に、瞳は途方に暮れる。
「誤解だよ…。もう…男ができたわけじゃないから離れて…!」
「はーい」
瞳に男ができたわけではないとわかると納得したのか、佐奈は素直に離れてくれる。
が…。
「で、男が原因じゃないとなると、どういう心境の変化です?」
佐奈は、瞳が眼鏡と髪留めをやめたことにはまだ興味が尽きないらしい。
(えーと…どう説明したものかしら…)
克己と酔ってことに及ぼうとするも失敗。
気まずくて仕切り直すこともできず。
その代わりとして、コンタクトにして髪を下ろす約束をした。
(だめだ…自分でも何を言ってるのかわからない…)
とても言葉で説明できるものではなかった。
「別に心境の変化ってものでも…。
単に眼鏡壊しちゃっただけだよ」
結局瞳ははぐらかすことにした。
当然のように佐奈は納得した様子がない。
瞳の正面に周り、透き通った眼で覗き込んでくる。
「あたしの眼はごまかせませんよー。
それにしては、すごくおしゃれできれいになってるじゃないですかー?」
「それは…。
今まで眼鏡で隠してたところがそのままじゃ、みっともなかったからで」
(うん、いいことが言えた)
切磋に返した言葉にしては悪くない。
そもそも、眼鏡をやめた経緯はともかく、おしゃれに気を使い始めたのはそれが理由だ。
「ほんとかなー?」
「本当だってば。もう戻るよ」
無駄話は終わりとばかりに、瞳は事務所に向けて歩き出す。
佐奈はまだ納得していない様子だったが、やむなしといった様子でついて来る。
事務所に戻るまでの間、やはり会う人間がことごとく瞳を見ては振り返る。
「ねえ佐奈ちゃん…。
みんな振り返るのはどうしてかな…?」
朝出勤してからずっとこの調子ではさすがに不安になる。
佐奈に忌憚のない意見を聞いてみることにする。
「へ?
決まってるじゃないですか?
先輩が突然お美しくなったから、ついみんな振り返るんでしょ?
特に、眼鏡かけてる姿しか知らない人にとっちゃ、誰かと思うでしょうからして」
佐奈が、何を当然のことをという調子で返す。
だが、瞳はまだ自分になにかおかしいところがあるのではないかと思わずにはいられなかった。
それこそ、一昔前のコントのように。
「本当に?なにかおかしいところとかない?」
「いや…。
普通にきれいですよ?
ていうか、きれいになりたいからおしゃれしてるもんだとばかり…。
みんなが振り返ったら不都合なんですか?」
瞳と佐奈の会話はさっぱり噛み合わなかった。
克己との約束と、単調な日常を変えるきっかけになるかもと、眼鏡をやめたことで妙なことになってしまったようだ。
「あ~心がしんどい…。はああああ…」
女子トイレの個室の中、瞳は盛大に嘆息する。
眼鏡をやめて髪を下ろすだけなのに、とんでもなく気疲れする。
女として最低限見栄えを良くするだけで、これだけ苦労するとは。
干物女子をやってきた3年間が重くのし掛かってくるようだった。
(でもまあ、これを機会に生活を改めるのもいいか)
勇人にきれいだと言ってもらえたのがまんざらでもなく、そんなことを思う。
洗面台の鏡とにらめっこになり、自分の状態を点検する。
化粧、まつげ、眉毛、アクセサリー。
(取りあえず問題ない)
女のおしゃれは頻繁なメンテナンスが必要。
それすら忘れていた気がする。
「こんなもんかな」
前髪をくしで流し、若干おでこが出るように調整する。
まだなにか足りない。
「まぶたにぐっと…力を…」
一度目を閉じて、ぱちっと開けてみる。
(うん、いい感じ)
眼鏡をかけていた時はわからなかった。意識してまぶたに力を入れないと、半分寝ているような眼になってしまう。
眼がぱっちりとしていれば、明るく活発な感じを演出できる。
満足した瞳はトイレを出る。
あまり時間をかけるとサボりだと思われてしまう。
「せーんぱい!」
「ひゃん!」
トイレを出たところで、誰かに後ろから抱きつかれ、胸の膨らみを両手で掴まれる。
誰かはすぐにわかる。
きれいで透き通った声には聞き覚えがあるし、急に後ろから胸を揉んでくるような女は一人しか心当たりがない。
「佐奈ちゃん…。もう…やめなさいってば…!」
「つれないなー先輩。急にきれいになっちゃったし…。
男ですね?男できたんですね?
