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01 非日常の予感
見えた打開の道
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03
だが、焦っているのは奥平の方も同じだった。
(やるじゃないか。
蓮見が倍満を張っているのを見切ったのか?)
味方同士の差し込みであっさり場を流した手際に、内心舌を巻いていた。
サイコロを振ってから、どうもこういう不気味な流れが続いている。
自分も勝負であるからには本気も本気。
ハコ下に下すくらいのつもりで打っている。
にもかかわらず、決定的な勝ちをつかむことができずにいるのだ。
(脅威は彼女の方だったか?
ミスも放銃も多いが、その中のどれ一つとして致命的ではない。
怖ろしいほど勘が効く)
奥平は背筋に嫌な汗が伝わるのを感じた。
林原克己は、技術こそ高いし洗練されているが、自分を圧倒できるほどではない。
だが、お引きのお嬢さんの打ち筋は全く読めなかった。
危険牌をすぱすぱと切り、それでいて決して高めをこぼすことをしない。
なにより、こちらに手が入ると小さな当たりで逃げてしまう。
(純粋に勘で打っているとでもいうのか?)
奥平にとって、それができる人間がいるとすれば脅威だった。
今まで打って来た雀鬼たちが、強固な体を持つ猛獣だとするなら、この女はまるでクラゲかタコだ。
いくら斬りつけても大きなダメージを与えられず、気が付いたら毒針を撃ち込まれるか首を絞められている。
そんな言い知れぬ恐怖を覚えた。
「カン」
蓮見が捨てたローピンを瞳が大明カンする。
(まさか?)
奥平は一瞬肝を冷やす。
嶺上開花で、鳴かせた蓮見の責任払いとなれば、瞳が単独トップになってしまう可能性があったのだ。
だが、幸いにして瞳は嶺上牌をツモ切ってしまう。
(いや、待てよ)
奥平は、捨て牌をもう一度確認して、別の可能性に思い当たる。
対面の瞳にかなり高い手が入っている可能性が高い。
しかも、これから自分か蓮見が危険牌をつかんでしまう可能性も低くない。
悪いことに、イーシャンテンながら自分の手には役がない。
そして、奥平の悪い予感は的中することになる。
(なんてこった…)
リャンゾーを切ればテンパイだが、捨て牌からして対面のド本命。
最悪の状況で通らばリーチか、ベタ降りかを選択しなければならない。
(通すことができれば、蓮見の差し込みで上がれる…。
一方、ベタ降りするなら後4巡逃げ切らなければならないか…)
奥平は手配とにらめっこになってしまう。
ベタ降りするにしても、絶対に安全と言える手牌ではないのだ。
(逃げ切れればいい。
勝つ必要はない、負けなければいい…。だが、4巡の逃げ切りは…)
「リーチ」
奥平が選択したのは通らばリーチだった。
だが、すぐにそれを後悔することになる。
瞳が動く前から直感した。自分は負けたのだと。
「ロン。三アンコウ、ドラ6。逆転です」
「しまった…」
かくして、堅実にトップを走っていた奥平は転げ落ちることになる。
「いやいや…。なんとか勝てたから良かったものの、一時はどうなるかと思いましたよ」
電車で克己と一緒に帰路に着く瞳は、今更ながら体が震え始めていた。
奥平は強かった、勝てたのが奇跡に思えたのだ。
だが、克己は意味深な笑みを浮かべて首を横に振る。
「いや、勝算は元々あったとも。
瞳さんの強運と勘、そして怖いもの知らずなところ。
ある意味で奥平課長の天敵みたいなものだからね」