ああ…あたしというものがありながらー!」
佐奈が“よよよ”とわざとらしく泣きまねをする。
水無月佐奈。25歳。
総務での瞳の後輩だ。
アダルトボブと丸顔、大きな目が特徴のかわいい系美人だ。
百合でチチモミスト。
最近ではセクハラになりかねないスキンシップの常習者だが、要領のよさと憎めない性格から問題にならずにいる。
(まったくこの子は…)
猫のようにくっついてくる佐奈に、瞳は途方に暮れる。
「誤解だよ…。もう…男ができたわけじゃないから離れて…!」
「はーい」
瞳に男ができたわけではないとわかると納得したのか、佐奈は素直に離れてくれる。
が…。
「で、男が原因じゃないとなると、どういう心境の変化です?」
佐奈は、瞳が眼鏡と髪留めをやめたことにはまだ興味が尽きないらしい。
(えーと…どう説明したものかしら…)
克己と酔ってことに及ぼうとするも失敗。
気まずくて仕切り直すこともできず。
その代わりとして、コンタクトにして髪を下ろす約束をした。
(だめだ…自分でも何を言ってるのかわからない…)
とても言葉で説明できるものではなかった。
「別に心境の変化ってものでも…。
単に眼鏡壊しちゃっただけだよ」
結局瞳ははぐらかすことにした。
当然のように佐奈は納得した様子がない。
瞳の正面に周り、透き通った眼で覗き込んでくる。
「あたしの眼はごまかせませんよー。
それにしては、すごくおしゃれできれいになってるじゃないですかー?」
「それは…。
今まで眼鏡で隠してたところがそのままじゃ、みっともなかったからで」
(うん、いいことが言えた)
切磋に返した言葉にしては悪くない。
そもそも、眼鏡をやめた経緯はともかく、おしゃれに気を使い始めたのはそれが理由だ。
「ほんとかなー?」
「本当だってば。もう戻るよ」
無駄話は終わりとばかりに、瞳は事務所に向けて歩き出す。
佐奈はまだ納得していない様子だったが、やむなしといった様子でついて来る。
事務所に戻るまでの間、やはり会う人間がことごとく瞳を見ては振り返る。
「ねえ佐奈ちゃん…。
みんな振り返るのはどうしてかな…?」
朝出勤してからずっとこの調子ではさすがに不安になる。
佐奈に忌憚のない意見を聞いてみることにする。
「へ?
決まってるじゃないですか?
先輩が突然お美しくなったから、ついみんな振り返るんでしょ?
特に、眼鏡かけてる姿しか知らない人にとっちゃ、誰かと思うでしょうからして」
佐奈が、何を当然のことをという調子で返す。
だが、瞳はまだ自分になにかおかしいところがあるのではないかと思わずにはいられなかった。
それこそ、一昔前のコントのように。
「本当に?なにかおかしいところとかない?」
「いや…。
普通にきれいですよ?
ていうか、きれいになりたいからおしゃれしてるもんだとばかり…。
みんなが振り返ったら不都合なんですか?」
瞳と佐奈の会話はさっぱり噛み合わなかった。
克己との約束と、単調な日常を変えるきっかけになるかもと、眼鏡をやめたことで妙なことになってしまったようだ。
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