克己は語り始める。
麻雀は確立や理論ではなく、運と勘で打つものだ。
だが、ある年齢になると、あるいは経験を重ねるほど、無意識に確立や理屈に頼るようになってしまう。
「あと4巡ベタ降りして耐えるより、通らばリーチをする方が確率が高い。
その計算が彼を誤らせたのだよ」
「そういうものですかね…」
本当に麻雀が好きな雀鬼の考えはわからない、と瞳は思う。
だが、奥平自身が負けを認めていたことからして、克己の言うことは正しいのだろう。
『負けの中でも、一番やっちゃいけない負け方をしてしまった。
敵ではなく、自分の心に負けたんだ。
潮時だ。降参する。君たちの勝ちだ』
そう言って天を仰いだ奥平は、防衛省への納入から離脱することを誓約したのだった。
「瞳さん、例を言うよ。
僕では奥平部長の勘を鈍らせることはできなかった。
君にしかできなかったことだ」
「はは…ありがとございます」
克己の言っていることはまだピンと来ないが、そう言われると素直に嬉しかった。
それに、社内の麻雀大会でたまに打つくらいで自分の打ち筋を見いだし、奥平の天敵としてぶつけたのは慧眼と言えた。
そこは敬服に値したのだ。
「しかし、仕事のことを麻雀で決めるなんて、課長もワルですねえ」
「なにをおっしゃるか。
水に常形なく、兵に常勢なし、っていうだろ。
結果として商売敵にご退場願えたんだ。これもビジネスの一つの在り方ですとも」
そう言った克己の表情は真剣そのものだった。
(これがビジネスマンてもんか)
瞳はそんなことを思うのだった。
「明日は休みだな。
よし、飲みに行くぞ!おごりだ」
「ゴチになります!」
せっかくだから勝利の美酒を、と2人は繁華街に繰り出すのだった。
(男の人と二人でお酒なんて久しぶりだし、少しくらい羽目を外すのもいいでしょ)
瞳はそう思いながら克己の後に続く。
これがまずかった。
「もう一軒行こう、もう一軒!」
「あはは。次はホルモン焼きにしますか?それともおでんがいいかな~」
テンションが上がった2人ははしごを繰り返し、やがて記憶も理性もなくすまでに酔ってしまうのである。
だが、焦っているのは奥平の方も同じだった。
(やるじゃないか。
蓮見が倍満を張っているのを見切ったのか?)
味方同士の差し込みであっさり場を流した手際に、内心舌を巻いていた。
サイコロを振ってから、どうもこういう不気味な流れが続いている。
自分も勝負であるからには本気も本気。
ハコ下に下すくらいのつもりで打っている。
にもかかわらず、決定的な勝ちをつかむことができずにいるのだ。
(脅威は彼女の方だったか?
ミスも放銃も多いが、その中のどれ一つとして致命的ではない。
怖ろしいほど勘が効く)
奥平は背筋に嫌な汗が伝わるのを感じた。
林原克己は、技術こそ高いし洗練されているが、自分を圧倒できるほどではない。
だが、お引きのお嬢さんの打ち筋は全く読めなかった。
危険牌をすぱすぱと切り、それでいて決して高めをこぼすことをしない。
なにより、こちらに手が入ると小さな当たりで逃げてしまう。
(純粋に勘で打っているとでもいうのか?)
奥平にとって、それができる人間がいるとすれば脅威だった。
今まで打って来た雀鬼たちが、強固な体を持つ猛獣だとするなら、この女はまるでクラゲかタコだ。
いくら斬りつけても大きなダメージを与えられず、気が付いたら毒針を撃ち込まれるか首を絞められている。
そんな言い知れぬ恐怖を覚えた。
「カン」
蓮見が捨てたローピンを瞳が大明カンする。
(まさか?)
奥平は一瞬肝を冷やす。
嶺上開花で、鳴かせた蓮見の責任払いとなれば、瞳が単独トップになってしまう可能性があったのだ。
だが、幸いにして瞳は嶺上牌をツモ切ってしまう。
(いや、待てよ)
奥平は、捨て牌をもう一度確認して、別の可能性に思い当たる。
対面の瞳にかなり高い手が入っている可能性が高い。
しかも、これから自分か蓮見が危険牌をつかんでしまう可能性も低くない。
悪いことに、イーシャンテンながら自分の手には役がない。
そして、奥平の悪い予感は的中することになる。
(なんてこった…)
リャンゾーを切ればテンパイだが、捨て牌からして対面のド本命。
最悪の状況で通らばリーチか、ベタ降りかを選択しなければならない。
(通すことができれば、蓮見の差し込みで上がれる…。
一方、ベタ降りするなら後4巡逃げ切らなければならないか…)
奥平は手配とにらめっこになってしまう。
ベタ降りするにしても、絶対に安全と言える手牌ではないのだ。
(逃げ切れればいい。
勝つ必要はない、負けなければいい…。だが、4巡の逃げ切りは…)
「リーチ」
奥平が選択したのは通らばリーチだった。
だが、すぐにそれを後悔することになる。
瞳が動く前から直感した。自分は負けたのだと。
「ロン。三アンコウ、ドラ6。逆転です」
「しまった…」
かくして、堅実にトップを走っていた奥平は転げ落ちることになる。
「いやいや…。なんとか勝てたから良かったものの、一時はどうなるかと思いましたよ」
電車で克己と一緒に帰路に着く瞳は、今更ながら体が震え始めていた。
奥平は強かった、勝てたのが奇跡に思えたのだ。
だが、克己は意味深な笑みを浮かべて首を横に振る。
「いや、勝算は元々あったとも。
瞳さんの強運と勘、そして怖いもの知らずなところ。
ある意味で奥平課長の天敵みたいなものだからね」
克己は語り始める。
麻雀は確立や理論ではなく、運と勘で打つものだ。
だが、ある年齢になると、あるいは経験を重ねるほど、無意識に確立や理屈に頼るようになってしまう。
「あと4巡ベタ降りして耐えるより、通らばリーチをする方が確率が高い。
その計算が彼を誤らせたのだよ」
「そういうものですかね…」
本当に麻雀が好きな雀鬼の考えはわからない、と瞳は思う。
だが、奥平自身が負けを認めていたことからして、克己の言うことは正しいのだろう。
『負けの中でも、一番やっちゃいけない負け方をしてしまった。
敵ではなく、自分の心に負けたんだ。
潮時だ。降参する。君たちの勝ちだ』
そう言って天を仰いだ奥平は、防衛省への納入から離脱することを誓約したのだった。
「瞳さん、例を言うよ。
僕では奥平部長の勘を鈍らせることはできなかった。
君にしかできなかったことだ」
「はは…ありがとございます」
克己の言っていることはまだピンと来ないが、そう言われると素直に嬉しかった。
それに、社内の麻雀大会でたまに打つくらいで自分の打ち筋を見いだし、奥平の天敵としてぶつけたのは慧眼と言えた。
そこは敬服に値したのだ。
「しかし、仕事のことを麻雀で決めるなんて、課長もワルですねえ」
「なにをおっしゃるか。
水に常形なく、兵に常勢なし、っていうだろ。
結果として商売敵にご退場願えたんだ。これもビジネスの一つの在り方ですとも」
そう言った克己の表情は真剣そのものだった。
(これがビジネスマンてもんか)
瞳はそんなことを思うのだった。
「明日は休みだな。
よし、飲みに行くぞ!おごりだ」
「ゴチになります!」
せっかくだから勝利の美酒を、と2人は繁華街に繰り出すのだった。
(男の人と二人でお酒なんて久しぶりだし、少しくらい羽目を外すのもいいでしょ)
瞳はそう思いながら克己の後に続く。
これがまずかった。
「もう一軒行こう、もう一軒!」
「あはは。次はホルモン焼きにしますか?それともおでんがいいかな~」
テンションが上がった2人ははしごを繰り返し、やがて記憶も理性もなくすまでに酔ってしまうのである。
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